第30話
──カンッ……!カンッ……!ギィン……ッ!──
コモレビ村から山あいの街道を越えた先、硫黄の臭いと硬質な鉄鉱の微粒子が漂う鍛冶の村「レム村」。絶えず立ち上る黒煙と火の粉のなか、打ち鳴らされる金属音が轟く村の中央広場に、場違いなまでの派手な身なりをした男が立っていた。バロン商会の紋章が刺繍された上質な絹の外套を纏う使者だ。男は鼻先に漂う焦げ臭さを嫌うように手元の布で覆い、羊皮紙の巻物を大袈裟に広げて高圧的な声を張り上げる。
「……というわけだ。レム村の鍛冶職人ども、ありがたく思え。巡回商人ルーカスとの取引を即刻打ち切り、今後の農具・武具の全納品先を当バロン商会へ一本化するならば、貴様らの粗末な鉄製品も我が商会が『買い取ってやらんでもない』と言っておられるのだ」
使者はヘラヘラと下品な笑みを唇の端に浮かべ、周囲を囲む職人たちを見下ろすように鼻で嗤った。
「あの落ち目商人に義理立てしたところで、お前たちに未来はないぞ?大手である我がバロン商会の傘下に入ることこそが、貴様ら貧乏職人の唯一の生き残る──」
──ドォンッ……!!──
男の言葉は、爆音のような地鳴りによって唐竹割りに中断された。使者の目と鼻の先、足元の硬い石畳に叩き付けられたのは──大人の胴体ほどもある巨大な鍛冶用の大槌だった。衝撃で飛び散った鋭い石片が使者の頬の皮膚をかすめ、男は喉の奥からヒッと情けない悲鳴を上げてその場に尻餅をついた。
「おい、余所者。いい気になってベラベラと汚い唾を撒き散らしてんじゃねえぞ」
立ち込める煤煙の向こうから、ぬっと巨体が姿を現す。白髪の混じった髭を無造作にたくわえ右目に傷のあるレム村の鍛冶師・バド親方だった。太い丸太のような腕を組み、火花で焦げた革エプロンを不気味に揺らしながら、血走り濁った眼光に使者の足元を這わせる。その背後からは、十数人ものいかつい体躯の鍛冶職人たちが、火バサミや鉄槌を重そうに握りしめながら無言で群がってきていた。
「な、なんだお前たちは……!暴力をふるう気か!?我がバロン商会を敵に回して、一体どこから材料の高品質な鉱石や砥石を仕入れるつもりだッ!」
這うようにして後ずさる使者が叫ぶと、バド親方は喉の奥から「フンッ!」と豪快な息を吐き出し、冷ややかに笑い飛ばした。
「ハッ、鉱石だと?工具だと?笑わせるんじゃねえよ!」
バド親方は腰のベルトから、ズシリと重い一対の高級鋼製ツルハシと、見たこともない滑らかな肌理を持つ海外製の砥石を引き抜いて使者の目の前に突きつけてみせた。
「港町から極上の砥石や良質な鋼材を届けてくれたのは、誰だと思ってやがる……!ルーカスさんとあのトビーだ!あの二人が命懸けで港町との物流ルートを開拓してくれたおかげで、俺たちはバロンみてえなボッタクリ業者からゴミみたいな工具を高値で買わされずに済んでんだよ!」
「なっ……海外製の砥石だと……!?なぜそんな代物を、あんな弱小商人が……!」
「あんたらのように数字と金しか見てねえ薄汚い目に、俺たちの仕事の価値がわかるわけがねえ!」
若手職人の一人が前に躍り出て、炭の汚れがついた胸元を拳で叩きながら怒声を浴びせる。
「ルーカスさんはな、俺たちがどんな鋼を打ちたくて、どんな道具に飢えてるか、一人ひとりの作業場を回って声を聞いてくれたんだ!トビー君だって、俺たちの重い製品を『任せてください!』って汗を流して運び出してくれた!俺たちの誇りを一番大切にしてくれたのは、あの二人なんだよッ!」
「そうだ!バロン商会の安買い叩きなんざ最初からお断りだ!」
「粗悪な材料を押し付けて俺たちの魂を売り渡させる気か、失せろッ!」
職人たちの怒号が、鍛冶場の火花とともに地鳴りとなって使者の全身を打ち据える。誠実な日々の仕事によって積み上げられてきた『信頼』と『実績』。そして何より、ルーカスたちが命懸けで繋いだ直販・直輸入のネットワークは、巨大な資本の圧力を完璧に突っぱねる、決して折れない強靭な刃となっていた。
「ひ、ヒィィッ……!覚えてろよ、後悔しても知らんからなッ!」
使者は尻餅をついたまま必死に砂利を這いずり、泥まみれになりながら蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
「ハハハッ、見ざまぁねえ!おい野郎ども、ルーカスさんが次に来た時に最高の武具を渡せるよう、今日もガンガン鉄を打つぞッ!」
「「おーっ!!」」
激しい金属音が再び村中の谷間に響き渡り、職人たちの誇りと情熱の炎は、昨日よりも赤々と激しく燃え上がっていくのだった。




