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第四話 乾いた高みの狩り

西のソナ高原はこれまでグレンが歩いてきたどの土地とも違っていた。


オルナ丘陵の一角から高く張り出した、乾いた草原の台地だ。川の道から外れて雨も乏しく、丈の低い枯れ草が一面に伏せている。岩も立木もほとんどなく、見渡すかぎり、空からの目を遮る物がない。風は西から弱く一定に吹き、草はみな同じ向きに寝ていた。グレンが慣れてきたのは岩場や狭い坑道、人を囲って守る里で、ここはその逆だった。隠れる場所も、背を預ける壁も、どこにもない。


この高みを放浪の地にするのがソナの民で、彼らは定住の農耕を嫌い、馬と、幼いころから飼い慣らした大きな狼に似た獣を相棒に、高原を渡って暮らす。グレンを乗せて東から来た隊商の主が別れぎわに教えてくれた働き口で、追い狩りの手が足りないという。訪ねてみると、ソナの者はよそ者を値踏みする目で見たが、よそ者でも人手にはなる、と一日の狩りに加えてくれた。グレンに回されたのは気の荒い葦毛が一頭で、よそ者の手に良い馬は渡らないらしい。


狩りは朝の高い日の下で始まった。


台地のくぼみに、角の張った大型の草食獣が二十頭ほど散らばって草を食んでいる。ソナの騎手は七人で、四人が馬に、三人が乗用の獣にまたがり、互いに二十歩ほどの間を空けて横に長く散開していた。先頭で全体に合図を出すのは灰色の獣に乗った女で、片腕を横に倒すと、隊はすぐに応じて動いた。


グレンの見ていたのはこれまでの狩りとは逆向きの組み立てだった。


騎手たちは風下から横一列で群れに近づき、女の合図で左右へ分かれて止まらずに群れの脇を駆け抜けた。獣を囲い込むのではなく、わざと四方へ散らす。散らせておいて騎手は外側を大きく回りながら、間合いを保って近づきすぎない。馬上から投げ槍を放ち、走り去りざまに、散った一頭の脇腹を貫いて仕留める。地面に降りる者は一人もおらず、馬上のまま動き続けながら、相手の牙の届かない間合いの外から当てていく。


乗用の獣の動きがことに目を引き、騎手が手綱を引くより半拍早く、獣のほうが先に向きを変える。人が指図して動かしているというより、二つで一つの生き物のように、息が合っている。


グレンはその輪に入りそこねていた。


貸された葦毛は気が立っており、グレンの拙い手綱さばきに従わない。ソナの騎手たちの速さにはとてもついていけず、馬は列から遅れ、グレンだけが後方に取り残された。無理に腹を蹴って追わせれば、振り落とされるか、隊の動きを乱して邪魔になるだけだと、目に見えていた。


グレンは追うのをやめ、手綱をゆるめ、馬の足を歩みまで落とし、息を整えさせる。そうして遅れた位置から、目の前で起きていることを落ち着いて見ていった。


慣れない流儀を半端に真似てしくじるより、自分の目で見て分かるものを手がかりにする。風は西から一定に吹き、枯れ草はみな同じ向きに寝ていた。乾いた草が風に擦れ、低い音を立て続けている。台地はまっ平らに見えるが、目を凝らせば、ゆるい起伏があった。低くくぼんだ、かつて水の流れた涸れ川の跡が何本か走っている。獣が走って逃げるなら、足はそういう低い所を伝うはずだ。開けて見えるこの台地でも、獣の逃げ道は起伏で片寄る。


頭上では、フェルが高く上がっていた。散った群れがどちらへ向かったか、先を見てくるように上げてある。この相棒は狩りそのものには加わらないが、高く飛んで群れの向かった方角だけは見て戻ってくる。フェルが伝えてくるのは空から見えた景色の断片と、危ういか落ち着いているかという気配だけだ。グレンは群れの逃げる方向と、足元の涸れ川とを頭の中で重ね合わせていく。


やがて狩りはひと区切りつき、騎手たちは仕留めた獲物のそばで馬と獣の足を休め、横長の列がいったんゆるむ。日はまだ高く、グレンは遅れた位置から、さっき目をつけた涸れ川の跡をもう一度たどっていた。左から右へ、台地をゆるく横切る一本だ。地面が一段低く、草の色がそこだけ濃い。獣が走るなら、足はこの低みを伝うだろう。


