06.オペは詩の前に
砂漠の夜空を切り裂いた釣り針は、正確にアグラのベルトを捉えた。
「…キャッチ。回収プロセス、開始。」
ニノがその百万馬力の剛腕で、しなる長竿を一気に立てる。世にも珍しい遺失機構群の「人間釣り」だ。アグラの体が白銀の大剣ごと夜空へ跳ね上がり、放物線を描いてルアー号の甲板へと叩きつけられた。
「ガハッ……! …クソ……釣り上げられる獲物の気持ちが……よく分かったぜ……」
「イッチョアガリ」
甲板に転がったアグラは、脇腹に深々と突き刺さった大鎌を掴み、苦悶に顔を歪ませる。傷口からは、どす黒い血が止めどなく溢れ、甲板の鉄板をドロリと汚していく。
「アグラ! おい、しっかりしろ!」
トッティが血相を変えて駆け寄る。その手はガタガタと震え、アグラを抱き起こそうとして自分の服が黒く染まるのを見て、さらに顔を青ざめさせた。
「どうしよう、ニノ! 鎌が、鎌が刺さったままだ! 抜いたら死ぬのか!? 抜かなくても死ぬのか!? ああもう、何なんだよあいつら!」
――船の後方、夜の砂漠では、『鮮紅の猟犬』の隊長、ベルドーが動きを止めていた。
砂漠に転がる3つの死体を見て口を開いた。
「……尋常ではないな」
機獣ごとやられた部下3人は、砂熊と戦ったかのこどく損傷が激しい。
敵に一太刀与えた部下も、砂漠の向こうへ叩き飛ばされてしまった。恐らく生きてはいないだろう。
「撤退ですか。隊長」
隊長ベルドーに話しかけたのは、砂の盾に防がれてアグラへとどめを刺せなかった兵士だ。
「バッシ、お前の攻撃を防いだ魔法…あれは『鍵』の魔法だと思うか?」
「恐らくは…。大剣の男は白咎ではなかったように思います。何より遺失機構群を使える白咎など…」
「いるはずがない……か。」
「……俺もあの男は白咎ではないと考えるが……これは…」
「隊長?」
ベルドーの鋭い目が、砂漠に模様をつくる黒い液体を捉えた。
(油…?…いや…黒い……血か?まさか……)
ベルドーはその血を見たことがあった。
その昔、猟犬と呼ばれるずっと前に…。
(…断定はできないが…)
「…退くぞ!装備を回収して船へ戻る!」
「はっ!」
「はっ!……隊長、砂の向こうへ飛ばされたルルマリは如何いたしますか?」
バッシではない若い男が、ベルドーの目を見て尋ねる。
「カイ……この暗さでは捜索困難だ。例の件もある…ルルマリにはここで戦死してもらった方が好都合だ。」
「………はっ…」
隊長ベルドーを筆頭に、生き残ったバッシとカイ。三騎の『猟犬』は牙を収め、白き獲物の追跡を打ち切った。
――「ねぇニノ!アグラ助かる!?」
「トッティサマ、騒音ハ手術ノ妨ゲデス。アグラ、ソコデ死ヌナ。汚レル。……搬送、開始。」
「トッティサマハ、敵ノ追撃ヲ警戒デスヨ」
ニノは淡々とそう言うと、短い腕でアグラの巨体を軽々と、まるで粗大ゴミでも扱うように担ぎ上げハッチへと向かった。
アグラと離れた大剣は、甲板で横になっていたシエラに近寄ると、白い光が消えるのと同時に白い布となり、彼女を優しく包んだ。
「……布になった ……あああ…もうっ…敵来たらどうすんだよぉ!」
薄暗い船内の医務室。ニノはアグラを手術台の上に放り出すように横たえた。
「滅菌済ミノ布ト強炭酸水ガイルナ。」
「…ぅ……ぐっ…」
「アグラ、喚クナ。ウルサイ。」
ニノは棚から色々取り出すと、鋭利なメスを構え、もう光っていない鎌の根元を観察する。
「……マッタク。アグラハ、手ノ掛カルバカデスヨ。……手術、開始。」
「……おい、玉ッコロ。……殺すなよ……」
「安心シロ。麻酔ハ最大出力デ注入済デス。失敗シタラ、砂漠ニ埋メテヤル。ソノ方ガ、ルアー号ガ軽クナル。」
ニノは手際よくアグラの静脈に古い型の麻酔薬を打ち込むと、無機質な指先で、その肉を割き、異質な鎌を引き剥がすための執刀を開始した。
「……内臓ガヒトツ壊レテイルガ、鎌ヲ抜カナカッタノガ功ヲ奏シタ……致命傷一歩手前。運ガ良過ギル。」
意識が混濁していく中、アグラの耳にはニノが鎌を肉から引き剥がす不気味な金属音だけが響いていた。
――翌朝。ルアー号は砂嵐の届かない岩陰に錨を下ろしていた。帝国の重装狩猟部隊「鮮紅の猟犬」の追跡も止まっていた。
船内、粗末なベッドに横たわるアグラは、ニノの手による完璧な処置を終えていた。
その傍らでは、先に目を覚ましたシエラが座っている。
彼女はトッティが持ってきたスープにも手をつけず、アグラの寝顔を不安げに見つめていた。
「……シエラ、起きたんだね」
トッティは疲弊しきった顔で部屋に入ってくると、物が積まれたソファに座った。
「ニノのおかげで、なんとか鎌は抜けたよ。……だけど、傷が深すぎる。何とかって内臓に刺さってたって、ニノが。……助かるのかな……クソっ…」
