01. 王女と秘密会議
「クラリス。お前もそろそろ、領地経営などに興味が出てきたのではないか」
「はい、お父様」
目の前にはアルディア国の国王、隣には王妃が、玉座から優しい笑顔でこちらを見下ろしている。
通常ならこの謁見の間は「陛下」「王妃殿下」と呼ばなければならないような公的な場所だが、ちょうど宰相が執務室に籠っていて使えなかったため、仕方なしにここで会話をしている。よって今は私室扱い、家族として会話をしているだけなので、その目つきは外行きのものより何十倍も暖かい。
「それでな、お前たちに1人1つずつ領地を与えて、色々な適正を見ようと思ったのだ。なに、難しいことは補佐にやらせれば良い。下の人間の使い方を知るという意味でも、そろそろいい時期だろう」
「は、はい!」
クラリスは情報がうまく呑み込めないまま、訳も分からず元気よく返事をする。
なんだなんだ。何か思っていたよりもずっと重大な話が始まってしまった。
1人ずつに、領地?
宰相からも侍女長からも、そんな話はまったく聞いていない。
「しかしな、クラリスだけ他より若く、知識と経験が少ないだろう。そこでだ、より公平を期すために、クラリスにはどの地を治めたいか先に選んでもらおうと思っている。リストを送らせるから、どの地にするか定め、また後日話を聞かせてくれ。完全にお前の希望通りになるかは分からないが、なるべく意見を聞こう」
王は、家族の前でしか見せない柔らかな喋りを続ける。
同時に、クラリスの脳みそは、かつてないほど動いていた。
これはつまり、私たち兄弟の中で誰が次の王に相応しいか、実力を見ようということだ。
とんでもない一大事である…………少なくとも、兄さま姉さま方にとっては。
クラリスは王族の末っ子、端から誰も王位を期待してはおらず、つけられている専属従者の数も最低。
1人だけ年が離れていることもあり、最早土俵にすら立っていない。逆に兄弟全員に可愛がられ、ある意味幸せな日々を送っていた。
……この話、もしかしたら、とてつもないチャンスかもしれない。
クラリスには王位を継ぐ気は当然ない。
ならば、王宮の端っこに縮こまっているよりも、初めから自分の領地で思いっきり自由があった方が断然魅力的。
しかも、放っておけば他国の王族や自国の有力貴族と政略結婚させられる身である。この機会に外の世界を歩き回って、自分で納得のいく結婚相手でも見つけ出せたら、希望通りの婚姻も夢ではないかもしれない。
王都に近い土地よりも、思い切って田舎の大領主にでもなろうかな。それか、南の方の穀倉地帯で暖かく暮らすのもいいかもしれない。西は隣国と仲が良く交易が活発なので、異文化が入りやすい。そこで流行の最先端を走るのもあり。
ああ、なんという僥倖だろうか。
お父様の気まぐれか、王国議会のお偉いさんが言い出したのか。
もしかしたら、王位を継げないクラリスがくいっぱぐれないよう領地をという、最大級の優しさかもしれない。
どちらにせよ、まさかこんなチャンスが降ってくるなんて。
突然降って湧いた希望が胸を満たし、思わずにっこりと口が弧を結んだ。
「かしこまりました、それではまた後日、改めて参ります」
「うむ。話は以上だ。期待しておるぞ」
「はっ。お父様、お母様、失礼いたします」
「それではね、クラリス。暖かく過ごすのよ」
「はっ! お母様も、どうぞご自愛くださいませ」
「ああそういえばクラリス、商会が来てるからな、新しいドレスでも選びなさい」
「はぃ! とても楽しみです! いつもありがとうございます!!」
ううん、いつも帰るタイミングが難しいんだよ。
王族である以前に、娘として、家族として愛していただいているのだろう。優しいお言葉が止まらず、返事をしないわけにもいかず、ちょっと困っちゃう。
和やかな雰囲気の両親を背に、最後まで声を掛けあい都度振り返りながら、ついに謁見の間を後にした。
荘厳な扉を出てしばらく歩いたのち、クラリスはついて歩いている専属侍女のミレアに声をかける。
