127 正妻との真剣勝負
マウスト城に俺が入ると、すぐに周辺の領主が慶賀の使節を遣わしてきた。
連中は「折衝閣下のご正室のご懐妊、誠におめでたい限りです」と言った。
ずいぶん話が広まるのが早いなと思ったが、どこの領主だって生き残るのに必死なのだ。王都に担当者の一人でも置いているだろうし、王国最大の権力者を寿ぎに来るのも当然んことだ。
そういった使節にルーミーは笑顔で応対していた。俺は体に障るから休んでいろと言ったのだが、
「使節の方とお会いするのも妻のつとめですわ」
と言って折れなかった。こういう気丈なところは案外、セラフィーナに似ていると思う。
というか、俺の妻はみんなタイプは違っても、気は強い者ばかりだな。もしかすると、自然と俺はそういう女に惹かれるのかもしれない。
川のそばの居城に戻ったといっても、仕事がなくなるわけじゃない。むしろ、久しぶりに居城に戻ったからこそ、業務は多かった。
修道女など女子の任免に関しては、フルールに業務の一部を任せていた。フルールは妻というより吏僚といったほうが近いかもしれない。冷静に仕事を淡々とこなしていく。その事務能力はとても高いはずなのに、ほとんどしんどそうな顔をしない。
仕事の関係上、フルールとは同室でそれぞれ政務をとることもある。その日もお互いに領内用の書類を作っていた。
「摂政様、そろそろマウスト城のほうにご正室の家政機関を置いてもよいかもしれませんが」
わずかな休憩時間中、俺がお茶を飲んでいると、フルールが言った。
王や大領主の正室、跡継ぎといった立場の人間は、自分を頂点としたいわば小政府を作る権限がある。個人が所有する土地や権利を持つ寺院などの管理を行わないといけないからだ。
ルーミーも王妹という立場だから、俺とは別に自分の所領を持っている。ただ、今まではほかの官僚や俺の部下の力を借りたりしつつ、自分一人で対応していた。
しかし、身重になってくれば、それだって難しくなるだろう。となれば、しっかりとした家政機関を作って、そこで事務処理を行ったほうがいい。フルールはそのことを言っているのだ。
「そうだな。ただ、その前に俺が妻に直接話そうと思う」
マウスト城に帰還して数日、ルーミーと二人きりになれてはいない。
仕事がたまっているというのも事実だが、それを理由にしてお互いに会うのを先延ばしにしているようなところもあったかもしれない。
もっとも、ばたばたとした状態のまま、ルーミーと相対するわけにいかないのだけれど。
「ご正室は心が清らかすぎて、苦労なさっているようですね」
「それではまるでフルールの心が濁っているようではないか」
「少なくとも、自分は摂政様の側室となった時、これで我が家は存続できるかもしれないと安堵いたしました。家のことを真っ先に考えたのです」
自嘲気味にフルールは笑った。
「フルールの魂胆がどうだろうと、お前は俺に尽くしてくれたし、俺はフルールのことが大好きだけどな。最初の夜、手を交わしたことはいまだに記憶にあるぞ」
あの時、フルールが幸せそうに微笑んでいたのだって、忘れてはいない。俺は記憶力がいいんだ。なんでもオダノブナガも一度聞いたことはたいてい忘れなかったという。本人が言っているので、どこまで本当かはわからないが。
「昼間からそういったお話はよくありませんよ」
ふふふっとフルールは口を押さえて笑う。
こんな軽口が叩けるぐらいには、俺とフルールの距離は近い。
ルーミーともこんな関係になれたらいいのだけど、フルールとルーミーではあまりにも立場が違うか。滅亡寸前の領主の娘と、傾いているとはいえ王の妹。求めるものが同じわけがない。
「今夜、ルーミーと話をしたいと思う。出産が近づけば、ルーミーも余計に疲れるだろうから」
「それがいいでしょうね」
事務的な表情でルーミーはうなずいた。
●
その夜、俺は正装して、ルーミーのもとを訪れた。
つまり、妻の部屋に入るというより、王妹のところに参上したという体だ。正装だから、帯剣もしている。
「あなた、やけに今日はものものしいですわね」
寂しげに笑いながら、ルーミーは俺を迎え入れた。
侍女も人払いされているから、部屋には二人しかいない。
「ルーミー、今日はとても大切な話があるんだ。どうか、心して聞いてほしい」
「わかりましたわ。お聞かせくださいませ」
俺たちは互いにテーブルをはさんで座った。
「俺はこの国を真に平和なものに変えたいと望んでいる。それも一年や二年ではなく、何百年も続くような平和だ」
「ご立派なお考えですわ」
ルーミーにはまさに王族の風格があった。それは長らく、この国を統べる立場にいた者の血がなせるものだと思った。今の王より、よほど王らしい。
「それを実現するために、俺はルーミーの子供に王位についてもらいたいと考えている」
俺はじっと妻の瞳を見つめて言った。
妻もその目をそらしたりはしなかった。
「それは、新しい王朝を開くということでしょうか?」
「俺を超える力を持つ者はサーウィル王国にいない。俺がこの国の頂点に立って、新しい王朝を開く。平和のために。これにはルーミーの協力が必要なんだ」
「どう聞いても、それは謀反に聞こえますわよ」
「謀反じゃないさ。俺がこの国を統一すればいいだけのことだ」
なおも、俺たちはじっと見つめあったままでいた。
目をそらしたほうが負け、そんな気がした。
「それでは、お兄様はきっとろくな目には遭わないのでしょうね」
「俺は妻の幸せのために戦いたいんだ。義理の兄の幸せの優先順位は妻より下がる」
「で、では、もしも……」
そこでルーミーはついに視線をそらした。
その目に涙がたまっていた。
「もしも、わたくしがこのことをお兄様に報告すると言ったらどうするのですか? そしたら……あなたはわたくしを殺すしかなくなりますわ……。妻の幸せのためと言っていたあなたは、とんだウソつきに……なりますわよ……?」
「その仮定に意味はないな。俺の妻は兄より夫のほうを愛している、そう確信があるからな」
俺は立ち上がって、ルーミーを後ろから抱き締めた。
「俺の妻は俺の幸せを願ってくれてる、だから利害は一致してる。そうだろ?」
ルーミーは俺の胸に顔をうずめて、長い間泣いていた。
「あなたのことをもっと憎んでいれば、歴史も変わったかもしれませんのに……」
「王を産んでくれ、ルーミー」




