第4話 モブフとコピフの本音な回想
―― 第五章 ナヴィア王国にて ――
中央大陸北西部の内海に突き出た菱形の半島。
その地は濃密な樹海でおおわれている。
別名「魔境樹海」と呼ばれ、魔物と総称される怪物が跋扈する世界だ。
本来なら人が住める所ではない。
私も当初は、そこに国家が存在するなど信じ難い話だと思っていた。
しかし、魔境樹海のただ中に―― 確かにあったのだ。
エルフ種の王国、ナヴィア。
人口が少ないゆえか、彼らは他種族に対してきわめて慎重で、国賓として招かれた者以外は純粋なエルフしか入国を許されない。幸いにも虚穴人である私は、特例としてその門をくぐることができた。
貨物船に同乗し、魔境樹海を貫く唯一の安全な水路を進むこと一日。
濃い霧と鬱蒼たる樹々の壁が途切れた瞬間、視界が明るく開けた。
そこには、直径十キロほどの円形に開けた大地が、ぽっかりと樹海に穿たれていた。
内部は運河と防風林によって幾重にも環状に区分けされている。
外界の荒々しさとは対照的に、円内の大半は牧歌的な農村地帯だ。
中央の小高い丘が市街区になっており、張り付くように建てられた赤い屋根の家々が、美しい景観を演出していた。
樹海におおわれた半島全体が、ナヴィア王国の領土ではあるが、居住可能なのはこの円内だけだ。
人口は僅か11万人弱、中央大陸においては最小規模の国家である。
小高い丘となっている市街区。その頂には一本の巨木が天を突くようにそびえ立っている。
エルフたちが神と崇め、国名の由来ともなった 「神樹エルナヴィア」である。
この神樹からは強大な霊力が絶え間なく放たれており、魔物たちはその力を本能的に恐れるという。
霊力の及ぶ半球形の範囲は、まるで透明な壁のように魔物の侵入を阻み、ナヴィア王国居住地を守護している。
まさに“天然の防壁”と呼ぶにふさわしい。
しかし時折、狂乱したように防壁を突破する魔物がおり、そのため王国は独自に防御兵団を組織し、非常時に備えているのだという。
私がこの国を訪れた折、エルフの兵士はこう語った。
「神樹は我らを守る。しかし、それに甘えるだけでは国は続かぬ」と。
自然と共に生きる民の慎ましさと、魔境のただ中に国を築く強靭さ――
ナヴィア王国は、その両方を併せ持つ稀有な国家であった。
―― 流離いの虚穴人 金・砂歩 著『三大陸見聞録』より抜粋 ――
***
―― ナヴィア王国防御兵団所属 モブフ の回想 ――
弓術の名手であるモブフは王国防御兵団、第三大隊に所属する兵士である。
モブフは自分の名前を気に入っていた。
古代エルフ語で『モブ』は勇敢、『フ』は森の民、を意味している。
古風だが質実剛健な響きが良いのだ。
モブフは今、非常に複雑な心境だった。
極度の緊張で脇汗びっしょりなのと同時に、嬉しさのあまりその場で踊りだしたい衝動に駆られているのだ。
なぜならナヴィア国の宝石とまで歌われる美姫。
セラフィー様の横で林道を歩いているからだ。
同じく第三大隊に所属する双子の妹、コピフと共に姫様の随兵をおおせつかったのだ。
民はもちろんのこと、兵士達の間でもセラフィー様の人気は非常に高い。
美貌、気品、聡明さに加え、剣や弓の腕も師範代クラス。
魔法操作に至っては天才と言って良い。
そして誰にでも分け隔てなく接する優しく真摯な態度。
正に非の打ちどころがない美姫である。
兵の中には姫様を女神と崇拝する者までいるのだ。
当然モブフもその筆頭だ。
(女神がすぐ隣にいるんだ!)
