07.少女を包むそれは
ルアー号のメインマストが大きく風を孕み、砂の海を滑るように進んでいた。
外甲板。手すりに身を乗り出すようにして、アグラとシエラが砂漠の風景を眺めている。トッティはすぐ後ろの操舵席で舵を握っていた。
ふとアグラは、砂漠を楽しそうに見つめるシエラに視線を移す。
そして彼女の首元から足首までをすっぽりと包み込む真っ白な外套を、指先でつついた。
「……おい、これ本当にあの鉄板か? 叩いても響かねぇし、ただの布じゃねぇか。おい、剣になれ。ほら、シャキーンと行けよ!」
「ちょ、ちょっとアグラさん! 引っ張らないでください、脱げちゃいます!」
アグラのガサツ加減に、トッティが呆れた声を出す。
「アグラって…ほんと残念だよね。女の子の服をベタベタ触っちゃダメに決まってるでしよ。……変態なの?」
「うるせぇ、鉄板はおれの相棒なんだよ! シエラ、ちょっと貸せ。おれが振ればまた剣に――」
「だ、ダメです!アグラさん エッチです!」
シエラが叫び、アグラの脛を思い切り蹴飛ばした。怒りに震える彼女の頬は、赤くなる代わりに内側からほんのりと白く発光し、神秘的な燐光を放つ。
「いってぇ! ……ったく、シエラは意外と気が強ぇな。まだ子供のくせによ」
「子供じゃありません! 16歳です! 白い民は、16歳になれば村の外に出てもいいんです!それにお二人だってまだ大人に見えませんけど!」
シエラは外套の裾をギュッと抱え込み、まだ少し光っている頬を隠すように顔を背けた。
「はぁ!?トッティはまだ17のガキんちょだが、おれはもう19だ!大人だ!」
「誰がガキんちょだ」
「全然年変わらないじゃないですか!アグラさんが大人ならみんな大人です!」
「そういう屁理屈が子供だっつうんだよ!」
「屁理屈ですって!?」
ギャーギャーと“子供”の争いが、静かな砂漠に響く。
――「はぁ……それにしても、16で村の外へねぇ。……おれがその歳の頃は、まだゴミの山で溺れてたな。」
「えっ……そうなんですか?」
「ああ」とアグラが笑う。
「おれたちの故郷は帝国の『掃き溜め』だ。帝国領の一番端で、一番汚ねぇ街だ。法律も届かねぇその街。おれはそこでカウチって爺さんに拾われたんだが、赤ん坊のおれの横に、その鉄板とボロボロのルアー号が転がってたらしい。」
「これと、この砂船も…?」
「意味わかんねぇだろ?」そう言ってまたアグラは笑った。
「ルアー号はおれと爺さんの家になったが、鉄板はただ重いだけのガラクタでなぁ。おれがガキの頃は、そいつを台座代わりにしてメシを食ってたよ」
トッティが横から口を出す。
「そうそう。あの頃は隅っこでずーっと砂埃被ってたよな。」
「遺失機構群だってことは分かってたんだが、おれがいくら叩いても、逆立ちしても、ウンともスンとも言わねぇ。ただの鉄じゃない鉄の塊。それが、昨日突然……剣になりやがった。」
シエラは昨晩の出来事を思い出していた。
フワリと直立した金属の板に浮かび上がった文字……。
「爺さんが事あるごとに言うんだよ。『いつかそれが必要になる時がきっと来る。それまで心身共に鍛えなさい。』ってな。だからおれは体力つけるために、毎日ゴミの山を泳いで、重い鉄板を引きずって回った。5日間ぶっ続けでゴミの中に潜って宝探しをしたこともあるんだぜ」
「あったね〜…。 死にそうになりながら上がってきたアグラが、更紗蟹を見せて“食おう!”って笑った時は、こいつマジで馬鹿だと思ったよ」
トッティが肩をすくめて笑うと、アグラも豪快に笑い返した。
「ハハハ! 結局、おれの人生はゴミ拾いから始まってんだ。その鉄板が布になろうが、お前を守る道具になろうが、おれがそいつを手放さねぇのは変わらねぇよ」
「……アグラさん…」
「アグラ、それって…シエラを手放さない宣言にならない?」
「えっ…アグラさん!?」再びシエラの頬に燐光が浮かぶ。
