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偽りの呪い(2)

ララの姉、リリは謎の呼吸の症状に悩まされていた

ウソの情報を言う回復術師の真意は不明だが、状況は彼に不審な影を落としていく

アンブラは彼女を苦しめいる者は寄生虫であると見抜く

その名はアンデッドスパイダー、ダンジョン内第六階層にいるモンスターだった

彼女を救えるのは、アンデッドスパイダーで作る猛毒のみ


勝負の一日、リリに重く圧し掛かる恐怖の首へと迫る



 夜も深まった街の外れにその屋敷はあった。

 前からある屋敷だが、その所有者がララの一族であるとはアンブラも内心では驚いていた。身なりと、剣術と身のこなしである程度は察してはいたがそれでも大きな屋敷を別荘に出来る財力は想定していなかったのだ。

 その屋敷は何やら騒がしくなっていた。

 少し離れた茂みに二人は身を潜めて屋敷を観察する。


「あっ、家の人には冒険者ギルドに登録した事を内緒にしているんです。色々うるさくなるんで」

「依頼をしても間に合わないと回復術師に言われたんだったな。腕利きの奴を俺の様に雇えなかったのか?」

「それも考えましたが、素材に身内の思いが乗っていないと解呪出来ないと言われたんです」

「なんだそれは? 解呪は呪いを解析、それと対となる力で中和させる作業だ。心なんてそこには要らない」

「……私、本当に世間知らずですよね」

「教会は慈悲と、神への信仰と伝えている。心が人を癒す事も間違えではない。だが、人を救うには知識と技術は必須だ……今回の事を失敗でなく、教訓に変えろ。今の無力を嘆く事はない」


 アンブラは屋敷を遠くから観察しながらララをそう励ました。

 ララはその言葉に照れ臭そうに笑う。


「そう言ってくれたのは、アンブラさんだけです。そうなれ、ではなく、そうあれ、と教育を受けたので」

「俺も同じだ。狩人であれ、と言われて育った。だが、兄者はそうでしか有れない者は脆くなると言っていた。心を豊かに保つことの強さを、俺は兄者の背中で学んだ」

「お兄さん、素晴らしい人なのですね!」

「……越えなければならない」


 話し終えると、アンブラは三階の一室に人影を確認する。


(男だな。話している……この距離では会話が聞けないな。だが、窓際にベッドがある)


