09.紅血の皇女
甲板に降り立った赤髪の女、ルルマリ。
そして彼女が跨る機獣アルエース。その巨体から漏れるれる金属音が、静まり返った砂漠の朝に鋭く響いた。
「……貴様!あの時の傷はどうした。」
「傷…?」
ルルマリの問いに、アグラは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに納得したという表情で答える。
「……その機獣、それにおれの怪我を知ってるってことは…お前、あの時おれをぶっ刺した猟犬野郎か!…残念だが、あんな傷もう痕も残ってねぇよ!!」
「なに……!?」
ルルマリは驚愕した。
つい数日前に深手を負わせた相手が、今この場で何事もなかったかのように平然と立っている。その異常な回復力に一瞬たじろぎつつも、彼女は狂喜に満ちた笑みを浮かべた。
「ふん、面白い。ならばこそ、心置きなく叩き潰せるというもの!貴様のような野良犬は我が牙で仕留めるまでだ!!」
アグラは舌打ちしながらも、嬉しそうに笑う。
「さあ、あの大剣を構えろ!」
ルルマリは機獣に積まれたナイフ型ウォーパーツを二刀抜き放ち、アグラを睨む。
「シエラ!!“元”鉄板よこせ!!」
「は、はい…!」
シエラは急いで外套を脱ごうとする。
だが、シエラの肩にかかったままの外套は、ビクともしない。
「……おい、何の冗談だ早く脱げって!」
焦ったアグラは、シエラの肩に手をかけ、彼女が着ている外套をグイグイと力任せ引っ張った。
「ちょっと! 何するんですかアグラさん! 破れちゃいますよ!待ってってば!」
「いいから黙ってろ! こいつが剣にならねぇと始まんねぇんだよ!」
二人のやり取りを、ルルマリの冷たい殺気が切り裂いた。
「……ふざけているのか…?」
ダンッ!!
甲板を蹴る音。そして怒りに満ちた一閃。
「…!!」
初撃を辛うじて躱したアグラだったが、即座に放たれた二撃目が、回避不能なタイミングで彼の喉元を狙う。
「危ないっ!!」
シエラが、外套を着たままの体でアグラの前に飛び出した。
「馬鹿野郎っ…」
(やべぇ……シエラが…!!)
彼女が刺されそうになるその瞬間――外套が脈動した。
白い布が、突如としてシエラの肩から解き放たれる。眩い白銀の燐光が周囲を塗り潰し、激しい金属音と共にその形状を組み替えていく。柔らかい布の質感はどこへやら、冷徹な重量感を伴う『鋼』へと凝縮され、アグラの手の中に吸い込まれた。
光が収まった時、アグラの掌に握られた“大剣”銀盤がルルマリの鋭い一撃を弾き返した。
「……シエラ無事か!?」
「は、はい…!」
「…ったく…安全なところへ行ってろ!」
アグラは呆然とする彼女を背後に離し、銀盤を握り直してルルマリと向き直った。
「待っていたぞ、その白銀の輝き! なぜ“紅血”の私に攻撃できるだ!!面白いぞ!!」
高笑いするルルマリに対し、アグラは強烈な横薙ぎを見舞う。
「うるせェ!!」
ルルマリは二刀の短剣をクロスさせて受け止める、が――。
パキィィィンッ!