そのとき、西の空からフェルが戻ってきた。


戻り方がさっきと違い、羽を畳む間も惜しむように斜めに下り、グレンの鞍の前へ来る。伝わってきたのは落ち着きではなく、低く伏せて速く動く、大きな四つ足の影が一つ。それが散った群れのほうではなく、足を休める狩りの組へまっすぐ向かってくる。像はそれだけで、距離も、何の獣かも、いつ届くかも分からない。ただフェルの強い不安だけがその像に重なっていた。


グレンは西へ目を向ける。


ほどなく、台地の低い草を割り、一頭の獣が伏せた姿勢で近づいてくるのが見えた。大きな四肢の獣で、地を蹴る乾いた音が近づくにつれて大きくなる。群れには目もくれず、休む狩りの組へためらいなくまっすぐ来た。


グレンはその獣を見たことはなかったが、近づいてくる様子で見当はついた。開けた地を、単独で、迷わず大物の獲物へ向かってくる。突進は速く、重そうだ。逃げ込む岩陰も、背を預ける壁も、この台地にはない。こういう相手を正面でまともに受け止めれば、突進の速さと重さに押し負ける。


ソナの動きがそれを裏づけた。先頭の、灰色の獣に乗った女が腕を上げるなり、休んでいた騎手たちは一斉に馬と獣へ乗り直し、左右へ散って間合いの外を回りはじめる。正面を空けたまま、脇へ脇へと流れていく。重い突進は横から撃つのがソナのやり方だと、グレンは見て取った。


だがグレンの貸し馬はその速さでは回れず、動き続けて間合いの外から当てるソナの芸当は今のグレンには無理だった。なら自分のやり方でいく。


グレンは馬を涸れ川の手前へ寄せ、鞍を下りた。鉄杭の束を取り、目をつけておいた涸れ川の底、獣が低みを伝うなら必ず通るその一点に杭を打ち込みはじめる。一本を地面深くまで打ち込み、その頭にもう一本を継ぎ足して低く張り出させ、これが縄の片端を留める支点になる。


杭の継ぎ目を寄せて噛ませていると、その手つきに昔覚えた父の手つきが重なってきた。父サドルの鍛冶場だ。まだ背の低かったグレンに、父は鉄の継ぎ目の接ぎ方を何度も同じ手つきで仕込んだ。継ぎ目が甘ければ、打った鉄はそこから折れる。「急ぐな。継ぎ目を見ろ」。低く短いその声と、手の動かし方をグレンはいまも覚えていた。グレンは杭の噛み合いを指で確かめ、わずかな緩みを詰めた。


支点が組み上がると、グレンは縄の片端をその杭に結び、もう片端を手に握って低みを横切るように、地の上へ低くたるませておく。獣が駆け抜けるその瞬間に縄を引き上げ、前脚をすくう。決まれば流れを止め、さらした急所を突ける。涸れ川の脇に身を低くし、グレンは獣の走り込んでくる正面に構えた。


獣はすぐに来て、涸れ川を伏せた姿勢のまま、まっすぐに走ってくる。グレンの見込んだとおりだった。重い四肢が乾いた地を蹴る音が間近に迫り、グレンは縄の端を握り直し、獣がこの一点を走り抜ける、その脚をすくう間を待った。


獣が数歩の間合いまで踏み込んだ。


その瞬間だった。獣はまだ数歩も先にいるのに、前から目に見えぬ力がグレンの足元を払って、踏ん張りが抜け、体が横へ大きくよろけて、立て直そうにも地をつかめない。こんな力を使う獣がいるとは、グレンはこの瞬間まで知らなかった。仕掛けは分からない。ただよろけた拍子に縄を引く手元が狂い、引きが半拍遅れた。


その半拍が命取りになり、引き上げそこねた縄を踏み越え、重い体の獣はグレンのすぐわきを突き抜けていく。グレンは横へ転がり、あと一瞬遅ければ、牙と爪が届いていた。乾いた草と砂の匂いが鼻先で巻き上がった。


