魔族
■ 魔族
魔族とは、主に魔界に生息する霊子的生命体の総称であり、天界、下界、魔界の三界すべてに活動記録を持つ唯一の種族群である。一般には「悪魔」と同一視されることが多いが、厳密には悪魔は魔族の一分類に過ぎない。魔族には、魔界の土壌や海中に生息する微小な原生種から、人間に近い知性と姿を持つ上級個体、さらには天界の上位天使に匹敵する未知の特級存在まで、極めて幅広い種類が存在する。
魔族は必ずしも天使の敵ではない。魔族の中には天界と敵対する勢力もあれば、人間界への干渉を避けて独自の領域を守る勢力、魔界の環境保全を重んじる勢力、古代の契約に従って中立を保つ勢力、ルシファーの復活を危険視する勢力も存在する。人間社会では「魔族=悪」と単純化されやすいが、実際の魔界は複数の種族、領土、思想、階層、同盟、裏切りが絡み合う複雑な世界である。
古い魔導書では、魔族の有力者を王、公爵、侯爵、伯爵、総裁、君主、騎士などの称号で分類する体系が存在し、ソロモン王に由来するとされる七十二の霊的存在の伝承にも、魔族社会の複雑な爵位構造と軍団支配の概念が見られる。ゴエティアにおける七十二霊は、王、公爵、侯爵、伯爵、総裁、君主、騎士などの称号を持ち、それぞれが軍団を率いる存在として記述されている。
【概要】
魔族は、魔界に満ちる瘴気、霊子、滞留思念、分解途中の魂の残滓を糧として存在する種族である。生物学的な生命と霊的な生命の中間に位置しており、肉体を持つ個体もいれば、思念体に近い個体も存在する。
魔族の大部分は、下界に現れて人間を襲うような危険な存在ではない。魔界の生態系に組み込まれ、瘴気を吸収し、土壌を分解し、魂の残滓を循環させる役割を担っている。特に原生種や下級魔族は、魔界の自然環境にとって不可欠な存在であり、彼らを無差別に駆除すれば、魔界そのものの浄化機能が低下する危険がある。
一方で、強い悪意や執着を取り込んで成長した魔族は、下界に流出した際、人間の魂を喰らうことがある。こうした個体は天界において特定駆除対象に指定され、一般に悪魔と呼ばれる。
悪魔は魔族の中でも特に危険な個体群であり、魂を食料または強化素材として扱う。彼らは人間の恐怖、絶望、怒り、憎悪に引き寄せられ、都市の暗部、戦場跡、災害現場、強い怨念が残る場所に出現しやすい。
【語義】
「魔族」という語は、天界の分類上、魔界由来の霊子的生命体全般を指す行政用語である。人間界では、怪物、悪魔、妖怪、魔物、異形、怨霊など、時代や地域によって異なる名称で呼ばれてきた。
天界における正式分類では、魔族は存在密度、知性、魂の構造、魔力出力、霊子的安定性、下界への適応性などによって区分される。魔族のうち、人間の魂を捕食し、下界の秩序を破壊し、天使と敵対する危険個体を特に悪魔と呼ぶ。
ただし、魔族自身は「悪魔」という呼称を好まない場合が多い。魔界の有力勢力の中には、悪魔という言葉を天界による差別的呼称と見なす者もいる。彼らにとって自分たちは魔界の住民であり、天界の法によって一方的に駆除対象とされた被支配種族でもある。
【起源】
魔族の起源は、人類誕生以前の魔界にまで遡る。
魔界は、もともと魂の浄化と分解を担う領域として形成された。下界で発生した死者の魂のうち、強い濁りや執着を持つものは魔界へ沈み、そこで霊子単位に分解され、次なる循環へ戻される。この過程で生じた瘴気や残留思念を処理するために、魔界には独自の生態系が生まれた。
最初期の魔族は、悪意を持つ怪物ではなかった。彼らは魔界の土壌や海中に発生した微小な霊子的生命であり、瘴気を分解し、霊子を循環させる役割を担っていた。これらは現在の分類でいう原生種にあたる。
人類の歴史が進み、戦争、虐殺、飢餓、疫病、憎悪、差別、支配、裏切りが増えるにつれて、魔界へ送られる魂の濁りは急激に増加した。魔界の浄化機能は過負荷となり、分解されきれない強い思念が土壌に根を張るようになった。
この滞留した思念が、周囲の霊子や他の魂の欠片と結合し、異形の生命体として成長したものが、現在「魔物」と呼ばれる存在である。
