113 ミネリア攻略
カルティス家のミネリア領の中核を占めるブランタール県、この県についに俺は大軍で兵を送り込んだ。
総勢三万五千。周辺の領主たちもそれぞれの側からブランタール県に攻め入っている。早いところではすでに戦端は開かれている。こちらの兵力は加わる者が増えるだろうから、さらに多くなっても不思議はない。
途中、俺が初めてオダノブナガという職業の力を借りたナグラード砦も過ぎて、ブランタール県のほうに入る。
あの頃は、このブランタール県に出兵して、カルティス家を討つだなんて、夢にも思い描けなかった。それぐらい、俺のネイヴル家とカルティス家の力の差は大きかった。ナグラード砦の戦いの後、俺はやっと三つの村を支配する男爵になったぐらいだ。
横を行くラヴィアラも、なつかしそうな表情を浮かべていた。
「あの砦でラヴィアラが死にそうになってた時、アルスロッド様が助けに来てくれたんですよね」
「あの時は無事だったからよかったけど、もう、ああいうことはやめてくれよ……。がむしゃらだったから、意外と覚えてはないんだけど」
「ですね。今と違いすぎて現実感がないです」
「けど、打倒ミネリアは昔のネイヴル家は酒の席でよく叫んでたからな。それが本当になるんだ。変な気持ちだな」
酒宴の場では妄想みたいなことをしゃべるのも許される。仇敵ミネリアのカルティス家を滅ぼして大国になってやろうじゃないかと昔は音頭をとったものだった。
もう、それは夢でも何でもない。
「ラヴィアラ、容赦はするな。セラフィーナからも許可は得てる。むしろ、これで中途半端なことをやったら、あいつはきっと怒る。思いつきの温情には何の価値もないってな」
「そうかもしれませんね。セラフィーナさんもセラフィーナさんなりに今頃、戦っているのだと思います」
こちらの先鋒はマチャール辺境伯サイトレッドの妹、タルシャにやらせた。タルシャの果敢に踏み込む戦闘の姿勢はこちらの意気を上げるのにちょうどよいと思ったからだ。
それにタルシャ自身に、このブランタール県で親類がいるなどということは距離的にもありえない。なので、ためらう要素がない。
別勢力の土地とはいえ、友好的だった期間もそれなりにある。土地も接している。俺の土地とミネリア側で仲間や血縁になった者は俺以外にも多いはずだ。どうしたって手心を加えたくなる。それが自然だ。
そのしがらみを断ち切りたかった。
ブランタール県ではいくつも城が築かれて、こちらを待ち構えていたが、どこも本格的な普請のものとは言えなかった。兵力からして防ぎきれるとは考えていないのだろう。
あくまでも敵は本拠の周辺で蹴りをつける算段のはずだ。それまではこちらの兵を疲弊させることに徹して、おそらく本拠と周辺の大きな支城などに詰めている兵を繰り出して、包囲を行う。
もっとも、それは希望的観測の世界だ。内陸部にまで俺たちを入れる時点で危機的ではある。もっと手前の段階で俺たちを追い返す選択をとれないぐらいに力の差があるということだ。
以前の戦闘であれば、こうやって敵の土地に攻め入れば、牛馬も人も奪い尽くしていただろうが、摂政の正規兵はそんな野蛮なことはしない。通過する町などでも乱暴は働かない。軍紀は確実に守られている。
なぜならこれは従来の領主同士の争いとは意味合いが違うからだ。
こちらは王に任命された摂政の軍隊。つまり官軍であり、敵は賊軍だ。目的も敵の富を手に入れることではない。反逆者を倒すためだけに、この兵は興されている。
順調に兵は進む。やがて敵の本拠であるブランタール城が見えるところまでたどりつくだろう。
――そういえば、ブランタール城を見たことはなかったな。道三のいた稲葉山城とどちらが堅牢か見てみたいものよ。
イナバヤマ城がどんな城か知らないが、ブランタール城は平野部の独立峰にある、堅固な城だぞ。すぐ後ろに川が流れていて、それが濠の役目もしてるし。
――長良川みたいなものがあるのだな。いよいよ稲葉山城に近い。
粛々と兵を進めて、俺はブランタール城が遠くにのぞめるあたりまで到着した。あまりに接近すると、全軍が城から突撃してきた時、乱戦になって、もしもということもある。少し離れたところから様子を見る。
この目で見たブランタール城は見事に山の上に壮大な建築物が尾根伝いに並んでいた。まともに攻略しようとしたら、大量の死者を出すことは確実だ。
悪いけど、オダノブナガ、これを力攻めで落とす気はないぞ。もっと上手くやるからな。
やがて動きは出るはずだ。
日中、両陣営に大きな動きはなく、夜となった。
俺の軍は無数のかがり火を焚いて、その中でばさばさと旗を振った。
山の上のブランタール城からも見えるだろう。
さあ、どういう反応が出るか。
やがて、山上のブランタール城から、火の手が上がった。
それに気づいた兵士たちから「放火か?」「城が燃えているぞ!」と声が上がる。寝ていた者たちもすぐに起き出した。
しかもその火の手は一つではない。二つ、三つ、さらに四つ。尾根伝いの建物の数か所から起きている。連続した動きと見ていいだろう。
「セラフィーナ、ありがとう。首尾よく運んでるらしい」
セラフィーナはとくに自分と仲が良かった若い将たち数人に密書を送っていた。成功すれば本領安堵。絶望的な状況下で、その密書にすがるという選択をしたらしい。
「さてと、準備はできたな。みんな、夜襲をかけるぞ!」
俺の声に一斉に威勢のいい声が返ってくる。
「とはいえ、今回はブランドを討伐した時のように突っ込まなくてもいい。武器庫も食糧庫も火はついている。我々はパニックを増幅させてやればそれでいい。遅くとも五日も対陣していれば音を上げてくる」
俺の言葉は当たった。
その日のうちに城は落ちなかったが、密書を受け取っていた数人の将が城を出て、俺のほうにやってきた。
「もはや、ブランタール城は兵糧も焼け、馬も逃げ、矢も尽きております。降伏勧告には応じるしかありません」
将の一人が言った。
「そうだな。ここは鷹揚に構えさせてもらうぞ」
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