「ねね、ミレア」
「はい、殿下。どうされましたか」
「兄さま姉さまたちに手紙を書こうと思うの。準備してくれる?」
「かしこまりました。すぐにお部屋に手配させます」
「よし、ありがとう!」
なんてことはない。兄弟と相談してはいけないなんて言われていない。
今夜、王の子たちで秘密会議を開こうじゃないか。
きっとこんなに浮足立っているのはクラリスくらいのものだろうけれど。
兄さま姉さま、めちゃめちゃ驚くだろうな。
それもまた、楽しみだ。こういう少しいたずらめいたことも、末っ子の得意分野なのだから。
日没後少し経って、時刻塔から宵を知らせる鐘が鳴った頃。
クラリスの私室には、第一王子のエリアス兄さまと、第一王女のエレノア姉さまが来ていた。
第二王子と第三王子は明日の予定が早いのでまた後日、という返事をもらった。
全員揃わないのは残念だが、まずは2人だけでもと、こうして集まったのだ。
部屋のドアはわずかに開けられ、外にはそれぞれの護衛騎士が2人ずつ待機している。
もちろんクラリスの騎士もいるので、人口密度が高いというか、ちらっと見えた廊下はかなり気まずそうな空気が漂っていた。
部屋の中には、クラリスの侍女であるミレア1人。ここから続く部屋が2つあり、そちらにもそれぞれ侍女たちが待機しているらしい。なんとも厳重だが、一応、話が聞こえてしまうのはミレアだけとなっている。
王位継承権を持つ者は、通常は同じ場所にいてはいけない。万が一命を落とすような事態が起きた時、まとめて死んでしまう危険があるため、と教わった。
が、ここは王城の中の、クラリスの私室。ほかの場所に比べれば危険はないし、そもそもただの末っ子のわがままなので、騎士たちにも目を瞑ってもらっている。
見つかると、宰相や家庭教師たちに大怒られするんだけどね。もちろん過去に実証済み。
ミレアは涼しい顔のまま慣れた手つきで紅茶を入れ、3人の前に出した。
湯気が立ち昇り、たちまち部屋がいい香りに包まれる。
正式な場では立場が上の兄さま姉さまから口をつけるのが鉄則だが、ここは私室、毒見もいないので、一言断りを入れてから、クラリスが先陣を切ってすっと飲む。
鼻に抜ける香りは鮮烈なフルーティさで、これはたしかこの前商人からやっと買い付けることができた東部の大森林でのみ生産される珍しい一品。なかなかお目にかかれない、まさに今この場にふさわしい一杯。あとでミレアを精一杯誉めなければ。
クラリスは思わずほぅっと息を漏らし、鼻腔に残る優しく華々しい香りを堪能して、はっと気づく。
自分は毒見役、すぐに兄さまと姉さまにもお勧めせねば。
慌ててどうぞどうぞ、と合図すると、それを見て2人はくすりと笑い、素晴らしく洗練された所作で口をつけ、一呼吸おいて花開くように微笑んだ。
やっぱり、美味しいものは大好きな人と共有するのが1番嬉しい。美味しい、ありがとうクラリス、と感謝の言葉まで頂戴できて、クラリスは感無量です。
ああ、見れば見るほどに美しい、王族の鑑のような方々だ。
この国の王族に多くみられる絹のような銀髪がふわりと流れ、兄さまと姉さまの深い紺の双眸が優しくこちらをとらえる。
ええはい、お待たせいたしました、ここからは私のターン。
クラリスは軽くお辞儀をすると、さっそく切り出していった。
きりっとした表情でカッコ良く、公務で目にする宰相のように冷静な喋りを意識して。
「こほん。えー、エリアス兄さま、エレノア姉さま、本日はお集まりいただきありがとうございます」
「お、おお……なあクラリス、またなんか悪いこと考えてるわけじゃないよな?」
エリアスは困ったような、わずかに呆れたような表情でこちらを見ている。
「大丈夫ですよ兄さま! こっそり集まっていること、騎士たちがバラさなければいいのです。それに今回は、リスクに見合ったとっておきの情報を披露いたしますよ!」
もっと困った顔で、エリアスとエレノアがくすりと笑いあう。
