11. せっかくだしさ
クラリスはリゼルの泊まる迎賓館に来ていた。
迎賓館はクラリスの持つ白百合離宮と似たような規模と構造で、一国の王女が泊まるのにふさわしい場所だ。
このことは急遽決まったため侍女長は泡を吹いて倒れそうになっていたが、白百合離宮の侍女たちを貸し出すことでどうにか回したらしい。
侍女長に感謝され、クラリスはほくほくだ。貸し1ってやつだな。
そして現在クラリスは、リゼル殿下と騎士のダグ、侍女が2人にクラリスの騎士が2人のこじんまりとしたメンバーと共に、迎賓館の2階、私的なスイートルーム内のサロンでお茶をしていた。
1階にもサロンはあるのだが、お堅い雰囲気の場所で話をするのは嫌だと言い、この場所へ移動してきた。
「クラリス殿下は、あまり動揺なさらないのですね」
なんだかんだ長時間一緒にいたからか、リゼルはクラリスと共にいる時はいい意味で力が抜けるようになったと思う。
ティーカップを揺らし香りを嗅ぎながら、こちらを気遣うように目線を向けられた。
「うーん、たしかにそうですね、あんまり実感がないというか……兄さま姉さま方のお役に立てるなら喜んで! って感じです。王族って本来、そんなものじゃないですか。自分の意思など関係ない、国のため民のために動かされる存在だと思っているので」
「ええ、ふふ、なるほどたしかに。クラリス殿下はとっても現実主義というか、必要以上の悲観はなさらないのですね。とても素敵な考え方だと思います」
「どちらかというと場所の問題ではなく、純粋に家族離れ離れになるのが嫌です。そんなのは放っておいてもいつかは絶対に来るので……私も大人にならなければいけない時期が来たということですね。でもやっぱりまだ子供ではあるので、好奇心みたいなものは強いのかもしれません。なんだか魔法の国の物語を聞いているみたいで、ちょっとこう、わくわくしちゃってる部分はあります」
クラリスが話すと、優しい表情で全てを肯定してくれる。
なんだか、リゼル殿下って見た目は全然違うけど、雰囲気はエレノア姉さまに似ているかも。国王の長女という立場も同じだし。
そんなこと言ったら姉さまに嫉妬されちゃうかな。
それにしても。
リゼルは微塵も不安を漏らさないが、1人で国の大問題を背負って他国に来て、きっと心は悲鳴をあげていると思う。
クラリスしかいない場でくらい、少しでも羽を伸ばしてもらいたいなーなんて思う。
けどそれも、出過ぎた真似なんだろうな。クラリスはもうただの子供とは見られない、リゼルにとっては他国の王族、最も姿勢を正さねばならない相手。
でもでもやっぱり、しんどいなら話聞いてあげたくなるのはしょうがないよね。
「リゼル殿下こそ、あの、ノースラには帰れそうなのですか……?」
事前の連絡なしの訪問、侍女長が迎賓館の人員を普通より長い期間分集めていたこと、アルディアは今ノースラと緊張状態にあること。
たぶん、クラリスの知らないところでたくさんの思惑が動いているのは分かる。
リゼルはクラリスが状況を把握していることに驚いた顔をし、少し眉尻を下げ困ったように笑い、静かに語りだした。
「わたくしはもう、帰れずとも良いのです。元々王宮は居心地が悪かったですし、ゼルスに最も縁深かったのはわたくしですから、どんな罪をでっちあげられるか分かったものじゃなかった。それよりも、アルディアで罪人として捕らえられ話も聞いてもらえなかったり、わたくしの存在が悪い方に働いていきなり戦争でも起こるような事態も十分考えられましたから、まだ良かった方なのですよ。アルディアの王家の方々はみなさんお優しくて、わたくしは運が良かったですわ」
ああそういえば、とリゼルは続けた。
「結局昨日渡しそびれましたわ、クラリス殿下に遺物をさしあげると申し上げたでしょう……ダグ、持ってきてくれますか?」
「はっ」
リゼルに呼ばれ、前と変わらぬノースラの騎士服に身を包んだダグがこちらへ移動し、クラリスを一瞥してから、リゼルに何かを手渡した。
机に置かれ、クラリスの方へと差し出されたのはペンダント――金属製の小さく丸っこいものが先についている、決して美しいとはいえない、謎の物体。
