↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/10

9.地獄の沙汰も法務

 神による律法があり、神の手を離れた人による立法がある。そして罪人が落ちるこの地獄では閻魔大王による法が成り立っていた。ここでは、誰かを裁いたことのある貴方の裁量によって貴方自身を裁こう。

 閻魔大王への謁見を待つ罪人の列は、やっと一歩前に進んだかと思えば最後尾からまた十人伸びるというペースで伸びていた。この列の中には、本来神の国からの招待を受けていたという由緒正しき民族もいれば、誘惑されるままに自然と地獄に辿り着いたという歴史無き者たちも混在している。またある地点では、列が進み、自分の側に血を吸って赤い業火が近づくと、生前には重要事項であった人種と地位をさっぱり忘れ、生まれて初めて大きな恐れを抱いたという者がいた。逆に以前から何に対しても恐れ過ぎていたという人たちは、却って何に怯えていいものか分からなくなったことで、一見すればごく静かに並んで待っていた。中には、一切の恐怖を感じないという生前は凄腕の極悪人だった者も確かに列を同じくしていた。彼は自分がやってきた汚れ仕事に命を失って今もなおうんざりしていた。大きな溜息をつく。その一度の溜息が隣へ隣へと導火線のように静かな伝染を起こす。本当に様々な、多くの人が列に並んでいた。それだけ多くの人が神の国を受け入れなかったのだ。

 列の先頭に立つ罪人は自分の順番が回って来て、深呼吸をした。それから前へと歩み出たが、閻魔大王はその罪人ついてすぐには裁くことなく、人類史を丸々転写したように膨大な記録書を机の上に閉じた。威厳ある椅子を立ち、この事務仕事を取り掛かる側に置いていた六匹の鬼のうち一匹に声をかけた。残りの五匹は直立の姿勢をそのままに耳をそばだてている。

「しばらくしたらまた戻る」

 そして去っていった。閻魔大王の足取りは地獄全土を揺るがした。

 地獄の至る場所で罰を受けていた罪人たちはその揺れによって足を一斉に崩した。そのすぐ側で痛ましい棍棒を携えた鬼たちが看守役を請け負っている。地獄に落ちてきた罪人は誰しも、かつて他人の失敗や怠慢を責めた過去があった。だから鬼たちは、罪人自身がまだ生き生きとしていた頃を真似して、新たに懐かしい罰を与えるのだった。

 時を同じくして、活火山の方角を目指していたモノ・シズも突発的な地震に見舞われ、立っていられず地面に膝をつくことになったが、地獄への正規の堕ち方をしていないモノには看守役の鬼がついていなかった。立ち上がるよう責め立てられることなく、着いた膝からも崩れ落ち、頭から前に転び、滑らかな一回転へ入る。逆さまになって尻が天井を向いたとき、彼からは見ることのできない背後から誰かが足で踏みつけ、回転をせき止めてくれた。

 モノは自分の胸と腹と背中との間に肺が圧迫されながら、その人に言うべき言葉を絞り出した。

「ありがとう」

「いいんや。別にいいのよ」

 声の次に足が退かされる。

 モノは残っていた半回転を処理して起き上がり、全身の血が浮上した頭で状況を確かめた。そこには厚いレンズの眼鏡をかけた女が、腕を組んで立っていた。類を見ないほど切れ長の目をしていた。口の内側を噛んだようにぎゅっと強く結んでいる。