その横顔は絵画の中のように美しく、兄弟ながら何度見ても見惚れてしまいそう。
2人を見てほくほくしていると、エレノアが「ほどほどにね」とクラリスの頭を撫でてくれた。
おっと、呼びつけたのは私だ。しっかりとリードしていかねば。
「えー第1回! 王族会議!」
「お、おー?」
「ふふ」
「本日お昼、わたくしクラリスは、お父様とお母様とお話をしてきました。内容は、兄さま姉さま方にもとっても関係のあることです。事情により私にだけ先に情報をくださったのですが、それをすべてお見せするので相談に乗っていただきたいのです」
そうしてクラリスは、昼に話した内容を全て伝えていった。
途中から、2人の表情は愕然としていた。
くぅぅ! そう、これこれ、この顔が見たかったのです。
普段見られない表情に、いたずらが成功した時のほくほくした気持ちが沸き上がり、大満足である。
あ、もちろんきちんと中身を話し合うのが主目的ですから、ここからは真面目にいきます。
一呼吸おいて、2人は最初とは打って変わって真剣な表情で聞いてきた。
「クラリス、それはたしかなのか。父上は、私たち全員にと?」
「はい、エリアス兄さま。実際に、領地候補のリストもいただきました」
「それは……大変なことね。誰が王になるか、これで決まるということかしら」
「私もそう思いました。なので、1人で勝手に決めることができず、こうして相談という形にさせていただいたのです。私が選んだ領地は皆さまが選べなくなりますし」
そう言いながら、さっそくリストを懐から取り出して目の前に差し出す。
2人は身を乗り出し目は釘付けになり、すぐにぽつりぽつりと口に出して確認しはじめた。
「候補はすべて王領と……ああ、ここは新規でアルディア国領となる果ての地か。ううん、なるほど……」
「南部はローゼルとベルシアと、あら西部の辺境伯領近くまでありますわ。北部もこんなに。王都近くの小領地ではなく、本当に大きく割譲するおつもりなのね……わたくしたちも場所は選ばせてもらえるのかしら。それとも、父上がお決めになるのかしら?」
兄さま姉さまと一緒に地図を覗き込みながら、クラリスは昼のことを振り返る。
「そうですね……どちらとも取れますが、『先に選んでもらう』とおっしゃっていたので、選べる可能性はあるかと。もし私だけならば、『お前には選ばせよう』とかそういった言い方をされるかな、と思いました。ううん、もちろん私の勝手な憶測でしかありませんが……」
「なるほどな。それでクラリスは、いつまでに返事を出すんだ?」
「宰相からは、1週間後に再びお父様と謁見を、と聞いております」
その言葉を聞き、2人は再び驚いた表情をする。
「それはまた、じっくり調べる猶予もないのか。父上は何を考えておいでか……何か早急に、王座を受け渡さねばならぬ事態に陥っている……?」
「私も一瞬邪推をしてしまいそうでしたが、お身体も元気そうでしたし、なにより、なんというか……心から楽しみにしておられる感じがしました」
王も周囲も異変は無く、重大な病気とかではなさそう。
おそらく、実益――適正を測りたい、そろそろ領地を、に加えて、子供たちの成長が見たいのだろう。
だが、このような一大事を決めるには1週間はたしかに短すぎる。
クラリスは王位には関係がないので、お父様からすればお遊びのようなものかもしれないが……ここで自分の将来が決まるのだ。絶対に間違えるわけにはいかない。
そしてまた、実績の出しやすそうな良い領地は、本気で王位を狙う兄さま姉さま方にお譲りするべきだとも思うのだ。
あとは、絶対に聞いておかねばならないことがある。兄弟たちの中で、これを聞けるのはクラリスしかいないだろう。
「単刀直入に聞きます。エリアス兄さま、エレノア姉さまは、王になりますか」
2人は顔を見合わせたあと、クラリスの目をしっかり見て、静かに話し出した。
この日の秘密の会議は、時折笑いも混ざりつつ、夜遅くまで続いていった。
謁見の日まで、あと7日。




