第41話
午後、事務所の中央にある大きな作業卓を挟んで、二人の少年が対峙していた。
身なりを寸分の乱れもなく整え、胸ポケットに特注のペンを挿した銀縁メガネの青年、レオン。一方、袖口に木屑をこびらせたつぎはぎ服を着て、腕組みをしながら不機嫌そうに鼻を鳴らすやんちゃな少年、カイ。
ルーカスが「二人とも、今日から俺たちの第二商隊を担う仲間だ」と引き合わせた直後から、卓上の空気は氷点下まで冷え込んでいた。二人の間に挟まれたトビーが、ハラハラとした様子で細かく視線を往復させている。
「……ルーカス様。冗談はおやめください」
沈黙を破ったのはレオンだった。彼は細い指先で銀縁メガネのブリッジをすっと押し上げると、カイを足元から頭のてっぺんまで冷ややかな視線で値踏みするように舐め回した。
「第二商隊の立ち上げという重大な局面において、なぜこのような路地裏の野良猫のような少年を配属するのですか?聞けば文字の読み書きすら怪しいとか。帳簿の管理どころか、正確な伝票の処理すら不可能な人材を現場に投入するのは、あきらかなリソースの無駄でありリスクです」
レオンの口から淡々と吐き出される、刃物のように鋭い拒絶の言葉。
「あァ!?なんだと、この気取りメガネ!」
カイの導火線に一瞬で火がついた。カイはドンッ、と卓の木板を拳で叩いて身を乗り出し、レオンを真っ向から睨みつける。
「文字文字って、うるせえんだよ!紙の上でインクこねくり回してるだけの奴が、えらそうに仕切ってんじゃねえ!俺は文字なんか読めなくたって、この街の抜け道も、荷物を傷つけねえ積み方も、お前なんかより百倍分かってんだよ!」
「感覚頼みの非効率な主張ですね」
レオンは眉ひとつ動かさず、胸元から一枚の羊皮紙とペンを取り出すと、呆れたように浅く息を吐いた。
「商売とは再現性のある仕組みです。文字も読めず、感覚だけで荷物を運ぶなど、運送業のマネごとにもなっていない。トビー殿の『記号メモ』とやらも拝見しましたが、このような個人の感覚に依存した落書きのような記録方法など、組織の運用においては非効率の極み。すべて標準的な文字と数値による帳簿に一元化すべきです」
「落書きだと……!?兄貴のメモをバカにしてんじゃねえぞ!」
カイの瞳孔が怒りで開き、今にもレオンの胸倉に掴みかからんばかりの勢いで前のめりになる。
「そこまでだ、レオン」
静かだが、部屋の空気を一気に凍てつかせるような低い声が響いた。ルーカスだ。腕を組み、卓の端にもたれかかっていた彼は、ゆっくりと歩み寄ると、激高するカイの肩にぽんと重い手を置いて制し、そのままレオンの正面へと立った。
「……ルーカス様?」
ルーカスは冷ややかな眼差しでレオンを見据え、低く言い放った。
「お前はトビーの記号メモを『落書き』と言ったな。だがな、レオン。その『落書き』ひとつで、トビーはこのヴァルハイト中の頑固な職人たちの信頼を勝ち取り、誰一人欠けさせることなく配送を仕切ってきたんだ。俺がヴァルハイトの街中配送の主だった物すべてをトビーに任せ、全幅の信頼を置いているのは、彼が文字を書けるからじゃない。『現場の客の想い』を誰よりも完璧に背負えるからだ」
レオンの喉仏が小さく上下した。自分が最も模範と仰ぐ男からの容赦ない指摘に、メガネの奥の瞳が大きく揺れる。ルーカスは畳みかけるように、トビーの隣に立つカイを示した。
「トビーは今でも字が苦手だ。だが自分の頭と目を使い、圧倒的な誠実さで自分のやり方を確立した。そのトビーが『自分と同じ匂いがする、こいつの空間把握と手先の器用さは本物だ』と見抜いてスカウトしてきたのがカイだ。俺はトビーの目を信用している。トビーが認めたなら、カイの現場での力も本物だ」
「ですが……!運営における標準化と管理の観点から言えば――」
なおも食い下がろうとするレオンに対し、ルーカスはぴしゃりと片手をかざして言葉を断ち切った。
「いいか、レオン。お前が私塾で何を学んできたかは知らんが、ここは俺たちの現場だ。そして、街中配送の責任者であり、お前の『現場の先輩』はトビーだ。トビーが現場で積み上げてきた泥臭い信頼を『非効率な落書き』と切り捨てるような奴に、この荷馬車の荷物を触る資格はない」
「……っ!」
完璧な論理で優位に立っているはずだったレオンの顔から、一気に血の気が引いた。ルーカスの圧倒的な威圧感と、己の視野の狭さを突かれた衝撃に、レオンは言葉を失い、ぎゅっと唇を噛み締めて下を向く。
「けっ!ざまあみろ、気取りメガネ!」
カイは鼻で笑って吐き捨てると、わざとらしく床へ息を飛ばし、レオンから激しく顔を背けた。
ルーカスの介入によって一応の沈静化を見たものの、二人の間に横たわる溝は埋まるどころか、より深く重い亀裂となって事務所の空気を冷たく淀ませていた。
午後の容赦ない陽光が、事務所裏の荷置き場を白々と照りつけていた。
新しく導入された大型の荷馬車を挟み、肌が粟立つような冷たい緊張が張り詰めている。周囲には、明朝のコモレビ村へ向けて出荷される予定の木箱や樽、農機具や羊毛の袋が山のように積み上げられていた。
「いいか、カイ。荷積みは理論です」
銀縁メガネのツルを冷ややかに押し上げながら、レオンは帳簿とペンを片手に荷台へと足を踏み入れた。先ほどルーカスから浴びせられた叱責の屈辱を塗りつぶすかのように、その声のトーンには鋭い棘が混ざっている。
「事前に計測した荷物の容積と重量に基づき、最適な配置計画を作成しました。この計画通りに隙間なく積載していけば、余剰スペースが一割五分削減でき、追加で木箱をあと二箱押し込める。輸送効率の最大化を図るべきです」
「あァ……?何言ってんだ、この気取りメガネ」
木箱を片手で軽々と抱え上げたカイが、あきれ果てたように息を吐き捨てた。
「追加の二箱だぁ?お前、この荷台の奥のフレームと、外枠の歪みを見てねえのかよ!そこに木箱を無理やり突っ込んだら、形の上では積めるかもしれねえが……」
カイは抱えていた木箱をゴンと床板に下ろし、荷台の端を手のひらで激しく叩いた。
「コモレビ村へ向かう街道の後半、曲がりくねった急な悪路に入った瞬間、車輪が石を踏んで馬車が大きく傾くんだよ!ギチギチに詰め込んでクッションになる遊びがなくなってたら、箱同士がガツンガツンとぶつかり合って中の商品が擦り切れるだろ!最悪、角が割れて中身が全滅するぞ!」
「それはあなたの『曖昧な経験則』による過剰な心配です」
レオンは帳簿のページを指先でトントンと叩き、眉ひとつ動かさずに言い放った。
「計算上、荷物の摩擦とロープの強度を考慮すれば、揺れによる破損は許容範囲内に収まります。安全性を取りすぎて積載量を減らすなど、商人としての怠慢です。つべこべ言わずに、私の指示通りにその二箱を奥へ押し込みなさい」




