125 帰郷の打診
俺はハッセのところに出向いて、居城であるマウストに戻りたい旨を告げた。
ハッセだけでなく、その近臣たちももざわついている。摂政という肩書とはいえ、国家を支える将軍が王都を留守にしたいと言っているわけだ。しかも、征西の話が本格化しようというこの時に。
「義弟殿。ど、どうして……こんな時期にマウストに行かねばならんのだ……? 何か不満に思うことでもあったのか……?」
ハッセも不安を隠しきれないようだった。この様子だと、ルーミーは何もハッセには告げていないのだろう。
やはりルーミーは俺を心から愛してくれているとわかった。
俺に逆心ありとハッセに告げ口することだってできたし、そうでなくても、マウスト帰還の予定ありと伝えるぐらいのことはできた。
そういったことを何もしていないということは、あくまでも俺の妻として従ってくれているということだ。
乱世に不似合いなほどに、いや、俺に不似合いなほどにルーミーは貞淑な妻だ。
だからこそ、ルーミーを幸せにできるように、俺も全力を尽くしたい。
「理由は簡便でございます。我が妻が懐妊いたしております。そして、気候的にマウストは川からの風が吹き、ずっと王都よりも温暖な土地です」
こんな時、自分から理由を聞いてしまうあたりハッセは王として甘い。言い訳のための理由などいくらでもこしらえられる。結局は自分が安心できるということ以上のものは得られない。
「それに、今の王都は征西を前にして、どうしても殺伐としております。そんなところに我が妻を置いておけば、心も落ち着かず、母子ともに決してよいことにはなりません。今は静かなマウストに連れて帰りたい、そのそばで見守ってやりたいのです」
この言葉にはわずかばかりの作り事もない。ルーミーのためを思えば、俺はこの王都から離れないといけない。戦争のことなど頭にのぼらない土地で過ごすこと、それこそルーミーが思い煩わない最善の策だ。
「そ、そうか……。ルーミーは体が丈夫なほうでもないしなあ……。義弟殿の気持ちもよくわかる……」
実の妹の体調を心配されれば、ハッセも強くは出られないだろう。
「しかし、征西の日取りも決めねばならないのに、義弟殿が王都にいないのは不便であるな……」
「それならば、前々からおっしゃられていたとおり、陛下が先頭に立ち、指揮をとられるのがよいかと。王家の本格的な再興のためにも、ぜひとも兵をお進めくださいませ」
ハッセが参戦希望をずっと言っていたのはここにいる誰もが知っている。
これで断ることはもうできないはずだ。
「我が身は陛下の臣下であるにもかかわらず、戦場に出すぎたために、信が置けないと一部の方から疑れておるようです。古来、軍人が反乱を起こしたことは数知れず……。となると、その疑いも筋は通っております。そこで私が疑いを晴らすには戦地に出ずに謹んでおくのがよいかと判断いたしました」
一部の近臣の表情が青ざめていた。このせいでハッセから責められたらどうしようとでも考えているのだろう。どうやら、俺のほうから戦場に出るのを辞退して、ましてマウストに閉塞するとまでは読めていなかったようだ。
「それは……一般論だ……。王である私も含め、義弟殿が裏切るだなどと本気で信じてはいない……」
「それは無論です。しかし、摂政という地位はあまりにも力が強すぎますから、ほかの方から専横に見える部分もあったやもしれません。その反省のためにも、マウストに少しばかり戻るのも悪くないかと思い至りました。幸い、官僚層は前王の時代よりはるかに充実しております。摂政一人が欠けたところで、政務が滞ることなどありません」
俺のほうは絶対に譲らない。まさか、これでマウストに戻ったら謀反だなどと言い出す奴はいない。俺に向けて兵を王都から出せば、前王の側は笑いが止まらないからだ。
そうなれば、最悪、俺が前王と結ぶ危険すら出てきてしまう。征西前から分裂するような真似はどんなに俺が嫌いな奴でも選べない。
「わかった……。考えてみればルーミーの身の上がなにより気がかりだ。ただでさえ修道院育ちで争いと無縁の妹が、今の王都にいることはあまりよいことではないな……。マウストへの帰国を許可する……」
「はっ。ありがとうございます!」
この様子だと、俺を遠ざけろと進言した近臣を、ハッセは遠ざけるだろうな。ここで俺がマウストに戻ってしまうのは軍事力としては後退になる。その責任をハッセはとらせるだろう。
「言うまでもないことですが、もしも王家に危機があれば、すぐにお呼びつけください。加勢いたします」
俺は頭を下げながら、そうっと笑っていた。
ハッセ、お前だけでどこまでやれるかせいぜい試してみてくれ。
この戦いはお前の王家の威厳を取り戻すものでもあるが――
失敗すれば、その威厳をまったく喪失するものでもあるんだ。
王家に対する信任が減れば減るほど、俺の株は自動的に上がる。お前が王としてはふさわしくないと近臣たちまで考えだしたら、いよいよサーウィル王国は終わりだ。
――ふん。足利義昭が幕府を再興できなかったように、この男も何もできんさ。戦争を知らない者が伝統だけで認められるような平和な時代ではないのだ。
俺の職業は早々とハッセの失敗を予言していた。
まあ、ハッセが勝つならそれはそれでいいさ。いずれ戦わないといけない前王派がそれだけ弱くなる。俺にとってマイナスだけというわけでもない。
どのみち、マウストでもやるべきことはある。
エイルズ・カルティスやブランド・ナーハムといった謀反人たちを倒して、俺の直轄地も増えてるしな。その経営を本格化させておきたい。それと、遠隔地のほかの領主たちとも仲良くなっておくに越したことはない。王都ではやりづらいそんな政策もマウストからなら、容易にできる。
とくにマチャール辺境伯とは、改めて厚誼を結べないか打診してみよう。
使えるカードはとことん増やしておく。
「マウストの地から、王が将軍として活躍することを祈っておきます。サーウィル王国に幸いあれ!」
思って思いないことを俺は高らかに言った。