 ララは屋敷を観察するアンブラに姉の部屋を指差す。


「あの、三階の部屋です」


 彼女が指さした部屋はアンブラが見ている部屋と同じだった。


「やはりな。部屋にいる男は回復術師か?」

「え? み、見えないです」


 ララは目を凝らして屋敷を見るが、夜の闇で遠くまで見えないのは普通の事だ。

 アンブラは仮面の力で暗闇を見通す事が出来るので部屋の様子も見えたのだ。


「俺の仮面の力だ。ダンジョンもこれがあったから直ぐに駆け付けられた。回復術師はつきっきりなのか?」

「いえ、彼は任務の合間に様子を見に来ていると、お父様も信用されています」

「怪しいが、敵と確信できていない。回復術師が家を離れたタイミングで、俺が訪問すればいいか」

「アンブラさん、では仮面を取ってもらう必要があります」

「それは出来ない、夜はこの仮面を人前で取れない」

「で、でもそれだとアンブラさんの方が怪しいです」

「仕方ない、俺は忍び込む。お前は、先に帰り姉に俺の事を伝えてくれ」

「むー、お前でなくララと呼んで下さい」


 ララはお前呼びされてほっぺを膨らませる。

 アンブラはその顔を見て少しだけ考える。


「なるほど、その名前は誇りなのだな? すまない事をした。誇りを侮辱した事を謝罪し、敬意と共に名を呼ぶ。ララ、姉に俺の存在を伝えてくれ」


 アンブラは謝ると、改めて彼女の名前を口にした。


「そ、そこまで本気にしないで下さい。わ、わかりました。私が屋敷に帰って姉に伝えます」

「俺は回復術師の言葉を聞いてみたい、直ぐに侵入する。少し、屋敷を調べるがいいか? 探知魔法の類があるといけない」

「いいですよ、では」


 ララはそう言うと、茂みから道へ出ると屋敷へと帰って行く。それと同時に、アンブラは行動を開始する。

 右腕のガントレットに刻まれた魔法陣を指でなぞる。すると、腰に下げている魔力を貯蔵している魔石から魔力が魔法陣を赤く染める。

 その直後に、彼の姿は見えなくなった。

 姿隠しの魔法。単純に姿を見えなくするだけの魔法だが、中々に使われる側と使う側両者にとって厄介な魔法だ。

動くと、空気が身体にまとわりついてシルエットが浮いて見える。だが、相手からすると身体の輪郭が上手く捉えられない上に、距離感が掴めないのだ。

しかし、暗闇ではこの魔法は恐ろしい力を発揮する。


「さて、探知魔法の類はどうか」


 アンブラは周囲を見渡す。屋敷周りに探知魔法の効力を上げる魔法陣や魔具を置くのがセオリーだ。すると、案の定に地面に打ち付けられている杭の様な魔具があった。


「このレベルの屋敷だ。当然だな……だが、不用心な事だ。獣や弱いモンスター除けの魔法は無い。護衛が強くても、これをケチると死ぬ事もある。もしくは、来たばかりで手が回っていないかだな」


 屋敷の周りも護衛が巡回している。

 恐らく、護衛のいる位置が探知魔法の網の内側なのだろう。アンブラは傍に落ちていた木の枝と石を適当に放り投げた。

 すると、護衛達の腰の魔石が光り輝く。


「何かが入ったぞ! 反応は二つだ!」


 騒ぐ護衛にアンブラは動じることなく、今度は石を枝で挟んで放り投げる。


「まただ! 今度は一つ!」


 護衛の言葉にアンブラは少し屋敷から離れた。

 彼が向かったのは近くの森だった。

 そして、彼は周囲を見渡す。すると、そこには狼の群れがいた。


「お前達には、少し囮になってもらうぞ」


 アンブラはそう言うと、狼の群れに石を投げる。石は狼の内の一匹に当たる。


「キャン! グルルルル! バゥ! バゥ!」


 石が当てられた狼を中心に群れが一斉に殺気立つ。狼はデカいが、あの護衛達であれば撃退は容易だ。それに、狼は意外と賢い。

 狼達は一斉に石の飛んで来た方角へと牙を向き出して襲い掛かる。

 アンブラは全力で走り出す。

 屋敷へと一直線に駆ける。狼は匂いを頼りにアンブラを追いかけてくる。

 その異変に屋敷の護衛も気が付いたようだ。


「狼の群れだ! 集まれ!」


 護衛が集まって剣を抜いて戦いに備える。アンブラは追いつて来た狼の一匹に器用に跨る。狼は暴れるが、走った勢いのままに探知魔法の網の内側に入ってしまう。

 他の狼も護衛と戦い始める。そのどさくさに紛れて、アンブラは乗っていた狼を右ガントレットの剣で刺し殺すと屋敷の壁に張り付く。そして、動かずに周囲を観察する。剣は見えてしまうので直ぐにガントレットに仕舞ったから今の彼は護衛にも狼にも見えていない。

 狼達は数匹が護衛にやられると、森へと引き返して行った。


「何だったんだ? 嫌に殺気立ってたな」

「さっきの反応も、兎か何かが逃げて来たんだろ。森でモンスターと小競り合いでもしたのかもな」


 護衛達は狼の死体を引きずりながらそう話をしているが、その直ぐ真横でアンブラは仮面の内側で冷静に屋敷の構造を改めて観察する。


(この壁、魔法的な強化は施されていない。まぁ、それをやるのは城レベルの場所だけだが。登って行けそうだな。足場にするなら明かりの無い部屋の窓がいいな)


