第28話
──ドゴォンッ……!!──
暗闇の街道に、魔導師の放った青白い衝撃波が炸裂する。足元の砂利が激しく跳ね、熱を帯びた風が頬をかすめた。
「ぐわあぁっ!?」
セシルの合流と同時に繰り出された一撃は、初手から冒険者たちの圧倒的な制圧力を生み出していた。
「ひるむな!たかが四人だ、包囲して潰せッ!」
顔の半ばに古い火傷痕を張り付かせたゴドウィンが、喉を潰したような怒号を飛ばす。手下の男たちが死角からルーカスとトビーを狙って踏み込んだ──その瞬間。
──シュバッ……!ヒュッ……!──
頭上の葉擦れを裂き、間髪いれずに放たれた二本の矢が夜気を切り裂く。矢はわずかな狂いもなく、飛びかかろうとしたゴロツキ二人の手首を穿ち、握りしめていた短剣を冷たい地面へと弾き飛ばした。
「うぎゃあぁっ……!?」
「逃がさねえよ!前衛だけにいいカッコさせられるか!」
黒い枝葉が重なる樹上から、弓手の鋭い声が降ってくる。その余韻を断つように、後方から魔導師の短杖が青い燐光を撒き散らした。
「『ウィンド・スラスト』!」
荒い気流が足元の悪い断崖の縁を舐め、踏み込みバランスを崩した男たちの足をすくい上げていく。次々と体勢を崩し、転倒する巨体が地を打つ鈍い音が響いた。
「な、なんだこいつら……っ!駆け出しのくせに、なんでこんなに連携が取れてやがる……!」
「連携だけじゃねえ……!こいつらの武器、刃こぼれひとつしてねえぞ……っ!?」
ゴロツキの男が自分の剣の欠けた切先を見つめ、ひきつった声を漏らす。セシルが握る大剣の峰には、かつてルーカスとトビーが『格安』で、いや二人の確かな手ざわりの信頼とともに届けた一級品の砥石と手入れ油の気配が微かに残っていた。日々怠らずに手入れされ、二人の誠実な仕事が染み込んだその一刃は、乱雑に扱われたゴロツキたちの粗悪な剣を真っ向から受け止め、甲冑の継ぎ目を容赦なく叩き伏せていく。
「当たり前だろ……!俺たちの命も、この鋼も……全部ルーカスさんとトビーが繋いでくれたものなんだよッ!」
セシルは大剣の柄を握り締め、荒い息を吐き出しながら立ちふさがる大柄な男の盾ごと胴を薙ぎ払う。
「お前らみたいな金でしか動けないドブネズミに、俺たちの武器を折れると思うなッ!!」
「おっしゃあッ!押せ押せーっ!」
後方からの槍使いの鋭い突きと、セシルの旋風のような斬撃が、ゴロツキたちのいびつな陣形を完全に押し潰していく。火花が夜の闇に散り、苦悶の悲鳴と重い金属音が黄昏の街道にこだました。冷たい殺意に満ちていた断崖の闇は、託された刃を振るう冒険者たちの熱を帯びた足音に踏み荒らされ、音もなく静まり返っていくのだった。
──ガキンッ!ドサッ……!──
激しい交錯音とゴロツキたちの悲鳴が響き渡る街道の渦中。セシルたちが怒涛の連携で敵の包囲を押し返している僅かな隙に、ルーカスは痛む脇腹を押さえながら、崩れかけていた体を必死に起こした。
煤けた空気を肺に押し込み、震える手を伸ばす。ルーカスは怯えるでもなく硬直するでもなく、目の前に佇む少年を引き寄せた。
「ルーカス……さん……」
見上げるトビーの輪郭が、月明かりにぼんやりと滲んでいる。額から滴る汗が土埃と混ざり合い、頬に黒い泥の筋を描いていた。膝が裂けた衣服の隙間からは生傷が覗き、滲んだ赤黒い血が砂利を汚している。荒い息が肩を上下させ、肺の奥から絞り出されるような乾いた喘ぎが漏れていた。街中の集配をすべて終わらせた直後、この南門の外、断崖の難所まで──どれほどの恐怖と痛みを飲み込んで駆け抜けたのか。
「トビー……足を、傷を見せろ……っ。一体、何を考えて……!」
ルーカスの声帯がこわばり、掠れた響きだけが夜気に溶ける。ガルドの工房で職人が呟いた「青ざめた顔で手押し車を預けて走り去った」という気配の正体が、目の前の凄絶な姿となって突きつけられていた。任された荷物を安全な場所へ押し込み、役割を完遂した上で、迷宮都市の迷路を縫って冒険者を探し出し、この死地に滑り込ませたのだ。
「ルーカスさん……よかった……っ。無事で、本当に……っ!」
トビーの瞳孔が揺れ、せきを切ったように大粒の雫が頬を伝う。極限まで酷使された筋肉の疼きも、底冷えする夜気も、喉を焼き切るような渇きも、視界の端から消え失せていく。ただ目の前に、生きている相棒の体温があるという事実だけが、少年の細い骨組みを支えていた。
「ばか野郎……本当に、救いようのない大馬鹿野郎だ、お前は……っ!」
