第十二話 追い詰められたイヌ
職員室に辿り着くと異常に気付いた他の先生方もパニックになっていた。その内の何人かがチヨコ先生にどうにかして欲しいと詰め寄っていた。職員室のパソコンはデスクトップもノートパソコンも関係なくモニタに例の「NOT RED」が流れている。
「あのさぁサヤカちゃん。結局何が起きてんの?」
流れで私達に同行してくれたカケルくんが耳打ちしてきた。確かに。カケルくんにはわけわからないよね。チヨコ先生はまだ人波に揉まれていたのでこの隙に説明をすることにした。
「私が持ってきたカスタムパーツにウイルスが仕込まれてて、それが学校の中で新しいウイルスを作ってるみたいなんだよね」
「ウイルスを? 最初のウイルス感染させるんじゃだめなの?」
「OS……、基本ソフトがアイロボとパソコンじゃ違うからね。OSが違うと感染しないの」
ただ厄介なのが「だからパソコンの中にアイロボ用のウイルスがいない」という話にはならないことだ。パッケージ化して「ある」可能性の方が高い。アイロボからのコマンドが送信されれば動く……なんてことも出来るだろう。
だけどせめて管理サーバーだけでも取り戻さなくちゃ。今はパソコンをハックされる程度で済んでいるが、まだ校内には生徒が残っているんだ。電気を消せたということは、校内の電気錠も把握してるだろう。空調もだ。スプリンクラーはどうかな。でもセキュリティシステムは繋がってるだろうな。どちらにしろパニックになってしまう。
「大丈夫、アイロボなら外部から削除出来るから。ね、ハートちゃん」
「うん、任せてサヤカちゃん!」
代償にハートちゃんがまた壊れるかもしれない。でもハートちゃんも私の意を汲んで、元気よく返事をしてくれた。
チヨコ先生側のパニックが収まらないなら、手遅れになる前に独断で作業を進ませて貰おう。管理サーバーの場所は何となくわかる。物理ケーブルもある。
しかし少し考え込んでいたカケルくんがパッと顔を上げた。
「ねぇその役目、オレに代わって貰えないかな」
思わず振り返ってまじまじと見つめてしまうが、カケルくんは至って真剣な顔だった。
「OSが違えば感染しないんだよね? それならジャスティスがやった方がいいと思う。
ジャスティスって古いOSのまんま、なんだろ?」
確かに。ウイルスは最新機器を攻撃する方向で進化するものだ。極端に古いOSでは逆に動けない可能性がある。Windows11用のソフトがWindowsXPで動かないのと同じ理屈だ。
だけど任せていいのか? ジャスティスが壊れる可能性だってゼロじゃない。動いているウイルスの詳細を知らないのだ。危険は避けるべきでは。
「やれるよな、ジャスティス!」
「ああやれる。サヤカもハートちゃんも、ここは譲ってくれ」
ジャスティスの言葉に更に虚を突かれた。多分ジャスティスの方がカケルくんより余程現状を理解しているだろうに。
本当に良いのだろうか。ハートちゃんが実行するよりもジャスティスがやった方が安全だとは分かってはいるけど。危険なことは変わりがないのに。
いや、いや。そうだね。
ここはカケルくんとジャスティスを信じるべきだ。今問題を解決出来る最適解が提示された。ならばそれを採用する。基本だった。
しかし古いOSであることが役に立つなんて……、いや考察は後にしよう。
そうと決まれば大人達に邪魔をされたくはない。先生方のほうを伺うと丁度生徒達が職員室に先生を呼びに来たところだった。何でも電子黒板もジャックされてしまったらしい。よし。いや良くはないが、まだ混乱して貰ってた方が動きやすい。
「なら急ごうか。まずはサーバーをネットワークから切り離さないと」
既にウイルス感染したパソコンは無理だが、ネットワークに繋いであるだけのものは遮断すれば止まるはずだ。
サーバーラックのLANケーブルを外すついでに傍にあったルーターの電源も切った。良かった、ネットワークの大元がすぐに見つかって。施設によっては見つけづらい場所にあるものだからね。
「まずはメンテナンスモードに変更しよう」
「オッケー。繋げるぞ、ジャスティス」
頷くジャスティスにカチッとケーブルを繋げるカケルくん。そういえばあの接続部を換装したのは私だったな。
ここには他に出力装置はない。例えばモニタがあればジャスティスの動きも追えるかもしれないが。
「何を仕掛けてくるかわからない。だから油断しちゃダメだよ」
「了解」
それからジャスティスは沈黙をする。モニター出来ないと、外から見てるだけじゃ何もわからない。
ただやはり、すぐさま解決するほど甘くはなかったようだ。
パッと光って、円盤を描く。何が光ったのかすぐに分からなかった。MR照射装置。しまった。線を外したから油断していた。無線接続だったのかこれ。
そこにジャスティスのホログラムが表示される。カケルくんが「あの時と一緒だ」と呟くのが聞こえた。あの時。アイロボ大会での時のことだろう。
「だ〜れかと思えばジャスティスじゃあねぇか」
展開されたバトルフィールドにはもう一つ、姿があった。
「……誰だ?」
「あは、忘れてんだ。ウケる。ま、正しくはオレじゃあねぇんだけどさ」
しかしアイロボと評していいのか、躊躇う姿だった。ホログラム上の姿は本来のアイロボとは大きく逸脱している。人型ではない。犬型と言えばいいのか、著しく関節が四足動物のソレだ。しっぽもある。お陰で元になっただろうカスタムパーツが一つもわからない。
犬、だろう。耳はないが、鼻は長いし。流暢に喋りはするが、仕草が犬のそれだ。
どう見ても違法改造のアイロボは、ダラリと舌を垂らしてジャスティスをせせら笑った。
「おン前ぇ、一回ブッ壊れてんダヨぉ……!」
「!」
「もっかい壊してやるよ、今度はオレがさぁ!」
しかし相手は少し考えるように、上を向いた。オレが壊してやると言った手前、名乗りを上げるべきと思ったのかもしれない。悩んだのは本当に少しだった。
「オレは、ブレツー。おぅブレツーでいいや。このブレツー様がよお!」
そして本物の犬のように鋭く吠え立てた。




