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第二章:偽りの呪い(1)

オークの群れを掻い潜って女性二人を無傷で助け出したアンブラ。

英雄的な活躍をEランクの彼がしたことでギルド内に嫉妬の色が滲む。

酒場で絡んで来た無礼な冒険者を退けたアンブラに、再びララが助けを求める。

「姉は呪われており、その為にはモンスターの素材が必要」

その言葉にアンブラは、それを教えたと言う回復術師に疑いを持つ。


とある姉妹に巻き着く悪意の首へと、魔剣と浄剣が笑みを向ける


 ギルドの中には既に多くの冒険者パーティーで満たされていた。ダンジョンのオークは問題なく掃討されるだろう。周囲の会話によると、一時的にAランク達も第五層の基地に戻ってくるようだ。

 そんな中でも周囲の話題を攫っているのは、Eランクのアンブラだった。

 Cランクパーティーでも壊滅するレベルのオーク達を掻い潜って、女性を二人も無事に救助。本人も無傷な上に、救助隊として送り込んだ冒険者達と共闘して、第一層に入り込んだオークも皆殺しにした。

 とても信じられないのだろう。

 オーク自体は普段であれば自慢にもならない獲物だ。だが、異常発生した群れとなると話は別なのだ。


「あの雑魚狩りが? 火炎の雲のグリンバルも死んだ現場だろ?」

「でも事実らしい。救助組が暗闇の第一層に散るオークを狙撃して殺しているのを見たってよ。しかも、オークの死体もしっかり確認されている」

「けっ、気に喰わねぇ。そんな実力があるんなら何でダンジョンに潜らねぇ?」


 そんな声はギルドの職員に状況の説明をし終えて休んでいるアンブラに向けられていた。

 アンブラはそんな声を無視して立ち上がると、ステアの酒場に足を運ぶ。


「ステア、言う通りに仕事をしてきた。例の酒を出してくれ」


 そう言いながら店の扉を潜ったその時だった。

 アンブラの顔にグラスが飛んでくる。彼はそれを手で掴むが、入っていた酒が彼の顔に少しかかる。


「雑魚狩りぃ! おめぇ、大活躍だった見てぇだな!」


 グラスを投げた犯人はこれまた巨漢だった。腰から下げた凶悪な形のメイスが、その男が持つ凶悪さを物語っている。

 アンブラはグラスを近くのテーブルに置くと、顔に着いた酒を指で拭う。

 表情を崩す事も無く、アンブラは男を無視するとカウンター席に座った。


「おう! アンブラ! 迷いは吹っ飛んだか⁉」


 店の厨房からステアが黒く光り輝く頭を更に汗で光らせながら現れた。コイツを連れて行けばオークもその光で逃げだしていただろう。


「まだスッキリはしない。謎だらけだ……俺は何故ララを助ける事をやめられなかったのか」

「やめられなかったって、お前なぁ? そう言う時は、俺がヒーローだ! って胸を張るもんだぜ⁉」

「俺の故郷では、無償で命を懸けるのは恥だ。名誉の狩りでの戦いが至高。その次に、一族を守る戦い。そして、対価を得るための戦い。この三つが誇りある戦いとして認められる。無償で、弱い者の為に命を懸けるのは愚かとされている」

「随分と、随分な文化だなぁ。ま、俺は今回のお前を恥だなんて思わねぇ! よく女二人を無事に助けた! おら、店の奢りだ。一気に流し込みな」


 ドンっとアンブラの前にジョッキに入ったキンキンに冷えたエールが出される。

 だが、その酒は先程の男に取り上げられてしまう。


「雑魚狩りぃ! なぁ、言えよ? 何かズルしたんだろ? じゃなきゃ、お前如きがオークの群れから女を助け出すなんて無理だろ? あの新入りの女がそんなに欲しいか?」


 アンブラはその男に感情の無い顔を向けるが、それを見ていたステアが声をあげた。


「お客さん、注文すんなら新しいの出してやるよ。自分の席で待ちな」


 冷静にそう言うが、その声には怒気が含まれている。


「あぁ⁉ 店主さんよ? 俺はな、不正を暴こうってんだぜ? こんなチンケな奴が、英雄様なんてありえねぇ! クソ弱い兄貴が無様にくたばって、塞ぎ込んでるようなクズにはなぁ!」