と思うだけで、緊張と興奮と愉悦が、モブフの全身を駆け抜けるのだった。
それは反対側を歩く、妹のコピフも同様だろう。
いや彼女にいたってはモブフ以上かも知れない。
日頃の言動からして、姫様の狂信的信者であるのは間違いないのだ。
女神の如き完璧超人の姫様だが、唯一欠点があるとすれば、エルフの証である外耳が小ぶりであることぐらいだろう。
純粋エルフからは、「ハーフエルフ(混じり者)の耳だ」と嘲笑の対象となる要素だ。
その様な短所もセラフィー様は隠すことなく、自分の個性の一部として認め、実に堂々としておられる。
同じ様に外耳が小さく、コンプレックスを抱えた者が勇気づけられているのは当然のこと。
最近では耳が小さい者をあざ笑う風潮も、少なくなってきている。
それともう一つ、欠点ではないが困ったことがある。
誰彼構わず民に声をかけられるのだ。もちろんそれ自体は悪いことではないが。
あまりにも気軽に接せられるため、民との距離が近すぎるのが問題だ。
小国とはいえ、王家には威厳というものが必要だ。
少しは自重していただかないと…
*
果樹園を兼ねた第一環状防風森林。
その中にある収穫物を置くための草地から、不思議な音が響いていた。
ブーンという音色に導かれるように、モブフ達三人は現地に到着した。
つい先ほど住民から「虚穴」らしき空間が発生しているとの報告があり、
取り急ぎ現地にやってきたのだ。
虚穴に導かれてこの世界に来る者は、『虚穴人』と呼ばれ、国の客人扱いとなる。
そのため姫様自らが確認を兼ねての出迎えに来られたのだ。
三人の目前には文献にある通り、波打つ空間の中心に黒い穴が開いていたのだが……。
明らかに文献に記載された虚穴と違う特徴があった。
文献には虚穴の大きさは人が通れるほど、と記載されていた。
しかし目の前の黒い穴は、飛竜の成体が通れるほど巨大だったのだ。
虚穴は非常に稀な現象のため、実際に見たことのある者は世界でも僅かしかいない。
もちろんモブフも初めてである。
(文献の記載に誤りがあったのだろうか?)
意を決して女神に声をかけてみる。
「ぶ、ぶ、文献と、とは、お、大きさが、ちがうで、ございますね。セ、セラフィー様っ……」
(噛んだ~っ!)
めっちゃ噛んだ!カミカミだ! 自分でも予想はしていたが、やはり噛んだ!
やはり女神の前では、真面目で寡黙な兵士を演じきるべきであったと後悔する。
その時――
意味不明な叫び声と共に、何かが虚穴の下方から飛び出してきた。
幸いなことに、飛竜ではなく人であった。
草地を転がり仰向けで止まる。
自分の仕事は終わったとばかりに、虚穴はあっという間に小さくしぼんで消えた――。
虚穴人は黒髪の若い人種の男だった。
フードの付いた灰色の服、腿にポケットのついたズボン、動きやすそうな靴。
小柄な体型からして少年かも知れない。
(ズボンが脱げかかっているが、大丈夫なのだろうか?)
虚穴人を観察するモブフの耳に、妹の呟く声が届く。
「あれが虚穴人? なんだかパッとしない感じの男の子ね。髪の毛なんかボサボサだし身体もちんちくりん。一言で表せば超地味な人種って所、正直ガッカリだわ……」
「こら! よさないか」
妹を叱るが、内心ではモブフも落胆していた。
もっと年配の虚穴人を期待していたのだ。
虚穴人の中には「虚穴の賢者」と呼ばれるほどの知恵者がいると聞く。
向こうの世界の優れた知識を持つ者たちだ。
残念ながらあの若さでは、それは期待できないだろう。
「そなた、大丈夫か。怪我などしておらぬか?」
姫様が声をかけるが、やはり言葉が通じないようだ。
予定通り「言霊の指輪」をセラフィー様自らが下賜されるべく、虚穴人の前に進んだ。
無価値極まりない虚穴人に姫様が直接、御手を触れている。
(くそ~~~~羨ましい!)
モブフは実際にギリギリという音が出るほど、歯ぎしりする。
次の瞬間――
「なっ!? なにいいいいいいいっ!!」
モブフは目の前に繰り広げられた光景に声を上げた。
(あっ、あの男! セラフィー様に、
チ、チ、チ、チ、チ、チチチ、チュ~~~ッを!
チュ~~~~ッを!!
しようとしたアアアアアアアアアアAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!!!!!!!)
さえない虚穴人が、事もあろうにセラフィー様に接吻しようとしたのだ!
