第27話 草太 知ってはいけない国家機密をも知ってしまう。
竜車と呼ばれる、角竜に似た6本足の従属魔物が引く乗り物があり、居住地内を無料定時運航している。
ササリナ先生と俺は、その竜車に乗って薬草園から中心地の王宮に向かう。
俺は手に入れたばかりの魔法鞄をたすき掛けにし、従属魔物のゴラコを肩に載せていた。
果樹園を抜け、運河、野菜畑と進み、丘陵地の手前で竜車を降りる。
ここから先は道幅が狭いので歩きだ。
坂道を登りながら上を見上げると、丘の上には幹の太さがドーム球場並みの馬鹿でかいブロッコリー。
枝周りのシルエットが既に視界の大部分を占めていた。
繁華街に入っても、一般エルフの皆さんから珍獣扱いされる事は今はない。
食べきれないほどの完熟トマトを腐らせるのももったいないので、町中の見物がてら道行くエルフの皆さんにおすそ分けしていたからだ。
顔見知りも何人か出来ている。
宮廷を囲む塁壁の正門前まで到着したが、ササリナ先生は立ち止まらず門番に片手を上げた。
「お勤めご苦労様、虚穴人とその従属魔物が同伴よ、中に入らせて貰うわね」
「はっ! ササリナ先生、どうぞお入りください!」
二人の門番が敬礼して通してくれた。
菩薩様の放つ引力に逆らえず、彼らの視線はやはり先生の胸部を追っている。
流石先生! 胸パスである!
しかし肩にセクシー大根を載せた、胡散臭い男が一緒なのだが良いのだろうか?
王宮の警備体制がやや心配になる。
正門を入ると直ぐに受付の建物があり、
先生がエルフィア女王陛下に面会したい旨を伝える。
程なく、宮殿内の貴賓室に案内された。ここで陛下がお会いなさるそうである。
俺もゴラコも先生の連れということで、同時に面会が許された。
こんなに簡単にアポ無しで女王陛下に会えるとは、陛下の先生によせる信頼の厚さが伺える。
女王と最長老薬師以上の立場を超えた友情が、二人の間にあるのかもしれない。
高価そうな調度品で飾られた落ち着かない部屋で、出されたお茶とお茶菓子を頂く。
ゴラコはソファーでふんぞり返っている。
案の定、人間の格式など全く気にしていない。
廊下の外から鈴を鳴らす音がした。
入口扉の前に立つ侍女さんが、静かに扉を開ける。
数人の侍女を伴い、絢爛な服装をまとった、エルフィア女王陛下が入室して来た。
俺と先生は立ちあがり、こうべを垂れた。
「二人とも待たせてすまぬな」
陛下が静々と近づいてくる。当然、母性様がユサユサ揺れる!
そして俺は、爆烈に感動している!!
(おおっ! ぬわんと!)
女王陛下の「母性様」と先生の「菩薩様」が俺の目の前で夢の競演を果たしておりまする~~っ!!
今、正にこの瞬間! 俺がこの世界のツートップだと確信している包容力が、視界の中に同時に入っているのだ! 感動せずには居られない!!
これが漫画だったら、見開きの大ゴマで「ドオオオオオン!!」「ドドオオオオオオン!!!」と派手な描き文字が描かれるシーンだ~~!! 間違いない~~っ!!
陛下が、俺の隣りで横柄にしているゴラコに目を止めた。
「セラフィー姫から報告は受けておる。
その風変わりなマンドラゴラが草太殿が従属した魔物か、なんでも人語を解すそうじゃのう」
「わしはゴラコぢゃ! よろしくのっ、女王様!」
寝そべったまま、片手をあげて陛下に挨拶するセクシー大根。
諸事情によりゴラコの意見が聞きたかったので連れてきたが、やはり失敗だった!
従属魔物が犯した不敬罪で、主人が罰せられない事を祈るしかない。
「ほう! ほんに話す事ができるのじゃなあ、これは真っこと珍しい!」
幸い女王陛下はゴラコの態度を気にしていない様子である。
(よかった~~っ! 珍獣扱いで済んだ~~~)
「侍女達は外で控えておれ、ササリナ先生との極めて私的な会談ゆえ、これまで通り全てが済むまで誰も部屋に入れてはならんぞえ」
陛下が後ろに控える侍女達に命令した。
慣れているのか、特に表情を変えることもなく侍女たちは退室していく。
貴賓室から全ての侍女が居なくなると、目の前で予想外の光景が起こった。
女王陛下がササリナ先生の足元で片膝をつき、先生に挨拶をしたのである!
