第29話 草太、決意を固める。
良い香りがする、ほのかな花の香りだ。
まぶたを開けると、ぼんやり白銀髪のエルフが見えた。
(俺はまだエルナヴィアの記憶の中にいるのか……)
「草太殿! 気が付かれたか! 身体の具合はどうだ?」
翡翠色の瞳に焦点が合う。セラフィーちゃんであった。
ベッドに寝かされた俺を彼女が覗きこんでいるのだ。
寝そべった状態から見上げる超絶美少女の容貌。
この角度から見るのは初めてだが……
(実に良い! 心にしみる! 毎日この眺めで目覚めたい! ご飯100杯はいける!!!)
見覚えのある天井、宮中の来客用寝室だ。
ササリナ先生の工房に居候する前、ナヴィア国に落ちてからの数日間ここで過ごしたのだ。
上半身を起こしセラフィーちゃんに答える。
「ちょっと身体がだるいが、まあ大丈夫だ」
その体のだるさには覚えがあった。
人間、睡眠不足だと調子を崩すが、寝すぎてもやはり調子を崩すのだ。
窓から覗く空には、夕焼けに照らされた雲が赤く見える。
室内に置かれた柱時計は6時過ぎを指していた。
(3時間ほど経ったのか―― やっぱ寝すぎだ!)
俺の足の間、ご主人様の股間を枕にしてゴラコが寝ていた。
鼻もないのにスピスピ音を立てるセクシー大根を、毛布の下から膝で小突く。
「フワ~ なんぢゃ? もう朝か~?」
寝ぼけるゴラコ。
そもそも植物系魔物に、睡眠の必要があるのか甚だ疑問である。
セラフィーちゃんが申し訳なさそうに話す。
「最長老様はいったん工房に戻られた。
それと……
草太殿が目覚めたら、話が聞きたい旨を陛下より申し使っている。
体調に問題ないなら貴賓室まで同行願いたいのだが……」
女王陛下は俺と神樹との会話内容を、一刻も早く聞きたいのであろう。
問題は神樹のお願いをどうするかだ……。
知り得た異世界の情報から、その願いを叶えるのは、相当な困難を伴うと予想はつく。
(――よしっ! 決めた!!)
かねてより望んでいた例の目標。
BIGになるべく異世界中を巡る冒険をし、美少女を助けまくり、図らずも異世界に来てしまった男子の義務である――
ミニスカメイド・ハーレムを創る!
そう……ミニスカート・メイド・ハーレムを創る、だ!!
超大事なことなので2度繰り返した!
その漢ロマンに踏み出す、絶好の機会でもある。
人生は限りがある! 即断即決!!!
毛布を跳ね上げベッドからシュタッと飛び降りる。
「陛下にお会いしよう! 俺も色々と話す事があるからな!」
机の上に置かれていた魔法鞄を肩に下げ、ゴラコをパーカーのフードに突っ込む。
渡り廊下を進むセラフィーちゃんの後に続いた。
*
貴賓室の中には誰も居ず、明かりの魔道具が静かに輝いていた。
「これより女王陛下を呼んでまいる、草太殿はここで待たれよ」
セラフィーちゃんが退室し、俺とゴラコだけになったので話しかける。
話題は当然、神樹とのやり取りについてだ。
「エルナヴィアとの会話、ゴラコにも聞こえたか?」
「う、うむ……その……じ、じ、受粉をして、種を……実らせたい。ということぢゃろう」
何故だか、いつもと違い、ゴラコの歯切れが悪い。
俺は頭の中から、理系知識と、農家として培った植物の受粉についての知識を引っ張り出す。
植物が自株の花粉で受粉することを『自家受粉』。
遺伝的に異なる株の花粉で受粉することを『他家受粉』。と言う。
自家受粉しかできない植物は超レアなので横に置いておくとする。
普通は自家受粉と他家受粉の両方ができる植物と、他家受粉でしか種を付けられない植物のどちらかだ。
トマト、ナス、ピーマンは前者で、キャベツ、リンゴ、スイカは後者だ。
神樹は花を取ってきてほしいと言っていた。
遺伝的に異なる株の花粉がほしい、という事なのだと思う。
植物系魔物も普通の植物と同じ受粉方法で繁殖するならば、神樹は他家受粉でしか種を付けられない植物系魔物なのだ。
セクシー大根型植物系魔物に確認する。
「なあゴラコ、神樹は他家受粉でしか種を作れないってことだよな?」
「ま、まあ……そ、そうぢゃな……」
やはり歯切れが悪いゴラコ。
程なく貴賓室の扉がノックされた。
「待たせたな草太殿、陛下をお連れした」
セラフィーちゃんがエルフィア女王陛下を伴い、入室してきたのだが……
もう一人、大大罪人の男を連れ立っていた。
王夫兼宰相の髭ダンディーことドルファン様である。
誰もがうらやむ己の立場もわきまえず、30年間も陛下の 母性様 にノータッチで過ごした男!
万死に値する大罪を犯した不届き者である!
