02.滴る白
「きぁぁぁっ!?」
放物線を描いて飛んできた少女を、アグラは外甲板の中央――あの「椅子」の上で、文字通り受け止めた。
ずっしりとした生身の重み。そして、砂の匂いとは違う人の香り。
「よし、一丁上がりだ! ……って、おい!大丈夫か、お前!」
アグラの腕の中で、シエラは激しく肩を上下させていた。
ボロボロの修道服、砂に削られた白い肌。だが、彼女は怯えるよりも先に、自分を抱きかかえるアグラを見上げ、その瞳に驚愕の色を浮かべた。
(……赤い血…?でも…どこか……)
彼女が知る赤い血族は、冷徹な支配者か、自分を狩り立てる獣でしかなかった。だが、この男の瞳からはそういう邪悪なものは感じられない。
「……あ……りが……とう、ござい……ます……」
シエラは、震える唇で精一杯の感謝を口にした。
その瞬間、彼女は緊張の糸がプツリと切れたのか、意識が深い闇へと落ちていった。
「おい!?」
アグラが慌てて彼女を「椅子」…もとい鉄板の上にそっと横たえた。その拍子に、彼女の傷口から溢れた「真珠色の血」が、冷たい鉄板の表面に、一滴だけ零れ落ちた。
「え?……白い?…この子『白い民』!?」
操舵席から身を乗り出したトッティが、驚きに目を見開く。
砂漠の白を凝縮したような、真珠色の液体。それは帝国において、かつて世界を蹂躙した「忌まわしき侵略者」として蔑まれる末裔の証だ。
「アグラ!この子『白い民』だ!関わるとやばいんじゃない?」
「……知るかよ。そんな大昔の歴史なんて、おれら漠族には関係ねぇ。それより、この出血と怪我の方がよっぽどヤべぇよ!」
彼らには差別意識などない。ただ、自由で、その日暮らしで、下賤な漠賊である彼らにとって、血の色なんてものは「帝国がうるさく言ってくる面倒な押しつけ」程度の認識でしかないのだ。
「さっさと玉ッコロ呼んで治療を…」
――ドクン―。
その時、心臓を直接掴まれたような、重い振動が響いた。
これまで「保冷剤」として沈黙を貫いていた鉄板が、微かに、だが確実に白い光を帯びて震えだす。
「うおっ!? 椅子が…!」
「アグラ! 面倒なことになった! 砂丘の向こうにサーチライトが見える。まだこっちには気づいてないみたいだけど、見つかったら一巻の終わりだ!」
トッティが声を潜めながら、必死に舵輪を操作する。
地平線の向こう、夜の帳を切り裂く不自然な光の束。帝国軍の執拗な『血色浄化』だ。彼らにとって、この少女は「排除すべき敵」なのだ。
「……チッ。運のねぇ女だな。よりによって、軍隊総出の鬼ごっこに巻き込まれてたのかよ」
アグラは苦々しく吐き捨てた。
本来なら、関わらずに放っておくのが漠賊の知恵だ。だが、自分に「ありがとう」と言って力尽きた少女を、今さら砂漠に放り出すのは、釣り上げた者のプライドが許さなかった。
「トッティ、白流全開だ! 奴らが気づく前に、この『逆流砂の森』を抜けるぞ!」
「あ~!絶対厄介事だよぉ!」
泣きそうな声と顔で、トッティは船を操る。
アグラたちは、ルアー号の足を活かして白銀の砂海へと姿を消した。
白い光を微かに灯した「椅子」と、その上で静かに眠る「侵略者の末裔」。
迫りくる赤、逃げる白。
物語は色づきはじめる。
砂界の歩き方
・赤い血族…この星の先住人類。太古の昔、侵略者である白い民との戦争で数が減ったが、今でも唯一の“国”である統一帝国を何とか存続させている。遺失機構群のロックを解除して使うことができる。白い血が大嫌いな人達。地球人と同じ赤い血だ。
・白い民…ある時代に突然、空から現れたとされる人類。遺失機構群のロックを外せないので、戦う力はない…という訳でもない。精霊に愛されているため魔法が使えるらしい。基本的に隠れて生きているため、出会うことが珍しい。血が白いのでかなり色白。唇も白め。ほぼ金髪や白髪、銀髪が多い。あと美形。
・血色浄化…赤い血族たちが白い民を根絶やしにするためにしている虐殺運動。新しく発掘される遺失機構群の試用も兼ねているとか。最近は、何故か白い民を殺さず帝国へ連れ帰ったりもするらしい。恐ろしい。
・遺失機構群その②…遺失機構群は封印とも呼べる機能停止状態で見つかる。太古の戦争の反省なのか、白い民に使用されないよう赤い血にだけ反応して封印が解除され、真の性能を発揮する。起動状態ではほんのり赤く光る。消えかけの線香花火くらいの明るさ。
・逆流砂…流砂は本来なら地中に向かって流れるが、逆流砂は文字通り逆さ向き。重力に逆らっているのか何なのか、天に向かって渦巻くドリルのようになっていく。天を衝くドリルである。




