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03.濁りと純血

太陽が地平線に沈むと、砂漠は一変して「死の静寂」に包まれる。


昼間の酷暑を吸い尽くすような極寒の闇。逆流砂の森を抜けた先、砂丘の陰に隠れたルアー号の周囲では、凍てつく夜風が野獣の咆哮のように吹き荒れていた。

だが、オイルと古い鉄の匂いが立ち込める内甲板だけは、奇妙な熱に包まれていた。

 

少女を乗せたままの「椅子」――あの無骨な鉄板が、意思を持つように外甲板からスルスルと滑り込んできたのだ。内甲板の床を音もなく移動し、居住区の定位置にピタリと収まる。


「……目ガ覚メルマデ、ニノガ看病シマス。コノ娘、ヒドイ熱中症。砂ノ裂傷モ多イ。……疲労コンパイダ」


 ニノが黄色い丸い体を揺らし、冷却スプレーを少女の額に吹き付ける。

不思議なことに、少女の血を吸った「鉄板」は、今もほんのりと白い光を放ち、彼女の体温を包み込むように安定させていた。ただの重い鉄の塊だったはずのそれが、今はまるで彼女専用の寝床だ。


「おい、トッティ……あの椅子、光ってねぇか? 勝手に動き出しやがって。保冷剤にしてた時は一回もこんなことなかったのによ」


アグラは腕を組み、横たわる少女――シエラをじっと見つめた。


真珠色の血。帝国が血眼になって狩り立てる「白い民」。酒場で聞いた話じゃ、かつてこの星をめちゃくちゃにした「空から来た人殺し」の生き残りだって忌み嫌われてる連中だ。


「うん……あの子が乗ってから、なんか……落ち着いてるみたい。まるで、あの子を守ってるみたいにさ」


トッティが不安げに、ボロボロの帽子をいじりながら言った。


「なぁ、アグラ。やっぱりマズイよ、これ。白い民なんて、関わっただけで『血色浄化』の対象だよ。おれたち漠族の自由も、帝国に見つかったらおしまいだ…」


だが、アグラは鼻で笑った。

「帝国が何をがなり立ててようが、おれには関係ねぇ。人殺しの末裔だなんだって、そんな大昔の御託より、おれはさっきの『ありがとう』を信じるね。……あんなツラして礼を言うヤツが、帝国を滅ぼす悪魔に見えるかよ」


「それはそうだけどさぁ……」


「……う、ん……」


二人の会話を遮るように、小さな呻き声が漏れた。シエラがゆっくりと瞼を持ち上げる。


「……あ、なた……は……」


「目ガ覚メタ。……!? ……ナンダ、コノ娘、異常ダ!」


ニノが突然、激しい警告音のような電子音を鳴らした。アームでシエラの腕や脚の傷跡をスキャンし、丸い体をガタガタと震わせる。


「……ドウナッテイル。裂傷ガ、再生速度ガ、通常ノ人間トハ桁違イデス!」


ニノの驚愕の声に、トッティが「やっぱりか」と顔を引きつらせた。


「……なあ、アグラ。酒場で聞いた眉唾の話だけどさ。白い民ってのは、血の中に棲む精霊だか魔法だかが、どんな傷も治しちまうらしいんだ。二十歳を過ぎたあたりで時間が止まって、何百年も生きるってな……。バカげたお伽話だと思ってたけど、マジだったのかよ……」