シエラは、アグラの包帯に滲む黒い血を見つめ、静かに語り始めた。
「トッティさん……。私の家に…白い民に伝わるひとつの『詩』があるんです。」
「…詩?」
「…空の玉座は飢え、久遠の乾きに口を開く。『双血の王』がその身を昏き器と成し、混ざり合わぬ二つの相食む滴を其の内にそそがん。『開白の巫女』よ、銀砂の規律を祈りとせよ。溢るる黒き脈動を、大地に潤いへと導を成さん。混沌に沈む星の白骨は、遂に碧き再誕の産声を上げん。」
「……アグラさんは…」
「……おれが…その双血の王だってか…?馬鹿言え……ててっ…く……」
アグラが、掠れた声で目を開けた。
「アグラぁ!!」
「アグラさん! 動いちゃダメです!」
「あぁ……クソ、脇腹が焼けやがる……。ニノの野郎、麻酔は効いてたが、後が痛ぇよ……」
アグラが苦痛に顔を歪めた時、シエラが祈るように、彼の手を両手で包み込む。
その瞬間だった。
シエラの掌から、透き通るような白い光が溢れ出し、アグラの体へと吸い込まれていく。
包帯の下で黒い血が沸騰するように脈動した。銀色の回路のような光が、致命傷に届きかけていた傷口の奥まで走り抜ける。
その光が動く度に、アグラは苦悶の表情を浮かべる。
「ぐっ……ぉお…!」
「きゃっ…」
「な、なんだ!? 何が起きてる!」
トッティが驚き、部屋の外からスッ飛んできたニノが「異常ナエネルギーヲ検知!急上昇!」とアグラのベッドにぶつかった。
「はぁ…はぁ……死ぬかと思ったぜ…」
光が収まった時、アグラの苦悶は消えていた。彼が信じられないといった様子で包帯を剥がすと、そこにあるはずの深い裂傷が、薄い痕すら残さず完治していた。
「……治った? 嘘だろ、魔法かよ……」
「わ、私も…何が何だか…!」
傷に触れたシエラ自身も、この状況に驚きを隠せないでいた。
「不明。不明。意味不明。キモチワルイ回復力デス。ニノノオペガ無駄ニナッタ。」
ニノが傍らで不服そうに言い放つ。
「シエラ、昨日の砂もそうだけど……今のは、魔法…!?」
トッティが尋ねると、シエラは少し困ったように眉を下げた。
「い、今のは分かりません。魔法は…自分以外を治したりできませんから…。」
「いやいや!今のは絶対魔法でしょ!一瞬で治っちゃったよ!」
トッティは大興奮という感じで、シエラの手とアグラの元傷口辺りを交互に見ている。
「…魔法は…本来、砂の中にある精霊の光を借りて、何かの力に変える事しかできません。砂に小さな光を灯したり、砂を少し動かしたり…」
「……砂の中の精霊、ねぇ」
アグラは昨夜見た、あの幾何学的な砂の壁を思い出した。
「精霊様にしては、随分と理屈っぽい動きをしてたがな……。まぁ、何にせよ、2回も命を助けられちまったな!シエラ!ありがとな!…玉ッコロもだ。助かった!」
ガハハと笑いながら、アグラは勢い良く跳び上がり、体の調子を確かめるように動き始めた。
「…フン。アグラニ理解デキル理屈ナド、コノ世ニ存在シナイ。」
「……こちらこそ…ありがとうございます、アグラさん!」
その頃、遠く離れた砂漠の窪み。
朝日を浴びる一人の女兵士が泥まみれの顔を上げた。
『鮮紅の猟犬』『統一帝国“第三血位”』ルルマリ。
アグラに一矢報いながらも吹き飛ばされた彼女は「戦死」として見捨てられていた。
「……ぐっ……。捨てられたか…。それとも全滅か……。」
彼女の傍らには、半壊しながらも主を守るように佇む機獣『アスエール』が、鼻先を擦り寄せている。
ルルマリは、アグラに自分の鎌を突き立てた瞬間の手応えを思い出していた。
「……確かに刺した。手応えからしても、あの男の傷は浅いはず。致命傷には届いてない……。」
ルルマリは激痛に耐えながら、アステールに手伝ってもらい立ち上がった。彼女の計算では、アグラは生きている。だが、それは「動ける」という意味ではない。
復讐に燃える赤い瞳が、夜の地平線を冷たく射抜いていた。
砂界の歩き方
・白咎…白い民に対する蔑称。良くない言葉。赤い血族の、特に軍人や王族はこの呼び方を使うことが多い。
・血位…統一帝国は王をはじめとする“紅血”が支配している。その中でも王の子ども達は、血位と呼ばれる継承順位をつけられる。少ないほど上の位である。ルルマリは継承順位三位ということになる。軍人王女様。好き。
・魔法…砂の精霊と通じ合える白い民だけの奇跡。砂の中の精霊に祈ることで、光らせたり、動かしたりできる。我○羅ほど強くはない。
・双血の詩…シエラの家に代々伝わるもの。白い民みんなが知っているわけではない。
・砂熊…その名の通り砂漠に住む熊。砂漠の生態系強さランキングには毎年ランクインする強者。もし3匹集まって共闘すれば、砂漠では最強だが、同族を見つけたら殺し合うので叶わぬ夢。室伏さんが50人いれば足止めできる。




