キクチ、仕事の時間だ
全員が車へと戻った後、ラルフとフィアのお話しが始まった。
内容はシドが軍属扱いになっている件とライトに付与された権限レベルがラルフやフィアよりも高い件だ。
「それで、ライフカードの権限レベルの件。教えて欲しいのだけれど?」
シドとライトが旧文明の強化ユニットを使用している事については、ゴンダバヤシにも秘密にしている。
担当官のキクチと随行員となったラルフには共有しているが、6大企業の取締役にも開示するのは危険ではないかという見方からであった。
ゴンダバヤシもシドの高すぎる戦闘能力と、意味不明な発電能力がただの隔世遺伝者というだけでは説明できない事は理解しており、何かしらの処置を受けている事は気づいている。
しかし、漠然とした予想と情報として確定するのとでは意味が全く異なる。
もし、喜多野マテリアル内でこの情報が共有された場合、ゴンダバヤシの抑制を無視して動き出す勢力が出てきても可笑しくはない。
喜多野マテリアルが保有するデンベ以外のイレギュラーが動けば、シドとライトの2人といえど捕獲されてしまう危険は高い。
その危険を考慮し、現在はキクチまででこの情報は止められている。
しかし、今回のライフカードを使った旧文明の市民権取得案件で、シドとライトが現代人とは違う評価を旧文明から受けている事が明確となってしまった。
ここでどうしてでしょうね?わかりませんは通用する訳がない。
車まで戻ってくる間、必死に整合性のある嘘を組み立てようとしていたラルフだったが、いくら考えてもフィアを誤魔化せるようなストーリーを描くことが出来なかった。
そこでラルフが捻り出した答え。
それは、
「・・・2人の権限レベル・・・それについては2人の身体情報に深く結びついている事は明白です。そしてそれは、2人の弱点に繋がりかねない情報とも言える。よって、部外者とも言える貴女に情報を開示する事は出来ません」
「部外者?」
「はい。貴方はランク調整依頼の期間、スラムバレットへの同行者として扱われています。依頼完了後、スラムバレットへの正式に加入するかどうか話し合いが持たれる・・・・違いますか?」
「・・・・・確かに、そういう契約だったわね」
「ですので、貴女はスラムバレットの一員ではなく部外者と言える。ワーカーの秘密を探るのは暗黙の了解として禁止事項となっています。最悪は敵対行動ととられても可笑しくありません。ですので、これ以上探りを入れるのは止めて頂きたい」
「・・・・・・・・」
要するに、貴女はまだ仲間じゃないよね?ワーカーの秘密を探るのはマナー違反だよ。だからこれ以上聞かないでね。
と、ラルフは言っている。
確かにこう言われれば、フィアはこれ以上追及する事は難しい。
ワーカーとして同行しているのであれば、ワーカーの流儀に従う必要が出てくるからだ。
だが、ハッキリ言うとこれは何も隠せていない。
ただ明言を避けているだけでシドとライトが旧文明の何かしら技術の恩恵を受けているのは明らかであり、フィアであればある程度の予測は立てられてしまうだろう。
だが、確定させる事だけは避けたかった。2人の立場を守る随行員として。
ラルフの返答を聞いたフィアは、少し目を眇めラルフの顔を見つめた。
「・・・・・・なるほど。確かにマナー違反だったわ・・・・・ごめんなさいね、2人共」
そう苦笑いを浮かべながらシドとライトに謝るフィア。
「お、おう」
「いえ、大丈夫です」
<そんなルールがあったのか?>
<んー・・・一応それらしいマナーがあるって養成所で習った気がする・・・・>
<スパイ行動に類似する行いですからね。最悪は殺し合いに発展する可能性もあるでしょう>
シドはワーカー同士の暗黙の了解など知らない。
そういう部分はライトやラルフに頼りっぱなしになるのだろう。
「・・・・今日は色々とあり過ぎて混乱してるみたい・・・・少し頭を冷やしてくるわ」
「・・・・そっか」
「いってらっしゃい・・・・」
フィアはそういうと車の外へと出ていく。
「色々ね・・・・・」
シドは不思議そうな顔をしてフィアが出て行った後部扉を見つめる。
「・・・ありましたよ。ショーケースから完全な状態のライフカードの取り出し・・・・これですらワーカーオフィスがひっくり返る騒動になりますからね」
全然わかっていないシドへラルフが教えていく。
「その後は遺跡都市への仮住民登録、その後機械系モンスターに包囲され難攻不落のゲートを通過。正規の住民登録が成功し旧文明の通貨を入手。おまけに使用出来ることまで立証しましたよ・・・・報告する方の身にもなってもらいたいくらいです」
ラルフとしても今日はお腹いっぱいだ。
この後キクチに送る報告書を作成するのだが、通常回線では無く、喜多野マテリアルから提供されている秘匿回線を使用する必要があるだろう。
