雑魚狩り(2)
ダンジョンに突然現れたオークの大群。
手練れの冒険者も、襲われれば撤退を即決する悪意の波。
そこに入り込んでしまったララと火炎の雲は、犠牲者を出しながらも必死に逃げる。
しかし、襲い来るオークには多勢に無勢。
女性であるララとメルは死ぬ以上の地獄を味わうだろう。
だが、その絶望は腕から伸びる刃と、空気を震わせる咆哮に首を斬り落とされる。
*
異変は第三層に入ってから突如として起こった。
ララは第二層ではモンスター達との戦闘で大活躍が出来た。華麗な体捌きと鋭いドワーフの剣があれば、あの程度のモンスターは苦ではない。
グリンバルもララの戦闘スキルは既にCランク相当だと確信を持っていた。
「ん? いつもより薄暗いな。第三層の光源がいくつかイカれたな?
グリンバルがそう言い、怪訝な顔で周囲を見渡して先頭を進んでいく。
第二層の回廊を抜けて、少しの間狭い通路を歩いてからパーティーが大きく開けた坑道に差し掛かった。
それと同時に、突如として暗がりの奥から夥しい数の足音が響いて来たのだ。当然、彼らもCランク。修羅場もそれなりに潜っている。直ぐに迎撃の体制を取るが、その光景に全員が顔を青くする。
そこには武装したオークの群れがいたのだ。
四十体はいる。
「オーク⁉ 何でこの階層に! それに、凄い数だ」
グリンバルは焦りながらも前衛職として前へ出て大剣を振るう。大剣に埋め込まれた魔石は炎を呼び、数匹のオークをまとめて真っ二つにしてしまう。
ララも剣を抜いて、襲い来るオークを斬る。
オークはそこまで強くない。だが、数が多すぎる。
「第二層へ引くぞ! こいつらだけじゃない! 後から押し寄せて来るぞ!」
グリンバルが叫びながら撤退を指示すると。
アーチャーの男が援護射撃を始める。無口だが、その顔は引きつっているのがわかる。
ただのオークでは恐れる必要はない。だが、坑道という空間の中で凄まじい数となれば話は変わって来る。それに現状は女性を二人も連れている状態だ。
「走れ! ララ! メル! お前達が先に逃げろ! ギルドまで止まるな!」
オークを次々と斬り伏せるグリンバルは最初にまとまってやって来たオークの殆どを蹴散らしていた。
「よし、行ける。逃げるぞ」
そう言ってグリンバルがララ達に向き直った時だった。
坑道全体に砂と硬い物が擦れる様な音が響いているのだ。
「……ウソ、だろ? 何でこんな」
そう言ったのはアーチャーの男だった。
坑道の天井、壁の隙間から無数のオークが這い出して来ていたのだ。坑道の壁や石に爪が擦れる音が無数に折り重なって聞こえていた音だったのだ。
「逃げろ! 全速力だ!」
グリンバルの叫びと共にパーティーは元来た道を大急ぎで引き返していく。だが、いたるところから現れるオーク達にあっという間に包囲されてしまった。
その数は最早、坑道を埋めつくさんばかりになっている。
「固まれ! 円陣だ! 目の前の奴を殺しながら引くぞ!」
指示を飛ばしたグリンバルだが、直後に悲鳴が上がった。
「ぎゃああああ!」
声の主はアーチャーの男だ。彼は円陣を組むよりも先にオークに腹部を粗末な剣で切り裂かれていた。体制を崩した所にオークに首を咬みちぎられてしまい、その後はオークに生きたまま闇に引きずり込まれて行った。
彼は声にならない悲鳴を上げながらもがいていたが、その声もあっという間に聞こえなくなった。
「うっ! おぇ」
その余りにも凄惨な光景にメルは胃から込み上げてくるものを必死に抑える。
だが、それが圧倒的な隙になってしまった。
「キシャアアア!」
オークの一匹がメルに襲い掛かる。持っている杖に噛みついて来たと思えば、他のオークが彼女の装備や服を剥ぎ取って行く。
「ひぃ! いやああああ!」
メルの悲壮な叫びが坑道に響く。それに気が付いたララが彼女に群がるオークを斬り払う。
「こ、この! 離れろ!」
数体のオークを斬り捨てるが、数に勝るオークはララもメルにした様に武器や装備を奪い取りにかかる。ララの胸当てが引きはがされる。
「くっ!」