なんだか惹きこまれる不思議な雰囲気はあった。
すごいお宝!キラキラ!みたいなのを想像していたクラリスとしては、なんというか、うん、地味だ。
「殿下は遺物は初めてご覧になるのですよね、こちらは遺物『吸魔球』。読んで字のごとく、魔力を吸収する球です。あの地には魔力が充満し耐性のない者には厳しいという話をしましたが、これがあれば身に着けた1人だけは、魔力による身の汚染を免れます。1つしかない物なので、持たせる人間はよく考えて決めるのが良いでしょう。クラリス殿下、わたくしからの精一杯のはなむけです。どうか殿下が、ゼルスでたくさんの幸せに恵まれますようにと願っております」
クラリスは促されるまま、手にとってみる。
クラリスの小さな手にぴったりなくらい、小ぶりのペンダント。
触ってみても特に変化はない。
魔力耐性のない者1人に渡す。おそらく強い騎士とかを想定しているのかな。
ただ、クラリスが渡すべき人はたった1人、もう決まっている。
そしてこの遺物とやらの価値はまだ知らないが、きっとすごく貴重なものなのだろう。
クラリスは深く礼をする。
「ありがとうございますリゼル殿下、大切に使わせていただきます――――そうだ私、殿下の過ごされたゼルスの話、もっと聞きたいです! えっと、せっかくだしダグさんも一緒に……どうですか?」
「……よろしいのですか」
ダグはリゼルの方をむいて、顔色を窺っている。
さすがに昨日の事件が応えたのか、ダグは過剰にクラリスに丁重な扱いをしようとし、碌に喋ろうともしなくなってしまったのだ。
ほら、もしかしたら一緒に旅をすることになるかもだし。できれば仲良くなっておきたいなーなんて。
「もちろんです。クラリス殿下に失礼があるかもしれませんが……」
「ここは昨日よりもっと私的な場所です。えと、ん、ごほん! クラリス・アウレシア・アルディアの名において、ダグさんのすべての不敬を許します! あっもちろんリゼル殿下も。お話たくさん聞かせてください!」
右手をばっと前に伸ばし、決めポーズ。
んふ、昔エレノア姉さまがやっていて、カッコいい!いつか私も! と思っていたこと、できた。
リゼルは可笑しそうに笑うし、ダグもこっちを見て吹き出した。
その表情は最初に見た時と同じような柔らかさで、よっしゃ、大成功。
そこから2人は、ゼルスの地での話をどちらからともなく始めた。
「はっはっは! ひーおもしろ……ああそうだ姫様、次はこういう話はどうだ――ゼルスの夜は危ないって言われてるの、知ってるか?」
すっかり肩の力が抜ききったダグは、兄さま姉さまが見たら国から追い出されそうな口調でクラリスに話しかける。
クラリスの方が若いからだろう、呼び方はクラリスのことが『姫様』、リゼルのことは『王女様』だ。
部屋にいる騎士はすごい表情で見ているが、特に問題はないので大丈夫だよ、というジェスチャーをしておいた。ダグはそもそも城の人間ではないし、普段こんなラフに話してくる人なんていないから新鮮で良い。
最初の頃は敬語交じりだったけど、もうさっきからすっかりこんな感じ。
「夜……盗賊が増えるとか、ではないんだよね」
対するクラリスももはや友達のような遠慮のなさ。
「もちろん、そんなつまらん話じゃない。ゼルス固有の生き物に『音喰い鳥』と『鳴き笠茸』ってのがいてな。名前の通り、鳥とキノコね。鳴き笠茸は夜に活発になって、周りの音と魔力を吸い込んで傘に溜め込む」
「うんうん」
音を溜め込むってなんですかって感じだけど、ゼルスならまああり得るのだろう。
「溜め込んだ次の日くらいに鳴き笠茸を叩けば、なんかうっすら聞こえるかな? みたいなキノコなのよ。問題は、そのキノコを主食とする音喰い鳥の方。この鳥さ、そのキノコを食べて消化する時、キノコが溜めてた音を何倍も大音量にして吐き出す習性があって」
「夜に溜めた音を大音量で」
えーそんな生態になった意味が分からない。何か他の生物に対してはそれが有利に働くのかな。
……知らない場所の知らない生き物の話聞くの、楽しい!
