第18話 草太、真白な灰になる
三本の疾風が穀物畑を抜け、牧草地を駆け抜ける。
ナヴィア国の宝石とまで歌われる美姫―― セラフィー姫と。
王国防御兵団、第三大隊に所属する双子の兵士―― モブフ、コピフの兄妹である。
弓の名手である双子の手には弓が握られていた。
常人では考えられない速さで疾駆する三人。
身体強化魔法の一つ『魔力疾走』を行使しているのだ。
居住地の外周に築かれた高さ10メートルの土手。
大縁と呼ばれるその直前で跳躍する。
斜面に一歩も足を付かずに、大縁の上部に三人は降り立った。
即座にセラフィー姫の命令が跳ぶ。
「モブフ! 上空に信号矢を三連放て!
コピフは、オオノコギリ角の痕跡を調べよ!」
「はっ! 直ちに!」
「承知致しました!」
それに応える二人の兵士。
モブフが腰のベルトに下げた、長さ15センチの矢筒に手を入れる。
矢筒から実にその五倍強の長さの矢を引き出した。
見た目の容積より、遥かに大きな物を収納出来る、魔道具となっているのだ。
引き出したのは合図専用の 鏑矢。
普通は音を出すだけの矢だがそれは違っていた。
矢じりの先端に米粒大の魔結晶が埋め込まれている。
矢をつがえた弓を引き絞り、真っすぐ上に向けるモブフ。
『光よ!魔結晶に宿り天空を照らせ!』
付与呪文を唱え矢を上空に放つ。
鳴鏑特有の高音と共に矢じりの魔結晶が白色に鋭く発光した。
続けざまにさらに二射、信号矢を放つ。
三連の光信号矢は兵士に最大警戒態勢を知らせる合図である。
実際は魔結晶がなくとも矢じりを魔法で光らせる事が出来る。
では、何故結晶を使うのか。
魔法の元は大気に満ちる魔素だ。
それを取り込み、体内の血液、臓器、骨、筋肉などに蓄える。
その蓄えた魔素を魔力に変換し力を行使する。
だが、魔石袋という器官を持ち、魔素を結晶として蓄える事ができる魔物と違い、
人属が体内に蓄えられる魔素の量には限界がある。
人属の中でも体内に蓄積できる魔素の量が多いとされるエルフ種。
彼らとてそれは例外ではない。
兵士が戦闘中に魔力切れになることは、死を意味する。
結晶に魔法を付与し、発動させるための魔力は、ごくわずかで良い。
魔物が作り出す結晶に魔法を行使させることで、自身の魔素を温存するのだ。
「セラフィー様! オオノコギリ角が這いずった痕跡を確認してまいりました!」
素早く魔物の痕跡を確認し終えたコピフが報告する。
「で、どうであった?」
セラフィーの問いにコピフが答える。
「足跡を見るにかなりの大物です!
木や草の倒れ方からして、ここより東100メートルの地点から大縁内に侵入し、
縁沿いを西方向に蛇行しながら500メートルほど進み、再び縁外に出た模様です!
それと血痕などの痕跡はありませんでした!」
「よし!魔物の痕跡をたどり樹海内を行く!二名とも私に続け!」
三人は『魔力疾走』を発動し樹海内に突入した。
程なく悲鳴の様な叫び声が樹海奥から響く。
不快な音がセラフィーの耳にも届いた。
「何だ!? 人か!?」
姫の問いにコピフが答える。
「いえ、人ではありません!これは“マンドラゴラ”の鳴き声です。
何者かが地中から抜いたと思われます!」
「草太殿かもしれん、急ぐぞ二人とも!」
「はっ!」
「はい!」
オオノコギリ角が切り開いた空の下を、三人は翔ける。
すぐさま道先に鉛筆岩が見えた。
何故か無数のゴブリンが累々と倒れている。
その先に生存している草太の姿を三人は視認する。
彼は今まさに、オオノコギリ角の成体に襲われようとしていた。
魔物がジワリジワリと草太に迫る。
その様子を姫は見逃さなかった。
「魔物の動きが鈍い……―― 好機だ!」
セラフィーは即座に指示を出す。
「モブフ、コピフ。オオノコギリ角 の足を止めろ!