魔族は自然発生した種族であると同時に、人間の歴史が生み出した反自然的な存在でもある。
【魔界】
魔界は、三界のうち最も下層に位置するとされる領域である。ただし、地理的に下界の地下にあるわけではない。魔界は魂の沈降先であり、下界から発生した汚濁、悪意、未練、恐怖、分解途中の記憶が流れ着く霊的環境である。
魔界の大部分は、深い森林、黒い湿地、赤い海、鉱物の荒野、瘴気の谷、霊子結晶の山脈によって構成される。人間が想像する地獄のような炎の世界だけではなく、むしろ巨大な浄化槽、腐葉土の森、星の排水層に近い性質を持つ。
魔界には天界の出先機関である第0地区が存在する。第0地区は魔界防衛局の管轄下にあり、魔族の活動監視、瘴気濃度の測定、悪魔化個体の封じ込め、魔界生態系の調査を行っている。
ただし、第0地区の影響力は魔界全域には及ばない。魔界には天界の管理を拒む自治領、古代魔族の領土、ソルダードの都市国家、七十二侯に連なる勢力圏、禁足地、未踏領域が存在し、天界ですら把握しきれていない地域が多い。
【霊子】
魔族の肉体は、主に霊子と呼ばれる特殊な物質によって構成される。
霊子は通常物質の原子とは異なり、魂の情報、感情の残響、魔力の流れを保持する性質を持つ。魔族は霊子を体内に蓄積し、瘴気を摂取することで肉体を維持する。上級魔族になるほど霊子密度が高くなり、肉体は人間に近い安定性を持つようになる。
霊子密度が低い魔族は、下界の環境に長く留まることができない。下界は魔界よりも瘴気濃度が低く、霊子的な補給が困難なため、弱い魔族は短時間で崩壊する。一方、上級魔族や悪魔は人間の魂を捕食することで下界でも活動を継続できる。
このため、下界に出現する魔族の危険度は、単純な強さだけでなく、霊子安定性によっても決定される。
【瘴気】
瘴気とは、魔界に漂う霊的な濁りである。悪い空気と説明されることが多いが、実際には分解途中の魂、未処理の記憶、強い感情の残滓、魔力の澱みが混ざった環境物質である。
魔族にとって瘴気は食料であり、呼吸であり、土壌でもある。原生種や下級魔族は瘴気を吸収して分解し、魔界の環境を保つ。したがって瘴気そのものは必ずしも悪ではない。
問題となるのは、瘴気が高濃度化し、悪意や怨念を多く含んだ場合である。この状態の瘴気は魔族の異常進化を促し、悪魔化を引き起こす。特に人間界で大規模な悲劇が起きた後、対応する魔界領域では瘴気濃度が急上昇することがある。
【分類】
天界の魔法省は、魔族を危険度と生態に応じて大きく五つに分類している。
◼︎原生種
原生種は、魔界の土壌、海、空気中に存在する微小な魔族である。多くは肉眼で確認できず、微生物に近い性質を持つ。魔界の生命循環に不可欠な存在であり、瘴気の分解、霊子の再配置、土壌形成に関わる。
原生種には寿命という概念がほとんどない。細胞分裂に似た霊子分裂によって増殖するため、親と子の区別が曖昧である。下界に紛れ込むことは稀であり、仮に流出しても環境に適応できず短時間で消滅する。
原生種は天界の駆除対象ではない。むしろ魔界環境を維持するために保護対象とされる場合もある。
◼︎下級魔族
下級魔族は、魔界に最も多く存在する種である。種類は数百万に上るとされ、学名が付与されたものだけでも数十万種に及ぶ。虫、爬虫類、小型哺乳類、魚類、菌類、植物状生命体に似たものなど、形態は多様である。
下級魔族は魔界の気候や環境に強く適応しており、繁殖力が高い。個体寿命は短いものが多いが、世代交代が早く、進化の速度も速い。最大個体でも一メートル未満のものが多く、単体で人間や天使に大きな脅威を与えることは少ない。
ただし、群れを形成した場合や、高濃度瘴気を取り込んだ場合、危険度が急上昇することがある。
◼︎中級魔族
中級魔族は、強い思念によって構成された異形の魔物である。天界では一般にクリーチャーと呼ばれる。
クリーチャーは特定の形を持たない場合が多く、獣、虫、人型、液状体、骨格体、肉塊、影のような姿を取る。知能は低く、ほとんどは殺戮本能や捕食衝動によって行動する。人間の言葉を理解する個体もいるが、人間並みの理性や計画性を持つことは少ない。
