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第十一話 新たなる闘争


 コンピュータ室には何故かカケルくんがいた。もう放課後なのにどうしてと思ったが、コンピュータ倫理で赤点取ったので居残り補習だそうだ。今時小学生の成績不良で居残りテストなんてなさそうなのに、よりにもよってコンピュータ倫理は例外中の例外である。ネットリテラシーは下手すれば一生物のデジタルタトゥーになりかねない。ましてやこの世界はみんなアイロボを持っている。いかに人工知能とはいえ禁止事項をすり抜ける時はすり抜けるし、使用する人類にも相応の知識が必要なのだ。


 今回はカケルくんよりもネットリテラシーに問題がありそうな生徒がチラホラいそうなのが問題だけども。


 チヨコ先生。このコンピュータ室のヌシだ。そうとしか言えない。基本小学校は担任がすべての教科を受け持つのだろうが、この先生はすべての学年とクラスのコンピュータの授業を受け持っていた。それだけコンピュータのカリキュラムが特別視されているという意味だ。そしてこの世界であっても他の先生方はそれらが得意ではないということでもある。想像がつきやすいだろうが、この手の分野は親より子どもの方が詳しい場合が多い。なんせ日進月歩。先生方が子供の頃習った内容がもうこの業界では通用しないなんてこともよくある。

 チヨコ先生も元はどこかの研究所あがりの人だったはずだ。「大学生の時になんとなく取った教員免許で飯食ってるなんて、人生なにがあるかわかったもんじゃないな!」が鉄板トークだった。この妙味を小学生がわかるかどうかはさておき。


「どうしたの?」


 自慢じゃないが私はこの手の授業はものすごく得意だ。アイロボだけじゃなくてパソコンもそれなりにいじれる。なのでチヨコ先生の問いかけはそこらへんの意味も多分含まれている。

 カケルくんが補習を受けているので邪魔したかと思ったが、こちらも緊急事態といえばそうなので遠慮しなかった。カケルくんが不思議そうにしていたが、チヨコ先生に睨まれて設問に戻る。かわいい。ホビー販促用アニメの主人公が学校の勉強苦手なの解釈一致です。コンピュータ倫理っていうのも妙だよね。やっぱ主人公は勇者的行動を取りがちなんだな。リテラシー的には好奇心でフィッシングされそうなのはNGだから仕方ないね。


「実は先程下級生から相談されまして」


 掻い摘んであったことを話す。マルウェアかもというのは事実ではなく考察だけど。チヨコ先生の顔が途端に険しくなった。わかる。ネットリテラシーの敗北ですよね。壁に埋め込まれたUSB端子にパソコンを接続するような無防備さを感じますよね。

 説明のついでに問題のパーツも渡す。チヨコ先生は受け取って検分したが、見た目にはただのカスタムパーツだ。なにもおかしいところはない。

 こちらの話をバッチリ聞いてたカケルもカスタムパーツを見たがったが、チヨコ先生に一喝されてテスト用紙に戻っていった。懲りない。


「聞いてる限りだとその子だけがつけてたってだけかな?」

「それはそうですけど」


 私に相談したのがその子だけって話だ。それで全部と言うのは流石に楽観的過ぎないだろうか。とはいえチヨコ先生もその可能性を考えていないわけではない。教員会議にかけるかぁと唇を尖らせつつ、すぐにいたずらっ子のようにニンマリと笑った。


「パソコンに接続して中身見てみようか」

「アイロボのウイルスですからパソコンのOSなら安全だとは思いますが……」


 それってテキスト形式で読み解くってことだろうか。アイロボ用のコードを読む自信はあんまりないんだけど。私が詳しいのってあくまでハード側の話だから。

 しかしチヨコ先生は自信満々にパソコンに向き合った。


「いやあ流石の私でもデコンパイルしてもわからないよ。人の書いたやつなんて特に」

「じゃあ何を……え。エミュレーターですか」


「でこ……? エミュー?」


 まだしっかりと聞き耳を立てていたカケルくんの呟きに思わず笑ってしまう。それは鳥だね。


「簡単に言えば、パソコン上でアイロボを動かして観察してみようってことだよ」

「へぇ~」

「それじゃあ念の為このパソコンのLANケーブルは抜いてっと」


 チヨコ先生はもう既に興味が移っているようで、カケルくんを注意しない。好奇心は猫をも殺すが、チヨコ先生だって相当好奇心が強い。でもわかる。好奇心が強くなくちゃそもそも仕事に出来ないくらい、この手の情報は更新され続けるから。

 マルウェアを動的に観察すると言われても、それも私は詳しくわからない。前世から花まるよい子だったので、マルウェアとはほとんど無縁だった。あったとして駆除したくらいだ。なので本来どんな動作をするのかさっぱりなのである。

 チヨコ先生が「あーなるほどね~」などと面白がっていた、まさにその時だった。


 バツン、とコンピュータ室の電気が落ちた。突然の薄暗闇に私は反射的に上を向いた。ブレーカーが落ちたのかと思った。

 ついで生徒用のパソコンの前に座っていたカケルくんが「うわっ」と悲鳴を上げたのである。


「なんか変な文章が表示されてる!」


 カケルくんの目の前にあるパソコンだけではない。少し前にLANケーブルを抜いたチヨコ先生のパソコン以外すべてのモニタが文字を映し出していた。

 黒背景に白文字。スクリーンセーバーのように動いている。その文言は「NOT RED」。


「赤じゃない……?」

 

 い、いやそれよりも。ブレーカーが落ちたわけではないぞ、これ。パソコンがついてるのに電気が消えているのだ。電気だけ操作されて消えているということだ。停電ではない。

 この学校の電気系統はネットワークで一元管理されている。スマートホームの学校バージョンのようなものだ。それがこの状況、ひょっとしたら。


「学校中の電子機器がウイルス感染だと〜!?」


 私の懸念をチヨコ先生が叫んでくれた。少なくとも電気系統の管理をしている端末は乗っ取られていると思われる。なんなら今このタイミングでオフラインになっただけで、チヨコ先生のパソコンもウイルス感染している可能性が高い。


「ハートちゃん!」

「私は平気だよ! ジャスティスは?」

「無事だ」


 ぴょこんと顔を出したのはハートちゃんと、カケルくんの鞄からジャスティス。良かった、ネットワークに接続されている機器がすべてウイルス感染したわけではないらしい。

 であれば正常な端末で、ひとまず学校のメインパソコンからウイルスを除去するのが筋、ではあるけれど。


 正常な端末とは当然ハートちゃんのことだ。ハートちゃんを校内ネットワークに送り込んでウイルスをやっつける。恐らく可能だろう。ただ。


 失敗した場合、またハートちゃんをフォーマット処理する必要がある。


 ……いや、どうしてもやるべきだ。ハートちゃんはちゃんとバックアップを取ってある。学校中がハックされた今、出来る人がやるべきだ。

 それは私だし、ハートちゃんである。


「チヨコ先生、ひとまずコンピュータ室のハブは電源を落としましょう。どちらにしろ初期化が必要ですし」

「そ、そうだね。うん。先生方に状況を説明しなくちゃ。とりあえず職員室にいこう」


 コンピュータ室の配線を一時的に落として、私達は職員室へと向かった。

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