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01.熱くならない鉄

『その日、おれは星の運命を釣り上げた。』


白い砂漠の中で出会った2人が、渇いた星の歴史と戦う物語。

呼吸が、肺を焼く鉄の味に変わっていく。

 

少女――シエラは、夢中で白い砂を蹴った。

背後からは、帝国兵たちの荒々しい怒号が迫っている。

 

「逃がすな!やっと見つけた『鍵』だ! 傷つけても構わん、四肢を叩き折ってでも連れ戻せ!」

 

無機質なサーチライトの光が、夜の砂漠を切り裂く。

シエラの白い修道服はすでにボロボロに裂け、剥き出しの肌を砂嵐が容赦なく削っていく。彼女の流す血は、砂と同じ色をしていた。月光を透かし、真珠のように白く輝く、禁忌の血。

 

(――逃げて、シエラ…)

 

脳内で響く精霊の声が、彼女の意識を激しく揺さぶる。

目の前の巨大な砂丘を駆け上がり、シエラは震える指先で胸元のペンダントを握りしめた。

 

「……白き精霊よ、どうかお守りください…」

 

祈りとともに、彼女は砂丘のその先、底知れぬ漆黒へと身を投げた。

 




陽光が、網膜を刺すように照りつける。

 

「……あー、暇だぁー……」

 

アグラは、小型砂船『ルアー号』の甲板で、大きくあくびを漏らした。

周囲の砂漠は、熱せられた鉄板のように陽炎を揺らしている。空気そのものが、赤い血の怒りのように沸騰していた。

 

だが、彼が座っている「椅子」だけは別だ。

 

外甲板に転がっている無骨な長方形の鉄板。

帝国の『遺失機構群ウォーパーツ』でありながら、一度も起動したことのないガラクタ。

 

アグラはその上にどっしりと腰を下ろし、額の汗を拭った。

 

「なあトッティ。この『椅子』、今日も死体みたいに冷てぇぞ。少しはやる気出せねぇのかね」

 

鉄板を拳で叩いてみるが、鈍い金属音が返ってくるだけだ。

どれほど炎天下に晒されても、この鉄だけは決して熱を持たない。まるで、彼の「濁った血」を嘲笑っているかのようだった。

 

「アグラ! 贅沢言うな! その『椅子』のおかげで、俺たちの飲み水が腐らずに済んでんだからな!」

 

操舵席の下から、油まみれのトッティが顔を出す。

  

「そもそも!それは保冷剤として造られたモノかも知れないだろ!」

 

アグラは『椅子』に並べられた小さな保水容器を持ち上げ、地平線にかざした。

 

「確かに…既に冷却器として既に起動してる可能性もあるのか…。……ん?」

 

保水容器の向こう、逆流砂の森の辺り。

何か「砂より白いもの」が動いた気がした。

 

「なんだ?……おいトッティ、船出せるか!?」


「もうちょっとぉ〜〜」


熱でエンジンをやられたルアー号は、現在絶賛修理中。

トッティと彼の相棒ニノが喧嘩しながらテキパキと作業してくれていた。

 

