02. 王女の決心
あれから数刻の間楽しい話し合いの場が続いた後エリアス兄さまとエレノア姉さまを見送り、今は侍女たちに片付けをしてもらっているところだ。
「……これから、どうしよっかなぁ」
さすがのクラリスも疲れて、ベッドにぽすんと横になった。
お父様からお話を聞いた時は無邪気に喜んでいたが、考えれば考えるほどとんでもない事態なのである。
だって普通、ただこれから住む家を決める時でさえもっと時間をかけるものでしょう。
それがなんと、その土地のトップに君臨するというのだ。
本当なら各候補地をたっぷり1週間ずつくらいは見ておきたいし、兄さま姉さま方とああでもないこうでもないと心ゆくまで話し合った後に決めたい。
……いやもう、決まっているものは仕方がない。
きっとお父様方にもやむを得ない事情とかタイミングとかがあるのだろう。
というかあれだ、最近思いついただけなのかもしれない。本来先に知ることもできず適当に割り当てられるだけだったクラリスに、こうして選択肢ができただけありがたいと思わねば。
よし! こんな時こそ、前向きにいこう。
幸いなことに、クラリスは顔が広く頼れそうな人は多い。
「まずは、地政学の先生かな。土地の資料は絶対持ってる。あとは……王城諜報部の人たち? 会ったことはあるし存在は知ってる、けど使ったことないからどうしたらいいのか分からないな……宰相はお父様側の人間だし忙しそうだし、そもそも中立みたいな立場だから難しいよね。けどまあ、話相手ぐらいにはなってくれるかも。あ、公爵家にも諜報部いるのか、聞いてみよう。あとは――」
思い立ったが吉日。
用意された手紙のセットにすらすらと書き出し、気づけば目の前に手紙の山が完成していた。
宰相や侍女長から始まり国内の貴族令嬢たちに過去にお世話になった教師の面々、果ては地方の懇意にしている農場の主に至るまで、思いつく限り書をしたためた。
さすがに他国の人間や口の回る商人はやめておいた。おそらく国の一大事だもの、そのぐらいの分別はつきます。
クラリスは人間が好きで、お喋りもお手紙も大好き。
今までたくさん繋いできた人脈、今ここで頼らせてもらおう。
間違っても王になる気はない。
兄さま姉さま方を立てるのはマストで、でもそれで自分が苦境に立つのも違う。
自分に力などないのはよく知ってるから、周りの力を借りる。
それが私の唯一の選べる道だ。
クラリスはそこまで考えると、ふうっと息を吐いて目の前の手紙の山から視線を外し、軽く伸びをした。
もう夜も遅い。普段ならとっくに寝ている時間。
だけどなんだか、心がざわざわしている。
近くにいるミレアに声をかけてみた。
「ああもう――ねえミレア、相談乗って?? 作戦会議しよ作戦会議」
「はい、私でよければ」
まずはいつも一番近くにいてくれる専属侍女ミレアと、今後の立ち回りを話し合おう。
……いや違う、なんでもいいから話を聞いてほしい!
女子会だ女子会。今夜は寝かせないぜべいべー。
さてそれでは聞いてください。
「う……うわああんもうどうしたらいいの――っ!!!」
「……殿下、大丈夫です。ほら、ぎゅーしましょう?」
優しくミレアに手招きされ、クラリスは言われた通りにその腕の中に収まる。
あったかい。
溢れ出る不安やぐちゃぐちゃな感情が、すーっと小さくなるのを感じる。
うう、落ち着け、私。
何も他国に嫁がされるわけじゃない。少なくともミレアはずっといてくれるし、悪い方に進むと決まったわけじゃない。
もしかしたらすっごいいい領地で、領民に恵まれて、楽しく明るく暮らしていける未来がすぐ先に待っているかもしれない。
だけど、でも、だって。
抱きついたまま、クラリスはぼそぼそと言葉を漏らしていった。
「うん……ミレア、あのね、私うまくやれるかな? これが決まったらさ、兄さま姉さま方ともお父様お母様とも離れ離れになってしまうんだよね……? そりゃあさ、いつまでも王城でみんなで仲良く暮らすなんてできないのは分かってたけど。でもだって、やっぱり、寂しいよ……」
「……ええ、突然すぎるし、そう思うのは当然だと思います。でも殿下、なにもずっと領地にいることはないと思いますよ? 特に殿下のようにお若い方なら、なんの後ろめたさもなく堂々と、領地は代官に任せて王城で暮らすのが普通だと思います。まあ……ご兄弟方は実績のためにも領地でばりばり過ごされるのでしょうね。ああそうしたら、領地視察の名目で会いに行けばいいのですよ。今までも皆さま方ご公務でよく地方に行かれて会えなかったでしょう、あれの逆です。今度は殿下が、会いに行く番です」
優しく促され、ベッドに腰かけたミレアに膝枕する形になった。
小さい頃にされたように頭をぽんぽんと触られて、すこしくすぐったい。
だんだん気持ちよくなって、瞼が重くなってきた。
「そっか、うん、そうだよね。今だって別々の場所で頑張ることの方が多かったし、同じ国の中だもん、またすぐにでも会えるよね。ああ、私ったら、すぐ不安になっちゃって……ありがとうミレア、きっとうまくいくよね、ううん、ずっと一緒にいてね……」
「もちろんですよ。だから安心して、今日はおやすみなさい」
「うぅん……」
クラリスはミレアの膝の上で、いつの間にか意識を手放していた。
「大丈夫。なんとかするからね、クラリス……おやすみなさい」