「報告は任せるよ。俺達は飯買いに行こうか」
「そうだね。今日は違うキッチンカーに行ってみようよ。沢山あったし」
「そうだな。じゃ、行ってくるな」
「はい、よろしくお願いします」
シドとライトは食事を買いに車外へと出て行く。ラルフは報告書と資料を纏める為に端末を開くのであった。
その頃のキクチ
キクチは今、ダゴラ都市のワーカーオフィスに居た。
ミナギ都市でのバイオハザード騒動が一段落し、向こうのワーカーオフィス統括代行の地位を正規のワーカーオフィスに返還。本来の職場へと帰って来たのだ。
そして今、予てから計画されていたキョウグチ地下街遺跡への大規模攻略へ向けての準備に邁進している最中である。
ダゴラ都市周辺の中央崇拝者狩りは一応の区切りを見せ、集まっていたワーカー達に通達を出しダゴラ都市に留まって貰っている。
今はキョウグチ地下街遺跡の入り口に防衛拠点を建設し万が一スタンピードが発生してもその場で食い止められる様に工事が行われていた。
(簡易工事が完了すれば先遣隊で入り口付近のモンスターを排除。弾薬や食料の補給体制を構築して、さらに強固な施設で遺跡の入り口を囲んだ方がいいだろうな)
キョウグチ地下街遺跡
偶然発見された遺跡であるが、ギルド天覇所属のレオナとライトの活躍により、全体マップの入手に成功した遺跡だ。
かなり広大な遺跡の様で、横方向にも下方向にも広大な建造物となっているらしい。
さらには戦闘用オートマタによって、レイブンワークスを主体とした攻撃チームが全滅しており、非常に危険度の高い遺跡と考えられている。
遺物の収集も行われていたが、探索開始早期にオートマタの出現が確認されたため閉鎖され、漸く探索再開できる段取りを付けることが出来た所だった。
「ふ~・・・・後は遺物の買取所の手配もするべきだな。このまま放置すれば行商人が買いあさって行くだろうから・・・・・」
以前までは一総務職員でしかなかったキクチだが、スラムバレットの担当になってからあれよあれよという間に権限が強化されていく。
今では喜多野マテリアル 取締役ゴンダバヤシの直接の部下と言う立場になり、ダゴラ都市ワーカーオフィス統括と同等に近い権限を有することになった。
キクチがひと声掛ければ、ワーカーオフィスがすんなりと動いてくれる為、準備はスムーズに進んでいる。
あと一週間もすれば全ての準備も終わり、調査を再開させることも出来るようになるだろう。
「・・・・・アイツ等も呼び戻してもいいタイミングかもしれないな」
中央崇拝者達の報復テロを警戒してミナギ都市へと移動させたスラムバレットの2人。現在はバハラタ都市で唐澤重工に新装備の開発を依頼したと聞いている。
旧文明製オートマタであるイデアの外部ユニットまでメンテナンスと称して唐澤重工に預けたと聞いた時は頭痛がしたものだ。
だが、喜多野マテリアルはその外部ユニットを製造できる生きた遺跡。セントラル地下シェルターを確保している。
ゴンダバヤシは研究チームを送り込み、急速に武蔵野皇国の技術を吸収している最中だ。
オートマタ1台程度で目くじらを立てる様な事にならなかった。
唐澤重工から装備を受け取り、性能テストが終わったら戻ってくる様打診でもしてみようかとキクチは考える。
当然ワーカーである2人には移動の自由が保障されている。
キクチの要請を断り、東方の前線へと向かうと2人が希望すれば止める権限などキクチにはない。しかし、あの2人は行く先々で問題とかち合う可能性が非常に高い。
高いというより、現在では100%の確率で大事に直面して来た。できるなら近場で監視したいというのがキクチの正直な気持ちであった。
(・・・・あいつら・・・・バハラタでも何かやらかしてないだろうな・・・・)
スラムバレットとイデア。それと唐澤重工の技術者達。
混ぜるな危険の筆頭に思える組み合わせである。万が一実験に失敗しバハラタ都市を吹き飛ばすような事態になれば、キョウグチ地下街遺跡の調査など放り出し、キクチがバハラタ都市に直行する事になるだろう。
「・・・・・・いやいや、考えすぎだな。あの企業も今まで重大事件は起こしてこなかったんだ。シド達にはラルフも付いてる。大丈夫に・・・・決まって・・・・・・・・」
キクチがそんな想像をしていると、件のラルフからメールが届く。
タイトルは【ミリタリービル遺跡 探索報告】と書かれていた。
(ミリタリービル・・・・高難易度の遺跡だな)
キクチもミリタリービルの話は知っている。
強力なモンスターだけでなく、遺跡の機能そのものが完全に生きている遺跡だ。もし探索時にセキュリティに触れてしまえば、遺跡全体が敵に回ってしまう危険な遺跡だと記憶していた。
(今度はミリタリービル内で大暴れでもしたのか?)