 その言葉の後にその男は床に叩きつけられていた。

 アンブラは右のガントレットから刃を出して、そいつの首に押し当てる。


「取り消せ! 兄者は誇りと共に、戦って死んだ! お前の様な弱者に、無様と呼ばれていい方ではない!」


 凄まじい剣幕でアンブラはそう叫ぶ。

 ステアが急いでアンブラを背後から抑える。


「落ち着け、アンブラ! 殺すな! 罪人になるぞ!」

「取り消せ! さもなければ、お前を何処までも追って必ず狩る!」


 アンブラはまるで獣の様にぎらついた目で男を睨む。男はメイスを取り出すと負けじと睨み返す。


「てめぇ、Eランクの分際で!」

「やめろ! 何でアンブラを目の敵にする⁉ お前には関係ないだろ!」


 ステアが男に叫ぶが、男は悪びれる事もなく答える。


「格下が英雄的な活躍したんだ。調子に乗らない様にきっちりと、躾けないとなぁ!」

「く、クズが!」


 苦い顔でステアがそう言うと、彼はアンブラを離した。


「アンブラ、殺すな。だが、殺す以外なら何でもいい。店からこのバカ追い出せ、報酬は今日の分はただ飯ただ酒だ!」

「殺すなか、首を取れないのは残念だが……謝罪を首の代わりに取るか」


 男はメイスを振り上げる。

 その瞬間、その男のメイスを持つ腕と、肩に棒手裏剣が突き刺さる。


「うっ⁉ なにっ!」

「店から出ろ」


 アンブラはそう言うと、男の顔を掴むと店の外まで押し出してしまう。

 地面を転がる男は棒手裏剣を腕から抜きながら威嚇するかのように叫ぶが、そこに更に棒手裏剣を喰らう。膝、足、次々と身体に棒手裏剣が投げ込まれる。


「ぎゃあああああああ! ウソだ、こんな! Eランクのクセに!」

「兄者の名誉を笑った事を謝罪しろ」

「だ、誰が!」


 アンブラは右の刃を出す。このガントレットは収納している剣の長さを、剣が持つ元々の長さの範囲でコントロール出来る。

彼は長めに出したその剣で男のメイスを握る手首を斬り落とした。


「うわぁあああああああ! 何しやがるんだぁ! お、お、俺の手がぁあああ!」

「謝罪しろ」

「ふ、ふざけんな! こんなの、タダのお遊びじゃねぇか! ほ、本気の殺し合いなんて」


 うずくまる男にアンブラは残酷な事を告げる。


「この剣は、ドワーフが造った魔剣。魔石を組み替えて、魔法を付与する剣だ。今、この剣に付与されてる魔法は出血の魔法。解呪か、この力を上回る回復魔法でないとその傷は塞がらない」