「ハァ、バカナアグラニ、タメ息ガデマス」


何かを溶接しているニノが「やれやれ」と言った感じでアグラをチラッと見た。


「アグラ、バカダナァ。カワイソウニ…」


「……なんだとコラ屑鉄…!」


アグラより小柄なトッティの、さらに半分程の大きさしかない黄色い機械。

トッティの相棒、かなり古いタイプの『遺失機構群(ウォーパーツ)』であり、脚の代わりに太い車輪、丸い身体からは様々な機具・工具のを扱う腕が伸びている。


「ニノハ、鉄製ジャナイデスケド?」


「機械が生意気に……!」


アグラがニノの丸い頭を殴ろうとした瞬間、轟音と共にルアー号が激しく震えだした。


「どうだ!これがトッティ様の実力よ!!」


ドッドッドッドッドッドッドッドッ…


人間の鼓動よりも早い低音。

トッティの手造りエンジンが息を吹き返したようだ。


「サスガ!トッティサマ!ニノハカンゲキデスヨ」


「ニノのサポートが完璧だったからね!アグラ、“外付け”部分の修理は全部終わったよ!すぐ出せる!」


「っしゃあ!9時の方向、逆流砂の森方面だ!」


褒められて嬉しそうに回る黄色い鉄屑を無視して、アグラとトッティはルアー号を動かす準備に取りかかる。


「風は!?」


「いらない!もう溜まってるみたい!そこに出てる物だけ中に放り込んで!」


「おし!おら黄色玉!全部持って中入れ!」


アグラが食料や飲料水を雑に抱え、ニノが工具類を身体に仕舞って動き出す。


「ドケ、機械ファーストダ、アグラ」


「うるせぇ玉ッコロ」


内甲板への階段を喧嘩しながら降りていく1人と1体を見て、トッティはタメ息をついた。


「何で張り合うんだろう…」


バタンッ!!


「いけるぞ!ゴーグル着けろ!」


アグラは内甲板から戻って、マンホールのような階段の蓋を勢いよく閉めて叫んだ。

その声でトッティは額のゴーグルを下ろし、舵輪近くのペダルを踏み込む。


キィィィ―――…


ドッドッドッドッドッドッドッドッ…


エンジンの鼓動の奥で、耳鳴りのような高音が響く。


その瞬間、少しだけフワリとした感覚と共にルアー号は砂の上を滑るように進みだした。


「ハッハッハ!!久しぶりだなァ!白流(ハクリュウ)で滑るのは!」


「アグラは白流好きだよね〜。こんな原理も分からない方法、僕は嫌いだ」


「魔法だよ魔法!精霊が助けてくれてんのさ!まさに砂界最速だ!」


「魔法ねぇ…白い民でもあるまいし…」


「!!おいトッティ!!あれだ!一際デカい逆流砂の近く…!」


トッティはアグラの指の先を見る。

砂面から天に向かって伸びる巨大な逆流砂の下に、小さい何かが走っていた。


「……人!?…が砂岩蠍に追われてる!!」


「トッティ!!一本釣りだ!!止まらず滑り抜けろ!」


「本気で言ってる!?」


焦るトッティを尻目に、アグラは甲板に備えつけていた愛用の釣り竿を手に取って身を乗り出した。


(針はとどく…!だが砂岩蠍がギリギリだ…!)


白銀の砂面を見つめるアグラは、ゴーグルの奥で意識を集中する。


(……やっと…)


「!?」


アグラの研ぎ澄まされた頭の中で、どこか懐かしい声が途切れ途切れに響く。


(シエ…ラ……と…)


「誰だ!?」


(シエラと…共に…)


「うるせェ!!なんだか知らねえが、今はそれどころじゃねえんだよ!!!」


ガバッ!!


頭に響く声を無視して、アグラは振りかぶっていた竿を勢い良く振り下ろした。

アグラの3倍の長さがある竿は一瞬しなって、その先の針はとてつもない速さで目標の人物を捕らえる――いや、釣り上げる。


「きゃっ…!」


「おらァ!!!!」


アグラの熱い咆哮と、釣られた少女の悲鳴が同時に上がる。


「おお〜!さっすがアグラ〜!!」


微調整をしながら操舵に集中していたトッティからも、思わず感嘆の声が飛び出した。


「きゃっ…な、な、なに!?…きゃーーー!」


釣られた本人は何が起きたのか分からないまま、放物線を描いて砂面から甲板へと宙を舞っている。


「ハッハッハァ!見たか!気合の一本釣りよォ!!!」




―――宙を舞う少女と、高らかに笑う男。

この二人の出会いが、乾いた星の全てを変える。









【砂界の歩き方】


・砂界…統一帝国を中心に、見渡す限りの砂漠が広がっている。砂漠の果てがどうなっているのか、見当もつかない。イントネーションはBLEA○Hの始解と同じ。


遺失機構群ウォーパーツ…今の砂界の技術では到底解明出来ない太古の遺物。その用途、形状は多岐にわたり、兵器のようなものから、絶対にこべりつかないフライパンまで様々。ニノはかなり初期の遺失機構群である。


・釣り竿…アグラが使っている釣り竿。そのまま。硬くて靱やか、そして軽い。一応遺失機構群だが、アグラはそんなこと気にしていない。生物を釣るのは当然として、遠くから物を盗んだりも出来る。悪用禁止。

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