第32話 草太、想定外に大いに戸惑う。
俺の前には、立体起動戦闘に完全に不向きな景色が広がる。
全く障害物のない、平らな鍛錬場。
まばらに生えたぺんぺん草が物悲しい……
いやいやいや! 防衛兵団って樹海で魔物と戦ったりするんだろ~?
鍛錬場に樹海に似た環境を作るべきでしょうが~~!?
嘆いても始まらない。
こんな事もあろうかと「くっころ」のための「プランB」も既に考えてある。
俺は用意周到な男なのだ!
白み始めた空と、半月の赫月に照らされた日の出前の鍛錬場。
そこに兵士の姿は一人も見受けられない。
セラフィーちゃんとの模擬戦は、俺の実力を彼女が確認するための戦闘だ。
なので兵士の訓練が始まる前に、見物人ゼロの状態で行う予定だ。
見物人が居ないのは盛り上がりに欠けるが、都合が良いとも言えた。
俺の触手(蔓)で拘束され、身体中を触手(蔓)でサワサワ、クリクリされる姫騎士様。
そんな痴態を大勢の兵士達に見られるのは、さすがに可哀そうである。
俺はセラフィーちゃんを、人前で辱めたい訳ではないのだ。
もし他人が今の俺を見たら。
「可哀そうと思うなら“くっころ”なんぞすんなよ!」とか、
「お姫様が怒って、俺と探索に行く事を拒否したらどうすんの!?」とかの、
まっとうな突っ込みを、入れられそうだ。
だがしかし……
こんな時、日本には矛盾を正当化する、素晴らしい言葉がある!
「それはそれ! これはこれ!」 ――だ!!!
ここで引く訳には行かないのだ! 初志貫徹!!
根拠はないが、止めてしまうと、別世界の紳士達から非難される予感がするし……。
そして、超絶美少女のあられもない姿は、他人には見せたくない!
俺一人で楽しみたいのである!
本当に観たい映画は、一人で観る派なのだ!
そしてもう一つ、誰も居ない方が良い理由がある。
セラフィーちゃんを女神と崇める兵士も多いと聞く。
そんな彼らが、信奉する女神の屈辱的な姿を見たら、激昂して俺を袋叩きにしかねない。
お姫様本人と女王陛下からは、模擬戦での出来事は罪に問わない、と確約を取った。
それでも、頭に血が上った兵士の行動は予測不可能だ。
「主殿、誰かが走って来ておるようぢゃぞ」
俺の背中のフードに納まり、茂っているゴラコが気付く。
軽快に大地を蹴る足音が、鍛錬場に入ってきた。
「草太殿、先に到着していたのか! 待たせてしまったかな?」
セラフィーちゃんが、かなりの速度で駆け込んできた。
減速して目の前で立ち止まると、やや息を乱し、両手を腰に当てて肩を上下させている。
汗ばんだ頬に張り付く後れ毛が、実に健康的な色気を発している。
俺は顔にかかるゴラコの葉っぱを持ち上げながら、セラフィーちゃんに答える。
「いや、俺も今しがた来たところさ。
セラフィーちゃんこそ急いで来たみたいだな、汗かいてるし」
「ああこれは、日課である大縁の上を一周走って来たせいだ。
習慣になっているのでな、毎朝走らないと一日が始まらないのだ」
「えっ!? 大縁一周って結構な距離あるよね? そこを毎日走るの!?
時間だってかかるでしょ?」
大縁は、神樹が庇護する居住地を、ぐるりと囲む土手だ。
一周は30㎞以上の距離があるはず…
驚いた様子の俺に姫騎士様がさらりと言う。
「身体強化魔法の『魔力疾走』の鍛錬も兼ねているからな、一時間もかからないぞ」
(マジか――! 平均速度はバイク並みの速さじゃねーか!)