 彼女は自分の胸に指を四本置いて言った。

「私はセブン・シーズ。哲学者なの」

「僕はモノ・シズ。研究や開発をしているよ」

「言っておくけど、地獄に落ちるほど正しい哲学者なんだからね」

「うん。分かったよ。ところであっちの活火山の方に行ってみたいんだけど、このまま歩いて行って問題ないかな」

 モノはセブンの背後に指を指し、セブンはその指を追いかけて振り返った。火山は遠くから眺めている分には物静かだ。代わりに赤く暗い空が深遠な唸りを下ろす。

 セブンが答えた。

「どうかな。問題ないと思うけど」

「それはよかった。色々とありがとう。それじゃあ」

 そう言って通り過ぎようとしたが、セブンが、

「ちょっと!」

 と、引き留めればモノはすんなりと立ち止まった。どんな状況でも一方的な無視を決めて去ってしまう人ではなかった。

「地獄で哲学をやってる女をどうして簡単に素通りできるの?」

「どこに居てもできることが哲学と信仰でしょう」

「現代人ならかなり陳ねてる。興味は素直に扱うものよ」

「嫌だね」

 このセブンに、何か信用ならないものを感じ取っていたモノは一目散に逃げだした。セブンもその後を追いかけたが、地獄に漂う空気は恐ろしく酷い成分を三百種類以上含んでいた。二人は三十歩走って息が絶え絶えになると、そのあまりにも苦しそうな顔をお互いに見かね、結局は横に並んでゆっくり歩いていくことに合意した。

 その間、セブンはさっきまでの息苦しさが完全な芝居だったかのように自分が信じる世界観について語り始めた。

「私ってばどうしても天才なのよね。神の不在の証明が私の名前によって宇宙全体と管制塔にまで轟き、そのせいでまだ若い私を早くもこの地獄へ落とすことが世界全体評議会という場で満場一致を獲得したのよ。あらゆる真実を暴かれてしまう前に沈没させてしまわねばって。この世界は神が創ったなんて代物じゃないの。創られたなんてとんでもない。三隻の貨物船が大海を渡る。その様こそがこの世界の真なる姿であり、さらには世界自身をも過去にしてしまう自己崩壊であり、いずれ世界が沈み行くことの内なる報せでもある。貨物船にはそれぞれに適した荷物が積載されているわ。過去の私が命を持っていて、現在の私が命を持っていないようにね。貨物船同士は互いに荷物を参照し合う。参照し、進行方向には逐次変更を加え、その結果たどり着いたその場所の環境にはとても従順。膨張したり縮小したり、分裂したとしても三隻の貨物船であることには変わりないの。積んでいる荷物によって確認を取るから他の何にも惑わされることはないわ。世界がそれよりもずっと小さな私たちに惑わされることがなく、それでいて私たちのどんな行いに対しても応えてくれるのは、世界が確かな情報を元に進み続けるおかげなの」

「その貨物船はどこに向かっているんだろう」

「目的地なんてないわ。ただ進むだけ」

「進むこと自体が目的ということ?」

「違う。参照し、進行する。この二つのことを繰り返すだけよ。目的は不必要に区切るせいで生まれてしまう句読点のようなもの」

「僕たちはその船にとって何なんだろう」

「積んである荷物かもしれないし、波を割る船の壁かもしれない。あるいわ空中を飛び交う通信信号かもしれない。でも何だったとしても、誰も自分が何かなんて知らずにそこに居るわ」

 セブン・シーズの語っている世界観がいかに無価値な内容であるかは、聞き手のモノがいくら上の空になろうとも会話を繋げるほど明らかになった。つまり彼女は、世界について何ら洞察を得ておらず、大昔から使い古されてきた終末論や虚無主義に勝手な装飾を施し、独りよがりな遊びに耽っているのだ。

「私を地獄に堕としてくれたことを天に感謝するわ。ここでは神なき思索こそが私に課せられた罰だった。でも私にとってはそれが人が一人生きたということ。それにあの嫌な顔をした鬼は一匹残らず知識労働を嫌っていて、私のことを見張りにも来ないしね」

 モノは久しぶりに人と出会い、久しぶりにうんざりさせられたこの時間を享受した。

「それは素晴らしい」

「ええ、ここはとても快適よ」

 セブン・シーズは眼鏡の傾斜を整える。そのあまりに普遍的な仕草に、モノ・シズは矮小化する人類の変遷を垣間見た。かつて何かを整えることができる人であれば決して地獄に来るべきではなく、難なく天国へと招かれたものだ。彼女がいつの時代を生きた人なのかは定かではないが、社会では確実に何かが置き換えられている。

