第21話 草太 殺されそうになる
二人の男女がテーブルで向かい合い座る。
沈黙しテーブルの上を見つめる二人。
殺伐とした不穏な気配が男女の間に、実体となって厳然していた。
それは…… そう…… 惨劇の予感ともいうべきものだった――。
そこは薬草園の中央に建てられた、古びた建物。
壁板に妖しく茂るツタの葉が、長年の年月を滲ませていた。
ナヴィア国において最長老であり、高名な薬師でもある人物の薬師工房……。
その一室。
カーテンの閉ざされた薄暗い部屋に、薬師工房独特の刺激臭が漂う……
二人のうち一人は、黒紫色の髪を上げた女性だ。白衣と鼻掛けメガネが、深い知性を感じさせる。
その一方。やや垂れ目がちな目元、口元のほくろ、何より豊満な肉体によって、烈しい色香を放っていた。
工房の主、ササリナ女史である。
もう一人の方は十代の若造で、パーカーとジーンズ姿、髪は黒く身長はやや低い。
チンピラめいた風体の男であった。
そうです! あっしです! 草太でやす!
チェンソー怪物との戦いから一夜明け、俺は今、ササリナ先生と向かい合って座っている。
そして、二人の間のテーブルの上には、
肩肘をついた状態で寝そべり、ふんぞり返っている――
セクシー大根がいた!
正確には、セクシー大根型植物系魔物である。
胴体は完全に白いセクシー大根そのもの。
手と足に当たる部分の先に、短い根っこが数本ずつ生えている。
頭と思われる部分に三枚の葉っぱが生えており、その真ん中から、タンポポの綿毛のようなモノが伸びていた。
胴体の中ほどには眼と口が付く。
眼は濃い色のガラス玉を二つ埋め込んだような見た目だ。
キラキラしていて、まつ毛めいたモノはあるが、まぶたは無い。
そのすぐ上で、マジックで書いたような眉毛らしきものが動き、表情を作る。
判で押したような、キスマーク型の唇がパクパク動き、言葉を話す。
何故かほっぺたに渦巻模様があった……
平たく言えば、マンガに出てくる様な
『デフォルメされたお野菜キャラクター』
といったところだ。
チェンソー怪物&ゴブリン軍団との戦闘のさなか、鉛筆岩近くで引き抜いたセクシー大根型植物系魔物。
俺の血液&誓いの言葉による『血の盟約』により、従属魔物となってしまったらしい。
したがって神樹のお膝元でも、魔物でありながら、ふんぞり返っていられるのだ。
正直、従属魔物にするなら、
セラフィーちゃんの騎乗竜みたく、カッコイイ方が良いのだが……
ゴブリン軍団を退治してくれたことには、感謝をしている。
が、セクシー大根の指示どおりにした結果、よく分からずに従属魔物にしてしまい、
ちょっと騙されたような気もする。
目と口があり、お喋りをし、立って歩く、セクシー大根。
その魔物について、俺を助けるべく駆け付けてくれた、現地人三人に聞いてみたのだが。
セラフィーちゃん & モブフ & コピフ曰く。
「ふーむ、私も初めてみるタイプの魔物だ……見た目は大根に似ているが……二人は分かるか?」
「植物系魔物の一種なのは間違いないはずです……」
「多分、マンドラゴラだと思いますが…… 普通は土色のしなびた姿ですし……このような大根めいてはいないかと……」
と、よく分からないご様子。
ちなみに、この異世界にも大根がある。
俺がトマトを持ち込んだ様に、大根の種を持ち込んだ虚穴人がいたのだ。
マンドラゴラは魔法薬の材料として、重宝されている植物系魔物だ。
幸い俺は、魔法薬のプロフェッショナルの工房に居候している。
そこで今、高名な薬師である、ササリナ先生にお伺いを立てているのだ。
先生は俺の対面に座っている。
したがって。いやがおうにも、テーブルの上に載せられた胸部の二つの菩薩様が視界に入る。
今日は少し肌寒いせいか、ササリナ先生はいつものブラウスではなく、薄手のセーターを着ている。
しかも胸のところに穴が空いている、胸開きセーターである!
胸開きセーターにより、菩薩様の上部構造がほとんど露出している。
薄手のニットに覆われている部位も、ハッキリと形状が分かる。
凶器のように尖り、テーブルの上で俺に狙いを定めているのだ!
凄まじい殺傷力である!!
(完全に俺を殺しにかかってやがる~~!)
「これはマンドラゴラの上位種ね、しかも特殊進化した個体だわ。
人語を理解する魔物なんて私も初めて見るし、どんな文献にも載っていない。
それ以上のことは私にも分からないわ」
殺意マシマシ服装の先生から、現地人三人と大して変わらない評価が出る。
最長老かつ高名な薬師である先生ですら、初見の魔物。
つまり、超レアモンスターということだ!
「はっ! 当たり前ぢゃ! わしはこの世界で唯一無二の存在ぢゃ!
