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第37話 深夜の秘密集会

本来なら赫月《かくづき》が満ちようとする時刻、ナヴィア国の市街区は深い闇に沈んでいた。

外套のフードを深くかぶった長身の女が、濡れた石畳を早足で進む。

いつもならば、月光が赤銀の帯となって足下を照らすはずだ。

だが今夜は違っていた。

後に起こる悲劇を予兆するかの様に、空一面に垂れこめた黒雲が光を奪い去り、家々の屋根を叩く雨音が路地裏に反響していた。


長身女は、入り組んだ暗い道を迷うことなく進み、古びた倉庫の裏口前で立ち止まった。

懐から取り出したアイマスクを装着し、小さな覗き窓が設けられた扉を、特有のリズムで叩いた。


程なくして覗き窓が開く。

同じようなアイマスクを着けた女性の顔が外を覗き、指示を出す。


「我らが女神を讃えよ」


長身の女は深く静かに息を吸うと、朗々と詠った。


「ああ、 我らが女神セラフィー姫様。

黎明の光より生まれし御方。

その御姿、朝星を従える純白の輝き。

その御声、荒ぶる嵐を鎮める慈愛の調べ。

その御心、深き湖よりなお澄み、 罪ある者すら抱きしめる無垢の慈悲に満ちる。

剣を執れば風は道を開き、 弓を引けば雷は跪き、 魔法を紡げば天の理すら御前に伏す。

されど御方は誇らず、 ただ民の安寧を願い、静かに祈りを捧げ給う。

ああ、我らが女神セラフィー姫様。

我らはその御名を呼ぶたびに、 胸に灯るは新たなる希望の火。 闇を裂き、絶望を祓い、 未来を照らす唯一の光。

どうか御身の輝き、永遠に。 ナヴィアの空を、我らの魂を、 尽きることなく照らし続け給え」


除き窓の人物が満足げに大きくうなずくと、開錠の音が聞え扉が開かれた。


「ようこそ同志、合言葉の詠唱として、及第点を差し上げてよ」


「ありがとう同志、他の皆様を模範として、これからも精進致します」


長身女は口元に笑みを浮かべると、倉庫の中にその身を進めた。。



薄暗くホコリ臭い倉庫の奥には、大きな円卓が設けられていた。

円卓には十数人あまりの者が、全てアイマスクを着けて座っていた。

男性は一人もいない。皆女性だ。

円卓の中央には蝋燭《ろうそく》を模した明かりの魔道具が置かれ、女性達の影を放射線状に揺らしていた。


彼女達の正体は、ナヴィアの宝石たるセラフィー姫を女神と崇める集団。


『女神セラフィー姫様、信徒の会』のメンバーだ。


時折秘密集会を開いて、自分たちが見聞きした女神の言動はもちろん、姫様に関する民の噂話などを報告し合う会である。


彼女達はお互いの顔や名前を知っている。

わざわざマスクをするのは、職業、身分、年齢に関係なく女神の前には皆平等である。

という「信徒の会」の理念を体現するためだ。


女性しかいないのは、どんなに清廉な精神の紳士でも殿方である以上、女神たる御方に些少でも不浄な想いを持つ危険性があるからだ。

もっとも淑女だからといって、女神にふしだらな妄想を募らせないとは、かぎらないが……


「遅れてすみません」


長身女は着席すると全員を見渡し、自分が巻き起こすであろう惨劇に、少し心が痛んだ。

一方で同士達の為でもあると、己に言い聞かせる。


仕事がら必要な能力として、長身女は耳が良かった。

微かに舌打ちする音と、常人なら聞き取れない小声で非難する独り言を聞き取ってしまう。


「ちっ」「遅刻なんて」「信仰が足りない証よ」「たいした話もしない底辺のくせに」「態度も図体もデカい女」


女神の前には皆平等であるはずの「信徒の会」のメンバー。

にもかかわらず、実際には大きな格差が存在している。

それは女神との接触頻度だ。


ほとんどの信者の報告は、女神様が民に気さくにお声を掛けられたとか、困りごとから救っていらしたなどの目撃情報だ。

しかし宮中に務める者や、防衛団に所属する者は、女神と共に行動する事もある。

その様な者は羨望の眼差しを向けられ、会内でマウントを取れるのだ。


メンバーが順番に報告し、防衛兵団の鎧を着た女の番に回る。

長身女は隣に座る鎧女を横目で睨む。


鎧女が前回の集会で、それはそれは自慢気に語ったのを思い出す。

報告内容は虚穴人《きょけつびと》を出迎えるため、女神様の随伴を申し付けられ、行動を共にしたというものだった。

信者内ヒエラルキーが最下位の長身女は、羨ましさのあまり、心の奥底に嫉妬の炎がくすぶるのを感じた。


長身女は、宮中で神樹様《しんじゅさま》の世話をする、神樹番《しんじゅばん》という役職についている。

しかし実際に神樹様の世話をするのは、引退した年寄り連中だ。

現役の神樹番の者は他国に潜伏し情報活動をしている。

長身女は本国と他国を往復し、仲間が潜伏して得た情報を伝える任務が主であった。

なので宮中はおろか、国内にはほとんどおらず、女神との接点は全く無かったのだ。