シエラは震える唇を噛み、アグラを、トッティを、そしてニノを捉えた。


「……ありがとうございました。……私のような者を……助けてくださって……」


シエラは、消え入りそうな声で精一杯の感謝を口にした。


「礼ならもう聞いた。……おれはアグラだ。こいつはトッティ。丸い黄色がニノだ。……お前、名前は?」


「……シエラ、と申します」


シエラは、彼にすがるような、それでいて深い疑念の混じった目で見つめた。


「……アグラさん。一つ、伺ってもいいですか」


「なんだ」


「あなたは……赤い血族クリムゾンのはずです。支配する側のあなたが、なぜ……忌むべき私を、こうして……?」


シエラの言葉には、長年の迫害で染み付いた「赤」への恐怖が滲んでいた。


その問いに、アグラの表情から余裕が消えた。彼はふい、と視線を逸らし、自分の汚れにまみれた手の甲を眺めた。


「……おれは、クリムゾンじゃねぇ」


その声は低く、砂漠の夜風よりもどこか寂しく響いた。


「おれの血は、汚ねぇんだよ。……あいつらみたいに透き通った赤じゃねぇ。どす黒く濁った、訳の分からねぇ血だ」


アグラはそれ以上、何も語らなかった。具体的なことは何一つ言わなかったが、その「濁り」という言葉に込められた拒絶感が、彼が背負ってきた疎外感の重さを物語っていた。


傍らで、トッティが痛々しいものを見るような、それでいて複雑に歪んだ表情でアグラを見つめていた。アグラがその「血」ゆえに、どれだけ大変な人生を歩んできたのか――それを知るトッティだけが、彼の言葉の裏にある悲しみを知っていた。


シエラは息を呑んだ。この男もまた、自分の血に縛られ、血の歴史に弾き出された一人なのだと気づいたからだ。


「……そう、だったのですね……」

「……私は、砂漠の端にある、小さな集落で……仲間たちと隠れて暮らしていました。一族には代々、ある『決まり』があって……私は、それを果たすために旅に出たのです」


 しきたりの本当の意味については、まだ口にできなかった。けれど、アグラの「濁った血」の話を聞いた後では、先ほどよりも少しだけ、彼との距離が縮まったように感じた。


「……なるほどね。その決まりってのの途中で、帝国に捕まりかけたってわけだ」


「運のねぇ話だ。だが、お前の血が何色でも、おれには関係ねぇ。血の色に拘らず礼を言うような奴を砂漠に捨てたら、漠族アグラの名が廃るんだわ。……しばらくはここに居ろ」


アグラの無骨な理屈に、シエラは小さく頷いた。

しかし、背中の下――白い光を放つ鉄板から伝わってくる温もりが、彼女に何かを訴えかけているようだった。


その時だ。


 ――キィィィィィィィン……ッ!


鉄板が放つ音が、一段と高くなる。それと呼応するように、壁一面が窓になっている内甲板の照明が赤くなった。


「あーっ! またかよ! 3時の方向、逆流砂の森の向こう側! ……今度はサーチライトじゃないのが来てる!」


窓に張り付くトッティの叫び声に、アグラは一瞬で表情を変えた。


「ニノ! 出力は!?」


白流ハクリュウ航行、使用不能! 風帆デニゲロ!」


アグラは即座に外甲板へのハッチへと手をかけた。


「シエラ、そこに座ってろ。……今度は釣り竿じゃねぇ、もっと荒っぽい仕事になりそうだ」


「アグラさん、私も……!」


「いいから座ってろ! お前はまだ、おれの『獲物』だ。これ以上怪我されたら、おれのプライドに傷がつくんだわ!」


その言葉に、シエラの座る鉄板の光が強かなった。


夜の砂漠を切り裂いて迫るのは、帝国の重装騎兵部隊。


鉄板よ、力を示せ!

砂界の歩き方


・白い民その②…白い民はクリムゾンより遥かに寿命がながい。身体のピークを迎えるまではクリムゾンと成長速度は変わらないが、ピークの状態で長い時を生きることができる。そして怪我の治りも早いし、病気にも殆どかからない。それもこれも“精霊”が彼らを守っているからだ。白くて長い、まるでネギ。


・精霊…■■■■■を通じて白い民を助ける。きっとフリ○ザも助ける。


・ルアー号…あまり聞き慣れない外甲板と内甲板がある砂船。外甲板は全てトッティが造った。操舵席も。外甲板から階段を降ると、元からある内甲板がある。ということはルアー号には元々操舵席もない。窓があって生活できるだけの箱に近い。船なのか?ナミヘイなのか?

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