喉の奥から押し上げられるような叫びとともに、ルーカスはトビーの小さな身体を胸元へ強く引き寄せ、その背を抱きしめた。硬い革鎧の冷たさの向こうで、確かに脈打つ鼓動が伝わってくる。ルーカスの目尻からも熱い液体が溢れ出し、トビーの泥にまみれた髪の毛を濡らしていった。『荷物運びの足手まとい』と冷笑されていた少年。自分が路地裏で拾い上げ、共に街道の泥を踏み締めてきた相棒。その細腕が、今夜の冷酷な罠を打ち砕いたのだ。
「ありがとう、トビー……。よく、走り切ってくれた……お前は俺の、最高の相棒だ……ッ!」
「うん……っ!うん……ッ!!」
ルーカスの大きな手のひらが頭頂部を包み込み、抑えきれなくなった感情がトビーの幼い声を震わせる。泥にまみれた背中がしゃくり上げるたび、二人の間に通う熱量が夜の闇をわずかに押し広げた。
背後では、セシルが大剣を掲げ、逃げ惑うゴロツキの最後の一人をねじ伏せる重い金属音が響き渡っていた。
──ドサッ……!ガタガタッ……ッ!!──
「う、うぎゃあぁぁッ!頼む、助けてくれぇっ!」
惨叫が夜の静寂を切り裂く。セシルの一閃によって武器を打ち砕かれ、完全に戦意を喪失したゴロツキどもは、クモの子を散らすように逃げ出そうとした。だが、それを逃すセシルたちではない。樹上からの寸分の狂いもない射撃と、足元をすくう魔法、そして前衛の怒涛の追撃により、最後の一人に至るまで完璧に捕縛された。
月明かりが雲の隙間から差し込み、白日のもとに晒されたのは、地面に一列に組み伏せられたゴロツキたちの姿だった。麻縄で厳重に縛り上げられ、へたり込む男たちの中に、顔の半ばに深い火傷痕を張り付させたゴドウィンが転がっている。
「くそっ……!離せ!離しやがれッ……!俺たちを誰だと思ってやがる!」
地面になすりつけられた顔を歪め、ゴドウィンが血走った目でセシルを睨みつける。
「静かにしてな。お前らが誰だろうと、街道で人を襲った時点でただの犯罪者だ」
セシルは冷ややかな目で吐き捨てると、長剣の先でゴドウィンの胸元を不器用につつく。重みのある懐から、ジャラリと重厚な金属音が響いた。
「おい、ちょっと持ち物を改めさせてもらうぞ」
「や、やめろ!触るなッ!」
暴れるゴドウィンを槍使いの男が足裏で力任せに踏みつけ、セシルが懐から分厚い皮袋と一枚の折りたたまれた羊皮紙を引っこ抜いた。皮袋の紐を解いた瞬間──夜の闇の中で、ギラリと鈍い光を放つ金貨がざらざらとこぼれ落ちる。
「これは……ッ!?」
ルーカスが息をのんで見下ろした。落ちた金貨の表面には、羽を広げた一頭の鷲と、不気味に装飾された大文字の『B』の刻印──迷宮都市ヴァルハイトでも有数の大商会、『バロン商会』の特製証がくっきりと浮かび上がっていた。さらに、セシルが羊皮紙を広げ、足元のカンテラの光にかざす。そこには乱暴な文字で、明確な殺害手順が書き連ねられていた。
『本日夕刻、南門を出るルーカスの荷馬車を断崖の曲がり角にて襲撃せよ。事故に見せかけて馬車ごと谷底へ突き落とすこと。完了後、残りの報酬を支払う。──バロン商会ヴァルハイト支店』
決定的な、動かぬ物証。
「ガストンの奴……!ここまで露骨な襲撃指示書を残していたとはな……!」
セシルが奥歯を噛み締め、眉間を深く寄せる。買収や価格破壊の圧力だけではルーカスたちを潰せないと焦ったバロン商会は、裏社会のゴロツキに大金を握らせ、物理的に抹殺しようとした。この指示書と金貨は、彼らが手を汚した絶対的な動証だった。
「ひっ……!それは……俺はただ、頼まれただけで……ッ!」
ゴドウィンの顔からスーッと血の気が引き、土気色の面構えへと変わっていく。
「言い訳は商業ギルドと衛兵隊の前で聞いてもらうさ」
ルーカスがゆっくりと歩み寄り、ゴドウィンの前に立った。その瞳孔の奥には、怯えも迷いも消え失せ、ただ静かで冷徹な正義の光が宿っている。トビーもルーカスのすぐ隣に立ち、泥だらけの手で『記号メモ帳』を固く握りしめた。
「僕たちの道を……誠実に荷物を待っている人たちの想いを、力づくで踏みにじるなんて、絶対許さない……!」
「けっ……調子に乗りやがって……!証拠があったところで、相手は大商会バロンだぞ!?お前らみたいな弱小商人と小僧が挑んで、勝てるわけが──」
「勝てるさ」
ルーカスはゴドウィンのうめき声を静かに遮り、振り返ってトビーの細い肩を強く抱き寄せた。
「俺たちには、この街で誠意を積み重ねてきた仲間がいる。命を預け合える冒険者がいる。そして……この道を命懸けで繋いでくれた、最高の相棒がいるんだ」
冷たい夜風が吹き抜け、カンテラのオレンジ色の光が、強く結ばれたルーカスとトビー、そして冒険者たちの確かな足元をあたたかく照らし出す。陰湿な暗殺計画は粉々に砕かれ、反撃の鍵となる絶対的な証拠は握られた。物語は、この勢いのまま村々へ、そして決戦の場となる商業ギルドへと突き進んでいくのだった。




