↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/39

第36話 陛下の心中

エルフィア女王が王族の会議にて、今後の方針を示したその夕刻過ぎ。

温暖なナヴィア国には珍しく、厚い雨雲が夜空を覆い始めていた。

王国宮廷、奥まった一角の国王夫婦の私室。

女王と宰相はソファーに並んで腰かけ、毎晩の定例となっている話し合いをしている。


妻が煎《ほう》じたお茶を一口飲んだドルファン宰相は深く息を吐く。


「問題は神樹《しんじゅ》様の寿命が、後どれぐらいなのか不明なことだ。

寿命前に神樹類花《しんじゅるいか》の採取が間に合うかどうかだが、神樹様ご自身にも寿命が解らないのでは推測のしようが無い。

草太殿《そうたどの》の植物系魔物が、当面は大丈夫とは言っていたが、それも何処まで当てになるか……」


エルフィア女王もお茶で唇を湿らせた後、夫を見据えた。


「間に合わぬ場合は、トランギル王子の提案を再検討せねばならんのう」


エルナヴィア王家は姫(女子)が生まれる比率が高い、かと言って王子(男子)が全く生まれない訳では無い。

トランギル王子はエルフィア王女とドルファン宰相の第二子、現王女の兄である。

王子は成人すると他国を回り、外交官として役割を担うのが常であった。

職務上ほとんど国内におらず、帰って来るのは数年に一度である。



宰相が思わず妻を凝視する。


「本気か? 建国の世以来、エルナヴィア国を防御して来た、樹海の魔物を殲滅《せんめつ》するのだぞ」


「本気も何も、それしか我が国を存続させる方法はあるまい」



中央大陸北西部の内海に突き出た、広大な樹海で覆われている菱型の半島。

半島全体がナヴィア王国の領土であり、半島先端よりに神樹が庇護する居住地がある。


神樹の霊力が届かない樹海は魔物の巣窟と化しているが。

実のところ、魔物樹海は純粋な自然林では無い。

伝承によれば、古代において魔物の生息密度は遥かに低く、半島のあちこちにエルフの集落が点在していたとされている。


神樹に守られた集落が栄えた事が転機となり、やがて村々を吸収して国となった。


国民を神樹の庇護下に移住させ、それ以外の地には、敢えて魔物の好む樹木を植林した。

魔物を呼び寄せ繁殖させ、人工的に巣窟を作ったのだ。


ナヴィア王国は隣接する国家群において、人口の最も少ない最小国だ。

隣国の人口は小国でも50倍、最大国家は200倍以上を有している。

いくら魔法戦闘に優れたエルフといえど、数で攻められたらひとたまりもない。

その対策として国内を魔物の巣窟とし、他国から、おいそれと侵略できない様にしている。


魔物が巣くう樹海内で、その地を熟知したエルフ兵にゲリラ戦を仕掛けられれば、最終的に侵略できたとしても自軍の損失は馬鹿にならない。

最小国を支配する程度の利益では、間尺に合わない状態にしている。


他国からは魔物の樹海が守り。

魔物からは神樹が守る。

二重構造の防衛になっている。


かつて戦乱の時代、この仕組みによってエルナヴィア王国は、戦火を免れ独立を維持したのだ。


だが二重構造にも限界がきていた。

最長寿種たるエルフの出生率は極めて低いが、それでも人口は少しずつ増えている。

今の居住地だけでは全ての国民を賄えない。国家として発展が頭打ちになっている。

現に母国を離れ他国で生活している者も少なくない。


居住地を増やすために長らく神樹の仲間を探してきたが、手がかりすら無かった。


そこでトランギル王子が提案した代替案は。

樹海に植林した魔物の好む樹木をすべて伐採し、同時に魔物を狩ってその数を激減させる。

その後、半島内に城塞都市を建設する案だ。

戦乱が収まり、既に1500年以上平和な世が続いている。国家間の争いも、局所的な小競り合いしか起こらなくなった。

魔物の巣窟はもはや不要と訴えたのだ。


その際、最低限の安全保証として、隣接するいずれかの国家と同盟を結ぶと言うものだった。


しかし同盟といえば聞こえがいいが、人口比を考えた場合、従属国に近い形になる。


トランギル王子は、他国に散ったエルフを呼び戻し、今まで国民として認めなかった混じり者(ハーフエルフ)も迎え入れることで、人口を飛躍的に増大させ。

従属国化を免れる事が出来ると訴えたのだ。


だがドランギル案は、純粋なエルフとハーフエルフの格差や確執による不和。

長期的に純粋なエルフの消失という危険性をはらんでいる。

国家の舵取りは格段に難しくなる。


女王が呟く。


「同盟となると、姫を側室として差し出さねばならんのう……」


妻の言葉に夫が顎髭《あごひげ》を撫でる。


「やはり一番の候補は、セラフィー姫になるか。

姫の気質なら、国のために迷う事なく自らを差し出すと思うが……」


不快そうに、しかめ顔をした女王。


「あれほど美しいナヴィア国の宝石、欲しいと思わぬ王や王子などおるまい。

特にズイ国の王は、破格の条件を提示してでも欲しがるじゃろう。

彼奴は息子の妃《きさき》にすら手を出す、好色が人の皮を被っておる様な獣じゃからのう」


「しかし人種《ひとしゅ》の国に嫁がせるとなると、ナヴィア国民の反発は必至だぞ」


「そうじゃのう……

だからこそなおの事、国内から出す良い機会とも言える。

セラフィー姫は民《たみ》に人気が有りすぎる」


女王は、淑女らしからぬ仕草で、空になったカップを音を立ててテーブルに置いた。


「次の女王は心配ない。だがその次が問題じゃ。

本人の意志とは関係なく、周りが勝手に王位に担ぎだしかねん。

わらわの孫同士が争う内戦など考えとうもないわ。

一時的な国民の反発ぐらいで済むなら安いものじゃ」


「神樹類花《しんじゅるいか》の採取に間に合ったらどうするのだ? そちらの方が国にとっては理想的だろう」


「その時は――」


女王は瞳を閉じ、一呼吸おいた。


「セラフィー姫の席を王族から抜き、草太殿にでも貰ってもらおうかのう」


夫はあきれ顔になる。


「おいおい! それこそ本気か!?」


「神樹様を増やすことが出来れば、草太殿は国の大恩人となる、いわば英雄じゃ。

姫の一人ぐらいくれてやってもおかしくはあるまい」


夫の胸にしなだれかかった女王が肩を落とす。


「ソフィーリアよ、そなたが生きていてくれたら、余計な苦心をしなくて済んだものを……」


十年前に逝った長女へ愚痴をこぼした女王。


小さく震える細い肩を、夫は無言のまま包み込むように抱き寄せた。






お読みいただきありがとうございます!

続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

次回もよろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。