「はぁ!?なんでそうなんだよ!鉄板の話だろうが!」
トッティに怒鳴るアグラを見ながら、シエラは自分を包む白い布の感触を確かめる。
そして二人の歩んできた道を想像した。
「アグラノ知能指数、依然トシテ低下。性欲、依然トシテ上昇。シエラ、コノ馬鹿ハ砂漠ニ放リ投ゲルノガ最善策デス。旅ヲ許サレタバカリノ純真ナ少女ニ触レルナド、事案デス。」
ニノの冷淡なツッコミに、アグラが「誰が事案だ!」と吠える。
「……ニノさんは? ニノさんも、その街で?」
恥ずかしさから逃げるため、シエラはニノに問いかける。
するとニノのレンズが怪しく光った。
「良クゾ聞イテクレマシタ、シエラ。アレハ忘レモシナイ2年前、紅血歴3027年ノ流季3月ノコトデス。粗野デ野蛮ナ漠族ニ捕獲サレ、部品取リトシテ分解寸前ダッタ私ヲ、トッティサマガ救イ出シ、知性ト役割ヲ与エテ下サッタアノ感動、アノ感謝、全回路ガ焼き切レル程ノ――」
「あー、ニノ、長い。長いから。もういいよ!」
トッティが慌てて制止するが、ニノの早口な語り止まることを知らないのであった。
―同時刻。統一帝国
黒光りする鋼材に包まれた広間に、軍靴の音が冷たく響いた。
『鮮紅の猟犬』隊長、ベルドーは、片膝を突き、その視線を床に落としていた。
「顔を上げろ、ベルドー。我が剣を失意で曇らせるな」
声をかけたのは、玉座の傍らに立つ、燃えるような赤い髪の男。
帝国軍総帥“第一血位”セイザー。
その佇まいは、若き獅子のような気高さと、部下を慮る深さを湛えていた。
「殿下……。部下三名を失い、妹君である“第三血位”ルルマリ様も戦死。私の不徳の致すところです。……いかなる処分も受ける覚悟です。」
「処分など不要だ。お前が生きて戻り、こうして貴重な情報を持ち帰った。それだけで十分だ」
セイザーは、ベルドーの肩にそっと手を置き、力強く頷いた。
「ルルマリも軍人、元より覚悟あってのことだ。それよりも、その漠族の男のことだ。お前の腕を凌ぐほどの牙か。……面白い。次は、私も前線へ出る」
「殿下 自ら御出陣されるのですか…!」
「ああ。我が『猟犬』の牙を折った男だ。この目で見極めねば気が済まん。……だが先に、他の3人の遺族への弔いだ。」
その時、玉座から重厚な威圧感とともに声が響いた。
「……セイザーよ。余興はそのあたりにせよ」
玉座に座るは、【紅帝】ザイス。
50代半ば。壮年期特有のギラついた野心を瞳に宿し、鍛え上げられた肉体を豪華な衣装に包んでいる。
「ルルマリは残念だったが、『鍵』こそが帝国の悲願。遊びは許さぬぞ。……鍵を、わが御前に持ってこい」
ザイスはそう断じると、マントを翻し、玉座のさらに奥へと続く重い扉へと向かった。
「…はっ!」
「…はっ…」
カツン…コツン…コツン…
王は独り、帝都の最深部、高度な文明の輝きを放つ巨大な隔壁の前に立ち止まった。
青白い光が、ザイスの鋭い顔立ちを照らし出す。
「……もうすぐ会えそうだな、ノアよ……。」
ザイスの言葉が帝都の地下を静かに揺らした。
砂界の歩き方
・帝都…帝国の中央にある都。最大規模の遺失機構群によって都全体が赤い光の障壁に守られている。不気味なその光は、砂漠の砂を一切通さない。潔癖症の人が造ったのかも。
・更紗蟹…砂界の至る所に生息する蟹。大きさは様々で、最大で1メートルを超えるとも言われている。サイズに関わらず美味しい。砂熊もヨダレを垂らす砂漠の逸品。
・紅血歴…初代紅帝が即位した日を始まりとする。この日から赤い血族の王族を【紅血】または【紅血の一族】と呼ぶようになる。赤と紅の違いはと…?
・季節…砂界には流季、枯季、凍季の3つが存在する。それぞれ1〜4月まであり、人々が一番辛いのが枯季である。純粋に雨が振らないため、水を作る遺失機構群に頼るしかない。ドラビアン○イトの蛇口でも無理かもしれない。