「お久しうございます、お師匠様!」
片膝をついたままの陛下が先生を師匠と呼んだ。
「お立ちください陛下、こちらこそご無沙汰しておりましたわ」
将軍、徳川家康は薬草の調合を趣味としていたそうだ。
女王様も同じような趣味があり、高名な薬師の先生を師と仰いでいるのだろうか?
思わず疑問を口にする。
「女王陛下はササリナ先生のお弟子さんなのですか?」
「うむ、そうじゃ、わらわはササリナお師匠様から――
床技の教えを受けておる!」
とエルフィア女王陛下が立ち上がり答えた。
はて?「床技」と聞こえたような気がした……それって「ベッドテクニック」のことっすよね?……空耳かいな??
俺の顔に浮かんだ、?マーク顔を見て陛下が追加情報をくれる。
「床技では若い草太殿には伝わらんか、要は性技『SEXテクニック』のことじゃ!」
(やっぱ! 空耳じゃあなかった~~~!!)
「わらわも夫のドルファンと連れ添って250年以上になる。
50年程前、倦怠期に入ってしもうたのじゃ。
その折30年ばかり夜の生活が全くない日々が続いてのう……」
……さすが長寿種のエルフはスパンが長い~!
にしても、あの髭ダンディーの宰相め~! 母性様を30年も日照りにするとは!
重犯罪に等しい~っ!
「このままではいかんと思い、お師匠様に殿方をその気にさせる媚薬の調合を頼んだのじゃ」
(ふむ、ふむ)
「しかし断られた……!」
(え~っ!? 女王様の依頼を!??)
「その時、お師匠様に金言を頂いた――
真の淑女たるもの、磨き上げた己の肉体と卓越した技量によって、殿方を奮い立たせるのが天理! 淑女の模範たるべき女王が安易に薬に頼るなど、無作法の極み!!
――と」
昔を懐かしむ様に遠い目をするエルフィア女王陛下……
「正に心眼を啓かれたる心地であった……。
そこでお師匠様に弟子入りし、お師匠様が編み出した数々の秘術を伝授して頂いたのじゃ!」
おそらく数えきれないほどの若い男を、絞り散らかして来たササリナ先生。
あっちの技量が神技の領域に到達していてもおかしくはない。
「陛下 最近の夫婦仲はいかがでございますか?」
ササリナ先生が弟子に問うた。
「お陰様で大変良好でございます。特にお師匠様直伝の――
『ダブルハンド・ヘッドネック・ブレイカー』からの『フルマウント・コークスクリュー・ボルテックス・ブロウ』の連続技!
それはもう夫からも大好評で、毎回せがまれておりまする」
「大変喜ばしいですわ陛下!
女王夫妻が仲睦まじい事は、国家にとって最も重要なこと!
それでこそ我がナヴィア王国も安泰というものですわ!」
う~む、今の話、俺なんぞが聞いて良かったのか!?
女王夫婦の夜の営みは、国家の機密情報の類ではなかろ~か!?
自分。地下牢に幽閉とか暗殺とかされませんか~!?
先生が自分の唇横にあるほくろに指を当て、目を細める。
「ところで陛下、アノ技の方はどうでございますか?」
「はい、お師匠様、アノ技も日々精進しておりまする!」
陛下は扇子を広げ口元を隠した。
「お師匠様に、わらわの上達ぶりを評価して頂く良い機会じゃのう……
草太殿を相手に披露してもよいかのう?」
エルフィア女王陛下がとんでもない事を言い出す!
「まあ陛下! 是非とも!」
ササリナ先生が、前もって示し合わせたかの様にあっさり肯定する!
とある女帝が、夜な夜な若い男をベッドに連れ込み、相手をした男はすべて口封じに殺されたという逸話が脳裏をよぎる。
(俺に国家機密レベルの情報を披露したのは、つまりそういう事なのか~~!!!)
「草太君もいいわよね?」
踏み絵を踏ませに来る先生!
