第36話 陛下の心中
エルフィア女王が王族の会議にて、今後の方針を示したその夕刻過ぎ。
温暖なナヴィア国には珍しく、厚い雨雲が夜空を覆い始めていた。
王国宮廷、奥まった一角の国王夫婦の私室。
女王と宰相はソファーに並んで腰かけ、毎晩の定例となっている話し合いをしている。
妻が煎じたお茶を一口飲んだドルファン宰相は深く息を吐く。
「問題は神樹様の寿命が、後どれぐらいなのか不明なことだ。
寿命前に神樹類花の採取が間に合うかどうかだが、神樹様ご自身にも寿命が解らないのでは推測のしようが無い。
草太殿の植物系魔物が、当面は大丈夫とは言っていたが、それも何処まで当てになるか……」
エルフィア女王もお茶で唇を湿らせた後、夫を見据えた。
「間に合わぬ場合は、トランギル王子の提案を再検討せねばならんのう」
エルナヴィア王家は姫(女子)が生まれる比率が高い、かと言って王子(男子)が全く生まれない訳では無い。
トランギル王子はエルフィア王女とドルファン宰相の第二子、現王女の兄である。
王子は成人すると他国を回り、外交官として役割を担うのが常であった。
職務上ほとんど国内におらず、帰って来るのは数年に一度である。
宰相が思わず妻を凝視する。
「本気か? 建国の世以来、エルナヴィア国を防御して来た、樹海の魔物を殲滅するのだぞ」
「本気も何も、それしか我が国を存続させる方法はあるまい」
中央大陸北西部の内海に突き出た、広大な樹海で覆われている菱型の半島。
半島全体がナヴィア王国の領土であり、半島先端よりに神樹が庇護する居住地がある。
神樹の霊力が届かない樹海は魔物の巣窟と化しているが。
実のところ、魔物樹海は純粋な自然林では無い。
伝承によれば、古代において魔物の生息密度は遥かに低く、半島のあちこちにエルフの集落が点在していたとされている。
神樹に守られた集落が栄えた事が転機となり、やがて村々を吸収して国となった。
国民を神樹の庇護下に移住させ、それ以外の地には、敢えて魔物の好む樹木を植林した。
魔物を呼び寄せ繁殖させ、人工的に巣窟を作ったのだ。
ナヴィア王国は隣接する国家群において、人口の最も少ない最小国だ。
隣国の人口は小国でも50倍、最大国家は200倍以上を有している。
いくら魔法戦闘に優れたエルフといえど、数で攻められたらひとたまりもない。
その対策として国内を魔物の巣窟とし、他国から、おいそれと侵略できない様にしている。
魔物が巣くう樹海内で、その地を熟知したエルフ兵にゲリラ戦を仕掛けられれば、最終的に侵略できたとしても自軍の損失は馬鹿にならない。
最小国を支配する程度の利益では、間尺に合わない状態にしている。
他国からは魔物の樹海が守り。
魔物からは神樹が守る。
二重構造の防衛になっている。
かつて戦乱の時代、この仕組みによってエルナヴィア王国は、戦火を免れ独立を維持したのだ。
だが二重構造にも限界がきていた。
最長寿種たるエルフの出生率は極めて低いが、それでも人口は少しずつ増えている。
今の居住地だけでは全ての国民を賄えない。国家として発展が頭打ちになっている。
現に母国を離れ他国で生活している者も少なくない。
居住地を増やすために長らく神樹の仲間を探してきたが、手がかりすら無かった。
そこでトランギル王子が提案した代替案は。
樹海に植林した魔物の好む樹木をすべて伐採し、同時に魔物を狩ってその数を激減させる。
その後、半島内に城塞都市を建設する案だ。
戦乱が収まり、既に1500年以上平和な世が続いている。国家間の争いも、局所的な小競り合いしか起こらなくなった。
魔物の巣窟はもはや不要と訴えたのだ。
その際、最低限の安全保証として、隣接するいずれかの国家と同盟を結ぶと言うものだった。
しかし同盟といえば聞こえがいいが、人口比を考えた場合、従属国に近い形になる。
トランギル王子は、他国に散ったエルフを呼び戻し、今まで国民として認めなかった混じり者も迎え入れることで、人口を飛躍的に増大させ。
従属国化を免れる事が出来ると訴えたのだ。
だがドランギル案は、純粋なエルフとハーフエルフの格差や確執による不和。
長期的に純粋なエルフの消失という危険性をはらんでいる。
国家の舵取りは格段に難しくなる。
女王が呟く。
「同盟となると、姫を側室として差し出さねばならんのう……」
妻の言葉に夫が顎髭を撫でる。
「やはり一番の候補は、セラフィー姫になるか。
姫の気質なら、国のために迷う事なく自らを差し出すと思うが……」
不快そうに、しかめ顔をした女王。
「あれほど美しいナヴィア国の宝石、欲しいと思わぬ王や王子などおるまい。
特にズイ国の王は、破格の条件を提示してでも欲しがるじゃろう。
彼奴は息子の妃にすら手を出す、好色が人の皮を被っておる様な獣じゃからのう」
「しかし人種の国に嫁がせるとなると、ナヴィア国民の反発は必至だぞ」
「そうじゃのう……
だからこそなおの事、国内から出す良い機会とも言える。
セラフィー姫は民に人気が有りすぎる」
女王は、淑女らしからぬ仕草で、空になったカップを音を立ててテーブルに置いた。
「次の女王は心配ない。だがその次が問題じゃ。
本人の意志とは関係なく、周りが勝手に王位に担ぎだしかねん。
わらわの孫同士が争う内戦など考えとうもないわ。
一時的な国民の反発ぐらいで済むなら安いものじゃ」
「神樹類花の採取に間に合ったらどうするのだ? そちらの方が国にとっては理想的だろう」
「その時は――」
女王は瞳を閉じ、一呼吸おいた。
「セラフィー姫の席を王族から抜き、草太殿にでも貰ってもらおうかのう」
夫はあきれ顔になる。
「おいおい! それこそ本気か!?」
「神樹様を増やすことが出来れば、草太殿は国の大恩人となる、いわば英雄じゃ。
姫の一人ぐらいくれてやってもおかしくはあるまい」
夫の胸にしなだれかかった女王が肩を落とす。
「ソフィーリアよ、そなたが生きていてくれたら、余計な苦心をしなくて済んだものを……」
十年前に逝った長女へ愚痴をこぼした女王。
小さく震える細い肩を、夫は無言のまま包み込むように抱き寄せた。
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