これは……気合いを入れないとヤバイかも……
セラフィーちゃんは俺の想像以上に鍛えているようだ。
下手をすれば“くっころ”どころか、彼女と同行するための合格点すら、貰えない事になりかねない。
「草太殿、模擬戦にあたり、これを着けて欲しい」
セラフィーちゃんが、武器ベルトのポーチからペンダントを二つ取り出し、一つを俺に手渡してきた。
500円玉程のメダルに、魔法陣らしき複雑な模様が描かれており、真ん中に魔結晶がはめ込まれている。
「それは身代護符のペンダントだ。
効果は…… 口で説明するよりも、見てもらった方が納得してもらえるな」
セラフィーちゃんは自分でペンダントを装備すると、腰後ろの鞘からショートソードを抜き―― 力を込めて彼女自身の首に切りつけた!
「ちょちょちょっ!!! 何してんねんっ!? セラフィーちゃんっ!!!」
久しぶりにエセ関西弁で驚く俺!
いきなりの出来事に、凍傷になりそうなほど全身から血の気が引いたが、姫騎士様の白いうなじからは一滴の血も流れていなかった。
甲高い金属音が鳴り、剣が当たった部分を起点に、虹色の光が全身へ広がる。
まるで人型のシャボン玉の膜に包まれたようだ。
光が収まると同時に、彼女の着けたペンダントが砕け散った。
「身代護符は、怪我に至る程の物理攻撃や魔法攻撃を、一度だけ無効化する魔道具だ。
見ての通り、装備者の身代わりとなって砕け散る。
フフ……驚かせてしまってすまなかったな、草太殿」
(ったく、心臓に悪いドッキリは止めて欲しい!)
片方の口角を上げ、いたずらっ子めいた笑みのセラフィーちゃん。
謝ってはいるが、反省はしていなさそうである。
(おのれ~~っ! 仕返しに模擬戦では《《いたずらされまくりっ子》》にしてやる!)
と決意を新たにし、ペンダントを首に掛ける。
姫騎士様はポーチから新たなペンダントを取り出し身に着け、宣言した。
「では模擬戦のルールを説明する!
勝敗は、先に身代護符が壊れた方が負けとなる。
ハンデとして私は低級風魔法以外は一切使わない。もちろん武器や体術もだ。
草太殿はいかなる武器やスキルを使っても自由とする。
以上の条件で私に勝利したら草太殿の実力を認めよう!」
なるほど、ハンデ付きの勝負か。分かりやすいちゃ、分かりやすいな。
しかも俺にとって、メッチャ都合がよいルールである!
つまり怪我をしない触手(蔓)による拘束や御触では勝敗は着かない、ということだ!
(時間無制限に“くっころ”しちゃっても、いいって事っすよね!? ですよね!!!)
俺は元気よく片手を上げ、姫騎士様に質問する。
「ハイッ!俺、武器類を一切所持していないんだけど、どうしたら良いですか?」
*
俺の質問を聞いたセラフィーちゃんに、鍛錬場入口近くの倉庫に案内された。
中は薄暗く、金属と皮と油の入り混じった臭いが鼻を刺す。
『光球』
セラフィーちゃんが右手を上げて唱えた。
指先に五つの光が生まれて天井へ飛んでいき、等間隔に並んで倉庫内を照らした。
「おお~っ! スゲーーッ!!」
「ほほう! これはみごとぢゃのう」
俺とゴラコの声が倉庫内に反響する。
剣、槍、弓、盾などの武器や防具が、木製の台に整然と立て掛けられていた。
それらの武具は測ったように等間隔で並び、一本たりとも傾きがない。
軍隊の強さは規律に現れると聞いた事がある。
ナヴィア王国防衛兵団の練度が垣間見える光景だった。
「訓練用の予備装備だ、模擬戦用に好きな武具を選んでよいぞ、草太殿」
セラフィーちゃんにうながされるまま俺は倉庫内を見て回り、団員標準装備のショートソードを手に取った。
「訓練用にしてはピカピカしてんなあ。傷は多いけど、手入れが行き届いてる」
