10.交砂路で捕まえて
砂風舞う天を突く五本の巨大な「影」。
地中から這い出そうとした巨人の手が、そのまま化石となったかのように見えるそれは、岩などではない。
かつて星の天辺を夢見た古代文明が築き上げた、超高層建造物の成れの果てらしい。
赤錆に覆われ、幾何学的な紋様が刻まれた巨大な「指」に囲まれた場所に、白く乾いた石造りの建物が並ぶ。
その間を抜ける風に色とりどりの布が旗めいていた。
砂漠の吹き溜まり「錆びた指先」
「……なぁ、アグラ。本当によかったのかな」
更紗蟹の串焼きが放つ香ばしい匂いの中、トッティが不安げに呟いた。
「シエラをあの女と二人きりにして。……いや、ニノもいるけど……あいつじゃ護衛にならないし…」
アグラは石畳の感触を足の裏で確かめながら、一時間前の船内でのやり取りを思い出していた。
―入港直前のルアー号
「……ダメだ。シエラ、お前は船に残れ。その『白い肌』をこの街で見せびらかすのは、裸で骨白狼の群れに突っ込むようなもんだ」
アグラの断固とした言葉に、シエラは黙って俯いた。
その肩には、大剣から元の姿に戻っていた白い外套が、ただの布のように静かにかかっている。
「でも、アグラさん……」
「ニノが船の整備で残る。こいつと一緒にいろ」
「 私ニ護衛ハ無理デスヨ。私ノ役割ハ修理ト自画自賛デス。戦闘用外装モ外シテ居マス」
ニノが抗議するように両手をバタつかせると、それをアグラは鼻で笑った。
「知ってるよ。お前にできるのは、せいぜい敵に嫌味をお見舞いするくらいだろ?」
「失礼ナ奴ダ。オマエノ鼻骨ヲ百万馬力アームで粉砕シテヤロウカ!」
喧嘩を始める二人を無視して、トッティが話に入ってくる。
「本当は…僕が1人で街へ行って、アグラにはシエラと一緒に残ってもらうのが正解だと思う。けど……」
「今回、それはできねぇ。」
アグラははっきりとそう口にする。
「そう。できないんだ……」
代わりに答えたのはトッティだった。
「漠族は無法者だけど、その分、面子とルール……いわゆる『砂の掟』にはうるさいんだ。名の通った漠族じゃないと、それ相応の扱いはしてもらえない。……この一味の頭は“天墜”のアグラで通ってる。アグラ自身が行かないと、交渉の席にも着かせてもらえないのさ」
「……天墜?」
離れたベッドで横になっていたルルマリが、その名に反応して顔を上げた。
「……貴様があの“天墜”だと…?熱砂大鷲をたった一人で狩ったという…」
「……周りが勝手に呼んでるだけだ。おれはただ、腹が減ってたから食えそうな鳥を落としただけだよ」
アグラが興味なさそうに吐き捨てると、ニノがすかさず茶々を入れる。
「“天墜”……墜チルガゴトキ男。アグラノ知能レベルニピッタリノ二ツ名デスネ」
「うるせぇ、ぶっ壊すぞ! 玉ッコロ!!」
包帯に巻かれた上半身を少しだけ起こしたルルマリは、シエラを見て話を続けた。
「……助けて貰った礼に、いいことをひとつ教えてやる。帝国の追っ手がここへ来るまでは、まだ時間がある。……少なくとも五日はな」
「……根拠は?」
トッティが疑いの眼差しを向ける。
「お前らの話が本当なら『鮮紅の猟犬』は、あの日の戦いで半壊した。軍は一度再編のために退くはずだ。そして、帝都とこの街の位置関係を考えれば、どれだけ急いでも五日はかかる」
「……」
トッティは疑いの視線を彼女に向けた。
「それがお前の嘘で、すぐ近くで合図を待ってる伏兵がいるかもしれない。アグラとシエラが離れるのを、舌なめずりして待ってるんじゃないの?」
船内に沈黙が流れる。
ルルマリは「ふん…」と少し笑う。
「……トッティと言ったか。貴様の意見は的確だ。軍人としては正解だろう。……だが、もし私の他に「猟犬」が潜んでいたのなら、あの甲板での一騎打ちの最中に、全員でその男を殺していただろうな。……何度も、そうする隙はあった」
アグラは「ケッ」と眉を歪めた。
「……確かにあの時、複数の伏兵に襲われてたら、おれは今頃砂の底だ」
しかし「疑う理由はまだある」とトッティは譲らない。
「お前は自分のことを、第三血位だと言った。いくら学のない僕たちでも、それが『紅血』の一族だってことくらいはわかる。そんな大物、シエラ関係なしに、今すぐ助けにきてもおかしくないはずだ」
「第三血位って……?」
首を傾げるシエラに、ニノが情報を整理する。
「解説シマショウ。赤イ血族ノ中ニハ、特別ナ一族ガ在リマス。ソレガ『紅血ノ一族』。統一帝国ノ皇帝、通称“紅帝”トソノ血筋デス。紅帝ノ子供達ハ産マレタ順ニ血位ヲ与エラレ、序列ガ決マリマス。第三血位トハ……スナワチ」
「つまり、皇女さま?」
シエラの言葉に、アグラが目を見開いてルルマリを凝視した。
「……お前、皇女なのか?」
「やっぱり気づいてなかったのかよ! とんでもない大物だよ、この女は!」