お前の様なしょんべん臭い小娘に、分かってたまるか!」
セクシー大根がテーブルの上でふんぞり返りながら、大長老様を小娘扱いする。
一応俺の従属魔物なので、たしなめておく。
「こらっ! 大長老様である先生を小娘扱いするなんて失礼だろ!」
「では、ババアぢゃ ババア! 大ババア!
いい年こいて乳が半分出る服なんぞ着よって! このビッチが!
そうぢゃ! 今から 大ババ売女 と呼んでやろう!」
このセクシー大根、声はアイドル声優並みにカワイイのだが――
口は最悪だ、万事この調子なのだ。
「主殿のような小僧は騙せても、このわしは騙せんぞ! 淫乱! 痴女! 若い雄のエキスを、すすって生きる大妖怪ババアじゃ!!!」
聞くに耐えん罵詈雑言を続けるセクシー大根。
「本当にすいやせん 先生! 後でしっかり調教しておきやすんで!」
頭の上で手を合わせ、平謝りするしかない俺。
「フフフ♥ いいのよ♥ 可愛い大根ちゃんじゃないの♥」
さすが、ササリナ先生! 大ババア&ビッチ扱いされても、どこ吹く風だ。
心の中も、慈愛に満ちた菩薩のごとくである!
「それよりも草太くんに、お願いがあるのだけれど~♥」
先生はそう言い立ち上がり、俺から向かって右側にある、高い位置の棚から何か降ろそうとした。
ダイナマイトボディをほぼ真横から見ることになる。
ササリナ先生はつま先立ちになり、両手を棚の上に伸ばし、
「えいっ♥ えいっ♥」
と、チャーミングな声と共に、小さくピョンピョン跳ねた。
先生が跳ねるたびに、薄手の前開きセーターにより、横シルエットがハッキリ&クッキリ出る、鋭い凶器がゆさゆさ弾む。
今にもポロリしそうである!
(やっぱ、完全に俺を殺しに掛かっていやがる!!!)
「ふーっ♥ やっと取れた~♥」
先生が棚から降ろしたのは……
鋭く小さな突起がびっしり付いている金属の板――
おろし金だ!
しかも結構でかい、顔がすべて隠れるほどだ。
「特殊進化したマンドラゴラの上位種、どんな薬効があるのか是非とも調べたいの♥
全てとは言わないわ。その大根の半分だけ擦りおろさせて♥ お願いっ♥」
にこやかな笑顔でお願いされた!!!
おそらくは、幻であろうが……
先生の背後に巨大な般若の顔が見えるうぅーっ!
本気の殺意を感じるうぅーっ!
チェンソー怪物と対峙した時よりも怖いぃぃーっ!
ちびりそうであるぅぅぅ~っ!
うん…… たとえ菩薩のような広い心をもつ女性に対してでも――
ババアなどの暴言は、口が裂けても発してはならんと肝に銘じた!!
俺は従属魔物より、自分の身の方が可愛い。
セクシー大根の葉っぱを掴んで持ち上げ、ブラブラさせながら、言った。
「半分と言わず、全部丸ごと擦りおろしてやってください!」
「き、貴様らあぁぁぁぁっ! 人間の皮を被った悪魔かあぁぁぁっ!! 鬼畜どもおぉぉっ!
主殿! 手を離さんか、こらあぁっ! あっ、やめて! 止めるのぢゃあぁっ! トゲトゲでチクチクする! チクチクするから! 清楚でピチピチのお嬢さん! やめてください! 一生のお願いぢゃからああぁぁぁぁっ! ひいっ! ひひひええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~!!」
先生が持つおろし金を、足の先っぽに当てられたセクシー大根。
取れたての魚の如く暴れ、最後は泣き出した。
多少は反省の色が見えたので、主人として助け船を出してやる。
「お前、チョットぐらいなら削っても良い所とか、ねえのか?」
「葉っぱと根っこはすぐに生えてくるのぢゃ。そこならば少しぐらいは…………
これで許して欲しいのぢゃ」
しおらしくなったセクシー大根。
自ら葉っぱ一枚と、左手の根っこを数本ちぎった。
「葉と根を詰めやした。これで手打ちにしてもらえやせんか?
うちの馬鹿も反省しておりやすんで」
先生に葉っぱと根っこを渡す俺。
「ウフフ♥ 仕方ないわね。
草太君には、ひ孫達を助けてもらった恩があるから♥ 今度だけよ♥
次はないと思いなさい、大根ちゃん」
終始、凄みのある笑顔のササリナ先生。
長い人生で刻んだ修羅場の数が、ありありとにじみ出ていた。
「わ、わかったのじゃ」
命拾いしたセクシー大根。
首が無いため、身体をブンブンと折り曲げ、頷く。
かくして――
薬師工房に渦巻いた殺気と因縁は、葉と根っこの手打ちによってひとまず収まり、血で血を洗う惨劇は回避されたのだった。
―― 終 ――
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