爺ちゃんの決めた田畑家の家訓『据え膳食わぬは男の恥』。
しかしササリナ先生の据え膳を、鈍感力でことごとくスルーするという、田畑家男子として大失態を犯してしまった俺。
名誉挽回のチャンスではある。
例えこの命が尽きようとも、女王陛下の据え膳は頂かねばならぬ!
「はい先生! 覚悟は決まりました! 女王陛下! いつでもどうぞ!」
俺にユサユサ近づく女王陛下。
「フフフ草太殿……」
小さく前ならえすれば指先が母性様の先端に触れる距離になる!
成熟した美女の放つ淫靡な臭いが纏わり付いてくるようだ。
「わらわの妙なる妙技を堪能至極するがよいぞえ……」
陛下は恍惚の眼差しで、口元を覆った扇子をスッと降ろした――
すると―― !
天真無垢な少女さながらの、唇を尖らせたふくれっ面が現れた!!!
瞬間! 電流が走り! 心中で叫び声が上がる!
(な! なんだ!? この可愛い生き物はああああぁぁっ!!!?)
その表情には見覚えがあった!
同じ表情を先生もしていた!
(こ、これは! 俺の恋のストライクゾーンをガッツリ広げた、すねた少女の表情だ~~~っ!!!)
「まあ! 素晴らしいですわ陛下! 既に師である私を超えていらっしゃる!」
先生が陛下をべた褒めする。
確かに陛下に対する好感度が爆上がりした!
男心を操る恐ろしい技である!
「私や陛下の様な色香の漂う淑女が行う、少女の様な仕草! この乖離が殿方の心を鷲づかみにするのです!
但し頻繁に行ってはなりません!
朝露に濡れた青葉から一滴の雫が落ちるが如く、自然に、たま~~に見せるから効果があるのです!」
「はい、充分に心得ておりまする、お師匠様!」
「うふふふふふふふふふふふふふふ♥」
「おほほほほほほほほほほほほほほ!」
お互いに顔を見合わせ微笑み合う 菩薩様 と 母性様 の超美熟女師弟コンビ。
人外めいた底知れぬ迫力が漂う……。
女王様の据え膳は頂けなかったが、命は永らえた。
と……思う。
にしても今日一日で色々と知りすぎてしまった……
俺は昨日までの純粋無垢な自分に、もう戻れないのだと……
そんな想いを痛烈に感じていた。
茶番で場が温まった頃を見計らい、ササリナ先生が本題を切り出す。
「本日、王宮にお伺いしたのは陛下にお願いをするためでございます。
草太君が神樹エルナヴィア様に触れる許可を頂きたいのです」
「ほう……神樹様にのう……」
向かいの豪奢な椅子に座った陛下が、扇子で口元を隠す。
「お師匠様にひとつお伺いしたい。
お師匠様の好みに合うかと思い、草太殿をそちらに預ける様に、わらわがセラフィー姫に進言したのじゃ。
草太殿に対する率直な感想を、お師匠様から是非に聞きたい」
うん……今の一言ですべて繋がった気がする……
「草太君こそ、正に漢の中の漢! その金剛を内包する高潔なる精神!
稀に見る逸材で御座います!」
先生からの超高評価だが……素直に喜べない……実に虚しい……
「ほほう! お師匠様がそこまで認める漢とはのう!…… そうか…… そうか……」
陛下の眼光が扇子の上から鋭く俺を見据えると、声のトーンが低く変化した。
「して、草太殿は何故に神樹様に触りたいと申すのじゃ?」
「神樹様から呼ばれたからです、陛下」
「呼ばれた……そなたには神樹様の声が聞こえると申すのか?……」
眉をひそめ俺を半眼で見据える陛下。
セラフィーちゃんの半眼と面影が被る、だが感じる圧は段違いだ。
背筋を冷気が走り、口が乾く。
さっき女王陛下も色々とぶっちゃけてくれた。
俺もまどろっこしいことはしない。
覚悟を決め直球を投げる――
「聞こえます……それは……
神樹エルナヴィア様が植物系魔物だからです!」
途端に、場の空気が張り詰めた。
俺が口にした一言――
エルフの神を魔物と断言したその瞬間、 貴賓室の時間は凍りついたように静止する。
陛下の問い詰める視線が俺に向けられたが、俺は言葉を撤回しなかった。
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