 アンブラは音も無く、壁を駆けあがると、窓から窓へと移動を始める。

 そして、彼はララの姉がいる部屋のベランダに着地した。中にはまだ回復術師がいる様だった。


「ララさんがお戻りになられた様です。今日はダンジョンでオークが大量発生した様で、私も心配でしたが無事に戻られた様ですね」

「良かった……妹がオークになんて、想像もしたくありません。やっぱり、妹をダンジョンに行かせるのは」

「これ以外に道はありません。高ランクパーティーでは直ぐに動けない上に、素材には強い思いを乗せなければ解呪はできません。お父様も、きっと解呪の後にお話すれば分かっていただけます」

「ゲホッゲホ! はぁ……厄介なものですね。呪いとは」

「はい、きっとカヴァロ家に恨みを持つ者の仕業でしょう。歯がゆい、私の力ではダンジョンの奥へまで潜るには力不足です。私も、ララさんに協力できれば良かったのですが」

「先生には良くしてもらっています。教会ですら手も足も出なかった呪いを抑え込んで、凄いです」

「そう言われると、救われます」


 アンブラはその会話を聞きながらも確信を持つ。

 姉は呪いではなく、毒か病気だ。


「それでは、ララさんに挨拶してから私は帰ります。薬はしっかりと飲んで下さいね」


 回復術師はそう言うと部屋を出て行く。

 アンブラはしばらくベランダで待機していたが、突然姉の咳が激しくなるのが聞こえた。


(発作か? 薬で容体を抑えているのか?)


 部屋を少しだけアンブラが覗くと、彼女は尋常でなはい程に汗をかいて血を吐かん勢いで咳き込んでいた。必死に薬に手を伸ばしたが、薬が床に落ちてしまっている。


「か、かひゅ、ひ、ひぃ、あぁ」


(不味い、呼吸が出来てない。仕方ない)


 アンブラは窓を開けると、部屋へと素早く入る。足音も立てずに、床の薬を拾う。

 それを彼は確認する。

 カアロと呼ばれる呼吸を楽にする薬草の粉末だ。有害なものではない。


「ひっ、あ、あ?」

「安心しろ、味方だ。この薬を飲め」


 アンブラは直ぐに薬を彼女に飲ませるとベッドに寝かせる。


「呼吸が出来なくなるとは……体力も落ちている。ベッドから転がり落ちるのも出来ないとなると、時間がない」


 ララの姉は朦朧とする意識の中で疑問が思考を埋めつくしていた。何もない所から声が聞こえて、透明な何かが自分を助けてくれた。

 少しずつ余裕が戻って来た彼女は必死に周囲を見渡す。


「だ、誰かいるんですか? あ、あの」

「……大きな声を出すな」

「ひっ! だ、誰ですか⁉」

「味方だ。ララの依頼を受けた。回復術師の薬を調べたが、全て合法的な薬だ。だが、根本的な治療の為ではない。主症状は呼吸か?」

「せ、先生の薬です。変なものが入っているわけありません、腕のある回復術師なのですよ?」

「呪いに薬は要らない。身体の症状は、恐らく病だ。信じられないかもしれないが……俺の部族はポーションを始めて開発した。俺も薬や病にはそれなりの知識はある」

「た、助けていただいたことは感謝します。でも、いきなりそんな事を言われても信用できません」


 アンブラは透明化をワザととかない。そして、窓を避けて壁に立つ。

 突然、仮面姿で武装している男が現れたら確実に彼女は悲鳴を上げる。


「ぼ、冒険者の方ですか?」

「なんで、そう思う?」


 アンブラは純粋な疑問を投げる。


「さっきの外の騒ぎに乗じて下から登って来ましたね? そして見事なほどに、音が無い……薬を拾い上げられるまで、存在すら気が付かなかった。正規の戦闘経験者はそんなスキルを体得しません。相当なランクの方とお見受けします」