激しい火花と共に、短剣が根元から折れ飛んだ。
「……くっ、やはり粗悪な量産品では、その剣には抗えんか……!」
折れた刃を捨て、ルルマリは忌々しげに吐き捨てた。
それ見たアグラは追撃することなく、銀盤を担ぎ直す。
「……ちっ……他に武器はねぇのか!?」
「……私は素手でも戦える…!!ナメるな漠族風情が!」
「武器も持ってねぇ奴を斬りつけられるかよ」
アグラが戦いをやめようとすると、ルルマリは納得いかないと叫ぶ。
「ふざけるな! 決着はついていない!」
「自分勝手な奴だな……ん?待てよ確か……」
アグラはニノにしがみついて怯えていたトッティに目を向ける。
「トッティ! 居住スペースの隅に転がってる、あの鎌を持ってきてくれ!」
「…鎌?」ルルマリは眉をしかめた。
「えぇ!? あの不気味なやつ!?まさか敵に返すのか!? 僕は反対だよ、絶対に!」
「いいから行け! おれが倒すんだから問題ねえよ!」
トッティはぶつぶつ文句を言いながら、不満げに地を踏み鳴らしてハッチの下へと消えていった。その間、アグラはルルマリに冷ややかな視線を向ける。
「……あんた、今はシエラを狙ってるわけじゃねぇんだろ?」
「……『鍵』の確保は上からの命令だ。だが、今の私は貴様との決着がつけばそれでいい。……私が勝っても、『鍵』には手を出さんと誓おう。帝国第三血位の名にかけてな」
「へっ、話がわかるじゃねぇか」
しばらくして、ハッチの奥からズリ、ズリと重い金属を引きずる音が響いてきた。「重いんだよこれ! なんで僕がこんな……!」と、トッティが顔を真っ赤にして、布に包まれた巨大な大鎌を引きずり出してきた。
アグラはそれを片手で受け取り、ルルマリの足元へと放り投げる。
大鎌を拾い上げたルルマリは、慈しむようにその柄をなぞった。
「無事だったのか……」
「牙月、起動…」
彼女が声に出すと、鎌の封印が解け、赤い脈動が刃を包み込んで発光し始めた。
「…感謝はする。だが後悔するなよ。」
―――シュッ…ガキィィン……
少しの静寂の後、ルルマリが鎌を一閃させた。アグラは銀盤で受け止めるが、次の瞬間、鎌の刃が柄から離脱し、背後からアグラの肩を深く切り裂いた。
「ぐあああっ!?」
膝をつくアグラ。ルルマリは槍のようになった鎌の柄を振るい、彼を甲板の手すりまで吹き飛ばした。
「ぐっ…!クソ…はぁ…なんだよそれ…!」
ルルマリが持つ牙月と呼ばれた大鎌は、刃と柄が分離していた。
柄は槍になり、刃は回転しながらルルマリの周囲を無造作に飛び回っている。
「戦働状態の遺失機構群を見るのは初めてか?」
「……ならば教えてやろう。一般的な遺失機構群はただ起動させただけで旧文明の恩恵を受けられるが、兵器にはさらに上の段階がある。それが『戦働だ」
「戦働…?」
「そうだ。戦働とは、兵器、武器として運用されていた遺失機構群に、当時の戦いの記憶を、戦場での本来の役割を思い出させること!」
「つまりこれが…本来の牙月だ!!」
槍を持つルルマリの周囲を、鎌の刃だけが意志を持つように襲いくる。アグラは銀盤を必死に振り回すが、多角的な攻撃に捌ききれない。
脇腹、脚、腕と次々に刻まれ、黒い血が甲板を染める。
まさに縦横無“刃”。
槍と刃の猛攻は、達人2人を相手にしているかのような連携をしてくる。
アグラはなんとか致命傷を避けて、カウンターの一撃を狙うが、今のルルマリにはかすり傷一つ負わせるのが精一杯だった。
(クソ……避けきれねえ!)
