114 聖女のやさしさ
ブランタール城の火の手はその後も断続的に上がった。
裏切りが広がっている。エイルズ・カルティスの敵は、自分たちの側にいるわけだ。
そして、それから二日後。
ついに、降伏の交渉に使者が城から降りてきた。
使者は白い服を着ていた。服従と死を意味する色だ。もう、勝ち目はないと判断したのだろう。
使者は「いかなる罰でも受けるつもりが主君はございます」と頭を下げたまま答えた。
「では、俺の言葉にも正直に答えてもらってよいか?」
交渉に移る前に気になることを聞いておこうと思った。
「はい、いかなることでありましょうか?」
「この反乱、エイルズとブランドたちだけが仕組んだものか? それとも、ほかに黒幕がいるのか?」
これだけ大掛かりな作戦だ。もっと、ほかに携っているものがいたのではないか。
オダノブナガもかつて包囲網をかけられたと言っていた。そんなものが俺にも動いていなかっただろうか。
「包み隠さぬことで、罪がやわらぐのであれば……」
使者の目の色が変わった。
「まずは話を聞いてからだな」
「城西県のオルセント大聖堂と、西の王でございます……」
西の王というのは、前王のパッフス六世のことだ。西方の土地に逃げている。
そこに俺が一度、戦ったオルセント大聖堂も一枚噛んでいたというわけか。
「もともと、西の王は今回のためにいくつも密書を領主たちに出しておりました。いずれ、摂政が従わぬ領主のために北伐に出るから、その時に一斉に蜂起せよと……。マチャール辺境伯サイトレッドもそれに従うつもりであったかはわかりませんが、あのあたりの領主も知ってはいたでしょう」
「なるほどな。俺が遠征に行っている間に帰る場所を奪う計画か」
「とはいえ、従うかどうかは各領主の裁量にゆだねらておりますから、兵を出さなかった者も多かったでしょう」
「まあ、密書なんざ焼き捨ててしまえば、到達した証拠も残らないからな。大半の連中は日和見主義で動くだろう」
とはいえ、心の中に冷たい風が吹いた気はした。
事前に準備をしていたから、大事に至らなかったが、一歩間違えば帰るべき場所を失うところだった。
俺の力が万全になればなるほど安全ということにはならない。俺の力が万全になるから、それに逆らおうとする者も出てくる。
「さて、おぬしらの領主の処遇だが、少しこちらの者と話し合って最終的に決めたい、そこで待ってくれ」
俺は宿営地の後方に向かった。
接収中の町の中でもひときわ立派な評議会の石造りの建物に入っていく。
そこでセラフィーナが仮の暮らしを営んでいた。
「お疲れ様、旦那様。おおかた、こちらの勝利と考えて間違いないようね」
セラフィーナ俺に笑いかけて、「おめでとう」と言った。
無論、セラフィーナは俺の側だ。だから、その言葉に間違いはない。とはいえ、彼女にそう言わせることの心苦しさは事がここに至ってもある。俺にだって人の心はあるのだ。ずいぶん人を斬ってきても、それで心が消えるわけじゃない。
「今、降伏の交渉をしている最中だ。君の父親は限界だと感じ取ったらしい」
「そう。ならば、わたしたちの勝利ね。再び、この地も平和になるわ」
「それで、どういう条件にするか、セラフィーナにも意見をうかがいたいと思っていた」
つまらない慈悲の心を起こしてしまっているだろうか。
それとも、かえって妻を苦しめることになるだろうか。
どちらにしても、俺はそうすることを選んだ。それが俺のやり方だ。
しばらく、俺とセラフィーナは見つめ合っていた。
とはいっても、険悪な空気ではなく、セラフィーナは城の中にいるように微笑んでいた。俺を責める視線も、つらそうにしたりすることもなかった。
俺は、あらためてセラフィーナの職業が聖女だということを思い出した。
セラフィーナはずっと俺を支えてくれている。いつまでもセラフィーナは俺の味方なのだ。たとえ、一族が滅ぶ瀬戸際に来ていたとしても。
「意見も何もこんなわかりやすい反逆者を生かしておく理由などないわ。せいぜい、決めるのはどう殺すかぐらいのものでしょう?」
「たしかに、領地の半分を没収する程度ではすまないが、たとえば敵が逃げてしまったというのであれば、それを追いかけるかどうかの判断はまた別個に下す」
セラフィーナは城の作りもよく知っているだろう。「ああ」と小さく声を出した。
「城の搦め手に当たるところを空けてあげれば、そうね、北に向かって落ちていくことはできるでしょうね」
「全員が逃げるのは無理があるが、エイルズとそのお供ぐらいなら脱出できるだろう。混乱しているところに俺たちは乗り込んで、俺たちは報復の形で城に残っている主だった者を処刑する。それでミネリア領は平定されるし、父親の命も助かる。どうだろうか?」
悪くないアイディアだと思った。これなら、これなら覇道とセラフィーナの気持ちをともに守れると考えていた。
セラフィーナは俺の手をそっと包んだ。
「旦那様はやさしい人間なのね。わたしのせいで気をつかわせてしまっているわ」
それから、セラフィーナは首を横に振った。
「もし、将としてエイルズが生き残っていれば、また面倒なことになるわ。殺したほうがいい」
エイルズとあくまでも敵を呼ぶようにセラフィーナは言った。
「これ以上の情は無用よ。わたしも心を決めてる。この先、旦那様とたどり着く場所が地獄だとしても」
セラフィーナは俺の手の甲に軽くキスをした。
「旦那様となら、怖くはないし、望むところだわ。だから、早く天下を統一して」
俺は強く、強くセラフィーナを抱擁した。
知らない間に涙が流れていた。
「ありがとうな」
「こんなの乱世のならいじゃない。どうということはないわ」
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