第30話 草太、思わぬ人物から横やりを入れられる。
俺が世界地図を見るのは今日が初めてではない。
ササリナ先生の工房には、もっと精緻に描かれた世界地図があったのだ。
先生から受けた地理の講義を思い出す――。
薬師工房の一室。机いっぱいに広げられた世界地図。
俺の向かいに座るササリナ先生の菩薩様が、文鎮代わりに地図の端に乗っている。
先生が地図のまん中に、赤いマニキュアの指を当て、ゆっくりと前後しながら解説した。
「この一番長くて太くて立派なのが中央大陸よ♥ 右下にある細い陸地でぶら下がってるのが東大陸。
左にある下半分が中央大陸に合体しているのが西大陸。
中央大陸と西大陸の間にある、海峡状の内海に突き出た突起、この半島がナヴィア国ね」
正方形の世界地図を見た瞬間、違和感に気付いた。
北極と南極付近は描かれていない。極寒の地で探索出来ていないからだ。
両極の切られた世界地図なら、普通は横長の長方形か楕円になるはずだ。
その瞬間、理解した。
この地図は、惑星の半面しか描いていない。
「先生この地図、世界の半分しか描かれていないですよね?」
ササリナ先生は上唇を舌でゆっくりと湿らせ、ハスキーな声を漏らす。
「そうね……半分かどうかは知らないけど、世界の全てではないわ。
今もなお未知の領域が存在するのは確かよ。
虚穴人の知識で、世界が球状だということは理解しているのだけれど……」
吐息を零した先生は菩薩様を抱えるように腕組みする。
「外海を渡る手段が無いのよ。
外海は海流が速く複雑、生息する海生魔物は超巨大。
現在の造船技術では、安全に航海できる船は造れないわ」
「飛行機……空を飛ぶ乗り物とかはないんですか? 軽いガスで浮く飛行船とか」
俺が問いかけると、先生は顎を上げ、瞳を閉じて唾液を飲み込み喉を鳴らした。
「空を飛ぶ乗り物は、軽さが求められるから頑丈に造れないわ。
飛行できる魔物に襲われると、あっさり墜落しちゃう。
風魔法で飛ぶ飛行機が造られたことはあったけど、飛行魔物より速く飛べなくてダメだったわ」
詳しく聞いてみたが、
機械の動力で魔物より速く飛ぶ飛行機や、ファンタジーあるあるの重力を無視して浮かぶ武装飛行艇は、未だこの世界には存在しないのだ。
大国では色々と研究されているらしいのだが、軍事機密に類することなので、表には出てこないという。
*
この惑星は赫月に潮汐ロックされている。
三大陸のある半球では、赫月の明かりのせいで、夜でも星があまり見えない。
逆に裏側の半球では赫月は見えず、夜には無数の星々や天の川が空を彩るはずだ。
神樹の記憶には、輝く星々と、夜空を斜めに横断する天の川が見えていた。
つまり惑星の裏側である未知の世界で、神樹は生まれたのだ。
「――という訳です。
神樹は初代女王と共に、地図に描かれていない未知の土地からやって来た、と考えました」
俺はテーブル上に置かれた地図を覗き込む三人に、神樹に見せられた光景を踏まえた推測を説明した。
エルフィア女王、ドルファン宰相、セラフィー姫は押し黙り、思案に沈む。
ドルファン宰相が顎髭を揉みながら、溜息のように言葉を発する。
「やはり未知の世界から来たのか……」
三大陸内を探し回っても見つからない、神樹と同属の植物系魔物。
外海の向こうからやって来た可能性も、考えてはいたのだろう。
「先ほど草太君は、自分が花を取ってくると言っていたけど…… 外海を渡る方法はあるのかい?」
宰相様が期待を込めた視線を俺に送るが、今すぐ希望には応えられない。
「いいえドルファン様、残念ながら今のところ見当も付きません。
ですが大国では移動手段の研究が進んでいると聞きました。
まずは各国を回り、外海を渡る方法を確立したいと思っています。
……それで」
俺は女王陛下に向かって深く頭を下げた。
「エルフィア女王陛下! 俺に捜索資金を援助してくださいっ!!」
そう……異世界を巡る冒険がしたいのではあるが、現在は無一文なのである。
スキルを使い、稼いでからだと時間もかかる。
思い立ったが吉日! 鉄は熱いうちに打て! である!
名付けて。
『神樹の望みを叶える冒険のついでに、美少女を助けまくる計画!』
神樹は子孫を残し、ナヴィア国は繁栄、俺はハーレム要員を確保。
いい事尽くめである!
その計画のパトロンになってくれそうな人物が、目の前にいるのだ。お願いしない手はない!
陛下が扇子を広げ口元を隠し、品定めをするように長いまつげの瞳を向けた。
「ほほう! 草太殿が探索をのう……たしかに打つ手は多い方が良いか……」
(おおっ! 好感触! これはイケる!)
その時、予想外な人物から横やりが入った。
「いいや、それには及ばぬぞ草太殿!」
セラフィーちゃんが待ったを掛けたのだ!
