第11話 草太、菩薩様に教わる(後書き挿絵、最長老様)
チース、草太ッス!
俺はナヴィア王国の最長老で、かつ最も高名な薬師さんの工房に間借りしている。
主にスキルの特訓が目的だが、生き字引である最長老様から、異世界の常識や様々な知識を学ぶためでもある。
最長老様の名前は―― ササリナさん。
そう、女性だ。
高名な薬師であるため、エルフの皆さんから、先生と呼ばれていた。
俺も教えを乞う立場でもあるので、ササリナ先生と呼んでいる。
この世界のエルフ種は、晩年を迎えても、外見がまったく老いを感じさせない。
先生も御多分に漏れず、最長老とはいえ、見た目は三十代前半にしか見えなかった。
エルフの皆さんは、スッとしてシュッとしたスタイルの人が多いが、
ササリナ先生は、すらりとしたエルフたちの中では珍しく、ボリューミィで円熟した体型だ。
おっさんが見ると――「け、けしからん! けしから~~んぞ~~!」
という感想が出ることであろう。
この世界では過去の虚穴人が持ち込んだファッションにより、現在の地球とさほど変わらない服装をしている人も多い。
ササリナ先生もその一人だ。
白衣をはおり、紫がかった黒髪をまとめた髪型と、鼻掛けメガネが似合い、非常に知的な印象を受ける。
その反面。
黒のタイトスカートにピンクのブラウス、そして白衣という組み合わせが、妙に色っぽい。女医風の雰囲気を醸し出している。
垂れ目気味の目元、ふっくらとした唇、その横にあるほくろ。
その組み合わせが実にセクシーだ。
知性と色気という相反する属性を併せ持つ。
薬師ではあるが、見た目が人妻女医感のある女性だ。
いや、旦那さんはすでに亡くなっているので、未亡人女医が正しいか……
先生は仕草や言葉遣いから、長年の経験に裏付けられた、教養と自信と色香を漂わせている。
先生からすると俺なんぞ青臭い未熟なガキだ。一人前の男としては到底思われていないだろう。
まあ俺もまだ小僧なので、やはりセラフィーちゃんの様な、同年代の娘の方が好みだがな。
旦那様が亡くなったのは、150年前だと聞いた時、つい俺は、
「え、じゃあササリナ先生って今何歳なんスか?」
と、失言してしまった。
「こらっ! レディーに年齢を聞いちゃダメだぞっ、草太くんっ! ピンッ!」
先生に、おでこをデコピンされた!
普段は知的でかつセクシーなThe大人の女性な先生が、
唇を尖らせ、ふくれっ面でたしなめる。
一瞬まるで無垢な少女のように見えた――
(くっそ~っ!)
ギャップに萌える~っ!! めっさ可愛い~っ!
俺の恋のストライクゾーンをがっつり広げられてしまった!
そして、ササリナ先生と出会って、俺はこの異世界を侮っていたことを思い知った。
それは―― そう、おっP…… 母性という名の不変的包容力のことだ!
もう母性ネタは飽きたと、渋い顔をする諸氏もきっとおられるだろう……。
だが、考えてほしい……
地球に生きるすべての男性が母性に飽きて、まったく興味を失ったとしたらどうなるか……
―― 地球の人類は百年余りで、確実に絶滅する!!!
少子化とかそんな生易しい事ではない! 新たな命が誕生しなくなるのだ!
地球侵略の“野望”を持つ異星人の超巨大円盤型宇宙空母に、アメリカ合衆国大統領が艦載戦闘機で出撃を強いられたり。
放射能に汚染された地球を救いたいという“願望”のために、大日本帝国海軍連合艦隊旗艦の名を冠した宇宙戦艦で、16万光年先の星までの往復を強いられてしまう。
それらと同レベルのことなのだ! 下ネタなどという矮小な話題ではない!
人類の“滅亡”という“絶望”を回避するために、漢は母性を“渇望”し続けなければならないのだ!
俺はナヴィア国の女王、エルフィア陛下のお持ちの母性様が、この国の。
いや――この異世界の最高峰だと確信していたのだが。
井の中の蛙であった…… 浅慮な己が恥ずかしいばかりだ。
セラフィーちゃんの紹介で、最長老様に会った時の感想は。
(―― なんじゃこりゃあああああぁぁぁ~~~~~っ!!!!!)