ララは全身に走る不快感をねじ伏せながら剣を振る。
「メルさん! 立って! 逃げましょう! 早く!」
オークを殺してララは腰を抜かすメルの腕を掴んで立たせる。彼女は殆ど裸にされて、その肌には複数の痣が出来ているがまだ無事であるようだ。
グリンバルは必死にオークを斬り倒していくが、とてもララ達を助ける余裕は無い。
ララは第二層の道へと走るが、オークが容赦なく彼女を穢そうと襲い掛かって来る。
その内に彼女は剣を落として、複数のオークに組み敷かれてしまった。
「い、いやぁ! お姉ちゃん、ごめん! ごめん!」
ララは抵抗しながらも、涙を浮かべたその時だった。
第二層へ続く道の先から、怪物の咆哮が響いて来たのだ。
「グオオオオオオオオオオオオ‼‼‼‼‼」
坑道全体を振るわせる程の音量に、その場の全員が文字通り固まった。
こんな声を出せるのは相当凶悪なモンスターだろう。
オーク達は恐れおののくと、蜘蛛の子を散らす様に逃げ出していく。だが、ララとメルを襲おうとしているオークは卑しくも諦めていないようだった。
「くっ! この! 離せ!」
ララも服を殆ど破られてあわやと言った所に、そのオークの口に刃がねじ込まれた。突然現れたその刃の持ち主は、仮面と腕のガントレットから伸びる剣と言う異様な姿をしていた。その人物は直ぐに何処からか取り出した棒手裏剣をメルに襲い掛かっていたオークの頭に投げつけて始末する。
「剣を拾って早く立て、今の内だ」
その声に、ララは目を丸くする。
「その声、アンブラさん⁉」
「安心するな、連中は直ぐに違和感に気が付く」
ララにとってその声は救いの声だった。それは酒場で会ったアンブラのものだった。
アンブラは恐慌状態のメルを起こす。
「流石はCランク、あそこまで組み敷かれて置きながら無事とはな。間に合った」
そう言うとアンブラは自分の羽織っていたマントを渡す。
ララは自分のマントを羽織って、メルには渡されたマントを巻き着けながら通路に急いで走っていく。
「早くしろ、連中はもう気づく」
アンブラはオークが去っていった方向を仮面越しに睨む。そして、その方向に剣を構えているグリンバルの隣に彼は並ぶと逃走のプランを話す。
「火炎の雲のリーダー、俺と共に殿を頼む。狭い通路で連中の侵攻を抑えながら、二人を逃がす。そして、第二層の通路を一つ破壊して追撃を振り切ろう」
「あ、雑魚狩りか……お、お前に助けられるとはな」
「……刺されたのか?」
グリンバルは顔に脂汗を浮かべて枯れた様に笑う。
その腹部にはオークの短剣が二本突き刺さっていた。
「へっ、もう回復魔法でも治らない。わかるんだ、内臓を引き裂かれた。ギルドまで持たねぇよ」
「そうか、通路を破壊するのはお前に任せたかったが、無理だな。ではどの程度まで戦える?」
「戦うならそこそこなぁ。ゴフッ! 通路の前で俺が陣取って、出来るだけ時間を稼ぐ。お前は二人を連れて全速力で逃げろ」
グリンバルは血を吐きながら自分の姿をララとメルに見せないように後ろ歩きで追う。アンブラもそれに合わせて隣を歩く。
「悪かった、雑魚狩り……お前をバカにしてよ。だが、メルを頼む。ララにも、すまない事になっちまった」
「安心して戦え。通路の前では俺も少し戦おう。二人が遠くへ離れたら追うようにする」
アンブラはそう言うと、引きずり込まれて行ったアーチャーの男が持っていた弓とまだ少し矢が残っている矢筒を回収して肩に担ぐ。
そして、オーク達は再び奇声を発して引き返してきた。
騙されたと憤ったかのように初めの時よりもその勢いは強い。
アンブラは牽制として弓で出来るだけの頭数を減らしにかかる。何体かのオークは矢に身体を貫かれて倒れて行くが、やはり圧倒的な数に押し込まれる。
「行くぞ雑魚狩り!」
「この薬を飲め、痛みが楽になる」
アンブラは小瓶をグリンバルに渡すと、松明に火を付けて左手に持つ。
一行が通路に到着すると、ララは叫ぶ。
「逃げましょう!」
「先に出来るだけ遠くへ逃げろ。後から追いつく」
アンブラは静かにそう告げると、雪崩込んで来たオーク達と対峙する。