「そう、夜にうっかり外で歌でも歌おうもんなら、ねえ?」
「うわーなんとなくオチが分かったわ」
「なかなか怖いでしょ。だからゼルスに着いたら、夜は大事な話とかしちゃだめね」
なるほど、機密事項とか話したら次の日大公開されるかもってこと。
人の悪口とか大音量で公開されて、関係が悪化した人とかもたくさんいるんだろうな。そう考えるとなかなかこわいな。
綺麗に話がまとまったところで、横で静かに菓子を摘まんでいたリゼルが急に割り込んできた。
「んもう、ダグ! その話はもう、忘れてください!」
「あ、リゼル殿下のお歌だったんですね」
「ええそうです。ちょうど大事な話し合いの日にわたくしの歌が流れてきて……しばらく顔が上げられませんでしたわ」
「はは、いいじゃねえか。おかげで姫様はもう夜に歌わなくなる」
「……もっと別の話もしてさしあげて」
リゼルは恥ずかしそうにぷりぷり怒っている。
殿下もだいぶ気を緩められたみたいで、よかった。
よし、もっと聞きたいのは事実だし、ほかの話も聞いてみよう。
「うん、ダグさん、リゼル殿下、ほかにもいっぱい聞かせてください! ゼルスの生き物ってここらへんとは全然違ってすごいや!」
「ここらどころか、大陸北部とも生態が全然違うみたいだぞ。魔力の影響かなんか知らないけど、ゼルス固有種っていうのは数えきれないくらいいるらしいし……あーじゃあ次は、『金貨以上の価値を持つ植物』の話ね」
ダグがにっと悪そうに笑う。
金貨って結構価値高い。数枚あれば平民1人を1年間雇えるくらいだもん。
「え、金貨以上? すっごい珍しいとか?」
「いーや、ゼルスだとそこらに生えてる普通の草」
「えっえっ、じゃあ私すぐに大金持ちじゃん!」
「それがうまいことできてんのよ。まあ聞けって。名前はホヨヨ綿、ホヨヨって花が枯れたあと、綿毛っぽいものがたっぷりできる。これは実際は胞子らしいがね。周囲の熱を吸収して、一定温度で永久に保持し続けるみたいな性質がある」
胞子ってたしかキノコだっけ? でもお花を咲かせるんだ。
それで熱を永久に保持……ずっとあったかいってこと!
「……冬とか、ほかほか上着がいつでも着られる!」
「ふはっ。ま、そういうこと。それでこのホヨヨ綿……入手がとんでもなく難しいんだ。怒りとか焦りとかさ、人間なら誰でも持つ時あるじゃん? そういう強い負の感情を持って近づくと、一瞬で綿毛が吹き飛んで枯れるんだよ」
「えーーーすっごい! どうやってそんなの判別してるんだろ、まさか顔つきとかじゃないよね?」
ゼルスの植物って本当に面白い。
悪意を持って近づいてきた人間から離れることで、生存率を上げる戦略だろうか。
摘み取られたり燃やしたりされそうだから? でも枯れてたら意味ないような。うーん、まったく分からない。
「ふふ、それだとダグは一発でアウトですわね……一説には、そういった強い感情はこう、頭の中からなんらかのエネルギーが出ている状態らしいですよ? そういうのを感知しているのかもしれませんね」
「なるほど……ちょっとでもなんか嫌なこと考えたら、消えちゃうんだ。あれ、それじゃあ誰にも使えなくない?」
せっかくのあったかい上着が途中でしょぼしょぼになったら、風邪ひいちゃいそう。
「そう、いいところに気が付くな。ホヨヨ綿は金貨みたいに使うんじゃあない。そうだな、言葉にするなら……信頼を形にして渡せるってこと」
信頼を形に。なんだか素敵な言葉。
「あなたに敵意はありませんよーって?」
「その通りですわ殿下。この綿を現地の民の代表に渡し、民から返してもらえた場合、特別な契約と同盟が結ばれるのです。法律を越えた、なんだろう……家族とか仲間とか、そういう関係ですわね」
「金貨以上って言ったろ。この同盟はただの気持ちの問題じゃない。これができれば魔王に認められ、色んな優遇が得られる。だから皆この綿を特別視する。そして、枯れはてて撃沈していく」
「なるほど? ……魔王?」
なんか聞き捨てならない言葉が聞こえてきたような。
ゼルスの呪いとか噂話に度々出てきた魔王。
え、まさか実在するの? 魔王ってつまり……人間じゃない人が王様やってるってこと?
あれ、というか王様がいるなら私の入り込む余地はないのでは……
クラリスが軽くフリーズしたのを見て、ダグは感慨深そうに言った。
「おう姫様本当に何も知らないんだな、最初のころの王女様を見てるみたいだ」
「ダグ、ひとこと余計ですわよ……大丈夫ですわ殿下、わたくしたちが少しずつお教えいたします。といっても、分かっていないことの方が多いですから、最後はご自身の目で確認してくださいね!」
謁見の日まで、あと2日。