だった……
あまりの衝撃にそれ以外の記憶が飛んでいる……
その堂々たる風格たるや、筆舌に尽くしがたい!
もはや最終決戦兵器! 少年の夢とロマンを詰め込んだ超大型戦艦である!!
その艦影が示すものは、全人類の“死亡”を回避するための“希望”に違いない!
――ひょっとしたら“欲望”かもしれないが……まあ些細なことである。
ササリナ先生がかもす包容力は、「母性様」の上位互換なので――「母性神様」だ。
しかしゴロが被るので「母性神様」改め『菩薩様』と崇めることにした!
*
薬草園のど真ん中にササリナ先生の工房は建っている。
この国の伝統的なログハウス建築だ。
室内には様々な道具が置かれていた。
以前、中学校の廊下に飾ってあったセピア色の写真。
そこに写っていた木造校舎時代の実験室に、どこか雰囲気が似ている。
窓から差し込む午後の日差しと、薬草の臭気が室内に満ちる中。
俺はテーブルの上に紙を広げ、先生が選んだ小説を紙に書き写して、文字の勉強をしている。
言語翻訳のための 言霊の指輪 はもう嵌めていない。
指輪の力で強制的に三大陸内国家標準語を話すことで、脳が短時間で言葉を学習するのだという。
話すだけならすでに異世界語ネイティブだ。
対面には、ササリナ先生が座っている。
先生のブラウスのボタン君が、最前線の兵士として今日も職務を全うしている。
その力強さに敬意と尊敬の念を禁じえない。
テーブルに両肘を載せ、軽く組んだ指の上に顎を置く先生の姿は、菩薩様を取り巻く後光の様である。
「先生、この単語は何と読むんスか?」
「それは―診察室― よ」
俺が解らない単語を聞くと即座に答えてくれる先生。
ややハスキーで、吐息が漏れる様な声が実に妖艶だ。
「これと、これと、これは?」
「―白衣と聴診器と太筆― ね」
「この文章がまるまる分からないんですが……」
「―二つの診察用クッションに挟まれた青年は、己の体幹だけを頼りに耐えていた― よ」
「ここは?」
「―み、耳は、ダメです先生! 筆でくるくるされたら、く、首がつります~~~っ!― ね」
そう、俺に文字を教える為にササリナ先生が用意した小説は。
美人女医が自ら編み出した太筆筋肉増量法により、軟弱な男性患者を、引き締まった筋肉を持つ頑強な肉体にするという内容の――
先生曰く、
「全年齢対象向けの健康的でドラマチックな純愛サスペンスよ♥」
更に曰く、
「お勉強が捗るように、男の子の関心がありそうな小説を選んだのよ♥」
お勉強が捗るかは怪しいが、男子が興味を示す小説なのは、厳然たる事実だ。
さすが、年の功! 漢という生物を完璧に理解している。
厳然たる事実といえば三つの事柄が判明した。
一つ目。この世界は魔物を倒しても経験値が入ったり、レベルアップしたりしないということだ。
ステイタスが数値化されてもいない、要はゲーム要素の無い伝統的なファンタジー世界だ。
俺にとっては異世界ドリームの半分が失われたも同然の、悲しくかつシビアな仕様である。
二つ目。ならば「知識チート」はどうかというと、これもまたシビアだ。
大概の事は先達の 虚穴人 が広めてしまっているのだ。
アラビア数字と0の概念、数式、衛生観念、植物紙、活版印刷、ボードゲーム、料理、調味料、石鹸、蓄音機、ファッション……ETC……
そう、素人が思いつきそうな事は、とっくに先を越されてしまっているのである。
それに知識だけで無く 虚穴人 がたまたま持ち込んだ「物」もある。
メガネ、ファスナー、種、ゴム、……その他もろもろ……
中でもこの世界に最も影響を与えた物がある。
「物差し」や「温度計」「機械式時計」だ。
それらが基準器となり、大雑把なものだった、長さ、重さ、温度、時間などに革命を起こしたのだ。
時間に関しては以前にも少し触れたが、地球と異世界の1日の長さが、完全に同じだった。
なので時計がそのまま基準器として使えたのだ。
ついでに1年の長さまでほぼ同じ。
物凄い偶然ではあるが、俺は余り驚かない。
なぜなら、遥かに凄まじい偶然の一致を知っているからだ。
それは―― 地球の人類と、こちらの世界の人属だ。
異なる宇宙の惑星でそれぞれ生命が誕生して。
姿形がそっくりな知的生物に進化する。
しかも交配すら可能だというのだ!