「やあ草太殿 久しぶりだね」
大罪人がさわやかな笑顔で握手の手を差し出す。
俺はぎこちない笑顔で答える。
「お久しぶりですドルファン様」
全握力をもって、そのノータッチ罪の手を握り潰したい衝動を、先生に鍛えられた鋼の精神をもって抑える。逆に両手で、撫で撫で撫でしてやった!
フッフッフッ、笑顔の大罪人の頭の中に、無数の???マークが浮かんでいるだろう。
ソファーセットに四人と一株が着席する。
俺とゴラコの向かいに、セラフィーちゃんと宰相様、一人掛けのソファーは女王陛下だ。
陛下が母性様を前かがみにして、食い気味に俺に問う。
「して草太殿、エルナヴィア様は何と申しておった?」
「神樹様は同属から花を取ってきて欲しいと願っていました。
受粉をして、種を付け、子孫を残したいようです」
「子孫をとな!?」
俺はもったいぶらずに、この国にとって最悪であろう事を話す。
「はい陛下、神樹様は自分の寿命が近いと感じています」
「なんじゃと!」
「寿命だって!」
「真か草太殿!」
女王、宰相、姫の三人の顔色が変わり、身を乗り出した。
陛下が険しい目線を俺に向けた。
「い、いつじゃ!? いつ寿命が来る!?」
俺はゴラコに念話を送る。
⦅どう思う? ゴラコ⦆
⦅うむ神樹は魔物としては賢い。
ぢゃが、わしよりも知能が低いのは当然としても、一般の人属と比べても遥かにアホぢゃ! まあ言葉を覚えたての幼子程度の知能ぢゃろう。神樹も言うておったが、時間を理解できないのぢゃ⦆
⦅つまり正確な寿命は分からんってことか⦆
⦅そうぢゃ、数年後か、数百年後か、数千年後かもしれん⦆
俺は結論を話す。
「神樹様にも自分の寿命が、あとどれくらいか分からないようです。
ただ、自分の力が弱ってきていると言ってました」
ついで喋る植物系魔物が情報を追加する。
「まあ、とんでもなく強大な力を持つ魔物ぢゃし、樹皮の色艶も良い。
寿命を迎えるにしても、相当先の事ぢゃろう」
ゴラコの言葉に、三人が安堵のため息をつき、ソファーに身を沈めた。
ここで俺は決意を発表する!
「女王陛下、提案があります」
一呼吸置いて続ける。
「神樹様の花―― 俺が取ってきます!」
本来は大注目が集まる予定のところなのだが……
貴賓室内はシィーーンである。
(あれっ?…… 無反応なんすけど……!?)
俺の言葉に三人が難しそうな顔をしている。
やがて女王陛下が俺に向かい話し出す。
「実はのう……ナヴィア王家は何世代も前から、神樹様と同じ植物系魔物を探しておる。
神樹様の数が増えれば、それだけ居住地の数も増えるでのう。我が王家の悲願と言うても良い……」
陛下が天井を仰ぎ、深く息を吸う。
「今も大陸内のあらゆる地に密偵を放ち調べておる…… だが未だ見つからぬ! 手がかりすら掴めておらぬ!」
なるほど、三人の表情が浮かない訳である。
「密偵」と言う言葉にやや引っ掛かりを覚えるが…
「この国の成り立ちとか、神樹に関係する文献は残っていないんですか?」
俺の質問に、大罪人(宰相様)が顎髭に手をあて、渋い声と顔で答えた。
「それが……建国に由来する文献はおろか、伝承すら残っていないんだ。まだ文字も無い時代、遥か古代の出来事なのでね」
「俺に世界地図を見せて貰えませんか?」
するとセラフィーちゃんが立ちあがり。
貴賓室の壁に掛けてあった絵を額ごと外し、ソファー前のテーブルの上に置いた。
「装飾用の世界地図で良ければここに」
縦横1メートル程のそれには、精緻とは程遠い大陸の絵が描かれていた。
古地図めいていて国境と細い放射状の線が記され、山や海や森に怪物が描かれている。
俺はうなずき発言をする。
「神樹様と会話をした際に、様々な映像を観せられました。
同じ植物系魔物が生息する場所の見当は付きます」
「なんじゃと!? 」
「いったい何処に!?」
「真か草太殿!?」
デジャビュ感のある言葉を発した、女王、宰相、姫の表情が色めき立つ。
神樹から見せられた断片的な記憶の中に、エルフの集団が夜営をする場面があったのだ。
視界いっぱいに広がる瞬く満天の星、天の川に似た帯状の光が夜空を横切り、山脈の峰を漆黒に浮かびあがらせていた。
それは赫月が明るく夜空を照らす地では、その光に書き消えて見ることができない光景だ。
中央大陸と西大陸に挟まれた内海に突き出た菱形の半島。
俺はナヴィア国と記されたその地を指さす。
「神樹様の仲間が生息する場所は……」
俺は半島からゆっくりと指を動かす――
細長い海峡状の内海に沿って北上し――
それから左に折れ、西大陸上の外海を進み――
そのまま止まらず額縁の上を乗り越え――
地図の外、50㎝程の所で止めた――
「この地図に描かれていない大陸の遥か先、赫月の見えない地です。
神樹様がまだ苗木のころ初代女王と共に、そこからやって来たんです!」
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