鎧女はすぐには口を開かず、口角をつり上げ顎をしゃくり、見下すように全員を見渡す。

やがてもったいぶった口調で話し出した。


「あたしが先日セラフィー姫様と共に、オオノコギリ角《づの》討伐を行った話をしたいと思う!」


その言葉に皆から悲鳴に似た歓声が上がった。


「きゃ~っ! 姫様と共に戦ったですって!?」

「尊い!あまりにも尊いわ!」

「同志、詳しく! 一呼吸ごとに詳しく!」

「ああっ、羨ましい!妬ましい!早く聞かせてぇ!」


欲するような視線が鎧女に集中する。


鎧女はセラフィー様と共に戦った情景を、身振り手振りを交えながら、世界が自分を中心に回っているかの如く解説する。

顎と口角が限界まで天を向き、高らかに勝ち誇っていた。


長身女の耳に届くのは、鎧女の誇らしげな声と、それを称賛する信徒達の相づち。

燻っていた嫉妬の炎が燃え上がり、身体が熱を帯びる。

彼女は、砕けんばかりに奥歯を噛みしめていた。


(この女、調子に乗りやがって!)


黒いマグマが心の奥底から噴き出し、かすかに残っていた良心と、迷いを焼き払った。

同志達に対しての、嗜虐的な行動を行う決心をする。


鎧女の一人舞台が終わり、長身女の番になるが――

興奮冷めやらぬ様子の信者達は、


「女神様の御武勇!素晴らしいわ!」

「尊い!あまりにも尊いわ!」

「今のお話、聖典に刻むべきよ!」

「ああっ、羨ましい!妬ましい!でも拝聴できて幸せ!」


と歓喜と感動を口々にしている。

長身女はこれまでの会合で、大した情報を披露していないこともあり、彼女に皆は無関心だった。


「うえっ、ううっ、うえっ、ううううえ~~っ」


突然の嗚咽声が倉庫に響き渡った。

長身女の声だった。外套の奥からくぐもった奇声を発していた。

ただ事ではない様子に、流石に皆の注目が集まる。


「私が宮中で偶然知った、女神様に関する悲しくも残酷な情報を、同士に伝えねばなりません…………」


あちこちから、信者達の喉がゴクリとなる音が漏れる中、長身女は続ける。


「我らが女神セラフィー姫様がナヴィア国を離れ、他国に留学することになりました――!

数年はお見かけする事すら、できなくなるやも知れません!」


真向いに座る信者が、眼をむき真っすぐ指をさす。


「ちょっとあなた! 冗談にしても言って良いことと、悪いことがあるのよ!」


怒り顔で皆が追随する。


「神聖な集会でふざけないで!」

「そうよ! そんな嘘までついて注目を集めたいの!」

「女神様がこの国を離れるなんて、良くも言えたわね!」

「なんて恥知らずな女!」

「あなたこの会に相応しくないんじゃないの!」

「狂ってるわ!」

「こいつ承認欲求モンスターよ!」


額に血管を浮き上がらせ、次々と罵詈雑言を浴びせ掛ける信者たち。


長身女はゆっくりと外套のフードを下ろし、アイマスクを外した。


「うぇっ……後日、陛下から発表があります……余りに惨い真実を一人で抱えるのが辛く。

耐えきれず同志に話してしまいました……ごっ、ごめんなさい……うええええぇぇ~~~っ!!!」


彼女の大きな瞳から涙が滝の様にあふれていた。

正に号泣であった。

悲嘆に暮れる様子は、まぎれもなく真実を語っていた。


ホコリ臭い倉庫内の空気がよどみ、毒ガスが充満したかの様に息苦しい。


「ほっ…本当なのね……」

「ああっ…神よなんてこと……」

「ぎゃあああぁぁ~~っ!」


そこからは阿鼻叫喚《あびきょうかん》であった。

ある者は泣き叫び――

ある者はテーブルに頭を幾度も打ち付け――

ある者は嘘だと言い張り――

ある者は過呼吸のあまり泡を吹いて痙攣する――

床にへたり込み、粗相《そそう》臭を匂わせる者までいた――。


鎧女などは、


「あたしが姫様のお子を孕《はら》む機会がなくなるうぅぅ~~~っ!!!!」


と、完全に錯乱していた。



長身女は悲しくて泣いている訳では無かった。

むしろ心中では赤い舌を出し笑っていた。

幼少期より奸計《かんけい》の訓練を積んだ彼女は、3秒もあれば涙腺を開き、息をする様に号泣できるのだ。


後日、陛下から、セラフィー姫様ご留学の発表が行われるのは本当だ。

ただし、それは偽りの情報。

彼女は真実を知っているが、たとえ同志といえど、職務上それを話すわけにはいかない。


彼女は神樹番の頭領から、女神と行動を共にするよう指示を受けている。

天にも昇る余りの喜びに、普通なら心中を隠しきれずに表情に出るところだが。

神樹番の手練れはそんなヘマはしない、止めどなく涙を流した。


どのみち皆が知る事になる悪報を、いち早く同志に教えたのは、信者同士でキズを舐め合い、ショックを和らげる効果を狙った優しさでもある。

同士達の醜態を見ながら、愉悦に浸りたかった。

だけでは、決してないのだ――


決して――。



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