 しかしモノ・シズは、今あるこの聖なる感覚を急激に一オンス失速してしまった。自分はクリスチャンでも何でもないことを思い出したのだ。真剣に念仏を唱えたこともなければ、唯一神の名のもとに侵攻に参加したこともない。代わりに思い出したのは、かつて堕落した酒飲みであった記憶だった。そして妙な現実を目の当たりにした。

『私の権利、私の感覚、私の目的は明白である』

 彼の強烈な意識下に衝突したのは、典型的な個人主義を表したスローガンだった。個人主義の総本山であるこの地獄ではそんな声やチャンネルがよく飛び交っていた。すり寄らなくとも鉢合わせる。モノ・シズはこの場所の何もかもが自分との相性がいいように感じはじめた。完璧だとさえ思えた。そして全てを吐き出したくなるほどに、ここに居付きたいと深く願った。

 彼の澄み渡っていた視界は、今や肉体に備わった機能としての暗闇に覆われていた。そこにごく小さな赤い光が差し込み、セブン・シーズの声が筒抜けになって彼の身体の中に響く。

「そういえば少し前に、とんでもなく大きなコンピューターを作って居なくなった人がいたのよ。ちょっとした騒ぎだったわ」

 モノ・シズの頭は視界と同じように凍結していた。話すべき言葉が労力なく生まれるはずもない。また無視を決め込む気力もないとなると、自然と、誰にも話したくないことから話すしかなかった。

「そんなことよりもさあ、僕はこの場所に少しでも長く居たいと思う」

「居ればいいんじゃない。どうせ出ていくことなんてできないんだから」

「じゃあそうしよう。僕はそうしたい」

 モノ・シズは気を失って倒れた。

 次に目が覚めると、散乱した記憶が、ゲロ・カルクと清酒を飲み交わした夜と、今倒れている地獄とを直線で繋いでいた。自分は当然のごとく、地獄に堕ちたのだという錯覚が、つい最近行動派に転向したばかりだったモノ・シズを大学時代の虚無感へ立ち返らせてしまおうと、彼が次にとるべき行動から遠ざけてしまおうと執拗に蠢く。欲望は人間を様々な方向へと勾引かし、その出所は常にこの地獄からだった。

「ねえ、大丈夫なの?」

 上からセブン・シーズの声がした。彼女は、倒れたモノを放っておくことなく近くで見守っていてくれたのだ。モノ・シズが内に湧き出た錯覚ではなく、真実に基づく事の次第を受容できたのは、彼女が一人でどこかへ行ってしまわず側に残ってくれていたおかげだった。彼は明らかな矛盾から十分な正確さへと導出された。

「ありがとう、セブン。君のおかげだ」

「そう? 見てただけだけど」

「そういうことは中々できることではないんだ。本当に重大な場面ではなおさら」

「なんか気持ち悪い」

 セブンが手を差し伸べて来たので、モノはその手を取って再び起き上がった。すでに活火山には目もくれていなかった。

「さっきコンピューターの話をしていたよね」

 モノはあの少女の海岸の砂山に浮き出た"WAITING IN HELL"を思い出す。

「そこまで案内してくれないか」

「えー、どうしようかなあ。私ってば忙しいしなあ」

 セブンはほんの少し言ってみただけだった。しかし目を覚ましたばかりで本来の調子を取り戻していないモノは、そこにある冗談の尺度を大きく掴み損ねてしまう。地獄にはあるまじき美しさをもって彼は彼女の前に跪いた。

 ここまで長い時間を共にした二人組が生まれたのは、この地獄ではモノ・シズとセブン・シーズが初めてだった。基本的に罪人は自分自身の祭壇に祈りを捧げている。時には徒党を組んでうまく罰を逃れるようとする派閥が生まれることもあったが、そこに所属する罪人がお互いを助け合ったり、ましてやある目的地まで仲良く歩くなんてことは、地獄の窯が開いてから一度だって起きたことはなかった。その光景ははっきり言って奇妙だった。なぜあの二人は、いつ相手に裏切られるとも知らずに二人で歩くのだろう。そしてなぜ鬼たちは、仲睦ましそうに歩くあの二人をこっぴどくやっつけてしまわないのだろう。片方が地獄級に正しい哲学者で、もう片方は全てが自前によってやって来たエンジニア旅行者であるなど誰も夢にも思わなかった。彼らが通過する地点では罪人らの嘲りと妬みが渦を巻く。しかし実際に危害を加えようと進み出た罪人には、見張っていた鬼によってそれと同じ罰が与えられた。モノとセブンが進むべき道は自然と開かれるのだった。結果的に二人は、普通に向かうよりもずっと早く巨大コンピューターが建設された場所に到着していた。