下界に出現する魔族の多くはこのクリーチャーである。弱い個体であれば第九位天使や見習い天使でも魔具を用いて対処できるが、瘴気濃度の高い個体や複数の思念が融合した個体は、第七位以上の天使を必要とすることがある。
◼︎上級魔族
上級魔族は、人間に近い姿と高い知性を持つ魔族である。天界ではソルダードと呼ばれる。
ソルダードは人間の姿を取り、言語を理解し、社会性を持ち、魔法を使役する。多くは黒い瞳と漆黒の翼を持つが、個体差も大きい。天使と同じく属性や特性に似た能力を有し、戦闘能力はクリーチャーとは比較にならない。
従来、ソルダードの魔法出力は第七位以上の天使には及ばないとされていた。しかし近年、第五位天使を返り討ちにしたソルダードの記録があり、三十番代以上の魔法を行使した疑いがある。この事例以降、魔法省はソルダードの危険評価を見直している。
ソルダードには個人名、家系、所属勢力、信仰、政治思想が存在する。すべてが人間を襲うわけではなく、魔界内で商業、軍事、研究、宗教、領土運営に従事する者も多い。
◼︎特級魔族
特級魔族は、天界分類でXファクターとも呼ばれる未知の上位存在である。
外見は天使とほとんど変わらず、人間にも近い。知能、魔力量、霊子密度、特性の成長幅が別次元に達しており、第一位天使に匹敵する魔力量を示した記録もある。確認例は極めて少なく、現在までに報告された個体は二例のみとされる。
特級魔族は、魔界の自然進化によって生まれたのか、古代種の血を引くのか、堕天使に由来するのか、あるいは人為的な実験の産物なのか、詳細は不明である。
【悪魔】
悪魔とは、魔族のうち、人間の魂を捕食し、下界の秩序を破壊する危険個体を指す天界側の呼称である。
悪魔の多くは、人間界で強い悪意を持った魂が死後に魔界へ送られ、浄化されずに残留したことで発生する。通常であれば、魔界の土壌は魂を分解し、次なる生命の材料へ戻す。しかし、憎悪、復讐心、恐怖、支配欲、執着が強すぎる魂は、原形を失わずに土壌へ根を張る。
この根を張った思念が、周囲の魂の欠片を吸収し、瘴気を養分として成長すると、悪魔化が始まる。
悪魔は存在そのものが不安定である。不安定であるがゆえに飢えており、魂を食らうことで自分の形を保とうとする。人間の魂は、記憶と時間を含む高密度のエネルギーであるため、悪魔にとって最も効率のよい補給源となる。
天界が悪魔を特定駆除対象とする理由は、単に人間を襲うからではない。悪魔は魂の循環そのものを汚染し、魔界の浄化機能を低下させ、下界に新たな悪意の連鎖を生み出す。放置すれば、ひとつの悪魔が地域全体を霊的汚染区域へ変えることもある。
【魔族社会】
魔族社会は、天界のような一元的な位階制度を持たない。
魔界には王国、氏族、群棲地、都市国家、傭兵団、学派、宗教結社、商業連盟、野生群、禁忌教団など、多様な共同体が存在する。特にソルダード以上の魔族は、個体ごとに思想や目的が異なり、単純に天界へ敵対する勢力としてまとめることはできない。
魔族の社会構造は、血統よりも力、契約、領土、知識、古代の名によって形成されることが多い。強大な魔族は軍団を率い、弱い魔族を保護または支配する。だが、その支配形態も暴力的なものばかりではなく、瘴気の供給、領土の安全、天使からの防衛、交易権の保証など、相互利益によって成立する場合がある。
魔族社会では、名前に強い意味がある。真名を知られることは、自身の存在情報を相手に握られることに等しい。そのため有力な魔族は複数の名を持ち、場面によって使い分ける。
【爵位体系】
魔界の有力勢力の一部では、古代の魔導書に由来する爵位体系が用いられている。
代表的な称号には、王、公爵、侯爵、伯爵、君主、総裁、騎士などがある。これらは天界の位階のように全魔族へ統一された制度ではなく、特定の勢力圏における軍事的・政治的称号である。
王は、広大な領域と複数の軍団を統べる存在である。王号を名乗る魔族は極めて少なく、領土支配、契約権、瘴気源の管理権を持つ。
公爵は、特定の領域、属性、軍団、技術分野を統括する有力者である。海、風、病、鉱物、知識、影、獣群など、支配領域は個体によって異なる。