 状況から冷静に情報を引き抜いて自分の中で精査している。

 感心すると言わんばかりに、アンブラは数回頷く。


「Eランクだ。この魔法も自力では使えない。だが、下から登って来たのは事実だ。そして、俺はシーフではない」

「Eランク? こんな事が出来るなんて、BかAのレベルです。嘘を吐かないで下さい」


 彼女は優しそうな雰囲気を持ってはいるが、必死なのだろう。目つきを鋭くして必死に殺気を切らないようにしている。

 アンブラはララの到着まで彼女からは怪しい人物とされるだろう。

 その時だった。廊下から声が聞こえて来た。


「先生? お帰りになられたんじゃ?」

「彼女の部屋がおかしい。外から彼女以外の、何かが見えた!」


 声からして回復術師とララだろう。


「隠れて下さい」


 姉のその言葉にアンブラは窓から外に出る。

 その直後に部屋にララと男が入って来た。男は黒髪に純朴そうな顔つきの男だ。しかし、その目は油断ならない者の光を放っていた。アンブラは、回復術師の目つきに覚えがあった。


(殺し合いになれている人間の目だ)


 回復術師は姉に何かを言う前に部屋を見渡すと、姉に質問する。


「ここに、誰かいませんでしたか?」


 姉は顔色を変えずに即座に答える。


「いいえ、一人で夜風に当たっていました。今日は、少し胸がつっかえる気がするので」

「……ララさん、屋敷の警護を強化するようにお父様にお伝えください。私が見たあの影、姿隠しの魔法……暗殺者御用達の厄介な魔法です。何もせずに去ったようですが」


 回復術師は窓から外を見渡す。アンブラは屋根に登って視線から外れる。


「追うのは無理ですね。姿隠しの魔法は暗闇では不可視、この短時間で痕跡も残さずに消えるのはプロのやり口です」

「まさか、この部屋に賊が?」


 姉は心底驚いたという顔をして回復術師に問いかける。


「居たのは確実です。窓を塞いで、今日は部屋の前に衛兵を置いて下さい」

「えぇ、透明になって直ぐそこに来ていたなんて」

「安心してください。私も出来るだけ来れる様にします。では」


 姉の肩を抱いて回復術師はそう言うと、部屋を出て行った。

 アンブラはしばらく屋根で待機して回復術師が馬車に乗って街へ消えるまで見ていた。

 そして、部屋からはしばらく護衛の声とララの声が聞こえて来た。

 護衛は部屋の外で待機しているのだろう。


「お姉ちゃん、もう一人頼れる人を」

「えぇ、もう会った。あの方、恐らく危険な人よ」

「うん、でも……信用するには値するかも。彼、私を命がけで助けてくれたの。オークに囲まれて、穢される……そんな時に、彼はたった一人でオークの大群へと飛び込んで来た。お世話になったグリンバルさんと一緒に逃げる時間を稼いでくれた。ギルドに着いた後も、彼は前線で戦い続けていたって聞いた」