 男は顔を青くする。


「ひ、ひぃ! しょ、正気じゃねぇ」

「謝罪しろ、早くしないとその右手を切り刻んで再生も出来なくする」

「わ、悪かった! あ、アンタの兄貴を侮辱して悪かった! 頼む、許してくれ! 殺さないでくれ!」


 必死に頭を地面に擦りつけて謝罪する男は既に戦意を失っていた。アンブラはブレードを仕舞うと、顎でギルドの方向を差す。

 早く解呪して、回復術師に手を付けてもらえと言う事だ。


「ひ、ひぃいいい!」


 男は手を拾うと、必死にギルドへと走って行った。


「……ここでは人の首は取れない。祖先や兄者への侮辱を完全には雪ぐ事が出来ないとは」


 そう言ったアンブラは店に戻る。


「おぉ、どうだった?」

「首を取れないのは残念だ。だが、あの様子じゃもうバカな真似はしないだろう」

「戦闘民族すぎるだろ……ま、今度こそ飲め。今日は災難だな」

「あぁ、何か妙な気分だ」


 アンブラはジョッキを持つとそのエールを一気にあおる。

 スッキリとした苦みと、キンッとした冷たい口当たり。炭酸が口の中と喉を心地良く刺激して通過していく。


「……これは、美味い」


 目を丸くしてアンブラはエールを飲み干した。


「だろぉ⁉ はははっ、今日は飲み放題だぜ? 迷惑客をぶっ飛ばしてくれたからな。ほら、もう一杯飲め!」


 飲み干したジョッキが満杯のエールに置き換えられる。


「兄者を侮辱した奴を始末しただけだ」

「それでも、あんなクズは一回痛い目を見ないとな! 何か食うか?」

「あぁ、お任せしよう」

「おう!」


 ステアは豪華に笑うと厨房に入って行った。

 先程の感情的になった自分を振り返って、アンブラはため息を吐く。そんな彼の背後に一人の影が現れる。

 腰に差した剣はそのままだが、服装は清潔なワンピースを着た可憐な少女、ララが突如として店に入って来た。


「店員さんすみません、果実水を下さい。アンブラさん! 先ほどはありがとうございました!」


 元気な声がアンブラに向けられる。

 隣に座って来たララを見ると、アンブラはエールを飲みながら少しだけ話をしようと口を開く。


「オークの群れに犯されそうになった割には元気そうだ。ギルドに色々調べられただろ? 休まなくていいのか?」

「体力には自信があるので! でも、大変でしたよ? 裸にされて、色々と調べられました。まぁ、あんな恰好でオークから逃げてきたらそりゃ疑われますけど……メルさん、凄く取り乱していて今は魔法で眠らされています」


 ララは悲しげな顔でギルドの方を見る。


「グリンバルさんとは、婚約者だった見たいです。眠る前も、彼の名前を呼んでいました」

「……そうか。大切な者を残して、敗走しなければならない気持ちだけなら俺もわかる」


 アンブラはそう言うとエール飲む。


「私が、パーティーに入ったから」


 ララはそう言うと苦い顔をする。

 だが、アンブラはその言葉を否定する。


「そんな事は無い。グリンバルとアーチャーの男は戦って死んだ。惨めな死ではない、それを褒めてやるべきだ」

「……かなり昔の騎士がそう言う事を言っていました。戦って死ぬ事は名誉であり、その死を悼む事はあっても憐れんではならないって」

「そうだ。グリンバルはいい戦士だった……恐怖を踏み越えて、大群へと挑む背中は美しかった」


 そう言うアンブラの顔には、笑みが浮かんでいた。まるで、友人の武勇伝を誇らしく語るかのように。


「……でも、悲しいのは悲しいです」

「それも間違えではない。それで? グリンバルを悼む為に俺へ話しかけた訳ではあるまい? 姉の事か?」


 ララの元に果実水が運ばれてくる。それを彼女は飲むと、アンブラに本題を話す。


「そうです。姉は、実は呪いにかけれています」

「呪い?」


 呪いであれば教会の仕事だ。

 基本的には僧侶の魔法でなければ本格的な解呪は困難だ。アンブラが使う出血の魔法は呪いの一部だが、回復術で浄化できるレベルだ。しかし、呪いは基本的に強力な魔法である。

 儀式を清められた教会で行うレベルの惨事だ。


「教会も儀式を施しましたが、効果が無く。回復術師もお手上げ……しかし、一人の回復術師がとあるモンスターの素材があれば治せると言うのです」

「解呪に、モンスターの素材?」


 アンブラは解せないと言う顔でエールを飲む。

 モンスターの素材を要するのは解呪でなく、解毒だ。


「そのモンスターは、ビルドワームと言う種類らしいです」

「……報酬は?」


 アンブラはそう言うとララの目を見る。

 ララはその言葉に目を輝かせる。


「た、助けてくれるんですね⁉」

「俺の部族の習わしで、報酬無く戦ってはならない」

「協力して頂くのですから、報酬は勿論お払いします! 早速、ダンジョンへ行く準備を!」


 ララは果実水を飲み干して代金を置くと席を立つが、アンブラは彼女を引き留める。


「ダンジョンに潜る前に、姉に合わせてくれ。解毒や解呪には少し知識があるから言うが、解呪にモンスターの素材は使わない。それは解毒の方法だ。そして、ビルドワームは毒を持たない上にそいつを素材にする解毒薬はおろか、薬すらも存在しない。その回復術師……ギルドに依頼は出すなと言っただろう?」


