第38話 エピローグ
―― 旅立ち ――
「びえぇぇぇ~~~っ! ひぁっ……ひぎっ! そ、草太にいぢゃ~~っ、やだぁぁぁ~~! もぐ、もぐっ……トマト……びっ……だべれなぐ、なっぢゃうょぉ~~~!ムシャムシャ、 うわぁぁぁぁ~~ん!」
「あ、あたしのこと……っ、もぐ、もぐっ、ひっ、ひあそび……だっだの~~っ!? んぐんぐっ! け、けっこん……するっで……いっだのにぃ~~っ! うぇぇぇぇぇん、やだぁぁぁぁ! ムシャムシャシャムシャ」
「お前ら、食うか、泣くか、喋るか、どれかにしろ!」
俺の目の前で二人のガキんちょが、トマトを頬張りながら、泣きじゃくり、俺に抗議するという、実に器用な芸当をしている。
ササリナ先生のひ孫、青っ鼻のボンノ君と、すきっ歯のミミカちゃんだ。
俺の後頭部から可愛らしい声が聞こえる。
「まったく~~っ! 人属の幼体はビービー五月蠅くてかなわんわい!」
背中に垂らしたパーカーのフードに収まっている、セクシー大根型魔物のゴラコが、苦情を述べる。
ガキんちょ二人の頭に手を置き、目いっぱいグリグリクシャクシャする。
「トマトは今畑で生っているのが最後だからな、味わって食えよ」
「んぐっ……びゃぁぁぁ~~っ!ト、トマト……な、なぐなるまえに~~ かえっできてぇぇぇぇ~~~! うわぁぁぁぁぁん……!」
「お、おながの……あ、あかちゃ~~っ…… うまでるまえに~~っ、ひっ、がえっできでぇぇぇぇぇ~~! やぐぞぐ~~ぅうううう~~っ!」
皆さんこんにちは草太です。
俺は今、薬師工房の玄関前で別れのあいさつをしている。
いよいよ二か月半滞在したナヴィア国を旅立ち、冒険の旅が始まるのだ。
「じゃあ二人とも達者でな!」
別れを惜しんでくれている二人の頭から手を放すと――
「ほらほら二人とも、いつまでも泣いてちゃダメよ。草太君が困っちゃうでしょう」
ササリナ先生が二人の後ろから、その肩を抱きよせる。
すると先生のたわわな菩薩様が、ひ孫達の頭に綺麗に鎮座した。
(しもうた~~っ! もう少し二人の頭に両手を載せて置くべきだった!)
俺にはもう色仕掛けはしないと宣言した先生。
ここ数日間は身体の線の出ない、ゆったりとした上着にパンタロン姿という、年齢相応とも言うべきか露出の少ない服を着ていたのだが、本日は違っていた。
いつもの白衣を着ておらず、薄手のニットで編まれたミニのワンピースだ。
当然、菩薩様の先端は凶器の如く尖り、肉付きの良い腰と太腿からは「ミチミチ」「ムチムチ」と擬音が聞えそうである。
おみ足に装備した殺傷能力が高めなピンヒールが尊い。
最後なので俺にサービスしてくれているのだろうか?
先生の粋な心遣いに胸とかが熱くなる想いだ。
ササリナ先生の瞳が潤む。
「草太君、水と食べ物には気を付けるのよ。
私のあげた魔法薬、ちゃんと使ってね。時々、勿体無がって、ご使用大事にしまっておく人がいるのよ」
「はい! バンバン使わせて頂きます!
ではササリナ先生、短い間でしたが大変お世話になりました! どうかご息災で!」
俺は地球式敬礼をし、踵を返し歩き出す。
すると一人の青年が工房に近づいてきた。
彼が俺に尋ねる。
「ここは高名な薬師である、ササリナ先生の工房で間違いないでしょうか?」
「ああ、そうだけど君は?」
「はい! 僕は今日からササリナ先生よりご教授して頂ける事になった、薬師見習いのジュンダと申します! よろしくお願い致します!」
直立不動の姿勢で、まっすぐに俺にあいさつした青年。
金髪をきちんと七三に分けた、どこか幼さの残る整った顔立ちだ。
白く皺一つない詰襟めいた服装と、景色が映るほど磨かれた靴先。
育ちの良さと誠実さが、そのまま形になったような清潔感が空気に滲み出ていた。
まさに、けがれを知らぬ純白なキャンバスであった。
ササリナ先生の特殊な男性嗜好が、脳裏をよぎる。
俺はゆっくりと後ろを振り返った。
先生は瞳と口元を三日月型にし、小首をかしげて俺に目配せをする。
聖母のような微笑みである。しかしその眼差しの奥は笑っていない。
《《余計な事を喋ったら殺す》》!