侯爵は、境界防衛や軍事遠征を担うことが多い。天界との接触地帯、下界への裂け目、魔界の辺境を管理する者が多い。
伯爵は、都市や氏族単位の支配者である。軍事よりも行政、商業、契約、情報収集に長ける個体もいる。
総裁は、知識、研究、交渉、儀式、記録を司る称号として使われる。魔族の中でも知性の高い者が多い。
君主は、王より下位でありながら、独自の血族や軍団を持つ存在である。若い勢力の指導者や、古い王家の分家が名乗ることもある。
騎士は、単独戦闘に長けた魔族に与えられる称号である。領土よりも武功や契約によって名を持つ。
これらの爵位は、ソロモン系魔導書に記された七十二霊の称号体系と似た構造を持つが、魔界においては必ずしも同一のものではない。あくまで、古代から続く魔族社会の権威表現として受け継がれている。
【七十二侯】
七十二侯とは、魔界の古い伝承に登場する七十二の有力魔族、またはその名を継ぐ勢力の総称である。
七十二侯は、単一の組織ではない。彼らは同じ目的を持つ同盟ではなく、魔界各地に散在する古い家名、称号、契約系譜の集合体である。天界の資料ではしばしば危険勢力として一括されるが、実際には互いに敵対している侯も多い。
七十二侯の中には、天界との全面戦争を望む者もいれば、魔界の自治を守ることを優先する者もいる。人間の魂を資源として扱う者もいれば、人間界への干渉を禁忌とする者もいる。ルシファーを崇拝する者もいれば、ルシファーの復活を魔界全体の均衡を崩す災厄と見なす者もいる。
七十二侯に連なる勢力は、以下のような思想に分かれる。
◼︎復古派
古代魔界の王権復活を望む勢力。天界による第0地区の設置を侵略と見なし、魔界から天使を排除しようとする。
◼︎契約派
天界、人間、魔族の間に正式な契約を結び、魔界の自治権を認めさせようとする勢力。交渉能力が高く、表向きは中立を保つ。
◼︎捕食派
人間の魂を魔族の正当な資源と考える勢力。下界への侵攻に積極的で、天使との衝突が多い。
◼︎静観派
魔界の奥地に閉じこもり、三界の争いに関わらない勢力。古代の知識を保有していることが多い。
◼︎ルシファー派
ルシファーの復活を望む勢力。十戒と関係を持つ場合もあるが、すべてが十戒に従っているわけではない。
◼︎反ルシファー派
ルシファーを天界と魔界の均衡を破壊する危険存在と見なす勢力。天使とは敵対しつつも、ルシファー派とはさらに激しく争うことがある。
【十戒との関係】
十戒は、ルシファーの復活を目論む集団であるが、魔族全体を代表する組織ではない。
十戒には魔族、堕天使、ソルダード、人間の協力者、古代因子を宿す者などが含まれるとされる。彼らはルシファーの魂の欠片を集め、完全な復活を実現しようとしている。
しかし、魔族社会における十戒の評価は分かれている。
一部の魔族は、ルシファーを天界に反逆した象徴として崇拝している。彼らにとって十戒は、魔界を天界支配から解放する革命軍である。
一方で、古い魔族の中には、ルシファーを外来の災厄と見なす者もいる。ルシファーはもともと天使であり、魔界の自然な王ではない。彼女が原初の火に触れ、生命の循環を断てば、天界だけでなく魔界も崩壊しかねない。そのため、反ルシファー派の魔族は十戒を危険な狂信者集団と見なしている。
魔界において、ルシファーは希望であると同時に脅威である。
【天使との関係】
天使と魔族の関係は、長きにわたり戦争と監視によって築かれてきた。
天使は魔族を危険因子として管理し、下界に流出した個体を討伐する。魔族は天使を侵略者、検閲者、魂の独占者と見なす。両者の対立は根深いが、すべての接触が戦闘に発展するわけではない。
第0地区では、天使と魔族の間に限定的な停戦協定が存在する地域もある。魔界の環境維持に必要な原生種や下級魔族については、天界も駆除ではなく保護と観測を優先する。また、一部のソルダードは天界に情報提供を行い、危険な悪魔の討伐に協力することもある。
しかし、下界において人間の魂を捕食した魔族に対しては、天界は原則として討伐を選ぶ。天使にとって人間の魂は守るべき循環資源であり、それを喰らう悪魔は世界の秩序を破壊する存在だからである。