モブフをはじめ、兵団の若い兵からすれば、信じられない出来事だ。
セラフィー様の神々しい翡翠色の瞳に見つめられるだけで、皆は体が固まってしまう。
緊張と至福が一気に押し寄せ、まるで油の切れた機械のようにぎこちなくなるのだ。
中には、己の矮小さを恥じて、思わず眼をそらしてしまう者までいる。
それなのに、あのクソ野郎は何の躊躇もなく。
(チ、チ、チ、チ、チュ~~~ッを!
チ、チ、チ、チュ~~~ッを! しようと~~~~~~~~!!!)
「ゆ、許さ嗚呼ああああああんっ! 許さんぞおおおおおおおおおおおおおっ!! この腐れド外道があああああああああああっ!!!!」
真面目で寡黙な兵士とは、ほど遠い奇声を発するモブフ。
不敬な輩に鉄槌を下すべく弓を引きしぼった。
刹那――「射てはならぬ!」
姫様が両手を広げて制止された。
「二人とも、ここは私に任せるのだ。決して射てはならんぞ。
良いな、命令である!」
その透き通った良く通る御声を聞き、多少冷静さを取り戻す……。
(セラフィー様の命令とあらば従うしかない……)
怒りで震える肉体を、精神力で押さえつけるモブフ。
喉元まで込み上げる悔しさを押し殺し、かろうじて弓を下げるのであった……。
―― ナヴィア王国防御兵団所属 コピフ の回想 ――
双子の兄と同じく弓術の名手であるコピフもまた、王国防御兵団第三大隊に所属する兵士である。
コピフは自分の名前が好きではなかった。
古代エルフ語で『コピ』は麗しい、『フ』は森の民の意味だ。
「コピフなんて古臭くて昔のお婆ちゃんみたいじゃない!
もっと可愛い名前が良かったのに!」
と、いつも愚痴をこぼしている。
そんなコピフは、今まさに二人の人物に怒り狂っていた。
まずは、セラフィー様にキスを迫った不届き千万のクズ男。
コピフが現人神と崇める姫に手を出すなど、言語道断だ。
だが、それ以上に腹立たしいのは自分自身だった。
突然の出来事に不覚を取ったことが許せない。
本来なら、セラフィー様が風魔法の『風撃』を放つ前に、あの男の眉間を射抜くべきだったのだ。
女神のごとき姫の随兵を任されていながら、職務を忘れ、浮かれていた。
その愚かさを、コピフは激しく恥じた。
幸いセラフィー様ご自身で対処され、クズを『風撃』で懲らしめたから良かったものの。
これではいけない。
姫様の御身を守るため随兵として常に、冷静かつ平常心を以って職務を遂行することを、コピフは固く誓ったのだった。
その時、クズ男が性懲りもなくセラフィー様に迫ってきた。
今すぐそのアホ面に矢を撃ちまくり、後頭部を剣山のようにしたい衝動を必死でおさえ。
射るな、との命令にしたがう。
魔法の天才と称される姫様は、またご自身で対処されるようだ。
コピフは心のなかで呟く。
(姫様、どうか彼奴に鉄槌を! 思いっきりお仕置きしちゃってください!)
直後――
コピフの希望通り、姫様の『風撃』というお仕置きを喰らい。
クソ野郎が思いっきり高く天に舞う――― が。
(何!? どうなっているの?)
コピフは異変に気付く!
信じられないことにお仕置きを喰らったアホ面が、“下半身を丸出しにして”、それはもう高らかに笑っているのだ。
(あの男!笑っている……喜んでいるの!?……何で?)
(ま……まさか……姫様のお仕置きを―― “たのしんでいる” んじゃないでしょうね!?!?)
(な、なんて不謹慎な!! セ、セラフィー様の、お、お、お仕置きを、た、楽しんでいるなんて!!!)
(ゆっ許せないっ! そっそうよ!! 断じて許す訳にはいかないのよ~う!!!)
(不潔!破廉恥よ!私の女神様の、お仕置きを喜び楽しむなんてこと、あってはならない、あってはならない、のよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!)
そう、コピフはあくまでも道徳的に許せないだけなのだ。
自分だって崇拝するセラフィー様に『風撃』で「お仕置きされてみたい!」――とか。
「全身に女神様の風魔法をバシャバシャ浴びて、天にも登ってみたい!」――とか。
そういう不純な事ではないっ!
羨ましい訳では決してない!
決してないのだあああ~~~~~っ!!
平常心~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!
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