私が結晶矢を撃つ!」
セラフィーは二人に命じながら、ベルトのホルスターから魔法弓を抜いた。
鳥翼の様に折り畳まれた弓に魔力を流すと瞬時に展開する。
既に双子の兵士は、魔物の足に向け次々と矢を放っていた。
エルフの弓術は状況に応じて、弓の左右どちらかに矢をつがえる。
連射では速射性に優れる右だが、
矢を放つ瞬間に、弓を持つ手首を僅かに回転させる高等技術が必要だ。
モブフとコピフは、高難易度な動作を同じ速度と同じ間隔で淡々とこなす。
精巧な機械のようにそろった弓音が、休むことなく空気を震わせる。
矢筒からひときわ長い矢を抜き出すセラフィー。
その矢じりは、鋭い先端の後ろに三本の足が付いており、人差し指ほどの魔結晶を抱え込んでいた。
結晶矢を弓の左につがえ、弦を引き絞りながらセラフィー姫が詠唱する。
『火よ、風よ、水よ、魔結晶に宿れ!
紅蓮の炎よ純風の力にて蒼焔となり水核を蒸爆への転位へと導け!』
火、風、水の異なる属性の三連重ね掛け魔法付与。
その効果により魔結晶が爆発を引き起こす攻撃方法だ。
通常は最低三人の兵によって重ね掛けされる。
それを単独で行使できるのは、ナヴィア王国においては唯一人。
魔法の天才と称される、セラフィー姫だけである。
『蒸破三元爆華!』
セラフィーの言葉と共に閃光する矢が放たれ、オオノコギリ角に向かい一直線に飛翔した。
***
鉛筆岩の拘束から自由となった、巨大チェンソー怪物がゆっくりと動く。
もはや、俺が素早く動けないと知って、己の勝利を確信し、勝ち誇っているように見える。
俺はスキル蔓操作を使い、
巨大怪物の無数の足に、今使える蔓ロープをありったけ絡ませた。
奴の動きを止めて、身体に鞭うって逃げるしか手はない。
しかし怪物は止まるどころか、グイグイと前進する。
蔓ロープは切れていない。
奴の馬鹿力で、ウネビュン草が一株、又一株と根元から引き抜かれているのだ。
「くそっ!お前パワーダウンとかしねえのかよ! どっからそのエネルギーが出てくるんだ!!?」
俺が文句を垂れたその時―― 風を切る音が聞こえた。
続けてヴィーンとバネ音。
怪物が地面に突き立て、踏ん張っている無数の足。
その一本に細い棒が生え、振動している音だ。
目を凝らすと、棒には矢羽根が付いていた……
生えたのではなく、誰かが矢を射たのだ!
次々と矢が飛来し、バネ音が途切れることなく響く。
驚くべきことに、矢は全て足の関節部に、二本ずつ突き刺さっている。
無数の足の関節に綺麗に並んだそれらは、幾何学的で美しくすらあった。
いやがる怪物が巨大な身体をうねらせた。
次の瞬間―― 閃光が真っすぐな糸を引き、複眼に刺さり――
―― 潜った!
一拍置き、大音と共に鼓膜がドンと圧される。
怪物の頭部がドーム状に膨れ上がる。
刹那―― ブシャアアアアアアアアアッ!!!
怪物の頭部が中から爆発し、盛大にはじけ飛んだ。
巨大な鎖鋸の一本がブォンブォンと回転し樹海に消え、大木を貫通し衝撃による重音を残し止まった。
外骨格と臓物が土砂降りさながら撒き散らされる。
大量のカメムシを磨り潰したかのような酷い臭いが、周囲を浸食した。
頭部の半分を失った巨大な影が、静かに沈んでいく……
裏返り、醜い腹が露わになる……
無数の足が空気をつかむように動いていた……
が……やがてそれも……止まった…………
決着が……
付いた――!!
「草太殿!無事かー!?」
心地よい声が俺に駆け寄ってくる。――セラフィーちゃんである!
兵士の中には彼女を女神と崇拝する者もいるという。
銀髪をなびかせ走る、ミニスカートの姫騎士が今の俺にも勝利の女神に見える。
いや、救いの女神が正解か? まあ、どっちにしろ女神である!
後ろに皮鎧姿のモブフとコピフがつづく。
彼らが怪物を倒したようだ、さすが本職の兵士だ。
「助かった――」
俺はその場でへたり込んだ。
「よくぞ無事であったな草太殿! 怪我はないか!?」
セラフィーちゃんが目の前で片膝を付き、俺の肩に手を置く。
ミニスカート姿の女神様が、目前で片膝を立てる。
もうちょっとで奥が見えそうなサービスカットに疲れも吹っ飛ぶ思いである。
「ああ あっちゃこっちゃに傷はあるけど、なんとか無事だ」
モブフとコピフがお姫様の後ろに直立不動し、真剣なまなざしで俺を見る。
息ピッタリの動作で90度に腰を折り、息ピッタリに発言する。
「ありがとうございました!!」
「ありがとうございました!!」
再び直立不動し、シュタッと敬礼すると。
「我が国の子供らを助けてくれたこと、兵として国民として感謝する!」
「我が国の子供らを助けてくれたこと、兵として国民として感謝する!」
言い終わると直立不動に戻った。
全て息ピッタリである。
双子にしか出来ない洗練された技だ!