【人間との関係】
魔族は人間の魂に強く反応する。
人間の魂には記憶、時間、感情、選択の痕跡が含まれており、魔族にとって高密度のエネルギー源となる。特に悪魔化した魔族は、人間の恐怖や絶望を好む。これは嗜好ではなく、霊子構造の維持に必要な栄養として機能するためである。
一方で、人間と契約を結ぶ魔族も存在する。契約魔族は、人間に知識、力、財、名声、復讐、治癒、隠された情報などを与える代わりに、魂の一部、記憶、寿命、感情、あるいは死後の権利を要求する。
すべての契約が悪質なわけではない。中には人間を保護する契約や、特定の土地を守るための古い盟約も存在する。しかし、多くの人間は魔族との契約の意味を正しく理解できず、結果として魂を損なう。
魔法省は、人間と魔族の無許可契約を禁じている。
【魔族の魔法】
魔族も天使と同じく魔法を扱う。
ただし、その魔法体系は天使のものとは異なる。天使の魔法は属性と特性を基盤に、秩序立った出力制御を行う。一方、魔族の魔法は霊子、瘴気、魂の残滓、感情の歪みを媒介とするため、個体ごとの癖が強い。
魔族の魔法は、以下のような分野に優れる。
影の操作。
瘴気の散布。
肉体変質。
精神干渉。
記憶の改竄。
契約刻印。
魂の拘束。
腐敗と再生。
異形化。
眷属生成。
領域形成。
ソルダード以上の魔族は、天使と同じ六属性に似た魔法を使うこともある。ただし、魔族の属性は天界式の分類に完全には当てはまらず、炎と毒、風と影、水と血、地と骨のように、複合的な性質を帯びることが多い。
【測定と危険度】
天界では、魔族の危険度を測定するためにスキャナーが用いられる。
測定値には、魔法力、膂力、熱容量の三系統がある。
魔法力は、魔力を滞留できる量、強度、出力幅の総合値である。魔法攻撃、領域形成、精神干渉の危険性に関わる。
膂力は、実体を構成する霊子および原子量の密度を示す。肉体の頑丈さ、筋力、再生力、物理的破壊力に関わる。
熱容量は、エネルギー出力時の結晶性と安定性を示す。瞬間火力、耐久力、環境適応力、暴走危険度に関係する。
これらの変化量を時間単位で観測し、無秩序性の増大を示す指標としてS値が用いられる。S値が急激に上昇する魔族は、暴走、進化、悪魔化、下界適応を起こしている可能性が高い。
【魔族の進化】
魔族は環境によって急速に進化する。
下級魔族は世代交代が早く、瘴気濃度、温度、霊子分布、捕食対象の変化に応じて形態を変える。中級魔族は他の思念と融合することで巨大化し、上級魔族へ進化することがある。
ソルダードへの進化は極めて稀である。通常、クリーチャーが単純に強くなってもソルダードにはならない。ソルダードになるには、安定した自己認識、言語化可能な記憶、他者との関係性、魔力制御能力が必要となる。つまり、単なる怪物ではなく、「個」として成立しなければならない。
このため、ソルダードは魔族でありながら人間に近い精神構造を持つ。彼らは愛し、憎み、忠誠を誓い、裏切り、夢を持ち、死を恐れることがある。
【魔族の死】
魔族の死は、人間や天使の死とは異なる。
原生種や下級魔族が死んだ場合、肉体は霊子へ分解され、魔界の土壌へ戻る。中級魔族の場合、核となる思念が破壊されなければ、瘴気を吸収して再生することがある。
ソルダード以上の魔族は、魂に近い核を持つ。核を破壊されれば個体としての死を迎えるが、その一部が残留思念となって別の魔族に吸収されることもある。この場合、記憶や能力の一部が継承される。
悪魔の場合、死後に強い呪いを残すことがある。討伐された悪魔の残滓を適切に浄化しなければ、周辺地域に霊的汚染が残り、新たな魔族発生の原因となる。
【下界流出】
魔族が下界へ出現する現象を流出という。
流出は、魔界と下界の境界が一時的に薄くなることで発生する。原因には、強い悪意の集中、魔法実験、天界ゲートの不具合、災害、殺人事件、古代遺跡の起動、魔族による侵攻などがある。
下界に流出した魔族は、環境に適応できなければ短時間で消滅する。しかし、人間の魂を捕食した個体は安定性を得て活動を継続する。そのため、流出初期の対応が重要となる。
