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第24話 防衛兵団団長、我が目を疑う!

円環を成すナヴィア王国居住地の中心は丘となっており、巨大な神樹《しんじゅ》エルナヴィアがそびえ立つ。

神樹の周りは土塁と丸太の塀により囲まれ、根元近くには、大きなログハウスを廊下でつなげた形の宮廷が建てられていた。

 

宮廷の玄関口から、腕を組み思案顔の男が現れる。

大柄な胴体に装着しているのは、魔物との戦闘による無数の傷が刻まれた鎧だ。

太い血管が浮き出たむき出しの二ノ腕は、エルフとは思えないほどの、鍛えられた強靭な筋肉で覆われている。


男が正門を出ると、即座に二人の門番兵が直立し敬礼をした。

深く考え事をしている男は、普段と違うあいまいな答礼をし、通り過ぎていった。


男の名はバルグ。


ナヴィア王国防御兵団団長である。


彼はつい先ほど行った、エルフィア女王陛下との会見を思い出していた。


    *


玉座に座るエルフィア陛下がバルグに問いただす。


「そなたの娘 セラフィー姫も今年成人を迎えた。

そろそろ婿《むこ》の候補を選定しようと思うての。

どのような者が良いか、父親であるそなたの意見が聞きたい」


女王陛下の言葉に、一瞬困惑するバルグ。

娘の婚姻の事など全く考えていなかったのだ。

しかし、成人を迎えた姫に婚約者候補を選定するのは、当たり前の事であった。


目を閉じ、しばし考えた後、バルグが口を開く。


「やはり、姫の夫となる男は強い者でなければなりません!

少なくとも――

私よりも体格がよく!

私よりも充分に鍛えられた筋肉を持ち!

私よりも戦闘に秀でている!

それが最低条件でありましょう!」


バルグの返答を聞いた陛下が、扇子を広げ口元を隠し、目の前の大柄な男を舐めまわす様に見る。


極限まで鍛えられた、筋肉というしなやかな鎧を全身にまとい、

討伐に一個小隊を必要とする魔物と単騎でわたり合う。

真に獰猛な肉食獣を彷彿とさせる、屈強な戦士。


女王はそれをじっくりと観察し、扇子を閉じ一言発した。


「バルグよ、そなたセラフィー姫を一生結婚させぬつもりか!?」


            *


やや呆れ顔の陛下から、ともかく兵の中に優秀な者がいたら、推薦するように言われたのだ。

もちろん、兵の中に優秀な者はいる。

しかし今のバルグと比べるべくもなく、若い時の自分と比べても、どうしても見劣りしてしまうのだ。

 


バルグが眉間にしわを寄せ丘の上を歩いていると、二人の兵が何やら興奮気味に騒いでいる姿が目に留まる。


「おおっ! 来た来た! お姫様! いつもながら実にお美しくも可愛らしい!」


一人の兵が手にした遠眼鏡《とおめがね》を覗き込み、丘から望める第二環状防風林の手前を見ている。


「おい! 早く代われ! 自分一人で楽しむんじゃねえよ!」


もう一人の兵が代われと催促していた。


会話の中に出てきた「姫」という言葉にバルグは気付いた。

ナヴィア国には姫が四人いるが、実際に兵や国民から姫と呼ばれるのは、継承権第一位の王女を除く、三人だ。


「貴様ら何を騒いでいる! その遠眼鏡で何を見ている!?」


低音の管楽器の如く腹に響くバルグの声が、二人の兵士にかけられる。


「だ、だ、だ、だ、だ、だ、団長殿!」

「と、と、と、と、遠眼鏡で、か、か、赫月(かくづき)を観察しておりました!」


振り向きバルグを認識すると、明らかに狼狽する二人。

遠眼鏡を渡すようにと、ずいと右手を兵に差し出すバルグ。


「ほう、空ではなく地上に赫月が見えるとは初耳だ、私も見てみたい」


「ど、ど、どうぞ団長殿……」


顔面が冷汗でテカリ出した兵は、バルグに遠眼鏡を渡すやいなや――


「そ、そういえば、大隊長より兵器庫の整理をせよ、との命令を失念しておりました! 団長殿、これにて失礼いたします!」

「あ、じ、自分もであります! 失礼いたします!」


と言い残し、二人の兵は脱兎の如く駆けていった。


自分の記憶を探るバルグ。


(たしか、あの二人は第6大隊傘下 第22小隊に所属する兵であったな……

少したるんでいるようだ。

第22小隊の鍛錬を倍にするよう、第6大隊長に進言せねばなるまい!)