 その言葉に姉は顔を青くした。


「オ、オークに穢される⁉ 無事だったんじゃないの⁉」

「あ! 大丈夫! 何かされる前には助けられたから! ギルドの検査でも異常なかったから!」


 ララの言葉に姉はホッとしたようにベッドに身体を沈める。


「はぁ、寿命が縮んだわよ」

「私を庇って、エルフの浄剣を構えて闇の魔物へ立ち向かう姿が物語の勇者様に見えたんだよ」

「……エルフの浄剣? かなりの貴重品じゃない。闇の者達を殺す為に打たれた。ますます何者か分からなくなって来たわ」

「他にも、ドワーフの魔剣も使っていた。私の剣とは違う、魔石の力を媒介するタイプだと思う。彼、本当は優所ある貴族なんじゃないかな?」

「ドワーフの剣ならわかるけど、プライドの高いエルフが人間に浄剣を送るなんて余程の事よ?」

「それは、兄者の功績だ。俺の力で出来る事ではない」

「「ひゃあ⁉」」


 突然のアンブラの声に二人は悲鳴を上げる。

 その声に護衛が剣に手をかけながら扉を開ける。


「どうされました! お嬢様!」

「な、なんでもありません! ララが驚かすものですから、つい! ね? ララ?」

「そ、そう! い、いたずらしてごめんね、お姉ちゃん!」


 護衛はその言葉を聞いて、緊張を解いて部屋の外へと出て行く。


「そうでしたか……ララ様、お戯れもほどほどにお願いしますよ?」

「ご、ごめんなさい」


 護衛が出て行くと、ララは空間に小声で話しかける。


「アンブラさん、いたなら言ってください」

「長居は出来ない。本題を済ませよう」

「そ、そうだね」

「あの回復術師、強い。油断するな、戦士の身のこなしだ……素晴らしい。ぜひ、仕留めて見たい」


 アンブラはそう言うと姿隠しの魔法を解除する。

 その姿に、姉は悲鳴を押し殺す為に口を抑える。


「ら、ララ? こ、この人……大丈夫なの? こ、殺し屋じゃないの?」

「お姉ちゃん、失礼だよ? 確かに、殺し屋みたいだけどいい人だよ。ご飯食べさせてくれたし」

「騙されているんじゃ?」

「安心して、腕は確かだから」


 アンブラはため息を吐くと、姉と視線を合わせるために床に膝を着いて話し始める。


「信用か、なら、これならどうだ?」


 そう言うと、アンブラは回復術師が置いて行った薬を取ると、それらを全て見て嗅いで確かめると新たに調合を始めた。

 そして、自分の腰のポーチから数本の薬液と空の小瓶を出すと再調合した薬と薬液を小瓶に入れる。

 薬液と粉薬が混ざりながら色を変えて行く。それは鮮やかな青になる。


「もしかして、ポーション?」


 姉がそう言うと、アンブラは頷く。


「咳止めのポーションだ。咳で喉を傷めているだろ? 液状なら飲み易い。それに、効能は奴の薬よりも上で副作用も遥かに軽い。だから」


 そこまで言うと、アンブラは薬を少し飲む。


「俺が飲んでも問題はない、それに毒でもない。先ほども言った通り、薬の知識はそれなりある。この薬は隠せ、回復術師に俺の存在がバレると面倒だ」


 有り合わせの薬でポーションを作るなんて、薬師や回復術師でも一握りの技術だろう。

 姉は少し緊張が解けたようだ。


「俺の名は、アンブラ。Eランク冒険者で、妹の依頼で来た」

「……私は、カヴァロ家の長女であるリリ・カヴァロです。鑑定の魔法でそのポーションを見ましたが、紛れもない本物です。まさか、先生の薬以上の効能の物を即座に作るとは」


 リリはそう言うと小さく息を吐く。


「ララの信じた人です。この子は、昔から勘の鋭い子だったのでそれを信じるとしましょう」

「それで十分だ。先ずは、身体を調べる。怖がるな、危害は加えないと約束する」


 そう言うと、アンブラは左のガントレットからエルフの浄剣を出す。

 浄剣の腹を彼女の頭からつま先までかざす。すると、浄剣が彼女の胸付近で輝きを増す。


「浄剣が光る? 呪いの線は薄いと思っていたが……ふん、リリ胸を見せてくれ」

「は? な、何を⁉ い、イヤです!」

「ん? 何故だ? ……そうか、普通はそうだな。全て脱げとは言わない、下着はそのままだ」


 それでもリリは顔を赤くしてモジモジしていたが、ララが高速で彼女から服を脱がしてしまった。柔らかそうな白い肌があらわになるが、アンブラは真剣に彼女の胸部と主に胸郭を見て触診する。