トッティが頭を抱える。
「私を助けに…か…」
「それならば、余計に心配無用だと思うぞ」
「?」疑問の目線がルルマリに集まる。
「……おそらく私は、もうその地位にはいない」
ルルマリは自嘲気味に目を伏せた。
「いや、軍の公式記録では、既に戦死扱いになっているはずだ」
「……どういう意味だ?」
「それを貴様らに説明してやるつもりはない」
ルルマリが突き放すように言うと、トッティが「ほら、やっぱり信用できないよ!」と叫ぶ。
だが、シエラが静かに歩み寄り、ルルマリのベッドの側に立った。
「いいじゃないですか。……この方は、私を狙わないと約束してくれました。私はその言葉を信じます。……アグラさんも、そう思ったからあの時武器を返したんでしょう?」
アグラはポリポリと頬を掻いた。
「……おれは何となく信じただけだ。なんの根拠もねぇ。」
「……本当にお人好しだな」
ルルマリは呆れたように息を漏らし、トッティを見た。
「トッティと言ったか。貴様はどうする? 私を信じるか、それともここで殺しておくか?」
【錆びた指先】中央通り
「狙われたシエラ自身がああ言うんだ。おれ達がとやかく言っても仕方ねぇよ。」
トッティは「僕だけ心配して馬鹿みたいじゃないか…」と言いながらアグラと並んで街の奥へと進む。
「錆びた指先」は無法者たちにとって物流の要だ。
大きな中央通りには、見るからに荒くれ者といった奴らが騒がしく行き交っている。
その路肩には、決して上品とは言えない露店が立ち並び、白い石を加工して作る色とりどりの砂絹を売る店、その隣には砂岩蠍の甲羅や肉を売る威勢のいい屋台。何に使うのかも分からない遺失機構群を並べる怪しい商人までいる。
「しっかし、いつ来ても賑やかな街だなぁ!腹減ってきた」
「情報収集と物資調達が先だよ、アグラ」
二人がそんな軽口を叩きながら歩いていると、人混みの向こうから弾むような声が響いた。
「やっぱり!アグラじゃん!!」
声の主は、褐色肌をした女だった。
黒髪のショートカット、デコに上げたゴーグルが特徴的だ。
「……アシクミじゃねえか」
「アシクミ“さん”だろ! 私の方が先輩で年も上だ!」
「久しぶり、アシクミさん」
「おう! トッティも久しぶりだな。相変わらずアグラのお守りか?」
「相変わらずだよ、アシクミさんも相変わらず元気そうだね」
アグラは周囲を見渡しながら尋ねた。
「ヒジカケのおっさんはどうした? いねぇのか?」
「親方なら『交砂路』にいるよ。顔出していくかい?」
中央通りを進んだ先、街中の通りの交差する広場には、一際大きな白い建物がある。
―店の名は「交砂路」。
情報と物資が交差する、この街の心臓部だ。
8方に開いた扉のない入り口をくぐると、巨大な天窓から色鮮やかな布を透かして、柔らかな光が降り注いでいる。
酒場のようになっている1階部分には、通りとは比べものにならない喧騒が響き、何やら人集りができていた。
「やれぇー!」
「ぶっ殺せぇー!」
「やっちまえ!」
交砂路に入ったアグラたちの耳に、荒っぽい怒号が届いた。
「なんだなんだぁ?喧嘩かぁ?」と嬉しそうな顔で真っ直ぐ人集りに向かうアグラと、「なになに!アンタも混ざる感じ!?」と楽しそうにアグラを煽るアシクミ。
人集りを掻き分けてズンズン進む2人の背中に、トッティは叫ぶ。
「ほんとに言ってる!?やめときなよ!」
人を掻き分け辿りついた騒ぎの中心には2mをゆうに超える巨漢が立っていた。
片目に古い拡大鏡、顎にはたっぷりの髭をたくわえ、背中には大きな金槌。
「…ヒジカケのおっさん!? 」
「親方!?何やってんの!」
アグラとアシクミの呼ぶ声に、その巨漢――ヒジカケは、胸ぐらを掴んで持ち上げていた男を「ドスン!」と地面に落とした。
そして地響きのような声で、
「……半人前ェ…お前ェ、どこほっつき歩いて……ん?…テメェ!“天墜”のアグラかァ!?……久しぶりじゃねェか!!」
「交砂路」、そこは荒くれ者の街。
そして、運命が交差する街…。
砂界の歩き方
・砂岩蠍…白くて硬い甲羅を持った砂漠の狩人。保護色によるステルス機能は素晴らしく、砂漠に生きる生物でも随一。10匹程の群れで生活している。数カ月何も食べなくても死なない。
・骨白狼…非常に狡猾な肉食生物。10〜20匹の群れで砂漠を放浪する。極稀に「魔骨狼」と呼ばれる異常に強く大きい個体も産まれるらしい。砂岩蠍たちとは食って食われる良きライバル。息は臭そう。
・「砂の掟」…漠族が最も尊重しているルール。漠族とは、基本的に統一帝国では生きていけなかったり、支配を拒んだりした「赤い血族」がなる場合が多い。彼らは国や皇帝に縛られるのを嫌うが、古くから漠族の間で伝わるこの掟だけは守る。守らなければ生きていけないからだ。




