第28話 神樹の願い。
俺は敏感力をフル活用し、念話を送って来た植物系魔物の正体を考えた。
漠然としたイメージではなく、言葉を念話で伝えて来ていた。
それには人の話す言語を理解しなければできない、と踏んだ。
神樹の作り出す結界の中は従属魔物しか入れない。
ここにゴラコ以外の従属された植物系魔物、しかも人の言語を理解出来る魔物がいるとは、到底思えなかった。
だがしかし、通常ではあり得ないほど、奇妙な大樹が一本だけ結界中心に存在する。
そこから導き出された結論は――
神樹エルナヴィアこそが植物系魔物である!――だ。
王宮に向かう途中の道すがら、
植物系魔物のゴラコに、念話で俺の考えを聞いてみた。
⦅なあゴラコ……神樹エルナヴィアって植物系魔物だと思うんだけど?⦆
俺の肩に乗るセクシー大根が答える。
⦅はあ? 何を今さら……そんな事は一目瞭然! 植物系魔物に決まっとるぢゃろ!
エルフ共が勝手に神様扱いしとるだけぢゃ!⦆
どうやらゴラコには最初から、神樹が植物系魔物だと分かっていたようだ。
理由は不明だが、神樹エルナヴィアが俺を招いているのだ。
ひじょーに気になる!
鈍感力を捨てた今の俺に、これを無視するのは無理である!
*
宮殿の貴賓室の中。
陛下に向かい俺は続けて話す。
「俺の【植物おせわ係】に植物系魔物と念話する能力が加わったんです。
神樹様から自分の根元に来てほしいと、念話が届きました」
貴賓室は耳鳴りが聞こえる程、静まり返っている。
エルフィア女王陛下は時が止まったかのように動かない。
やっぱりエルフの神を魔物と言ったのは不味かったか……
やがて陛下が大きくため息をついた後、深く息を吸う。
視線をササリナ先生と俺、最後に俺の隣りでふんぞり返っているゴラコに向け。
扇子を閉じて赤い唇を露わにした。
「やれやれ…… 植物に作用するスキル持ち……やはり気付いたか…… 王族と王家に仕えるごく一部の者しか知らぬ、最高国家機密なんじゃがのう……」
扇子でセクシー大根を指す陛下。
「その通りじゃ。神樹エルナヴィア様は、そこなゴラコと同じ――
植物系魔物に相違ない」
女王陛下は次に先生の顔を見る。
「お師匠様も初耳じゃろうが、この事は他言無用としていただく」
「心得ました陛下」
特に驚いた様子もなく、ササリナ先生が頭を下げる。
最長老様だけに、ある程度は感づいていたのだろう。
「わらわとて国賓たる虚穴人には命令は出来ぬ。
これはお願いじゃ、草太殿も王家の者以外には内密にして欲しい」
母性様のお願いを聞かない訳にはいかない。
「了解しました! 女王陛下」
俺が答えると、隣りで寝そべっていたセクシー大根が立ちあがり、自信満々で喋りだした。
「フフン! しかも、神樹は女王の従属魔物ぢゃな!
女王の命令によって、この地を樹海の魔物から守っておる訳ぢゃ!」
身振り手振りを交え、更に滑らかに口が回るゴラコ。
「従属した主が死亡した場合、よほど魔物に嫌われない限り、血縁の者なら新たに『血の盟約』を結ぶ事ができる。
代々の女王が神樹を従属魔物として引き継いでおるのぢゃろう!」
厄介な事に、俺の従属魔物は下手に賢い。
ゴラコに念話を送る!
⦅バカ! 何処に地雷が埋まってるのか分かんね~んだぞ!
踏み込んだ発言をするんじゃね~~~~っ!!⦆
⦅フン! わしは真実を言うたまでぢゃ!⦆
慌ててゴラコの口を塞いだが、時すでに遅し。
エルフィア女王がゴラコをしばらく見据え、扇子を開く。
「草太殿の従属魔物にはそこまで見通されておるか……
同じ植物系魔物だけの事はあるのう…… それとも……」
やや思案した後、スッと椅子から立ちあがった陛下。
「合い分かった……! エルナヴィア様に呼ばれたとあらば、触れる許可は与えねばなるまいて! 皆、わらわについてくるが良いぞ!」
*
貴賓室を出た女王陛下は、廊下で立つ侍女達には宮殿内で待機するように伝え、宮廷の奥に渡り廊下を進んで行く。
俺はゴラコを肩に乗せ、ササリナ先生と一緒に陛下の後を追った。
渡り廊下の前方から聞き覚えのある声がした。
「おばあ様。草太殿とササリナ先生を連れだって、どちらに行かれるのですか?」
姫騎士姿のセラフィーちゃんである。
「おお、セラフィー姫か。これよりエルナヴィア様の根元に向かうところじゃ。丁度良い姫も共にまいれ」
陛下が姫に同行を促す。
王族である彼女は、当然に神樹の秘密を知るはずだ。
セラフィーちゃんを加えた四人と一株は共に裏庭に向かった。
裏庭に出ると、柑橘類に似た香りと共に、視界が緑色一色に染まった。
それは垂直の壁だった。
根の様な物は見えない。地面からいきなり、緑の壁が生えている。
遠くから見た神樹の幹には凹凸があるが、大きすぎるため、間近で見ると滑らかな壁に見える。
超巨大大木とは思えないほどの、みずみずしい樹皮。
取れたて新鮮野菜の色である。
(マヨネーズを付けて食べたら美味しそう!)