という、どす黒く禍々しいオーラが、先生の背後に幻視となって表れていた。
まことに残念ながら先生の今日の服装は、俺への心遣いでは無かったようだ。
ゴラコが葉っぱを小刻みに震わせ、小声を漏らす。
「おお……怖っ……」
普段は人を見下しているゴラコだが、エルフの最長老である先生の圧には、ビビらざるをえないらしい。
それは俺とて同じである。
だがしかし先生には申し訳ないが、俺は何としても「真実」を好青年に伝えずにはいられなかった。
好青年に向き直り、彼に歩み寄る。
その眩しいほど白い上着の肩に手を置き、「真実」を語った。
「俺は心の底から、君が羨ましくてたまらないよ!」
「はい! 僕も高名な先生に教えを頂ける機会を得たことは、この上ない幸運だと思っています!」
俺の伝えた「真実」に、曇りのない瞳で返答を返した好青年。
「まあ色々とガンバリたまえ…… 君の未来に幸あらんことを……」
彼にエールを送りながら、その横を通り過ぎた。
俺は第二円環運河に設けられた、船着き場を目指し歩く。
そこでセラフィーちゃんと合流する予定だ。
本日は晴天なり。
空は蒼く、雲は白く輝く。
心地よい風が緑の香りを運んで頬を撫で、
ゴラコの頭部に生えた葉っぱが、うなじをくすぐる。
「正に絶好の冒険の旅立ち日和だな!」
「レッツラゴーぢゃ!」
俺は、振り返ることなく前を向き、進み続けたのだった。
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―― 虚穴の塔 ――
中央大陸南部に広がる、サルディア連邦国。
五つの国家が手を結び成立した、三大陸で唯一の連邦共和制国である。
国民はあらゆる種族で構成され、総人口は優に5000万人を超える。
経済・工業・軍事・科学・文化――あらゆる分野で卓越した力を誇り、中央大陸の覇権国家として揺るぎない地位を築いていた。
連邦国の叡智が結集する学術都市、マギア・ノクス。
魔法理論から魔道具工学まで、数多の研究機関が林立する知の都である。
この都市には、国を跨り設立された特異な機関――国際虚穴委員会が本部を構えていた。
委員会の建物は巨大な六角形の回廊構造を成し、中心には空を貫くように一本の塔がそびえ立つ。
『虚穴の塔』と呼ばれる、漆黒の塔だ。
かの塔は、普通の建造物ではない。
虚穴の波動を捕捉し発生を知らせる、一つの巨大な装置なのだ。
内部空間には、複雑な羅針盤状の精密機構が組み込まれ、中央の床には直径五メートルの透明なドームが設置されていた。
「まだか…… まだ何処の国からも知らせが来んのか!? もう二か月以上経つんじゃぞ!」
ドームの前で、一人の老人が苛立たしげに独り言を呟いた。
小柄な身体を覆うように、白髪と白髭が膝まで伸びている。
ドワーフ種である老人は、齢200才を超えていた。
老人は、虚穴の研究に人生の大半を費やしてきた学者であった。
晩年を迎えても未だ情熱は衰えず、寝具を塔内に持ち込み寝泊まりするほどである。
塔内で暮らしていると、言い換えても差し支えないだろう。
1500年ほど前に、この世界に落ちて来た虚穴人の男がいる。
彼は【神具師】という神級スキルを持ち「魔道具の賢者」と呼ばれていた。
今現在、作られている魔道具の実に八割を考案、開発したとされ、世界の発展に最も貢献した虚穴人の一人である。
虚穴の塔も 魔道具の賢者 が開発した巨大な魔道具だ。
二か月半前、実に30年ぶりに装置が反応を示したのだ。
老人はこれまで数回、装置が波動を感知する様子を見たが、今までにない、ひときわ強い反応であった。
未だにその時の興奮が、身体の芯に残っているほどだ。
この世界に新たな虚穴人がやって来たのは間違いない……。
さりながら虚穴の塔では、落ちた場所までは特定できないのだ。
虚穴人を保護した国は直ちに、ここ虚穴委員会に報告する決まりとなっている。
しかし未だ何処の国からも報告が届いていないのだ。
老人が長い髭をせわしなく擦る。