 アンブラの言葉にララは目を丸くする。


「え? そうです。ビルドワームは深い階層にいて、高ランクパーティーが受けるから長いこと待つことになるからって。それなら、何処かのパーティーに入って頼む方がいいって」

「それは嘘だ。ビルドワームは第五層の基地を経由して、第六階層にいる。そいつは第六階層の頂点だ。油断は出来ないが、高ランクパーティーが対処すれば討伐は容易。しかし、更に深く潜ろうとしているパーティーには旨味の無い戦いになる。だから基本的には無視されているな」


 その言葉にララは顔を焦りに染め始める。


「え? どう言う事ですか⁉ つまり、私は騙されたって事ですか⁉」

「確証はない。だから、一度姉に会わせてくれ。解呪で無ければ力になれるかもしれない。俺の話が信じられないのなら、ギルドにビルドワームの詳細や討伐状況を聞いて来い。ギルドの回復術師や、ポーション屋にも話を聞いてみろ……俺の言う事の裏は取れる。そして、必要ならその回復術師から姉を遠ざける必要もあるだろう」


 呼吸が浅く、荒くなるララを見てアンブラは彼女の肩に手を置く。


「安心しろ報酬を貰うからには、俺はお前の為に狩りをする。我が部族と、兄者の剣に誓って」


 アンブラはそう言うと、左のガントレットからエルフの浄剣を出す。

 その言葉に、ララは涙を浮かべながらも落ち着きを取り戻して行く。


「あ、ありがとうございます。アンブラさん、姉をよろしくお願いします」


 ララは深呼吸をすると、精一杯の笑顔を見せる。

 アンブラはその顔を見ると、浄剣をガントレットに仕舞う。


「早い方がいい。姉はこの街に来ているか?」

「来ています。療養の為に、この街の別荘にいます」

「よし、では今夜に」


 そう言った瞬間にアンブラの顔に仮面がつけられる。


「……日没の時間か、もう少ししたら行こう。勘だが、今夜は忙しくなる。今の内に食事を済ませておいた方がいい」

「そ、それは良いですけど。なんで、仮面を?」

「夜には素顔を部族の人間以外に見せてはいけないんだ。そう言う習わしだ」

「な、なんか大変そうですね」


 ララはそう言うと同時に、ステアがソーセージが乗った皿を運んで来た。


「お? アンブラが仮面付けてるって事はもう日没か。それに、昼間の嬢ちゃんか? 災難だったな」

「ステア、彼女にも何か作ってくれ」

「お? 垂らし込んだか? やるねぇ」

「依頼を受けた。仕事が終わるまで、俺は彼女の敵を狩る……それだけだ」

「アンブラ、ここ数年で一番楽しそうだな?」

「狩りは、誇りだ」


 そう言うと、アンブラは仮面の口元だけを収納する。

 ララも隣に座ると運ばれてきた料理に興味津々と言った様子だ。


「力が付きそうです!」

「そうだ。生き物は、食えなくなったら死ぬ。食事はしっかりと取れ」


 アンブラはそう言うと、自分に運ばれてきたソーセージの一つをフォークで刺すとララに渡した。

 彼女はまるで初めて食べるかのようにそれを頬張った。


「……次は、姉と食べに来るといい。今よりも美味く感じるはずだ」


 アンブラもソーセージを一つ口に放り込んでからエールを飲む。

 その顔は仮面で隠れていたが、遠い過去を思い出して笑っているかのようだった。


俺や、稲狭や

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