第25話 草太 知らない方が良かった真実を知るⅡ
最長老であり高名な薬師でもある、ササリナ先生の薬草園。
その片隅に設けられたトマト畑の中。
セラフィー姫様の提灯短パンの衝撃が、冷めやらぬまま俺は立ち尽くしていた。
すると耳元に女性の声が聞こえてきた――
「――わ…――……きて……」
「…………!? ん? 何だ!? 誰かが俺を呼んだような気がするが……?」
俺の従属魔物に聞いてみる。
「おい! ゴラコ 今俺を呼んだか?」
畑の一角で半分埋まり、入浴ならぬ土浴をしている、セクシー大根型魔物が答える。
「はあ? わしは何も言うとらんぞ!」
だよな……
可愛い感じのゴラコの声と違い、もっと大人びた声だった様な……
ササリナ先生とも違う気がするし……
周りを見回したが、ササリナ先生の姿は勿論、誰の姿も見えない。
「ま、いっか…… 気のせいという事にしておこう」
異世界では不思議現象なんて日常茶飯事、いちいち気にしていたら身がもたない。
時には「鈍感力」も必要なのだ!
提灯短パンで傷ついた心を、ササリナ先生の二つの菩薩様に癒して貰うべく、先生に振る舞うための完熟トマトを籠に収穫し、工房に向かう。
工房に入ると、廊下の先から言い争う声が聞こえた。
魔法薬の試作室ではなく、もっと手前のリビングの扉が少し開いており、そこから声が漏れている。
取り込み中にリビングに入るのも気が引けるので、ちょっと扉の隙間から様子を窺ってみる。
三人の見知った人物が見えた。
奥の一人掛けのソファーにはササリナ先生。
足を組み、浅く斜めに座って背もたれに沈み、肘掛けに頬杖をついている。
かなりご機嫌が良くない様で、二つの菩薩様の上に見えるご尊顔は、まさに仏頂面である。
右のソファーに座る男性は、薬草園の近くに住んでいる先生のお子さん、名前はビントさんだ。
確か既に200歳を超えているハズだが……
エルフ族らしく人間の20代後半ぐらいにしか見えない。
困り果てた顔をしている。
対面にはテーブルを挟んで、若い男のエルフが座っている。
エルフ族は20歳ぐらいまでは、人族と同じ速度で成長するそうなので、見た目通り、俺と同じぐらいの年齢か少し上の青年だと思う……確証はないが。
戸惑い混乱している表情だ。
彼は薬師見習いの青年である。
ササリナ先生は基本弟子は取らない。
しかし見込みのありそうな若い青年を、短期間だけ教える事があるらしく、彼が今 先生から教えを受けている青年だ。
何回か工房で見かけた事があるが、俺とは挨拶をする程度の仲である。
三人の話す内容が、否が応でも俺の耳に入る………。
なんと……! 別れ話をしているようだ!
あの青っちょろい見習い薬師と、超セクシーダイナマイトボディーの先生が交際していたらしい!
ビントさんが刃傷沙汰にならないよう取り持っている。
ササリナ先生と青年が付き合っていたとは、にわかには信じられないが……
先生は旦那さんを亡くされて150年以上たち、独り身だ。
青年との歳の差は相当あると思われるが、恋愛は自由である。
興奮した青年が声を荒げる。
「僕と別れるって! どういう事なんだいっ!!」
先生はつまらなそうに、冷え切った声で答えた。
「別れるも何も最初から付き合ってないでしょ、君とは遊びだって言ったはずよ」
「そんな! あんなに毎晩、数えきれないぐらい激しく、愛し合ったじゃないか!」
(ちょぉ~っと! 待ったぁ~っ!!)
聞き捨てならない発言をする青年!
既に二人は大人の関係ということか! しかも…… 毎晩! 激しく! 愛し合っていた! だと~~っ!??
俺は二か月以上この工房に居候している、しかしそんな気配は微塵も感じ……!
そこで気付く――自分は夕方から朝まで毎日くっころ特訓のため工房に居なかった!
(おのれ~~~っ!)
あの青ビョウタンは、俺が血のにじむような地獄の猛特訓をしている時に、先生の菩薩様を拝謁するに飽き足らず、ナデナデ、モミモミ、パフパフしていたのか~~~っ!
「ササリナ! 僕は真剣に君の事を愛しているんだ!!!」
立ち上がり更に声を荒げる青ビョウタン。
「君がどう思うと関係ないの! 私にとっては遊びだったって言ってるでしょう!
それに私がいつ名前を呼び捨てにしていいって言ったの!?
これだから若い男は彼氏気取りで、すぐ調子に乗るからダメなのよ!」
先生は頬杖をついたまま、実に面倒くさそうに続ける。
「あなたにはもう飽きちゃったの!