突っ込んで来たオークの一匹を右腕のブレードで斬り伏せる。そして、高速で棒手裏剣を投擲して複数のオークを始末する。
グリンバルも次々とオークを焼き切って行く。
「この薬、スゲェな。痛みがグッと楽になったぜ!」
グリンバルは少し元気を取り戻した様だ。
松明を振り回して牽制しながら、棒手裏剣でアンブラはオークを倒していくが、奥から大きな体躯を持つ怪物が現れた。口には発達した牙、木の幹の様に太い手には棍棒を持って鼻息荒く二人に突っ込んで来る。
オークの変異体であるハイ・オークだ。
グリンバルはそれを見ると舌打ちをする。
「雑魚狩り! ハイ・オークだ!」
「俺が仕留める。お前は目の前の敵を斬れ」
そう言うと、アンブラは腰に下げていた松明用の油壷をハイ・オークへと投げつける。油壷は奇麗に奴の口へと入る。ハイ・オークはそれを嚙み砕くと、怒りの叫びを上げる。それを確認したアンブラは弓に松明を番えると、それを放った。
ハイ・オークは何事かもわからずにそれを喰う事になる。
そして、爆発するように頭部が炎上し、ハイ・オークが絶叫する。
「ぎゃああああああ!」
「ハイ・オークはコイツ一匹だな」
アンブラは影の様にいつの間にかハイ・オークの懐に潜り込んでいた。そして、左のガントレットからもう一本の刃が飛び出す。それは蒼い光を薄く放ち、刀身にはルーンが刻まれている。
その刃がハイ・オークの燃える頭を斬り落とす。すると、ハイ・オークの身体が灰になって消えて行った。
アンブラはその首を怯んだオーク達にかざすと、その体躯からは想像も出来ない程の声量で咆哮をあげる。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオ‼‼‼‼」
オーク達は警戒するようにじりじりと距離を取る。
ハイ・オークの首は少し遅れて灰になって行く。
「おあ……その剣、浄化のルーン? エルフの浄剣か、スゲェお宝だ。死ぬ前に面白れぇの見れたな」
グリンバルは徐々に失われて行く血液と体力で顔色は悪いが、ニッと口角を上げる。
「俺はもう行く。これを」
オーク達が距離を取って余裕が出来た為、アンブラは刃をガントレットへ納めると背中の短剣を彼に手渡す。
「はぁ、はぁ……これは?」
グリンバルは困惑しながらもその剣を受け取る。
「出血のルーンが刻んである。これで斬られた者は、回復が容易に出来ない。お前の攻撃は強力で、斬り返しも速いがそれも隙がある。その隙を、これで補え。お前は素晴らしい戦士だ」
アンブラはそう言うと通路へと向かう。
彼の背中にグリンバルの言葉が当てられる。
「雑魚狩り! ありがとよ! ハハハ! お前とは、飲んでおけばよかったぜ!」
アンブラはその言葉に仮面の後ろで小さく微笑むと通路を駆けて行った。
「がふっ! はぁ……いよっしゃああああ! 来いやぁ! 薄汚いカス共がぁ!」
グリンバルは血を吐きながらも、再び襲い来るオーク達を斬り倒す。一振りの隙を突いて、オークが襲い来るが彼は短剣を振ってそれを迎え撃つ。そして、再び大剣を振る。
「いいな、これ。へへっ、もっと早く試しておけば良かったぜ!」
彼は出血の短剣と炎の大剣で、洪水の様な闇へと斬り込んで行った。
*
アンブラは通路を風の様に駆け抜けると、第二層へと戻る魔法陣へと体当たりする勢いで突っ込む。
魔法陣は彼を壁にぶつけることなく、すり抜けるように第二層へと運ぶ。
ここはモンスター達がいる。装備が不十分な二人には少々荷が重いだろう。
少し先の通路に、二人の姿を見たアンブラは両方のガントレットから刃を出す。彼女達はやはりモンスターに襲撃されていた。メルはすでに戦意を失っているが、ララは剣でモンスターと戦っている。
二人に追いつくと、アンブラは周囲のモンスターを二つのブレードで斬り伏せる。
「アンブラさん!」
「急ぐぞ、まだ安全じゃない。走れ」
アンブラは二人の背中を押して、先へと走る様に促す。まだ、オーク達を振り切れた訳ではない。奥の方から足音が聞こえる。既に何匹かはすり抜けて来ているのだろう。