魔法省の管制塔は、魔族反応を検知すると担当天使へ出動命令を出す。弱いクリーチャーであれば地域チームが対応するが、ソルダード以上が確認された場合、上位天使の派遣が検討される。
【代表的な勢力】
魔界には、多数の勢力が存在する。
◼︎黒翼領
ソルダードを中心とする軍事領域。天界との交戦記録が多いが、内部には強硬派と停戦派が存在する。
◼︎灰燼商会
瘴気結晶、魔具素材、記憶石を扱う商業勢力。天使とも秘密裏に取引することがある。
◼︎深海公領
魔界の赤い海を支配する水棲魔族の領域。下界の海難事故や水死者の魂に関する記録を持つ。
◼︎骨の議会
古代魔族の知識層による合議体。ルシファー復活に反対する立場を取ることが多い。
◼︎十戒
ルシファーの因子を集める復活派。魔族全体の代表ではなく、むしろ魔界内部にも敵が多い。
◼︎七十二侯連盟
七十二侯に連なる一部勢力の緩やかな連絡網。統一組織ではなく、共通利益がある場合のみ協力する。
【文化】
魔族にも文化が存在する。
魔界の都市では、瘴気灯と呼ばれる青黒い灯りが街路を照らし、霊子結晶で作られた建築物が並ぶ。言語は地域によって異なり、音声ではなく魔力波、匂い、影の形、記憶の断片によって意思疎通する種もいる。
音楽や詩を持つ魔族もいる。特にソルダードの都市では、死者の記憶を編んだ歌、失われた土地を悼む舞踏、戦死した眷属の名を刻む儀式が行われる。
魔族にとって記憶は財産であり、食料であり、祈りでもある。人間の記憶を奪う行為が忌避される地域もあれば、逆に高級嗜好品として売買される地域もある。
【宗教と思想】
魔族の信仰は多様である。
古代魔族の一部は、魔界そのものを母なる土壌として崇拝する。彼らにとって天界は魂を選別する冷たい機構であり、魔界こそがすべてを受け入れて分解する慈悲の地である。
別の勢力は、強者による支配を自然法則と見なす。彼らは魂を喰らうことを罪とは考えず、弱い魂が強い魂に吸収されることを進化と呼ぶ。
契約派の魔族は、言葉と約束を神聖視する。契約を破ることは真名を傷つける行為であり、たとえ敵であっても正式な契約は守らなければならないと考える。
ルシファー派は、天界の秩序を破壊し、生命の川から魂を解放することを望む。だが、反ルシファー派は、生命の川が断たれれば魔界もまた飢え、崩壊すると主張する。
【現代の魔族】
現代の魔族は、大きな変化の時代にある。
人間社会の人口増加、情報化、都市化、孤独、戦争、環境破壊は、魔界の瘴気環境に直接影響している。かつては数百年かけて成長していた悪魔が、現代では数年、場合によっては数か月で危険個体へ進化する事例もある。
インターネットや電子機器を介して人間の感情が急速に拡散するようになったことで、魔族の発生様式も変化した。特定地域に根差した怨念だけでなく、不特定多数の悪意が集合し、場所を持たない魔族を形成することがある。
天界はこれを新型の霊的汚染として警戒している。
一方、魔族側にも変化が起きている。若いソルダードの中には、天界との全面戦争よりも自治権の確立を望む者が増えている。人間界の文化に関心を持ち、音楽、映像、ゲーム、食文化、ファッションを取り入れる魔族もいる。
魔族は怪物である。
だが、怪物だけではない。
彼らは魔界の土壌から生まれ、魂の濁りを食み、時に人間を襲い、時に天使と争い、時に自らの世界を守ろうとする。天界の秩序に従わないからといって、すべてがルシファーの味方ではない。人間の魂を求めるからといって、すべてが同じ悪意を持つわけでもない。
魔族とは、世界の影に生まれたもう一つの生命である。
その影が濃くなるほど、下界には悪魔が現れる。
その影をすべて消そうとすれば、魔界の循環は壊れる。
ゆえに天使は魔族を討つだけでなく、見極めなければならない。
どの魔族が世界を蝕む病巣なのか。
どの魔族が魔界を支える土壌なのか。
そして、どの魔族が新たな歴史を選ぼうとしているのか。
その判断を誤った時、天界と魔界の戦いは、単なる討伐ではなく、三界全体を巻き込む戦争へ変わる。




