05. 兄王子が白目剥いてます
日がだいぶ傾き、夜が始まった。
大慌てで王都の視察――馬車から民衆に手を振ったくらいだが、それを終えて即王宮へ戻り、家族の夕食にふさわしいデイドレスに着替えはじめる。
ドレスの色は淡いピンク、胸元には控えめな刺繍がわずかにきらきらと光り、袖は3分丈のパフスリーブになっている。先月お父様が新たに贈ってくださった、とてもお気に入りの一着だ。
侍女に髪をハーフアップにしてもらい、エレノア姉さまに貰った花飾りをつけ、さらにお母様からいただいたティアラの中から、最も小ぶりのものを頭に載せる。
さらにさらに、兄さま方にいただいた真珠のネックレス、赤の宝石のついた細い指輪、同じ色合いのブレスレットを身に着け、よし、準備完了だ。
なんだかただの晩餐には豪華すぎるように思えるが、クラリスはいつもこのような恰好になるのだ。
せっかくいただいたものを身に付けたいし、そうしてクラリスが現れると家族みんなが喜んでくださる。まさに一石二鳥である。
ミレアと騎士を連れ、王族居住区の中にある、家族で食事をとるためのファミリーダイニングへと向かった。
2~30人は入れそうな広い部屋に、高そうな石でできた長方形の食卓。頭上には大きなシャンデリアがあり、大きな窓からは城1番の庭園が見える。きらきらしたこの場所が、クラリスは小さな頃から好きだった。
一呼吸整え中に入ると、そこには3番目の王子である、レオノルド兄さまが座っていた。
すかさず、クラリスは大きな声で挨拶をする。
クラリスはお喋りが大好きなので、一秒でも早く話をしたいからだ。
「こんばんは、レオノルド兄さま。無事のご帰城、嬉しく思います!」
「ああ、クラリスもお疲れ様。いい土産を持って帰ったからな、明日のティータイムにでも届けさせよう」
「わ、ありがとうございます兄さま! 今回はええと、たしか北部の領主会談と国境の視察、でしたよね。ということはまさか……?」
レオノルドはニヤリと顔を歪め、びしっとクラリスへ指差しをきめる。
「そうだ。お前の大好きな――モモンチョスだぞ」
「うひょー! 兄さま、大好き!」
モモンチョスは、北部のそれも一部の山脈の麓でしか取れない超貴重な果実を贅沢に使い、さらにそれを凍らせて作られたスイーツだ。
生産できる場所が限られ、凍ったままの運搬が極めて困難なことから、現地でしか食べられない幻のスイーツとなっている。
クラリスがまだ4つくらいの頃、北部の領主が王宮に来た際に献上され、食べた瞬間それはそれは喜び、なくなったことに絶望して三日三晩泣いたらしい。
それからは、兄さま姉さまが北部に行った際、こぞって持って帰ってくるようになった。それでも、仮にも王族の権力と財力をもってしても、年に1回手に入ればいい方なのだから、幻の名は伊達じゃない。
クラリスが大喜びしていると扉が開き、エレノア姉さま、エリアス兄さま、そして第二王子のアルドリック兄さまの順番で部屋に入ってきて、それぞれが席についた。
「あらクラリス、何かいいことでもあったの?」
「エレノア姉さま! それにエリアス兄さまにアルドリック兄さまも、皆さまごきげんよう! なんとレオノルド兄さまがモモンチョスをくださると言うのです、ああもう、私はなんて幸せ者なのでしょうか」
「あー、今年の初モモンチョスはレオノルドに取られましたか。やったな、レオノルド」
「当然です、そのために流通も整えたし、山で途切れた街道も繋げました。まったく、政務のいい勉強になりましたよ」
「僕も、皆さまに簡単な南部土産を用意したのですが……霞んでしまいますね」
「アルドリック兄さまは南部ですか! お疲れ様です、どのようなものですか?」
「ん、まあ、せっかくだからお楽しみってことで。それぞれ明日にでも、届けさせます」
兄弟5人が揃い、なんとも騒がしい部屋になった。
しばらく会話を楽しんでいると、遅れてお父様とお母様も来た。
ここは家族水入らずの場なので、全員で起立して出迎えたりもしない。ただ笑顔を向け、次々と話しかけていく。
「父上、母上。不肖レオノルド、北部ヴァルディス領の公務から戻ってまいりました!」
「うむ。ご苦労であったな。ああ、モモンチョスはどうだ、持って帰れたか」
「はっ! 無事、7つ持ち帰りました。明日にでも、皆さまのところへお届けいたします」
「くっ! 次こそ、次こそは僕が持ってきますとも!」
「アルドリックは前回運び途中で溶かしちゃったからなあ」
「しっ! ですよ」
「もう、エリアス煽らないの」
父はがっはっはと豪快に笑い、兄弟たちは惜しみない賞賛を送る。
そうして王が座ると、すぐに次々と食事が運ばれてきて、明るいアルディア王族たちの晩餐が始まった。
晩餐を終え解散したあと、こそこそとクラリスの私室に来る者があった。
