126 マウストへ向けて出発
俺は自分の家臣団をそっくりそのままマウストに移動させることにした。
王国の官僚は形式上は国に仕える者たちなので、王都を動くことはできないが、多くは俺の家臣も同然の者たちなので、王都を離れてもその情報は逐一手に入る。
ちなみに俺が王都を離れる数日前に、ハッセが近臣数名を解任した。全員、俺が裏切る可能性があるなどとして警鐘を鳴らしていた者たちだ。
だが、俺がマウストに戻ることで王国の軍事力の後退は避けられず、その責任を取らされて、失脚した形だ。
俺としては、敵の数が減ったことと違いはないから、悪い話じゃない。
たしかに、俺の軍団が抜けると、王都の軍人の数はかなり寂しい陣容になってしまった。数もさることながら、長らく戦ってきたのは俺だけなので、活躍してきた将の大半も俺の家臣というわけだ。
それがいなくなるのだから、王都に詰めているのは王の常備軍ぐらいしかいない。戦争時には周辺の領主から兵を募るだろうが、どちらにしろ、猛将などはそんなところにはいない。
「王都から離れていくと、空気が美味く感じるな」
俺は隣を馬で随従しているラヴィアラに軽口を叩いた。
「感じるというより、本当においしいんですよ。というか、王都の空気はほこりっぽくてひどいものです。マウストもアウェイユの森と比べたら、たいしたことはないですけどね」
「そうか。エルフからすると、そんなによくわかるものなんだな……」
これは聞く相手を間違えたかもしれない。
「今後、王国はどのように展開すると思いですか?」
今度はラヴィアラの逆側にいるケララが俺に尋ねてきた。
「むしろ、ケララはどう考える? お前の考えが聞きたい」
ケララは小さく一礼してから、
「征西をまったく行わないということは不可能でしょうから、出兵はするでしょう。規模のほうはまだなんともわかりませんが……小さなものとはいえ、敗北を認めたくはないでしょうから、それなりの人員を用意しようとはするかと……」
「だろうな。だから、しばらくは王都は表面上は静かだ。西側の領主がどれぐらい前王の与党か慎重に見極めようとするだろう」
今、形式的にはサーウィル王国はハッセが当然、王を名乗っている。そして、反乱軍が西側に盤踞しているということになっている。
だが、それは王都側からの視点であって、前王のパッフス六世はあくまでも自分が王であり、西側に遷都したと主張している。
内心でどう思っているかは知らないが、そう言わなければ周囲の領主に兵を興させて、ハッセと対決する理由がなくなってしまう。
だから、正確には王国領土の中に、王を名乗る者が二人いる状態になっているわけだ。
そして西側の領主たちは前王を担ぐことでおおかた同意している。少なくとも、俺の軍門に降る気はないはずだ。
となると、どちらが先に仕掛けるかの話になってくる。
一言で言えば、勝利の確信がなければ前王のほうは王都のほうには攻め込んでこない。東に行けばそれだけ勢力はハッセが有利になるし、兵糧も多くかかる。
その代わり、王都から攻めてきた軍が奥地に来れば来るほど西側の領主は地の利を生かして迎撃がしやすくなる
。向こうの策略としては、ほどよくハッセの王都の軍勢を伸びすぎた状態にさせて、引き返せなくしたうえで、奇襲などを踏まえて殲滅することでも狙っているだろう。
そうやってハッセの軍が壊滅すれば、前王になびく領主も増えて、勢力図が塗り替わる。
「前王も大博打に出られるような肝の据わった人間じゃない。最低でも王都のほうでも俺が軍を動かすことが前提になってたから、予定が変わっただろう。しばらくにらみ合いが長引く」
「その間にやれることはやっておきたいですね!」
元気よくラヴィアラが言った。
「これまで直接支配ができてなかった土地もしっかりと手綱を握っておきましょう! そしたら今の王も前王も怖くないです!」
「もちろん、やるべきことはやるつもりだ。そのための帰還だからな。いや、そのためだけってわけじゃないが……。ルーミーにはゆっくり休んでもらいたい」
ルーミーは揺れの少ない馬車の中で侍女とともに過ごしている。
今、マウストに向かうことに複雑な気持ちでいるだろう。その気持ちをほぐせるのは俺だけだ。
マウストに着いたら、ルーミーと話し合おう。
ずっとルーミーをだまし続けることはもうしたくない。
もっとも、それでルーミーが離縁する、反逆者として訴えるなどと言ってきたら、俺は――
「アルスロッド様、場合によってはラヴィアラが嫌な仕事は片付けますから」
真面目な顔でラヴィアラは言った。
「きれいごとだけでここまでやってきたわけじゃありませんから。これまで、アルスロッド様に立ちはだかる女性はほとんどいませんでしたが――」
「ラヴィアラ、それ以上は言わなくていい」
俺は厳しい顔で、ラヴィアラを制した。
「すいません……。出すぎた真似をしました……」
「いや、ラヴィアラの気持ちはわかる。覇王っていうのは、きっとその国で一番人を殺した人間だからな」
最低でも、ルーミーが暴れたりすれば、それ相応の措置はとらないといけなくなる。
でも、このまま国家簒奪の意図がないとルーミーに思い込ませるのは難しいだろう。もう、ルーミーもその危惧を無視できなくなってきている。
「妻のことは、夫がどうにかする。そうでなければ、それこそ、そんな腑抜けな夫、離縁されて当然だ」
こんなこと、この百年間で無数に起こってきたことのはずだ。つまり、何人もの男も女も経験してきたことだ。俺だってこれを乗り越えてみせる。
「閣下、どうか、天下の大業と色恋を天秤にかけたりなさいませんように」
ケララにまで釘を刺されてしまった。
「虚実入り乱れる世界だからこそ、こういう時は誠実になったほうがいいんだ」
2巻発売が決定いたしました! 発売月はもう少し経ってから発表しますが、極端に先にはならないです!