姫騎士様はスックと立ち上がり、胸に拳を当てる。
きりりと引き締まった表情で、陛下に宣言した。
「神樹様の願いを叶えるは王族の務め! 私が探索に参ります!
この命に代えても花を手に入れてまいります!!」
(まさかのセラフィーちゃんが、俺の情熱に立ち塞がるんかい~~っ!?)
ミニスカメイド・ハーレムのためには、ここは折れる訳にはいかないっ!!!
俺も立ち上がり反論する。
「いやいやいやいや!
ほら虚穴人は、どの国の国境もフリーパスで通過できる。
探索には俺の方が適任だって!
魔物と遭遇したり、危険な事もあるだろうし、お姫様はダメでしょ!」
「危険ならばなおのこと、弓術、剣術、魔法戦闘、全てを修めた私が適任であろう!
私は虚穴人に命令は出来ぬが、具申はしておく。
草太殿はこの世界に来て日が浅い、数年はこの国で基本から鍛錬された方が良い」
「俺はあのノコギリ化物から逃げ延びた男だ! 無用な心配だ!」
「私がオオノコギリ角を倒さなければ、危なかったと思うが?」
セラフィーちゃんが真顔で痛い所を突いてくる。
(ぐぬぬ~おのれ~~っ! ここは論点をずらすしかない!)
俺は立てた親指で自分をクイクイと指さす。
「神樹様と同じ植物系魔物を探すのに、俺の【植物おせわ係】は必ず役に立つ!」
対抗する姫騎士様。
「外海を渡るために、船や飛行機を使うならば、風魔法が必須。
そして私はエルフ族一番の風魔法の使い手だ!」
全く引く気配がない!
二人の会話を黙って聞いていた陛下から、パチン! と扇子を閉じる、良い音がした。
皆の注目が女王陛下に集まる。
扇子で俺とセラフィーちゃんを交互に指しながら、衝撃的な提案をした!
「それならば、いっそのこと、二人で探索に行ったらどうじゃ?」
(!!!!・ふ・た・り・で・だ・と・……!?
そそ、その手があったか~~~~~~~っ!!!)
俺ともあろう者が何という失態!
メイドハーレムばかりに気を取られ、超絶美少女と旅をする神展開を、完全に失念していたっ!
無論、俺は女王陛下の提案に、全面的に賛同する所であるが……
超絶美少女様は違うらしい。
形の良い弓なりの眉を寄せ、思案の面持ちで言う。
「たとえ陛下の提案でも、すぐには承服しかねます!」
姫騎士様がキリリと俺を見据える。
「草太殿、私と模擬戦闘をして頂きたい!」
(模擬戦闘…!!!!!)
俺の心臓がドクンと跳ね、血流が一気に加速し体温が上がる。
「草太殿がどの程度自分の身を守れるか、私自身で確かめたい。
戦闘の実力次第で、おばあ様の提案を受け入れよう」
(焦るな俺! 焦ってはいけない!)
異世界に来て最初に得た教訓は、「急いては事を仕損じる」だった。
俺は高鳴る鼓動を押さえつけ、慎重に返す。
「模擬戦闘はチョット不味い気が……」
「対等に闘って私に勝て、と言っているわけではないぞ。
足手まといにならない程度の、実力があると示せば良い」
「いや、そうじゃなくて……模擬戦で、お姫様に怪我をさせたら不味いだろ?
それで罪に問われたら洒落にならんしさ……」
「幼少の頃より鍛錬をして来た私に、怪我を負わせるだと?
草太殿は戦闘に自信があるようだな……」
「セラフィー姫様が強いのは分かっているさ。でも万が一ってこともあるだろ?」
躊躇する台詞の俺に、姫騎士姿のセラフィーちゃんが胸に拳を当て声を張る。
「ならば模擬戦闘で何があろうとも――
このセラフィー・テイル・エル・デナス・リョースアールバル・エルナヴィアは
草太殿を罪に問わないと誓う!」
(よし! もう一息! もう一息だ!!)
セラフィーちゃんの誓いを聞いた俺は、女王陛下をチラチラと見る。
その視線を受けたエルフィア女王が含み笑いを浮かべた。
「まあ怪我を防ぐ魔道具もあるしのう、問題なかろう」
陛下も宣言する。
「相分かった。セラフィー姫の誓いをわらわも承認する。二人の模擬戦闘において如何なることがあろうとも、ナヴィア国が草太殿を罪に問うことはない」
(よっしゃあぁぁぁ~~っ!! 言質をとった~~っ!!!)
俺がはやる気持ちを抑え、回りくどい応対をしたのは、お姫様本人と国のトップの女王様から『模擬戦で何があっても無礼講』という免罪符を得るためだ。
そう―― つまり―― これは――
本来なら首が飛びかねないこと――
お姫様! いやさ姫騎士様に『くっころ』をしてもお咎め無しということだ!!
遂にきた! 遂に来たのだ! 堂々と『くっころ』する絶好のチャンスが!!
今までの血のにじむ特訓の成果を、思う存分発揮する機会が!!!
俺は高揚のあまり、今にもバク転をしそうになる肉体を押さえつけ、静かに決意を表明する。
「分かりました、セラフィー姫様と模擬戦闘を致します!」
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