転がり起きたときには、獣はもう向きを変えていた。勢いを殺さず、こんどはソナの騎手の一人へ鼻先を向ける。間合いの外を回っていた騎手たちの隊形が乱れたのは、グレンが一点に居すわってそこを獣が突き抜けたせいだ。一人の騎手の馬が向きを変えた獣の正面に入りかけ、棹立ちになる。


グレンは自分のしくじりを悟った。地面に支点を据えて待ち受ける、その慣れたやり方がこの開けた台地ではソナの流れを止め、かえって仲間を危うくした。


考えるより先に、手が動いていた。グレンは鉄杭を一本、棹立ちの馬の前へ走り込もうとする獣の鼻先へ低く投げる。まっすぐ投げたのでは、走り込む獣の鼻先には届かない。グレンが念じると、放った鉄杭は飛ぶうちに速さを増し、宙でわずかに向きを変え、獣の鼻先の地面へ突き立った。足元に杭が急に立ち、獣が鼻先をすくめる。走る向きがわずかにそれ、棹立ちの馬の前から外れた。騎手が手綱を引き戻し、馬を立て直す。


それでグレンは腹を決めた。


自分のやり方を半分だけ捨てる。地面に支点を据え、獲物がどこを走るかを見定めておく。そこは捨てないが、一点に立ち止まって待ち受けるのはやめる。グレンは身を起こし、ソナが獣を追い立てている方へ低い起伏を伝って自分から走り出した。あの見えぬ力を食らったのは、自分が一点に立って正面から受け止めようとしたときだった。ソナに追い立てられて走りどおしの獣は的を定めて仕掛ける間がなく、誰の足元も払えずにいる。なら止めようとせず、走らせ続ければいい。追い立てられて走っていく先へ回り込み、支点を置く。


低みの先に、左右のゆるい起伏がいちばん寄って地面が細くくびれる一点があった。獣が追い立てられて通るなら、ここを通る。グレンは走りながら、そのくびれの両側に鉄杭を一本ずつ打ち、その間に地すれすれの縄をぴんと張った。さっきは手で引き上げる縄だったが、こんどは張っておくだけでよく、走り込む獣が自分の勢いで前脚を引っかける。立ち止まらず、ソナの先頭の女の腕の動きを目で追う。腕が倒れるたびに、騎手たちの追う向きが変わった。その向きと、自分の置いた支点とを頭の中で噛み合わせていく。


女が腕を大きく一方へ倒すと、馬の騎手が外から間合いを詰め、向きの変わりの速い乗用の獣が内をふさぐ。騎手たちが声を上げ、その獣をくびれた一点へ追い込んでいく。獣は走らされ続け、あの見えぬ力を放つ間も、向きを変える間もない。グレンが思ったとおり、獣は細くくびれた低みへまっすぐ走り込んできた。


今度はグレンは正面に立たず、獣は彼の脇をソナに追われて走り抜けようとしている。その前脚が低く張った縄にかかり、走る勢いのまま脚をすくわれて、重い体が前へ大きくつんのめる。


その一拍をグレンは待っていた。つんのめった獣の胸の下に急所がさらされ、グレンはそのひと点へ狙いを定め、鉄杭をもう一本投げた。念じると、杭は傾いだ体のふところへ滑り込み、肋の下のやわらかい急所へ深く食い込んだ。同じ刹那、両脇を駆け抜けるソナの投げ槍が二本、獣の肩と首へ吸い込まれる。


重い体がくびれた低みの底へ倒れ落ち、何度か脚を掻いて、それきり動かなくなる。乾いた土埃がゆっくり風に流れていった。


グレンは縄を手繰り寄せながら、肩で大きく息をしていた。一人ではこうはいかなかった。手の中の縄のざらつきを握りしめ、土埃の流れていく先をしばらく目で追っていた。


騎手たちが仕留めた獣のまわりへ馬を寄せ、先頭の、灰色の獣に乗った女が馬を下りずにグレンを見下ろす。「よそ者にしては、よく見えてるじゃないか」。それだけ言い、くびれた地形と、グレンの打った鉄杭へ順に目をやった。


グレンは縄を巻き取りながら答えた。「最初はしくじったよ。一人で突っ立ったまま、あんたらの流れを止めちまってな」。鉄杭の一本を地から抜く。「だから途中でやり方を変えたんだ」