二人の後ろに付きながら、第二層の最短ルートを駆けて行く。
「グリンバルさんは⁉ どうしたんですか⁉」
「奴は最期まで戦うと言って、残った」
「そんな」
ララは悲し気な顔をするが、直ぐに気持ちを切り替えたのだろう。道を遮るモンスターを倒しながら突き進む。
第一層への魔法陣を突破すると、そこには多くの松明の明かりが見えている。ギルドからオーク達を討伐に動いた冒険者達だろう。
「あっ! 他の冒険者達ですよ!」
ララが嬉しそうな声を出すが、直後に魔法陣からオーク達が溢れ出して来た。
「うわぁ! もう追いついて来た!」
「明かりへ向かって走れ」
アンブラは左のガントレットからエルフの浄剣を出すと、二人へ背を向けてオーク達へと立ち向かう。
「アンブラ、さん」
ララは、その背中を見て絵物語に出て来た仲間を守る勇者に重ねていた。
その時だった。
「おい! 向こうに誰かいるぞ! 火炎の雲か⁉」
その声を聞いて、ララは叫ぶ。
「ここです! 救助をお願いします!」
「女性がいるぞ! 戦闘音も聞こえる! 急げ急げ!」
声と共に冒険者達が駆け付けて来た。
「お前達、よく戻ったな! 早くギルドに!」
ララとメルは冒険者達と共にギルドへと戻って行く。
オークの迎撃に残った面子は松明を掲げて、一斉にアンブラに加勢する。
「死ねぇ! オーク共! 押し返せ! 出て来た端から殺せぇ!」
「攻撃を緩めるな、相手は大群だ。誰か、矢を持っていたら少しくれ」
アンブラは駆け付けた冒険者達と連携を取る。
オークにとって第一層は理想の環境だ。暗闇の中で生きるオークはこの階層を目指していたのだろう。
「俺は暗闇を見渡せる。逃げた奴を狙撃する、矢が必要だ」
「お前雑魚狩りか⁉ あの二人をよく連れ戻せたな! ほら、もっと持っていけ!」
矢筒ごと受け取ったアンブラは腰にそれを下げると近くの岩の上に上がって第一層を見渡す。そして、逃げて行くオークを次々に狙撃して殺していく。
冒険者の一人が叫ぶ。
「魔法陣を囲う様に陣形を組め! こいつらはここで押し留めるぞ!」
冒険者達は魔法陣を囲むように展開すると、そこから湧き出てくるオークを殺していく。
すると、オーク達は次々と引き返して行った。
アンブラは撃ち漏らしが無いか周りを見るが、侵入して来たオークは皆殺しに出来たようだ。
「退いたか? ったく! 第五層の基地は何やってるんだ⁉」
冒険者達はため息を吐きながら、第五層の基地へ文句を言い始めた。
「ひとまずは何とか出来た。魔法使いはまだか? この魔方陣を塞いだら撤収するぞ」
オークの死体を魔法陣の周りからどかしながら冒険者達は気だるい声を出す。
アンブラは岩から降りると、矢筒をくれた冒険者にそれを返す。
「助かった。矢が無いと面倒な事になっていた」
「本当に暗闇を見渡せるんだな。その仮面のお陰か?」
「そうだ。それよりも、第三層オークは大群だった。ギルドと、第五層の冒険者達と挟み撃ちにする必要があるだろう。少なくとも、掃討には二、三日必要だ」
その言葉に冒険者は顔を抑える。
「稼げるからいいけどよぉー……あぁ、クソがぁ面倒だぁ」
「俺はギルドに戻る。いいか?」
アンブラは入り口を指差してそう言う。
冒険者は手を振って答える。
「今回は、お前の活躍がデカい。戻って、報告済まして直ぐ休むんだな。第三層まで単騎で行って、オークの大群から女二人を連れ戻す……Eランクの仕事じゃねーよ」
気だるそうにそう言った冒険者にアンブラは許可を貰うとギルドへと戻って行く。
白い太陽の光がアンブラを包む。すると、アンブラの仮面はスッと首のチョーカーへ収納される。中性的な美しいその顔は、悲しみを帯びていた。
彼は、息を大きく吐く。
「ふぅー……俺は何をしている。誇りある狩りではなく、人を助ける為に力を振るうとは。あの世で、祖先に何と言えばいい? 兄者にも叱られてしまう」
アンブラはそう言ってギルドへと五年ぶりに、ダンジョン側から帰還した。
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