キクチがメールを開こうとした時、ラルフから秘匿回線で通信が入った。
「・・・・・・・・」
報告だけならばこのメールだけで十分のはずだ。
だというのにラルフから高度な暗号処理を施された秘匿回線での通信が飛んできている。
これはゴンダバヤシから預かったコードを使用しなければ解読は非常に困難な通信方法であり、重大な問題が発生しなければ使用されないはずの通信方法であった。
「・・・・・・・」
出たくない・・・・・キクチはそう思う。だが、出なければならない。
それがキクチの仕事であるが故に。
「久しぶりだな。ラルフ」
通信画面に映し出されたラルフはパワードスーツに身を包んだままだ。と言う事は都市内からの通信とは考えにくい。しかし、その表情は切羽詰まったものでは無く、危険が迫っている様な感じでは無かった。
『ええ、お久しぶりです。随分つなげるまで時間が掛かりましたね。出ないのかと思いましたよ』
「・・・・出るかどうか迷ったよ。ミナギ都市でのことを考えたらな」
『それはいけませんね。ああいう大事件が起こった時の為の秘匿回線なのですから、直ぐに出て頂かないと』
「今回も都市が消える様な大事件なのか?」
まさかな。
とキクチは笑いながらラルフへ尋ねる。
『都市が危機に陥るような案件ではありませんね・・・・・・しかし、インパクトはミナギ都市同等かそれ以上かもしれませんよ?』
その言葉を聞きキクチは笑っていた表情を引きつらせる。
『内容はメールで送ってあります。直ぐに確認してください。今すぐに』
強く念を押すラルフに言われるまま、キクチはメールを開く。
その内容を目で追っていくにつれ、キクチの眉間の皺が深くなって行き、驚きで目が大きく見開かれることになった。
読み終わったキクチの顔からは表情が消え、無言の時間がしばらく流れる。
『どうしますか?』
何も話さないキクチにラルフが尋ねる。
「・・・・・どうしろってんだ?完璧なライフカードを手に入れただけなら喜多野マテリアルに提出しろ、ってだけで済んだ。だが、なんだこれは?旧文明の遺跡に市民登録?クレジットの入手?権限レベルに遺跡の管理AIからの依頼???もう意味が分からないんだが??」
『私もそう思いますよ。ショーケースからライフカードを入手する方法もライトが確立しました。スラムバレットであれば補充され次第、遺跡の在庫が切れるまでライフカードを入手できるようになったという事です。まあ、フィア・ハーバーの手を借りればの話ですが』
「それだけでも値千金の話だが、その正規登録されたライフカードを持っていればミリタリービルのモンスターから襲われないようになるってのは本当なのか?」
『はい、身を以て体験しましたから。イデアが言うには犯罪行為を行わなければモンスターからは襲われないとの事です』
そして遺跡から給付されるクレジットだ。
それさえあれば、決済システムが生きている店舗から合法的に遺物を回収できるようになるという事だ。今までは不法侵入を繰り返し、防衛システムを掻い潜りながら遺物を強奪してくるという手順が、取引と言う形に変わる。
クレジット残高内であれば、希少な遺物をノーリスクで収集する事が可能になる。この事が都市や他のワーカーに広まれば大騒動に発展する事は間違いない。
「その市民登録は他のワーカー達も可能だと思うか?」
『恐らく問題ないでしょう。ただ、今まで一度もミリタリービル遺跡のセキュリティに触れていないワーカーに限定されるでしょうが』
「何故そう思う?」
『私たちが正規登録を行う際、犯罪歴の照合を行われました。恐らく、今までハッキングに失敗したワーカーは遺跡のメインサーバーにその履歴を保存されているハズです。もし登録を行おうとすればモンスターに囲まれ逮捕される可能性が高いと考えます』
「逮捕・・・・ね」
『ええ、抵抗しなければ・・・ですが。まあ、逮捕された後にどうなるかまでは知りませんが』
ミリタリービル遺跡でモンスターに打倒された者はその後再発見されることは無い。