女は少し間を置き、口の端を上げた。「動かない罠を、走りながら置いたろう」。馬首を巡らせる。「馬と罠を混ぜる狩り手なんて、そういないよ」


「あんたらが走らせ続けてくれたからだ。あいつは間合いに入ると、足元を払ってくる。けど走りどおしじゃ、それも出せない」。その一手の名を、グレンは知らない。だが走らされているあいだ、獣はそれを誰にも出せずにいた。


女は鼻を鳴らし、それが半ば笑いに見えた。「開けた地で生きてりゃ、いやでも覚えるさ」。馬を寄せ、グレンの抜いた鉄杭へ目をやる。「あんたの置き方も悪かない。覚えときな」


グレンはその一言を頭の隅に書きとめ、抜いた鉄杭を束へ戻す。


その夜はソナの者たちと同じ野に火を焚いた。狩りの分け前に、ソナは干し肉と、革袋いっぱいの乳を回してくれた。グレンは肩に降りたフェルへ干し肉を一切れ裂いて分ける。フェルは嘴で受け取り、橙色の尾をゆっくり振った。


火のそばで、グレンは鉄杭の束を膝に広げた。昼のしくじりがまだ頭に残っている。岩場や坑道なら、一点に支点を据えて待てば事は足りたが、この開けた台地では、それが仇になった。グレンは杭の一本を手に取り、頭の継ぎ目を少し削り、走りながらでも片手で地へ打ち込めるよう、握りの形を整えていく。立ち止まって組む罠を動きながら一本ずつ置ける形へ作り替え、手を動かしながら、明日からの段取りをいくつも組み替えていった。


火が熾火になるころ、グレンは杭を脇へ寄せ、地に身を横たえた。乾いた風が夜のあいだも西から絶えず吹いてくる。星の多い空を見上げているうちに、グレンの目は閉じていった。


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暗い場所から外へ出た。


外は乾いた地で、丈の低い枯れ草が一面に伏せていた。根まで枯れ、風が吹くと、枯れ草がこすれて低く乾いた音を立てる。


しゃがみ込み、指で土をすくってみる。土は指のあいだからさらさらとこぼれ落ち、手のひらにはわずかな砂粒だけが残った。


前は違っていた。一面に緑の草が生え、根は土の奥深くまで張り、握れば土は黒く湿る。あの緑の草はいつ、どこへ消えてしまったのか。


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朝、発つ前に、グレンは野の端で火の始末をしていた老人としばらく話した。ソナでいちばんの年寄りで、若いころに見た獣のこと、昔この高原を越えていった者のことを問わず語りに聞かせてくれた。鉄や狩りの話になると、グレンはつい身を入れて聞き込む。


話のついでのように、老人が訊いた。「あんた、これからどこへ行くんだ」


「高原を下るよ」。グレンは荷を負い直す。「次の働き口を探しながらな」


老人は高原の東の縁、森の始まるあたりを杖で示した。「なら、下りた先の森の縁の町を覗いてみるといい。狩りの組が手を焼いてるそうだ」。声を落とす。「妙な獣でな。姿を闇に紛らせるっていうんだ。すぐそこにいるのに、目には見えない。組の者が幾人も間合いを見誤ってやられたらしい」


姿を闇に紛らせる獣、という老人の一言にグレンは引っかかった。これまで相手にしてきた獣とは、勝手が違う。間合いを誤らせる相手なら、その仕掛けをよく見て確かめるところから始めるしかない。「礼を言うよ」。グレンは老人に頭を下げた。「ちょうど下る先を探してたんだ」


フェルが高い空へ舞い上がり、グレンは葦毛の貸し馬をソナへ返し、自分の足で東の森の縁を目指し、高原を下りはじめた。


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呼び名 マンティコア。乾いた高原を単独で渡り、大物へ突進する大きな四つ足の獣。


棲み処 開けて遮る物のない、乾いた台地。


習性 単独で、迷わず大物の獲物へまっすぐ突進する。速く、重い。正面で受け止めれば押し負ける。


体と急所 急所は肋の下のやわらかい所で、そこは骨も毛皮も薄く、刃が通る。


干渉 間合いに入ると、目に見えぬ力で立つ者の足元を払って横へよろけさせる。走らせ続けられているあいだは、それを出せない。

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