 リリは顔をゆでだこの様に赤くしているが、アンブラは仮面の裏で顔をしかめていた。


(肺に何かがいる。何と言う……何が、ビルドワームか。アンデッドスパイダーの卵が植え付けられている)


 アンデッドスパイダー。

 ダンジョンにおけるモンスターでも、毒や麻痺を操るモンスターは多くいるがこの蜘蛛はアンデッドと名がつく様に闇の眷属たちだ。

 この蜘蛛は小型の卵を産む。

 モンスターに卵を寄生させて、その栄養価で孵化する生態を持つが人間に卵が植え付けられる事例は報告されていない。死体にならあるが、生きている人間には無い。

 何故なら、栄養価も魔力も孵化に適さないからだ。


「呪いではないが、浄剣が反応したのはその所為か」

「え? 何か解ったんですが?」


 ララが心配そうにそう言うと、アンブラは叫ばない様に念を押してから事実を伝える。


「呪いでも病でもない、寄生虫だ。肺に糸が絡みついている様だな。アンデッドスパイダーの卵だ。まだ孵化はしていないが……もう少ししたら、体中の栄養と魔力を吸いつくす。人間の物じゃ孵化しないが、干からびて死ぬ」


 その言葉を聞いて、リリは意識が遠退いたのかガクッとベッドに倒れてしまった。


「き、寄生虫って」


 ララは気味が悪いと言わんばかりに、嫌悪感を顔に出す。服を着せて、リリの事を抱きしめて今にも泣きそうになっている。


「ダンジョンに潜って、アンデッドスパイダーと対峙したとしても植え付けられる可能性は低い。生物として、繫殖できない対象を選ぶモンスターはいない。となれば、これは人為的なものだ。恨みを持つ者か、カヴァロ家を操りたい者か、心当たりは無いか?」

「あ、ありません! それに、なんでこんなおぞましい手を⁉ 毒を飲ませるよりも残酷な!」

「時間を欲したのかもな……家の中心的な人物を殺し、それに付け入って信用を得るための時間。あの薬草には微量だが、寄生虫への抵抗力を上げる薬も含まれていた」


 アンブラはそう言うと、精神的に弱ってしまったリリの為に新たに薬を作り始める。ポーチの自前の薬草と薬液を調合していく。

 そして、回復術師の事を言う。


「呪いでも、病でもない謎の症状を和らげて死にゆく娘の心を救う回復術師。そんな絵を描いているのかもな。そして、あの男はララにダンジョンに潜る事を進めるか」


 アンブラは考える。

 リリへの仕打ちは仮説が立つ。

 だが、ララは何故ダンジョンへと? 暗殺ではない。ダンジョンでの死亡率は高いが確実ではない。オークの大量発生なんて事が無ければ、火炎の雲のメンバーでの当初の目的であったビルドワームも倒せていただろう。

 ララは暗殺ではなく、屋敷から遠ざけたいのだ。


「アンブラさん、お姉ちゃんは助かりますか? き、寄生虫だなんてどうすれば」

「原因がわかった。リリは必ず助かる」


 アンブラは断言する。

 彼は腰のナイフを取ると、床に置く。そして調合しながら説明する。


「このナイフは、我が部族の戦士が持つ武器の一つ。対象の血を媒介に、一撃必殺の猛毒を造り出す薬液が鞘に仕込まれている。敵の血を鞘にある受け皿に落とすと調合される。そして、その毒は対象の種族のみを的確に滅ぼすことが出来る」

「え? ど、毒⁉ 薬じゃ?」


 ララは困惑するが、アンブラは続ける。


「このナイフでアンデッドスパイダーに対する毒を作り、リリに刺す。この毒は、ポーションと同じ起源を持つ。特定の種族のみを癒す薬がポーションだと知っているな? モンスターや闇の者共はポーションで傷を癒せない。それとは、逆の発想の物だ」