「生存不可能な所に落ちて、死んだ訳ではあるまいな……」
虚穴は基本的に人が多く暮らす場所や、その付近に出現する。
『虚穴出現の際に、人や魔道具が発する魔力が呼び水になっている』
という学説を老人は唱えているが、事例が少なすぎるため、未だ確信を持ててはいない。
海上や未開の山中に落ちた場合、学説を根本から見直す必要に迫られるのだ。
その時、床を小気味よく叩くヒールの足音が老人に近づいて来た。
「博士! やっと届きました! 虚穴人保護の報告です!」
虚穴委員会の事務員女性が、一枚の紙を振っている。
「やっと来たか! どこの国に出現したのじゃ!?」
「ナヴィア王国からの報告です」
「ド田舎の半島に引きこもっておるエルフ共の国か!? アイツらはやる事なすことがいちいち遅いんじゃ! 最長命種じゃからといってノホホンとしよってからに!」
文句を言うと同時に、己の学説の裏付けが一つ増えたことに、安堵の表情がにじみ出る。
老人に歩み寄った事務員の女性が、落ち着きなく塔内を見回す。
「教授、何か変な音が聞こえませんか?」
「変な音じゃと?」
衰えた耳をすますと、僅かに響く低い音を聞き取った。
その音は徐々に大きくなり塔を震わせていく。
老人はその音に聞き覚えがあった。
二か月半前にも聞いた音だ。
「ま、まさか……こんな短期間で再び発生するのか!?」
漆黒の壁に赤い模様が次々と浮き上がり、オゾン臭が立ち込める。
目の前の透明なドームがまぶしいほどの光を放ち、精密機器が狂ったように動き出す。
塔の震えが大きくなり、二人とも耐えられず床に膝を着いた。
長い眉毛の下の瞳が見開かれ、口角が限界まで上がり、唾と涙と鼻水を飛ばす老人。
「おおおおおおっ! 明らかに前回より反応が大きいぞ!
何という幸運! おお神よ! 虚穴に人生を捧げたわしを祝福して下さるのか!」
やがて振動は収まり、壁の模様は消え、計器類は静かになる。
が、塔内は歓喜の叫び声が反響していた。
「ぎゃっほっほっほっほっほっほっほっ~っ!!! これで研究をまた一つ進めることができるうう~ぅ~っ!! なんと幸せなことじゃゃあああ~っ!!!」
顔面から噴出した、あらゆる液体で白髭をべとつかせ、床を転げまわる老人。
高らかに笑い、狂喜に上ずる声だけが、いつまでも塔内に響いていた――。
******
――エピローグ――
神樹エルナヴィアに庇護された直径十キロの円環。その東側、外縁をかすめるように一本の川が静かに流れている。
外界へ通じる唯一の道は、この川を進み、船で境界を越えることだけだった。
樹海と居住区を隔てる土手――大縁。
大縁の一部には切れ目があり、そこに「縁橋」と呼ばれる橋が架かっている。
川から引かれた運河が縁橋の下を潜り、居住区内に巡っていた。
縁橋に設けられた格子状の水門が、金属の擦れる低い響きを残しながらゆっくりと開いていく。
橋をくぐった一隻の木造船が、影の中から姿を現し、外側の流れへと滑り出た。
船頭の他に乗船するのは3人と一株の植物系魔物。
姫騎士姿も凛々しく、虹色の光沢を放つ銀髪を風になびかせる、エルフの少女。
後ろには、マントについたフードを深く被った長身の女性が、無言で突き従っていた。
黒髪でやや小柄な少年が、船の先端に片足を乗せ真っすぐ前を見る。
彼の肩には人型大根めいた魔物が乗り、葉を揺らしていた。
旅立つ少年の胸に去来するのは、万感の想いか、未来への希望か――
彼に、この先どのような冒険が待ち受けているのか?
後の展開はどうなるのか?
そもそも、この物語の続きは描かれるのか?
全ては未だ筆者にも解らない!
神のみぞ知ることなのであった…………。
『草太くんの・BIGり異世界モドキ冒険記』
第一章・エルフの王国編
―― 完 ――
『草太くんのBIGり異世界モドキ冒険記』第一部をお読みいただきありがとうございます!
続きは次の部を書き終えてから投稿したいと思っています。
ちなみに第一部を書くのに半年以上かかりました。気長にお待ちください。