おっぱいが恋しいなら君のママのでも吸ってなさい。
それと薬師の勉強はもう教えないから、もっとも今までもあっちの方ばっかりで、ろくに教えてないけどね」
空いた手でシッシッと青年を追い払う仕草のササリナ先生。
「ひ、酷い~~! 僕は本気だったのに~~~~っ!!」
青年は泣きながら走り出し、俺の前を通り過ぎて工房を出ていった。
「もう女なんか信じない~~~~っ……」
叫び声が遠ざかる。
かなりのトラウマを植え付けられたようだ。
(ちょっと可哀想な気もするが……)
毎晩先生の菩薩様をペロペロ、レロレロ、チューチューした罰がちょっと当たった――
ぐらいに考えて強く生きて欲しい。
ビントさんがテーブルをバンッと叩く。
「母さん、いい加減にしてくれよ! いい年して若い男ばかりに手を出して! これで何人目だと思ってるんだい!? 母さんの火遊びの尻ぬぐいをするのは僕なんだからね!」
あさっての方を向いたままの先生がこたえる。
「知らな~~い、落とした男の数なんて一々数えていられないわ、
それに、あなたのお父さんが亡くなってから150年、一人寝が寂しい時もあるのよ」
「だったら長老会で奥様に先立たれた人もいるだろう、そっちを相手にしろよ!」
「嫌よ! あんな棺桶に片足突っ込んだ連中なんて!
私は成長しきる前の未熟な男を、責め立ててヒイヒイ言わす……
可愛がって慈しむのが好きなのよ!
あの子達だって気持ちいい思いをしたんだからいいじゃない!」
先生がメガネの奥からビントさんを睨み指さす。
「お前は、こんな年老いた母親の、唯一の生きがいを奪おうというの!?
そんな親不孝な息子に育てた覚えはないわよ!」
全く反省の色が見えない先生。
ビントさんが、全身脱力するほどのため息をつく。
「は~~~~~~~~~~っ……すぐそれを言う。
とにかく少しは自重してくれよ……頼むよ……」
ビントさんが立ち上がり、全開になった入口を向くと、俺に気付いた。
「や、やあ、いたのかい草太君。身内の恥ずかしい場面を見られてしまったようだね……」
バツが悪そうに首の後ろを掻きながら、近づき片手で俺の肩を軽く叩く。
「……しかし君はすごいよ草太君! 母さんの色仕掛けが全く通用しないそうじゃないか!
若くして持ちえた、その強靭かつ高潔な精神に感嘆するばかりだ!
君は僕より200歳以上年下だが、漢として、一人の人間として君を尊敬するよ!」
そう言い残し工房を出ていった。
ササリナ先生も俺に気付き目の前にやって来る。
「うふふ♥ 色々とバレちゃったわね♥ でも君は本当にすごいわ草太君!
150年間で私の手練手管で落とせなかった男は、君を含めてわずか2人!
貴方こそまさに漢の中の漢! 将来が楽しみだわ!!」
先生は俺の持つ籠に目をやる。
「あらトマト、いつも悪いわね、有り難く頂いて行くわね」
籠の中から完熟トマトを数個手にし――
「草太君に色仕掛けをするのは止めるわ、漢の中の漢にそんな行為は失礼だもの。
それに私がそそられるのは未熟な果実、精神的に完成された漢には全く燃えないの!
異性としての興味がないわ!」
きっぱり宣言し、廊下の奥の試作室に消えていった。
俺の足を何かがパンパン叩いた。
「ホレ見ろ! ホレ見ろ! 以前わしの言うたとおりぢゃあっ! あの女、とんでもない淫売ぢゃ! 若い雄のエキスをすすって生きる妖怪ぢゃ~~~!」
いつの間にか俺の足もとに来ていたセクシー大根のゴラコ。
一部始終を見ていたらしく、勝ち誇ったように自慢しスキップする。
しかし今の俺にはゴラコの事など目に入らない。
先生の特殊性癖を知ってしまった俺の脳裏に、この二か月間のササリナ先生との出来事が、走馬灯のように浮かんでは消える…………
――文字の勉強と称し、どう見てもいかがわしい本を対面で読ませる先生。
――トマトを食べるとき、菩薩様の谷間にやたらポタポタと汁を垂らす先生。
――毎朝、下着をつけない淫靡なスケスケネグリジェ姿を俺に見せつける先生。
――明らかにノーブラ、薄手の胸開きセーター姿でピョンピョン跳ねる先生。
(――全て! 俺を誘っていたと言うのかあああああああああ~~~っ!!??)
手から籠が滑り落ち、足もとでひっくり返る。
完熟トマトが散乱し廊下を転がる。
潰れたトマトから青臭く酸味のある臭いが広がった。
俺は怒りに震えていた。
両手の拳を限界まで強く握る。
爪が掌に食い込み血が滲む。
他の誰でもない己自身に怒っているのだ――
もしも今ここにタイムマシンがあって、過去の自分に会えるとしたら、そいつの呑気な顔に、この拳を叩きつけ言いたい――
「何で気がつかねええ~んだよおおお~~っ!
鈍感にもほどがあんだろうがああああああああああああああああああああああああああ~~~っ!!!」
響く悲痛な漢の叫び声……
それは工房から薬草園に広がり虚しく消えていったのだった……。
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