「アンデッドスパイダーのみを殺す毒で、お姉ちゃんの中にある寄生虫を殺すって事ですか?」

「そうだ。だが、ここからはリリの決断となる」


 そう言うとアンブラは造ったポーションをリリへと差し出すと問いを投げた。


「リリ、俺と回復術師のどちらを信じるかの選択は自分でしなくてはいけない。どちらも信じられないは無しだ。君の命はもう尽きる……時間はあまりない。賭けとなる」


 リリはララにしがみつき、涙を抑えきれていない。

 アンブラは仮面の奥でも表情を変えない。彼の手に持つ薬を、彼女自身が受け取らなくてはならない。


「し、正直……私はわかりません。どうすれば良いのか……でも、妹が選んだアナタを信じます。私の考えは、変わりません」


 そう言ってリリはアンブラから薬を受け取った。

 アンブラは満足そうに首を縦に振る。


「リリ、君を蝕む恐怖の首を斬り落とす。早速、明日ダンジョン内のアンデッドスパイダーを討伐する。明日のこの時間にはまた来る。それまで、回復術師に俺の存在を悟らせるな。奴が悪意ある敵なら、君を直接的に殺すかもしれない」


 アンブラは荷物をまとめる。


「わかりました。でも、アンデッドスパイダーって第六階層のビルドワームと比べて強いのですか?」


 リリはそう問いかける。アンブラは答える。


「ビルドワームは第六階層の頂点だが、アンデッドスパイダーの方が討伐難易度は高い。同じところにいるが、奴は闇の眷属。このエルフの浄剣が戦力とはなるが、縦横無尽に動き回る。人間であればビルドワームよりも殺すのが面倒な奴だ」


 モンスター同士と、人間の視点では戦い方や相性が違うのだ。

 リリは不安そうな顔をするが、アンブラはあっさりとしている。


「安心しろ。アンデッドスパイダーは過去に兄者と狩ったことがある。素早いが、勝てない相手ではない。問題は逃げられないようにしなければな」


 それだけ言うと、アンブラは姿隠しの魔法で再び姿を消す。


「ララ、姉を守れ。では、明日の夜に」


 その言葉を最後にアンブラは窓から部屋を出ていた。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「……不安だよ、ララ。でも、あの人……お兄さんの話をした時、少しだけ優しい声になったね」


 リリは受け取った薬に書かれている効能を見る。

 そこには、寄生虫の成長を一日抑えると書いてあった。


「危険な人ではあるけど、不思議な人でもあるでしょ?」


 ララはそう言うと、腰の剣を少し撫でる。


「ララ、ついて行きたい?」

「お姉ちゃん」

「私なら大丈夫。この薬があれば、一日は元気でいられるみたいだから。私の鑑定の魔法は制度が高いの、知っているでしょ?」

「もしもの事があれば」

「大丈夫。ララは冒険に出る事を夢見ていたじゃない。こんな状態でも、妹の背中を押すくらいできるわ? アナタの剣の才能は凄いわ、幸運を」


 リリはそう言うと、微笑んだ。

 泣き腫らした目と、震える手がその言葉を強がりだと言っている。本当は、妹に一番傍にいて欲しいのだろう。だが、リリはそれ以上に見せたくないのかもしれない。

 恐怖に飲まれながら死ぬ自分の姿を、仮に寄生虫の卵が孵化すれば彼女は絶望と恐怖に飲まれながら断末魔の悲鳴を上げるだろう。

 それを見せたくないのだ。


「お姉ちゃん……死んだら、ダメだからね! また、一緒に色々な事をしたい! 治ったら、街を案内するよ。新しい服も買おう! 寝てばかりだったから、歩かないと……だから、死んだらダメ」

「準備が出来たら、ギルドへ行きなさい」


 ララは泣きながらリリを抱きしめた。

 この一日で、勝負が決まるのだ。



愛しているんだ、君達を

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