セラフィーちゃんが胸を張る。
「古参兵の話では、以前はもっと管理がいい加減だったらしい。
私の父上―― バルグが防衛兵団団長になってから、武具の扱いがガラリと変わったそうだ。 それと共に、魔物との戦闘で死傷する者が半減したと聞いている」
俺の脳裏に、髪色以外セラフィーちゃんに全く似ていない、筋肉達磨さんの姿が浮かぶ。
見た目は戦闘馬鹿みたいな感じを受けるが、軍を束ねる者としても優秀なようだ。
その時、倉庫内に低音の声が響いた。
「二人ともここに居たか」
倉庫の入口で逆光に黒く浮かぶ大男。
少しかがんでスルリと中に入ってくる。
刈り込んだ白銀の髪。
粗削りだが端正な顔立ち。
太い血管の浮いた丸太の様な首と腕。
ぶ厚い胸板を戦闘の傷痕が残る鎧が包む。
圧倒的な体躯から発する威圧感とは裏腹に、動きはしなやかだ。
「おはよう! セラフィー姫、それと虚穴人の草太殿」
噂をすれば何とやら。
セラフィーちゃんのお父上、バルグ団長様であった。
*
鍛練場の中央。
俺とセラフィーちゃんは20メートル程の距離で向かい合う。
俺は右手にショートソード、左手には丸盾を構えている。
セラフィーちゃんは何も持たず、武器ベルトも外して丸腰だ。
土塁壁際には腕組みをするバルグ団長。
ぶっとい腕と、ぶ厚い胸板のせいで、組んだ腕の位置が妙に高い。
団長の足下では、葉っぱを茂らせたゴラコが、俺の魔法鞄の上に鎮座している。
先ほど聞いたところによると、バルグ団長も毎朝鍛錬を行うのが日課との事だ。
(そういう重大情報は、あらかじめ教えてほしかったよ~~~セラフィーちゃん!)
非常に不味い事になった……
模擬戦で俺の想いが成就し、セラフィーちゃんがあられもない姿になった瞬間。
愛娘の屈辱的な姿を目撃した、父親が激怒したら――
一般兵士に袋叩きにされるどころの騒ぎではない!
怒り狂った筋肉達磨さんは、俺の首を容易くネジ折り、背骨ごと胴体から引き抜いてしまうに違いない!
想像しただけで背中に高塩分の汗が流れ、決意が揺らぐ。
だがしかし……
幸いな事に、日本には己を鼓舞し覚悟を決める、偉大な言葉がある!!
「そん時は! そん時!」―― 初志貫徹は貫かねばならぬ!!!
これはBIGの頂きを目指す俺が、避けて通れぬ試練なのだ!
バルグ団長が、離れた所から響く声を出す。
「女王陛下より、事情は聞いている。
姫には言いたい事もあるが、それは後ほどで良いだろう。
模擬戦の見届け人を私が務める。
ルールは、セラフィー姫が一般兵相手に行う模擬戦と同じで相違ないか?」
「はい父上。
私は風魔法以外禁止、威力も低級のみ。
草太殿は如何なる攻撃も自由とします」
ハンデ付き模擬戦。
どうやら姫騎士様は、普段からこの条件で一般兵と戦っているらしい。
バルグ団長の引き締まった顔が俺を見る。
「草太殿。一般兵が同じルールで姫と模擬戦をした場合、姫に勝てる兵は5人中1人だ。
心して挑まれよ」
(え~~~っ!? 5人中1人~~っ!!?)
セラフィーちゃんは「足手まといにならない程度の、実力があると示せば良い」
と宣っていたのに、ハードル高すぎじゃないの!?
優しさなのか、厳しさなのか、本気で俺を振るいに掛けているのは間違いない。
「両名とも準備はよいか!」
「はい!父上!」
「俺もOKっす!」
「では…… 模擬戦!―― 始め!」
バルグ団長の合図と同時に、俺はウネピュン草の種を地面に撒き、念を送る!
その成長を待たずに、剣と盾を構えて姫騎士様に突進した!
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