その確率の低さたるや、天文学的とか奇跡などという言葉では、とても言い表せない。
1を無量大数の無量大数乗で割ったとしても、まだまだ全然足りないぐらいの、凄まじく低い確率だ。
まあ、物理法則の異なる、並行世界という解釈が正しいのかもしれない。
それと。1日や1年の長さは同じだが、時間軸は、向こうの世界と違うらしい。
活版印刷を広めたのは、1000年前この世界に現れた 虚穴人 だというのだ。
1000年前の地球では、まだ活版印刷は発明されていなかった。
こちらの時間が、地球より何倍も速く流れているか。
もしくは時間の流れに関係なく、ランダムな時代に飛ばされているかだ。
最後の事実は 虚穴人 達が様々な知識をもたらしたにも関わらず。
科学や工業が地球ほど進んでいないということだ。
ササリナ先生の話だと。
ここナヴィア国は確かに中央大陸僻地の小国であるため、他の国よりも発達していないが。
かといって驚くほど遅れているわけでもなく、他の国も似たようなもので。
いわば、近代要素がやや混じった中世、といった感じだという。
その理由は三つ考えられる。
一つ目はやはり魔法だ。
必要は発明の母と言うが、こちらの世界の人は困りごとがあると、新たな魔法や魔道具を開発する方向にリソースを使うのだ。
二つ目は魔物の存在だ。
文明が発達するにはある程度余裕が必要だ、しかし魔物が人属の生活圏を脅かすため、発展が遅れてしまうのだ。
そして三つ目、これが理由としては一番大きいだろう。
この世界には―― 化石燃料が一切存在しない!!
石炭や石油、天然ガスがまったく出ないのだ。
それらの代わりに大気に謎粒子の、魔素が存在する感じだ。
人類の文明がここ数世紀で飛躍的に発達したのは、化石燃料の恩恵だ。
現代人類文明は、化石燃料文明と言っても差し支えない。
化石燃料がなければ、産業革命が起こせない。
それ以前に大量の金属を精錬することすら出来ない。
魔素を機械的に大量収集し、熱や電気エネルギーに変換する技術。
そんな装置が発明されれば別だが。
今の状態で、この世界の文明が地球並みに発達するのは、到底不可能だと思う。
「どうしたの? 草太君、ボーっとしちゃって、手が止まっているわよ!
もっと一生懸命に、カキカキしなきゃ、ダァ~メ♥」
ササリナ先生の言葉で、思考の海から引き戻される。
「あ、すみません! ちょっと考え事を……」
小説の書き写しを再開し、質問する。
「先生、この文章もお願いします」
流し目のまま、ゆっくりと口元のほくろに小指を当てるササリナ先生。
その艶やかな唇がわずかに開き、ややハスキーな声で読み上げた――
「― そこはお耳じゃないい~~~っ!! 足の裏はダメです! 裏は! ぼ、僕の足がつっちゃううう~~~~!!!― よ」
成熟した色気と知性を兼ね備えた、未亡人女医めいた先生を目の前にし、健康的と言い張るには少々疑問の残る、美人女医ものの小説を書き写す。
この状況で、湧き上がる煩悩を抑えつけるには、凄まじい精神力を強いられる。
つまり―― ただのお勉強ではなく、おのずと心の修行にもなっているのだ!
さすが、人生の酸いも甘いも噛み分けた最長老様! まさに人を導く菩薩である!
俺がここに住む目的が特訓であることを知り。
――スキルだけでなく、お勉強のついでに心も特訓させて、あ・げ・る・♥
という深淵な狙いが感じられた。
俺はその粋な計らいに、まんまと乗せられ心を鍛えられている。
ササリナ先生を変換すると……「最長老女性」=「熟女の上の熟女」=「スーパー熟女人」――となるだろう。
鼻たれ小僧の俺を、手のひらの上でコロコロ転がすなんぞ|造作もないことなのだ―― 。