喉元に迫る刃を前に、死を覚悟した――その時。
バタッ……! カラン……カラン……。
甲板にルルマリが突然崩れ落ちた。浮遊していた刃も、まるで糸が切れた人形のように光を失い、乾いた音を立てて転がった。
そして磁力に引っ張られるように、槍へ引き寄せられると、「カキ…ンッ」と元の鎌へと姿を戻した。
「……え?」
呆然とするアグラに、トッティとシエラが駆け寄る。
「アグラさん…!!大丈夫ですかっ…血が…」
「お前!!何が“おれが倒すから”だよ!!ボロ負けじゃん!!心配させんなよ!」
ニノは倒れたルルマリの横に降り立ち、無機質なスキャン音を鳴らした。
「解析完了。コノ人間、重傷デス。肋骨、四肢、内臓、全テガ悲鳴ヲ上ゲテ居マス」
あの夜アグラに叩き飛ばされた身体のまま、痛みと疲労を執念だけでねじ伏せ、不眠不休で追いかけてきた彼女の限界だった。
「……信じられないよ。そんな身体で、僕たちに追いついて、あんな戦いをするなんて……」
トッティが青ざめた顔で呟く。
「トドメを刺すべきだよ、アグラ。目を覚ましたらまた襲ってくる」
アグラは黙って、意識を失ったルルマリを見つめた。
「………」
――数時間が経過し、砂漠に高く陽が昇った。
ルルマリが目を覚ました時、視界に入ってきたのは、ルアー号居住スペースの乱雑な天井と、古びたランプの影だった。
「……ここは……?アルエースはどこだ…?」
状況を飲み込めないルルマリは、自分の体に施された処置を不思議そうに見ている。
「よぉ、起きたのかよ。機獣は外甲板に繋いでるぜ。」
そこに現れたのは、こちらもまた包帯でぐるぐる巻き状態のアグラ。しかし彼は深い裂傷はあれど、動ける程度の傷だった。
「貴様っ…!敵を助けるとは……情けのつもりか!!」
ルルマリはかすれた声で毒づき、身を起こそうとするが、全身を走る激痛に顔を歪める。
胸元や腕には、丁寧すぎるほど手厚く包帯が巻かれていた。
「再戦のためだ。そんなボロボロの奴を斬っても、寝覚めが悪いだろ」
彼は椅子の背もたれを逆にして腰掛けると、子供のように無邪気な笑みを浮かべた。
「……それにしても、お前、凄ぇな! 本当に。あんな状態でよくあそこまでおれを追い詰めたもんだ。本気で死ぬかと思ったぜ!」
敵対しているはずの男からの、一点の曇りもない賞賛。誇り高き軍人としての言葉を用意していたルルマリだったが、その真っ直ぐな瞳を前にして、気が抜けたように毒気を削がれた。
「治療したのはあっちの黄色いポンコツだ。感謝するならそっちに言っとけよ」
「……私ノ完璧ナオペノ成果デス。感謝ノ言葉ヲ求メマス」
「自律型の遺失機構群か…礼を言う。助かった。」
「素直ハ良イコトデスネ。」
ニノは満足そうにクルクルと回った。
「あ、起きたんですね! 良かった……」
そこへ、シエラが湯気の立つ木皿を運んできた。
「食欲はありますか? 更紗蟹でスープを作ったんです。」
「…貴様まで……!」
「怪我が治ったら出てってよ!!あと、武器は二度と渡さない!」
トッティはまだ怖いのか、部屋の外から悪態をつく。
その声を聞いたルルマリは、ベッドに寝たまま頭を押さえた。
「……どいつもこいつも甘い連中だ……理解できん。」
「ハハッお褒めにあずかり光栄だ。」
アグラの馬鹿なひと言に、ルルマリは「ふっ…」と笑った。
あまりに危うい同居人を乗せて、船は砂漠の果てにある「錆びた指先」へとその船首を向けるのだった。
砂界の歩き方
・戦働…兵器、武器に分類される遺失機構群が本来持つ殺傷能力を取り戻した状態。赤い血族なら誰でもできる起動とは違い、その武器を深く理解し、扱える者が手にした時のみ発動する。
・ルルマリ…年齢22歳、身長170cm、体重65kg、デカい尻、長い手足、くびれた腰、強いメンタル、高い誇り、赤い髪、苦手だった教科は算術。
・アルエース…ルルマリの機獣。起動していなければただの可愛い馬(六本脚)。知性はあるので、ちゃんとルルマリを飼い主と認識している。ゴールドシップが10頭集まれば蹴り勝てる。