 外から見ただけでは色の焦げた岩の塔だった。地獄の赤い空を突き破ってもまだ上へと続いている。それでいて倒壊してしまう心配がないほど太っていて、山のようでもあった。

 哲学者セブンがこれを紹介した。

「私は時々ここに来て、塔と山との違いを模索するの」

「ああ、僕もすぐにそのことが思い浮かんだよ」

 塔の麓には、霞んでしまうが非常に巨大な男が一人、壮大な山を前にして立ち尽くしていた。着ている服は厳めしくも華美である。今までに通り過ぎてきた罪人とも鬼とも、またどの場所とも違う異様な男に、二人は音をたてないようにして近寄った。それは二人の中で強い興味を超えて、不可解な恐れさえ抱いたためだった。

 男は、接近する四本の足と二つの心にすぐさま気が付き、その方に首を回した。その顔は人間がやましさから覚える恐怖の象徴。男が閻魔大王であることは一目で理解させられるに至った。顔が広いとはまさに彼のことだった。刹那的である風格と威圧が絶対的な評判を生み出す。この世の真なる仕組みを、二人は即座に学ばなければならなかった。もしも学ばなければその場で気圧され、失語症を患うところだった。

 実地教育は閻魔大王自ら実践され、二名の生徒は破裂寸前の頭痛と生後直後の知恵熱とにしばらく苛まれる。多少の知識を持っていた二人だからこそこれだけ耐えることができたとも言えるだろう。ある者は何もかもを忘れて猿に還っていただろうし、ある者は単細胞生物となって消失するまで分裂を繰り返していただろう。モノとセブンは五体満足のまま地面にうずくまり、尊厳を助かっている。それを標高の高い瞳によって見下ろし、閻魔大王が堂々と口を開いた。

「一体ここで何をしている。今すぐ自分たちの罪に立ち返りなさい」

 まずは暫定潔白のモノが立ち上がってこれに答えた。

「いいえ。私はまだ死んでいないんです。私が裁きを受けるのはずっと先のことです」

 閻魔大王は人がつく嘘をよく知っていた。だからこそモノに対しては声を少々和らげた。

「ずっと先か。ああ、貴様は確かにまだ生きているらしい。だが多くの者は心臓があと一度打てばすでに地獄にいると知れ」

「心得ます」

 モノは敬服を表す。その横でセブンが立ち上がろうとしていたので、手を差し伸べた。力を込めたセブンの手が重なる。助けを借り、体が持ち上がったセブンが二番手となって閻魔大王に答えた。

「こうして色々な場所を見て回り、神のいない荒野で思索に励むことが私に課せられた罰です。私がそれに値する程度に賢いことは、あなたのところの学問を嫌っている鬼が全く見張りに来ないのを見てご理解ください」

 閻魔大王はセブンのことを覚えていた。この手の罰を受けるのは変わり者の仏僧に多く、セブンが若い女子であることが珍しかったのだ。とはいえ最近の罪人は男女を問わず、本人も扱えきれない量の知識を持ってくることが多かった。この場合には虚栄心から順に罪が問われる。

「もうよい。私は私の仕事へ帰ろう」

 閻魔大王は右足で軽くターンをして見せ、来た道を戻っていく。地獄全土は大きく揺れた。モノとセブンはまさに震源地に巻き込まれた。朝食に焼かれるソーセージのように浮遊を交えながら熱の上を転がり、塔にも山にも見える姿のコンピューターに向けて何度も何度も衝突する。モノ・シズはこのときに重大な気づきを得た。コンピューターだと言われていたこの巨大構造物からは空洞の音が聞こえない。表面と同じ岩を向かい側まで隙間なく敷き詰めた強固な音しか伝わってこなかった。一切の仕組みが張り巡らされていない可能性が浮上したのだ。