俺はフレンドリーに両手の親指を立てる。
グーポーズ&キラリな笑顔をツインズに向け、答えた。
「な~に♪ 当然の事をしたまでさっ♪」
双子は顔を見あわせ、息ピッタリの苦笑いをした。
「私からも礼を言う! よくぞ我が国の民を守ってくれた!」
セラフィーちゃんには出来れば言葉ではなく……
俺に抱きつき顔に胸をぐりぐり押しつける、歓喜の動作で感謝をしてほしいのだが……。
でも鎧を着てるしな……ここは片膝サービスカットの堪能で妥協するしかあるまい。
「モブフとコピフはゴブリンの処理を頼む」
「はっ」
「直ちに」
お姫様に指示された双子は、腰裏の鞘から大きな山刀のような剣を抜く。
生きているのか、死んでいるのか、解らないゴブリン共にサクサクとどめを刺していく。
淡々と職務を遂行する様子は実にプロっぽく、何気にカッコイイ。
「額と足の裏から血が出ておるな草太殿。私に見せるが良い」
血と泥で汚れた足の裏を、ためらいもなく白い指が包む。
『癒来浄化』
とセラフィーちゃんが唱えた直後、
足の裏の傷口が消毒液をかけたみたいに、シュワシュワと泡立つ。
「おおっ! 何だこれ!??
熱いような、痒いような、痛気持ちいいような……!?」
言葉では表せない、奇妙な感覚が傷口に広がり、すぐに治まった。
「スゲー! 痛みが消えた!! 傷も無くなった!!!
こ、これ、回復魔法ってやつか!?
この世界、薬も医者も要らないんじゃない!?」
「そんな事はない。
簡単な傷や怪我などは魔法で治せるが、大怪我や病気の治療などは薬や医者の力が必要だ。
どれ、額の傷も治してやろう」
傷の治療後、『着たまま洗浄乾燥』という超便利魔法も掛けてもらった。
裏返り、少し前まで足をモゾモゾしていた鎖鋸魔物を見上げ、セラフィーちゃんが言う。
「このオオノコギリ角は最も危険な魔物の一種なのだ。
草太殿はどうやって切り抜けたのだ? 奇跡でも起こしたのか?」
「ああ、俺のスキルに蔓操作って能力が生えたんだ。それを駆使して……」
「ほう蔓操作か…… 初めて聞くな」
(し、し、し、し、し、し、し、し、し、しまったああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!!!)
「ふむ、蔓操作、言葉からして蔓を自在に操る能力のようだな」
俺の言葉から的確に、蔓操作の能力を推察するセラフィーちゃん。
最も知られてはならない人物に能力を知られてしまった――
命が助かった安堵のために、完全に失念し、ポロッと漏らしてしまうとは……
何たる不注意! 痛恨のミス! 一生一代の不覚! 万死に値する過ち!
「チ、チ、チョット待ったあ~~っ!! 今のは無し、無し! 嘘です! 全部嘘です~!!」
俺が必死で訂正するが。
「鉛筆岩に巻きついた蔓の束から見て、嘘とは思えないが? 草太殿……何かやましい事でも……?」
ジト目です、女神様がジト目です、ありがとうございます!
完全に俺の心を見透かされている。
「オオノコギリ角を拘束するなど、とんでもない能力だ。
ふむ……何も知らなければ、私でも捕まってしまうな……だがアノ……魔法で……ああして」
腕を組み形の良い顎に綺麗な指を添えて、考える女神さま。
(考察はやめて! やめてください! マジでやめて~~!!)
くびれた腰に片腕をあて、もう片方の腕の指で蔓を指さし、頭の中でシミュレーションする女神さま。
「で、こうして、ああすると……」
(もういいから! 対処法とか考えなくていいから! 頼んます~~~~!!!)
ポンと手を合わせ、得心がいったご様子の女神さま。
「うむ! 対処は可能だな!」
(対処可能なのかよおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!)
この時、俺の二ヶ月余りの血に滲む特訓が水泡に帰す――
異世界くっころドリームが儚く消え去った瞬間であった――
俺の魂が抜け、真っ白な灰になり orzっていると―― トントン
誰かが俺の足を叩く。
そこを見ると………
「これから、よろしくの! 主どの!」
胴体に目と口の付いたセクシー大根が立っていた――――
お読みいただきありがとうございます!
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