04.銀盤は歌う
ルアー号の外甲板に飛び出したアグラの頬を、凍てつく夜風が切り裂いた。
三時の方向。砂丘を割りながら迫るのは、帝国の重装狩猟部隊――通称『鮮紅の猟犬』
六本脚の騎乗型遺失機構群が月明かりの下、赤い眼光をギラつかせて迫る。
「トッティ! 風帆を出せ! 吹き下ろしの風拾って加速しろ!」
「分かってるよ! でもあいつらの速さが尋常じゃない! 追いつかれるッ!」
騎乗型の遺失機構群はその存在が珍しい。トッティやアグラも追われるのは初めてだ。
「ハハ…!参ったな…!」
ニヤリと笑うアグラにも焦りが見える。
ルアー号が砂丘を下り始めると同時に、迫る先頭の一騎が跳躍した。夜空に浮かぶ二つの月を背に、六本脚の機獣に跨る人のシルエットが浮かび上がる。
(クソが……ッ! 甲板に乗ってくる…!)
アグラが腰にぶら下げていたサルベージ用の爆筒に手をかけたその瞬間、後ろの階段から黄色くて丸い物が飛び出した。
ガコォン!!
「……計算終了。自己犠牲モード…オン。アグラ、トッティサマ。今日マデ、オ世話ニナリマシタ。」
「は……?」
「ニノ!?」
外甲板に転がり出てきたニノが、その黄色い球体を真っ赤に明滅させ、内臓スラスターを最大出力で噴射した。
「自爆する気か!!あのポンコツ!!」
「意味わかんないよ!どういう思考回路してんの!?」
「ウォーパーツタルモノ、戦場デハ人間ヲ守ルベシ。……サヨナラ、グッバイ…デスヨ!!」
「 何が『サヨナラ』だバカ野郎! お前の自爆なんか花火にもなりゃしねぇよ!」
アグラが叫んでも、ニノは既に「自己犠牲モード」の最高潮。
捨て身の特攻をかけるその時、内甲板から世界を震わせるほどの重低音が響いた。
――ゴゴゴゴゴ……バキッ…バキバキ…!
甲板の床がひとりでに剥がれ、穴が開いた。
内甲板に繋がるその穴からは、シエラを乗せたままの「鉄板」が現れる。
「きゃあぁっ!?」
「シエラ!?」
鉄板はシエラを優しく甲板に降ろすと、自爆までのカウントダウン点滅をしているニノに向かって飛んでいく。
――ピカッ…!!!
鉄板が纏っていた白い光が激しく瞬いた。
その瞬間、ニノの自爆点滅は止まり、そのまま落下して船尾の端に引っかかった。
完全に機能停止している。
鉄板は勢いを保ったまま、宙にいる敵の先頭騎兵を、その質量を使った体当たりで砂漠へ叩き落とした。
一瞬の出来事に全員があっけにとられる中、鉄板がフワフワとアグラとシエラの前に直立して止まる。
鉄板は発光を止めることなく、アグラの「黒ずんだ血」を求めるように熱く、鋭く吠えた。
―キイィィーン…―
アグラは反射的に、鉄板に手をのばす。
その瞬間、掌を突き破らんばかりの衝撃が走り、漆黒の鉄板の表面に、鈍い銀色の文字が次々と浮かび上がった。
『――非純血、混合因子検知』
『双血ノ王ヲ承認』
その時、アグラの背後で怯えるように鉄板を見つめていたシエラの身体が、強く輝いた。
「きゃっ……体が…」
鉄板の表面に、新たな文字が刻まれる。
『――純白ノ血脈、検知。巫女ノ因子、確認』
『開白ノ巫女ヲ承認』
アグラとシエラ。二人の血が揃った瞬間、鉄板は歓喜の咆哮を上げた。
漆黒の表面に、鈍い銀色の光が渦を巻く。
『――条件達成。アンシーテッド・システム、ロック解除。二ツノ血族、其ノ果テノ未来ニ、ノアノ祝福ヲ』
一際眩しく白光を放った鉄板は、バキバキと音を立てて形を変えていく。
――同じ時、どこかの暗い空間―――
「やっとこの時が……」
姿を変えた鉄板は、アグラの背丈を凌ぐ、巨大で無骨な『剣』へと姿を変えた。
全てを叩き潰すためだけに鍛え上げられた、白銀に光る鉄の塊。
――ガァァァァァッ!
追撃の騎乗兵が、ルアー号の舷側へその爪をかけて外甲板へ迫る。赤い雷光を纏った大鎌は起動した遺失機構群だろう。
「……お呼びじゃねぇんだよ、帝国の猟犬共がぁぁぁッ!!」
アグラは、己の身長ほどもある巨大な剣を、両手で、いや、全身の重さを乗せて振り抜いた。
ただの剣撃ではない。それはやはり、圧倒的な「質量」の暴力だった。
――ブォォォォォン……ッ!!
空気が爆ぜる音がした。
次の瞬間、アグラの黒鉄は大鎌を、それを構えていた騎兵を、そして彼が駆る騎乗型遺失機構群ごと、真っ向から叩き潰した。
――メキメキメキ、ドォォォォォォォンッ!!
鮮紅の装甲が、肉が、骨が、そして機械の骨格が、砂漠の夜に砕け散る。
ぶった斬られた騎兵は、悲鳴を上げる間もなく、巨大な鉄の塊の下敷きとなり、赤い燐光を撒き散らしながら砂の上へと崩れ落ちた。
「……はぁ、はぁ……ッ! ……なんだ、こいつは……」
アグラは、自分の手の内に残る、凄まじい「熱」に震えた。
一撃で、帝国軍の精鋭を、その騎獣ごと葬り去ったのだ。
「ア、グラ……さん……?」
「まじかよ……。保冷剤じゃなかったのかよ……」
トッティとシエラは驚きで動けずにいた。
ぶった切られた仲間を前に、『鮮紅の猟犬』の群れが一瞬、動きを止める。
だが、それは恐怖ではない。獲物の異質な力を、より確実に仕留めるための、作戦としての沈黙だった。
「……まだまだ来やがるな」
アグラは返り血を拭い、巨大な剣を肩に担ぎ直した。
濁った血の漠族と、白い血の少女。
二つの血が、夜の砂漠で牙を剥く。
砂界の歩き方
・鮮紅の猟犬…全七騎からなる帝国の重装狩猟部隊。精鋭の部類に入る。男女比は5対2。
・騎乗型遺失機構群…帝国の中でも珍しい遺失機構群。鮮紅の猟犬が乗っているものは、同時期に見つかった同型で、馬と鹿を混ぜたような機獣。脚は六本。乗るときに起動するが、起動していない時は、家畜のように自律している。見た目より軽いので海沿いの高速道路では揺れると思われる。
・自己犠牲プログラム…自律型ウォーパーツの多くに組み込まれているプログラム。条件が重なると、今回のニノのように自己犠牲モードととなる。自爆以外にも「ここは俺に任せて先に行け」というバージョンも。海底鬼○城のバギーちゃんはまさにこれ。