 モノは壁を背にし、勢いよく転がってくるセブンの体を受け止めた。セブンは膝に抱えられたままモノの顔を見上げた。

「あ、ありがとう」

「セブン。これは君の言うようなコンピューターじゃないかもしれない」

「ええ? だって噂ではコンピューターだって持ち切りよ」

「コンピューターがこの周辺にあることは僕も否定しないよ。でも少なくともこれはコンピューターじゃないかもしれない」

 すると地震は収まっていた。閻魔大王が職務用の威厳ある椅子に辿り着いたのだった。膨大な記録書を机の上に開き、罪人の列をできる限りさばいている。

「じゃあ、何だって言うの?」

「ちょっと待ってて」

 モノはそう言って一度セブンを手放し、岩でできた表面に手を這わせはじめた。そのまま一週分の壁を調べ、少しよじ登ってから降りてきた。

「表面には所々、地面と平行に走った切れ込みがある。ここからでは出現頻度までは判断できないけど、どうやら切れ込みの現れる方向は一定だ」

「ふーん。で、結局これは何なの?」

「……セブン、君は本当に哲学者なのか?」

「うん」

「うーん……そうだな」

 モノは考え込んだ。この岩の塔が、セブンの言うコンピューターと、"WAITING IN HELL"のシグナルを送って来たコンピューターと関係があることはほぼ確実だろうと踏んでいた。それだけこの塔の存在は異質だった。逃れられないからこそ地獄であるのに、この塔は易々と地獄の空を突き抜けているからだ。

「もし僕が地獄でコンピューターを開発するなら、様々なエネルギーの境目に置きたい。たとえば灼熱地獄と極寒地獄の境だ。そこならデータを固めたり、溶かしたりするのに都合がいい。寒暖差を利用して核となる運動を起こせるかもしれない。それで、ここは一体何地獄なんだろう」

「活火山が見えて、とても暑いところだわ」

「それならこれは近くの火山で解凍しようとしていたデータの山なのかもしれない。内容は僕らには想像もつかないけれど」

「これだけ巨大になるデータなんて文学以外あり得ないわ」

「文学はあり得るだろうね。きっと死ぬほど暇だったんだ。一体二十文字保存するのにどれくらいの溶岩が必要になるんだろう」

 モノ・シズは改めて岩の塔を見上げ、首をのけ反らせた。ここからは想像することしかできない遥か塔の先端に、輝かしい光の輪が引っ掛かっている。

「それで、あなたは天国まで登っちゃうの?」

 セブン・シーズが聞いてきた。

「できる限り登ろうと思うよ。地獄まで来て天国には行かないなんてあり得ない。特に僕はまだ何にも縛られていないんだから」

 モノ・シズは塔の岩壁に手をかけた。幸いなことに、データの物理的区切りが、下から伸びてきたモノ・シズの手を取って助けてくれた。

「じゃあ私はどこかから本物のコンピューターを探し出して、何とかこれを溶かしてみるわ」

 モノはセブンに向かって、斜め上から声を飛ばした。

「僕が登りきらないうちには止めて欲しいな!」

「そんなの知らない。それに私は競争で負けたことがないんだ」

 そうとだけ言うと、無敗の哲学者セブン・シーズは当てもなく走ってどこかへ行ってしまった。塔を少しよじ登っていたモノからは、彼女の行方がよく見えた。三十歩走った辺りでまたさっきの酸欠を起こしている。モノは塔から一度地面に降り、自分まで倒れてしまわないペース配分で彼女の側へと駆け寄った。

 モノは大げさに上下するセブンの肩を抱え上げた。

「今のは哲学じゃないから学ばなかったのか?」

「そうよ! 早く登ってこい!」

 セブン・シーズはモノのことを突き飛ばすと、まだ懲りずに走って行ってしまった。モノ・シズは元の位置へと戻り、データ構造の塔を前にして哲学的に深い呼吸を実践した。そして再び登りはじめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。