直近で神樹を見た俺の感想だ。
巨大な樹冠が作り出す木漏れ日の中、エルフィア陛下が慈しむ様に神樹を撫でている。
俺とゴラコ、セラフィーちゃん、ササリナ先生は一歩引いた所からその様子を見ていた。
「こうして触れていると、エルナヴィア様がわらわに何かを、伝えようとしているのは分かる。
しかし、具体的な内容までは理解出来ぬのじゃ……
エルナヴィア様が草太殿を呼んだのは、通訳をさせる為かも知れぬな……」
陛下が俺を見る。
「もしそうなら、エルナヴィア様の言わんとしていることを是非に知りたい!
草太殿、頼む」
俺は神樹に手の届く距離まで近づき、視線を女王陛下に向ける。
陛下は黙って頷いた。
俺の従属魔物に念を送る。
⦅ゴラコ、神樹との会話をお前にも繋げてみる。
同じ植物系魔物の意見が聞きたい⦆
⦅うむ! わしに任せておくのぢゃ!⦆
果たして鬼が出るか蛇が出るか!?
俺はゆっくりと右手を伸ばし神樹に触れる。
ヒンヤリとしていて吸いつく様な肌触り――
瞬間―― 脳内に様々な映像がフラッシュバックで押し寄せる――
エルナヴィアが見守ってきた全てのエルフたち――
この地に生まれ、育ち、生き、死んでいった子らの膨大な記録。
賢い子、馬鹿な子、優しい子、乱暴な子。
おしゃべりな子、無口な子、勇敢な子、臆病な子。
喜び笑う子、悲しみ泣く子、怒り叫ぶ子。
幼くして旅立った子、天寿を全うした子。
彼らに寄せた神樹の圧倒的な思いが流れ込んでくる……
エルナヴィアは本当の神の様に、すべての子を分け隔てなく愛し、慈しみ、守ってきた。
俺の瞳からは涙が流れ出ていた……
悲しい訳でも、嬉しい訳でもない……
ただ、ただ、涙が溢れる……。
背景に白い霞がかかり、映像の様子が変化する………。
最初にエルフィア陛下が現れ、続いて美しい女性の姿が、次々と浮かんでは消えた。
皆エルフ王族の特徴である、虹色の光沢を放つ髪を持っている。
神樹の主となった歴代の女王を、さかのぼっているとすぐに理解した。
最後に初代女王らしき、白銀髪のエルフ女性が現れた。
俺の頭の中に、長編ドラマのダイジェスト版さながらの光景が展開される――
神樹は、まだ小さな苗木で、白銀髪女性もまだ少女だ。
神樹は少女の胸に抱かれ、エルフの集団と旅をしていた。
皆が着ているのは、いかにも古代人といった、染められていない無地の服や毛皮。
手に持つ武器は、簡素な造りの槍や弓だ。
何かから逃げる様に、極寒の山脈を越え、荒れ野を歩き進む。
過酷な旅で多くの仲間を失い、やがて海にたどり着いた。
集団はそこで留まらず、笹の葉型の大きな船を造り、海に繰り出す。
だが……外海に出て数日目のこと、惨劇が待ち受けていた。
巨大な海生魔物に遭遇してしまったのだ。
船は粉々に破壊され、一人を除き彼らの旅は終わりをむかえる。
命からがら船の部材にしがみついた白銀髪エルフ少女。
神樹は、彼女と共に漂流し、やがて見知らぬ海岸に漂着した。
そこは違う種のエルフの村が点在する地であった。
白銀髪エルフ少女は彼らの仲間として迎えられた。
神樹は草原が広がる丘の上に植えられ、白銀髪エルフ少女と『血の盟約』を結び、
エルナヴィアと名付けられた――
処理しきれない膨大な情報に、頭の中が焼け付くように熱い。
そこに薬草園で聞いた声が響く。
⦅わたし……のなかま……から……はな……を……とって……きて…………⦆
一輪の花のイメージが脳裏に浮かぶ。
俺は飛びそうになる意識に奥歯を食いしばり、
神樹に問いかけた。
⦅仲間から……花を取ってきてほしいのか……⦆
⦅……たね……を……みのらせ……て…………⦆
⦅……それは授粉をして……種を作りたいってことか……⦆
⦅そう……わたし……じゅみょう……がかれる……まえ……に…………⦆
⦅枯れる!?……寿命が近いのか!?⦆
⦅ちから……が……よわくなって……る…………⦆
⦅いつだ?……あとどれくらい持つ?⦆
⦅わからない……じかん……の……ながさ……りかい……でき……ない…………⦆
そこまでが限界だった。
頭の芯が真っ白になり、グルグルと世界が回る……
膝をつき倒れ込む……
俺はそのまま意識を手放した……
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