兵が遠眼鏡で見ていたのは、第二環状防風林の手前に位置している薬草園の辺りだ。

この国の最長老であり、天才薬師として三大陸中に名を馳せるササリナ女史の工房がある。


バルグもササリナ女史の事はよく知っている。

100年以上も前の事であるが、バルグがまだ新兵のころ、一時期、目を掛けてもらったのだ。



当時、女史もまだ最長老ではなかったが、既に御亭主は亡くなり、一人暮らしの工房で魔法薬の研究開発を主にしていた。


防衛兵は訓練の一環として定期的に樹海へ入り、魔物を狩る。

それと同時に、栽培が困難な希少な薬草も採取していた。


採取した薬草を新兵が持ち回りで、工房に届けていたのだが。

ササリナ女史は何故かバルグの事がいたく気に入ったらしく、希少薬草はバルグが必ず届けるようにと、注文をつけたのだ。


その際、毎日のように食事をご馳走になった。

新兵当時から、どの兵よりも鍛錬をしていたバルグは、兵舎の食事だけでは足りず、大いに助かった記憶がある。

 

薬草配達が数か月続いたある日、次回からはバルグ以外の新兵と役割を交代するよう、ササリナ女史から言われた。


工房を去る際に、女史は険しく真剣な表情でバルグに予言したのだ。


「バルグ君! 君は正に漢《おとこ》の中の漢! きっと将来は間違いなく大成すると断言するわ!」


バルグの何をもってササリナ女史がそう思ったのか、彼には見当も付かなかった。

ただ数か月間、薬草を届け、食事をご馳走になっていただけである。


程なく、バルグは戦士としてめきめきと頭角を現し、全ての階級を最年少で登り詰め、防衛兵団史上最年少で団長にまでなった。

そして、今は亡きソフィーリア王女殿下に見染められ、結婚するまでに至ったのだ。


判断基準は不明だが、ササリナ女史の先見の明は確かなものであった。



バルグは、逃げた兵士と同じように、手にした望遠鏡で薬草園を覗く。


中に見えたのは―― 愛娘、セラフィー姫であった。


(あの二人、セラフィーを覗き見ておったのか!)


この瞬間、第22小隊の鍛錬が、倍からさらにその倍になったのは言うまでもない。


一緒に黒髪の男がいるのが見えた。


(虚穴人《きょけつびと》の……確か名前は草太《そうた》殿《どの》だったか、姫が世話役を申し付けられておったな。

彼《か》の者を宮中に住まわせる事に、官僚や従者から反対され、その際、女王陛下がササリナ女史の工房に預けるよう提案なされたとか……)


遠眼鏡の中の自分の娘が身体をくねらせ、楽しそうに会話をしている。

バルグにとって、意外な姫の姿であった。


セラフィーの母であるソフィーリア王女の「常に国民の模範となる王族たれ」との遺言により、全てにおいて努力を怠らず、常に気真面目なセラフィー。

なのに今は、町娘の様であったからだ。


(国民ではない虚穴人が相手だからであろうか?)


次に姫は、両手に赤い果実のような物を持ち、立ったままガツガツと食べだした!


(何だ!? あの作法も何もない食べ方は!!)

ショックを受けるバルグ!


頬をパンパンに膨らませ、口の周りと手をベトベトにしている娘。

まるで、言葉もおぼつかない幼き頃のようであった。

と、衝撃も冷めやらぬまま、とどめを刺される――


「なっ! なにいいいいいいっ!!!??」


丘の上で轟く低音。

娘が黒髪男の前で自らスカートをめくったのだ。


セラフィー姫の着用する短いスカートは、装飾的な意味合いが強い。

だからといって王族たる姫が、人前でめくって良いものではない。

ましてや男に見せる事では断じて無かった。


(私は、いったい何を見せられているのか!?――??????????)


あまりの出来事に、我が目を疑うバルグ。


(これではまるで、イチャ付くバカッ――)


バキッ! 音が鳴る! 突然視界が真っ暗になる!


手に持った遠眼鏡が中ほどで砕けている。

少し指に力が入り過ぎてしまったのだ……。


破片がパラパラと防衛兵団団長の足もとに散る。


落ちたレンズが鐘を思わせる硬質な音を響かせた。

石畳を数度跳ねたのち、丘陵の坂道をカラカラと転がり下っていく。


無機質で乾いた音が、バルグの意識の底にいつまでも残響していた……。



お読みいただきありがとうございます!

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次回もよろしくお願いします!


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