第42話
「怠慢だと……!?てめぇ、荷物のことなんか何も見てねぇじゃねぇか!」
カイの瞳孔が怒りでカッと開き、その喉仏が激しく上下した。
「俺たちが運んでんのはな、ただの『木箱』じゃねぇんだよ!中に入ってんのは、職人のおっちゃんたちが汗水たらして作った大事な品物なんだ!それを計算だの効率だので傷つけたら、元も子もねぇだろ!机の上でカリカリインクを垂らしてるだけの奴が、現場の荷物に口出しすんじゃねぇ!」
「感情論は無用です!」
レオンもまた、常に崩さなかった仮面をかなぐり捨てて声を荒らげた。
「現場が数字通りに動かないから、いつまでも非効率な低迷から抜け出せないのです!私の計算に一切の狂いはありません!問題は、あなたが私の合理的指示に従わないことだけだ!」
「なんだとコラァ!!」
「なんです!!」
荷台の上と下で、激しく火花を散らす二人。カイは胸倉に掴みかからんばかりに身を乗り出し、レオンもまた特製ペンを握りしめた白波の立つ指先をわなわなと震わせる。
「カイ、レオンさん!やめなよ、二人とも!」
見かねたトビーが慌てて二人の間に割って入り、カイの小さな肩を必死に押し戻した。
理屈と数値の正当性を絶対とする「頭でっかちな理論派」と、肌感覚と手触りを譲らない「泥臭い現場派」。
二人の主張は一歩も引くことなく平行線を辿り、新しい荷馬車の前で噛み合わない歯車のように、激しく不快な不協和音を響かせ続けていた。
荷置き場の隅では、相変わらず激しい怒号と不協和音が響き渡っていた。
「私の指示に従いなさい!効率を無視した荷積みなど、ただの徒労です!」
「黙れメガネ!荷物の痛みが分からねぇ奴に、手出しさせるかよ!」
トビーが間に入って必死に両手を広げ、カイの突進を止めつつ、レオンの硬直した身体を押し戻している。だが、一度着火した二人の衝突は収まる気配すら見せない。
その喧騒から少し離れた事務所の軒下で、ルーカスと処置なしと諦めて戻ってきたトビーは、その泥沼の衝突劇を静かにつまり見つめていた。トビーは不安を隠せない様子で、細かく唇を震わせながらルーカスの横顔を見上げる。
「ルーカスさん……僕たち、本当に大丈夫ですかね……?」
トビーの声には切実な焦りが滲んでいた。自分が声をかけてきたカイと、ルーカスのもとに弟子入りしたレオン。対極すぎる二人を引き合わせたことで、第二商隊の立ち上げどころか、明日の定期便の準備すら破綻してしまうのではないかという懸念が、胸を締め付けていたのだ。
「レオンさんは頭が良すぎてカイの言うことを全く聞かないし、カイも感情的になってレオンさんの計算を全部突っぱねちゃって……。僕がもっと上手く間に入れればよかったんですけど……」
トビーが自分を責めるように視線を落とすと、ルーカスはふっと鼻の奥で息を漏らし、肩を揺らして低く笑った。
「くっく……ハハハ!いやあ、見事なまでの噛み合わなさだな」
「えっ……?ルーカスさん、笑いごとじゃないですよ!」
トビーが丸くした瞳で抗議すると、ルーカスはわずかに口元を引き締めたまま、顎で荷台の二人を示した。
「片や数字と理屈ですべてを割り切ろうとする『頭でっかち』。片や現場の感触と感情だけで突き進む『野性児』だ。お互いに自分の正しいと思ってる武器で殴り合ってるんだから、噛み合うわけがない」
ルーカスは壁から身体を離すと、懐から小さな木片を取り出し、手元で弄びながら深く息を吐き出した。
「だがな、トビー。昔の俺たちより、ずっと重症で面白い」
「僕たちの昔……ですか?」
「覚えてるか?俺とトビーが組み始めたばかりの頃だ。俺は自分の思い描くルートの効率ばかり考えて、お前は字が書けないことに怯えて泣きそうになっていた。俺たちだって、最初から完璧な相棒だったわけじゃない」
ルーカスは温かな光を帯びた眼差しをトビーに向け、それから再び喧嘩を続ける二人に視線を戻した。その瞳の奥には、単なる呆れではなく、二人の中に眠る未研磨の原石を見通すような、商人としての鋭い光が宿っている。
「レオンの言っている『積載の最大化』は、商売として決して間違いじゃない。むしろ、あいつの計算は本物だ。そしてカイが言っている『悪路での衝撃と荷物への愛着』も、現場の人間として絶対に譲っちゃいけない真実だ」
ルーカスはニヤリと唇の端を持ち上げた。
「あの二人はな、真逆の凹凸なんだよ。今はお互いの角が当たってガチガチ削り合ってる最中だが……もし、あの『理論』と『勘』が噛み合った時、どんな商隊が生まれるか、お前は楽しみに思わないか?」
「理論と……現場の勘が、噛み合う……」
トビーはルーカスの言葉を小さく反芻し、再び二人の姿を見つめ直した。怒鳴り合いながらも、レオンは決して帳簿を手放さず荷台の構造を注視しており、カイもどれほど腹を立てようと、手にした木箱を乱暴に扱うような真似は絶対にしていなかった。
「……はい!僕、二人を信じてみたいです!」
トビーの表情から怯えが消え、まっすぐな光が宿る。
「くっく、それでいい。まあ、まずはあいつらが自分の足で盛大に躓いて、自分の欠点に気づくのが先だがな。……よし、高みの見物はここまでだ。そろそろ火消しに入るとするか」
ルーカスはぽんとトビーの背中を軽く叩くと、まだ激しく口論を続けている喧騒の中心へ向かって、ゆっくりと歩みを進めていった。
ルーカスとトビーが火消しに入り、どうにかカイとレオンを宥めて明朝の積み込み作業を一時中断させた、まさにその時だった。
事務所の表通りから、激しい馬の蹄の音が響き渡った。
ドダダダダッ
石畳を激しく蹴立てて現れたのは、全身から湯気を上げ、泡を吹いた一頭の伝令馬だった。馬背から転がり落ちるように飛び降りてきたのは、港湾都市シーガルの港湾ギルドの紋章を胸につけた、息も絶え絶えの若い使者だった。
「ルーカス殿……!ルーカス殿はおられるか!?」
使者は扉を打ち破らんばかりの勢いで事務所へ雪崩れ込むと、卓に手をついてへたり込み、荒い息を喉から絞り出すように叫んだ。
「大変なんだ……!シーガル港に緊急事態だ!」
「落ち着け。何があった?」
ルーカスが即座に冷水を入れた木コップを差し出すと、使者はそれをひったくるように一気に飲み干し、取り乱した様子で懐から赤蝋で封じられた緊急連絡書を叩きつけた。
「今朝方、シーガル港に入港した大型の交易船で、重度の流行熱が発生した!船員も港の作業員もバタバタと倒れ込んでいる!今すぐ特効薬となる高純度の精製薬を大量に用意しなければ、港全体が機能不全に陥る!」
「精製薬だと……!?」
トビーの喉が小さく鳴り、息をのむ。
「それだけじゃない!」
使者はさらに顔を蒼白にし、血走った目を剥いて声を張り上げた。




