05.猟犬と砂乗り
「……チッ、一匹ずつ相手にするほど暇じゃねぇんだよ!」
アグラは肩に担いだ白銀の巨剣を構え直した。その一動作で甲板の鉄板が軋み、彼の尋常ならざる腕力が知れる。
先ほどの一撃を観察していた4騎の『鮮紅の猟犬』が、再び動き出す。彼らは無秩序な野獣ではない。帝国の冷徹な統率の下に調教された猟犬だ。
連携をして距離を詰めてくる。
機獣の六本脚が砂を爆ぜさせる重低音が、アグラの鼓膜を激しく震わせた。
「アグラ、来るよ! 四時と八時の方向から同時に二騎! ……速いッ!!」
操舵席からトッティの声が上がる。迫る赤い眼光はその血のように冷たく光っていた。
「トッティ!そのまま進み続けろ!」
「アグラッ!?」
アグラが甲板の縁を蹴り、跳躍した。
二つの月に照らされたアグラの背中は、どこか嬉しそうだ。
振りかぶった白銀の大剣。砂釣りで鍛え上げた広背筋と腕力が、その巨大な白銀の質量を、重力さえも味方につけて加速させる。
「おらァァァァァッ!!」
アグラの叫び声と同時に、三騎目の『鮮紅の猟犬』が赤く光る大鎌を振り上げ受け流そうとした。先程の戦闘を見て、受け止めきれないと踏んだようだ。
しかし、アグラの放った一撃はその武器ごと、機獣の半身を「叩き潰した」。金属がひしゃげ、機械の骨格が砕け散る凄まじい音と共に、帝国兵は吹き飛ばされる。
「ハッハッ!!次ィ〜!!」
着地の勢いそのままに、アグラ向かってきた四騎目に体を向ける。
敵はまた同じ大鎌。
「吹っ飛ばしてやらァ!!」
アグラは白銀に光る大剣を横薙ぎに振り抜く。
―――ブォォオオ!
巨大な塊が風を切る。
が…、敵も精鋭。機獣を足場に跳躍し、アグラの一撃を躱しかと思えば、彼をそのまま飛び越えて背後から大鎌を振りかざす。
「…漠族を…舐めてんじゃねェぞ!!」
アグラは振り向きざまに大剣をブン回す。
斬るのではない。数トンの鉄塊を、時速百キロで叩きつけるような、純粋な暴力。四騎目の帝国兵は砂丘の向こう側へと吹き飛ばされる。
「……はぁ、はぁ……。ぐっ…ぁ…ッ!!」
だか、敵も精鋭、アグラの腰付近には赤く光る大鎌が突き刺さっていた。
「やべぇな…クソッ……それに…重てぇんだよ、このガラクタ……っ!」
アグラの腕の筋肉が、悲鳴を上げるように脈動し、腰から黒い血が溢れ出る。
その隙を、猟犬が見逃すはずはない。
――ドドドドドド……ッ!
アグラの視界の外、真後ろの砂の中から、五騎目が姿を現した。
最初から砂に潜み、獲物の死角を計算し尽くしていた伏兵。
最初から追ってきていた残りの2騎も迫ってきているのが見える。
アグラが体勢を立て直す前に、赤い大鎌がアグラの首筋を目掛けて振り下ろされる。
「アグラ!! 後ろッ!!」
距離が離れていくトッティの絶叫が響くが、間に合わない。アグラも死を覚悟した、その時だった。
「――やめて!!」
シエラが叫び、手を伸ばした。
その瞬間、アグラの背後の「砂」が変質した。
それは、自然な砂の動きではなかった。
舞い上がった無数の砂粒が、空中でピタリと静止し、互いに目に見えない糸で結ばれたかのように、正多角形の模様を描き出したのだ。
月光を鏡のように反射するその白い砂の壁は、あまりに精密で、生物的な温かみを一切感じさせない。
――ガギィィィィィン……ッ!!
五騎目の大鎌が、空中に固定された「白砂の盾」に激突し、火花を散らす。
「!?」
帝国兵は一瞬怯んだか、すぐに体勢を立て直そうとした。
「……ッ!? 何だ、今のは……」
アグラは、離れていく船上のシエラ、その瞳の奥に銀色の回路のような冷たい輝きを見た。
「……ハッ。おもしれぇ……砂までおれの味方を…する…ってのか……よ」
――バタッ…!
アグラが倒れ込むと同時に、白銀の大剣はフワリ動き、刀身の広い身幅を利用してアグラを受け止めた。
先程攻撃を防がれた敵兵が、白砂の盾を躱して斬り掛かってくる。
しかし、アグラに当たると思われたその瞬間、倒れているはずのアグラの体が、砂を滑るように動き出した。
白銀の大剣はアグラを乗せたまま、まるでソリのように砂漠を滑る。
「アグラが…こっちに滑ってくる…!?どうなってんの!?」
「…はぁはぁ……あの…不思議な剣…はぁ…恐らく…銀盤の……力です…はぁ」
「銀盤!?なんでそんなこと知って……え!?」
――パタッ……
トッティが振り返ると、シエラは甲板に倒れてゼェゼェと肩で息をしていた。
「ちょちょ!ちょっと!大丈夫!?」
「はぁ…はぁ…」
トッティは舵を固定してシエラに駆け寄ると、彼女の肌の下で血液のように光が循環しているのが分かった。
「あ〜〜もう!どうすればいいんだよ!」
「ピピ……再起動完了……。」
ニノが船尾に引っかかった状態で目を覚ます。
「オヤ、ココハ…?」
「ニノハ、カッコヨク爆発シタハズデハ…?……ン?」
船尾のニノは、砂面を滑り船を追いかけてくるアグラを見つけた。
「……ハァ、コンナ時二、砂乗リ遊ビトハ……アグラハ、ノンキデスネ…」
ニノは甲板によじ登り、倒れるシエラと慌てふためくトッティを見て、思案した。
(ナルホド……タブン…マズイ状況デスネ?)
「トッティサマ、状況ハ理解シマシタ。ニノ二オマカセヲ。」
「ニノ!?生きてたの!?」
「ニノハ機械ナノデ、ズット死ンデイマスヨ。」
「ふざけてる場合じゃないよ!シエラは倒れるしアグラは死にかけで滑ってるし!」
「アグラノ役立タズハ、オマカセクダサイ」
「トッティサマハ、ソイツヲ看病デス。」
「任せるったって…!」
「……ヨッ」
ニノは甲板に置かれているアグラの長い釣り竿を掴むと、軽々と持ち上げて振り回した。
「ニノノ腕力ハ百万バリキ。」
「サァ、オバカ釣リノ時間デス。」
――ブォン!!
飛んでいく釣り針は、流れ星のように砂漠の夜空を切り裂いた。
砂界の歩き方
・言葉…砂界には言語が一つしかない。正確には、数多くあった言葉が混ざり合って今の言葉になっている。白い民も同じ言語を扱うが、異星からの侵略者のはずなのに、何故なのか。ちなみに文字に書く時は、2種類を組み合わせて使う。大谷くんばりの二刀流。
・砂乗り…砂界の数少ない娯楽の一つ。帝国人と白い民も荒くれ者もみんな好き。大波砂の時期は特に盛ん。
・銀盤…アグラの変形した鉄板を指してシエラはそう呼んだ。ただの剣じゃないみたい。シエラは隠し事が多そうですね。A secret makes a woman woman…てね。