公務から帰ってきた第二王子のアルドリック、第三王子のレオノルド。
手紙には後日、と書いてあったが、おそらく何かただ事ではないことを察したのだろう、すぐに来てくれた。
クラリスが何やら連日悪だくみをしているという噂が耳に入ったのか駆け付けた侍女長の『本来ならこのようなこと!』から続くお説教を聞き流したあと、普段真面目な兄さま方が丁寧に頭を下げ頼むと、すんなりと下がっていったのだ。兄さま方は本当に頼もしい。
これが信頼の差ってやつ。私ったら、歳の割にはいい子だと思うのだけれど。
まあいいや。
気を取り直して、さっそく秘密の会議だ。
「アルドリック兄さま、レオノルド兄さま、お越しいただいてありがとうございます。それでは……第二回、王族会議を始めます!」
「はい……王族会議?」
「おおー!……第二回なんだ?」
2人とも顔に疑問が浮かんでいる。
すぐさまクラリスは、昨日と同じように話をして、領地のリストも出した。
途中からふざける雰囲気は一切なくなり、皆真剣な表情になる。
トドメにクラリスにはあと6日の猶予しかないことを伝えると、レオノルドの表情が一気に固くなった。
「……それは、本当か。とんでもないな。父上がそうおっしゃったのか?」
「はい。あ、ちなみにエリアス兄さまとエレノア姉さまにも昨夜同じ話をしております。お父様たちは王位を誰に継がせるか見極めようとしているのだと、私は端から数に入っていない故こうした温情措置がとられているのだという理解です」
部屋には沈黙が走った。
レオノルドは頭を抱えてなにやら呟きを漏らしているし、アルドリックに至っては口をぎゅむっと閉じて考え事をし、そのまま白目を剥いてしまった。
ま、そうなるのも当然。
こんなあまりにも突拍子のない一大事、脳が話を受け入れるのにも時間がかかるというもの。
しばらく待ち、少しずつ口を開いたレオノルドとアルドリックだが、どんどん口数が増えていき最終的にはああでもないこうでもないとクラリスの領地について大激論を始めてしまい、なだめるのが大変だった。
第二王子アルドリック、そして第三王子レオノルド。
2人はそれぞれご公務でよくアルディア国東部と西部を任されており、特にアルドリックは他種族の住むエルヴァルド大森林にてうまく現地人と関係を築き評価され、レオノルドは東部・西部に跨る大街道を整備したことで名を上げた。
最近その功績が称えられ2人とも側近――専属の文官が1人追加されたのだった。
ちなみにクラリスには1人もいない。やっぱり兄さま姉さま方はすごい。
まあなんだつまり、王になる器、みたいなものは兄弟みんなが十分持っているのだ。
アルドリックは言う。
「クラリス、西部だよ。今は情勢的に北部が不穏で、東西に伸びる各国は手を取り合っている。今なら友好的な関係を築きやすい、すぐに大手柄がとれて国中に名が轟くことになるよ」
レオノルドは言った。
「いいやクラリス、余計なことは考えなくて良いぞ、南部のどちらかを選べば堅い。平和で食糧豊富、海に面していて美食が集まる。あそこの地方政務官は昔東部にいて顔見知りなんだ。すぐに手紙を飛ばす、現状を聞いてみるか?」
「南部は水運のトラブルが多いし、なんだかんだ危険じゃないか。人が多い分、悪い奴も集まってくる。この前なんてほかの国の盗賊団が摘発されたばっかりだしさ」
「国の境なんてなにかあれば戦火の真っただ中ですよ。今は北部が緊張状態ですが、西部もそうなる危険は常にあります。なんなら東部はどうです。アルドリック兄さんが大森林の民と協定を結んだので、大きな危険はないのでは?」
「ああー……大森林の民は派閥が多すぎて、全てと手を取り合うのは現実的じゃないんだ。一番大きな組織とは書類の上では手を結んだけどね、実態はなかなか、向こうからしたらほっといてくれって感じみたい」
兄さま2人はうんうんと悩んでいる。
いやまあ嬉しいけども、ご自分たちのことは一切触れずクラリスの行く先を延々と語り合っている。
そしてまたヒートアップしそうになってきた。ここらでクラリスからの質問を入れておこう。
「アルドリック兄さま、レオノルド兄さま、おふたりともたくさん考えていただいてありがとうございます! 今はオルセリオ公爵家のフィオナに頼んで少しでも情報を集めてもらっているところですので、まとまり次第またご相談させてください。それであの、今後の方針を決めるためにも、お教えいただきたいのです――アルドリック兄さま、レオノルド兄さまは、王になりますか」
昨日に引き続き、重大な、クラリスにしか聞けないこと。
2人はまた驚いた顔をしたが、すぐにいつもの柔らかな表情に戻り、クラリスにどちらからともなく話し始めた。
謁見の日まで、あと6日。