普通の遺跡なら死体が残る。
生物系モンスターに食い散らかされたとしても無機物である装備やワーカーライセンスは高確率で回収されるものだが、ミリタリービルでは発見例が一切ない。
これは清掃ロボットに片づけられているのか、もしくは捕縛されてどこかの施設へと収監されているのか・・・・・
「まあ、それはいい。問題は正規登録できたお前たちだよ。フィアも登録したとメールには書いてあるが・・・・」
『今彼女は上司に報告しにいってますよ。この話も早くゴンダバヤシ様に送った方が良いと思いますが 『おう、話の途中に失礼するぜ』 ・・・・・!!!』
キクチとラルフが繋げている回線にゴンダバヤシがアクセスして来た。
『丁度こっちの仕事が一段落したところだったんでな。さっきの話は聞かせてもらった。キクチ、その報告書を俺の方に送れ』
「承知しました」
キクチは端末を操作してゴンダバヤシに報告書のデータを送信する。
そのデータに目を通したゴンダバヤシが口を開く。
『・・・・・・・これは公開できる情報じゃねーな。専務とも相談せねばならん』
『「・・・・・・・」』
『ラルフ。このクレジットてのは毎月給付されるって話は本当か?』
『はい、AIがそのように話していました』
『・・・・・・・もう一枚使用されてないライフカードがあるみたいだな』
『はい、未使用のものはシドが所持しています』
『わかった。専務と相談して対応を決める。キクチ』
「なんでしょうか?」
『仕事だ。お前は直ぐにバハラタ都市に向かいスラムバレットと合流しろ』
いきなりゴンダバヤシから指令を出されるキクチ。
「・・・は?いや・・・キョウグチ地下街遺跡再調査の準備が!」
『それはマガラ統括に任せろ。お前はスラムバレットと合流して指示があるまで待機だ。ちゃんとパワードスーツも持って行け』
「あ・・・・あの・・・・それは、私も遺跡内へと潜る・・・・可能性があるという事ですか・・・・?」
『可能性の話だがな。喜多野マテリアルから適切な人員が派遣できない場合はお前に任せる事になる』
思ってもいなかった方向に話が進み始めキクチ放心状態。
『ラルフ。スラムバレットの2人はバハラタ都市へと戻しキクチの合流を優先しろ・・・・・恐らく次は中央のミリタリービルへと向かって貰うことになるだろう』
『それは、喜多野マテリアルからの直々の依頼という形ですか?』
『そうなる。2人の手綱はしっかり握っておけ。他のワーカーや企業に気取られるな』
『・・・・承知しました』
ラルフはあの2人。というよりシドが大人しく都市に戻るかどうかが不安になる。しかし、ゴンダバヤシからの依頼だと言えばシドも言う事を聞くだろう。
『よし、キクチ。明日7:00に高速艇をダゴラ都市に着ける。それに乗ってバハラタ都市へと向かえ。当日中には合流できるはずだ。ついでに必要になりそうな装備も積んでおく。好きに使え』
「あ・・・ありがとうございます」
『喜多野マテリアルが2つ目の生きた遺跡を占有できる可能性が出て来た。2人とも気を引き締めてかかれよ』
「『承知しました』」
ゴンダバヤシは通信を切り、画面にはキクチとラルフだけが残される。
「・・・・・・・・」
まさか遺跡に潜らなければならない事態になるとは思っていなかったキクチは言葉が出てこない。
いくらパワードスーツを着ていたとしてもキクチは戦闘の素人。さらにはスラムバレットの2人と一緒に遺跡に潜るなど嫌な予感しかしない。
(ああ・・・・・もっと真面に戦闘訓練を受講していれば良かった・・・・・)
キョウグチ地下街遺跡攻略の準備がもうすぐ終わるというタイミングでこの指令。キクチは神を呪う。
『良かったですねキクチ』
何が良いものかとラルフを睨み付けるキクチ。
『セントラルに調整してもらった体が本領を発揮する時が来ましたよ。私たちと一緒に冒険しましょうか」
悪い顔でニヤニヤと笑いながらキクチを見るラルフ。
「・・・・・・」
『こちらも直ぐに戻ります。明日か明後日には会えますね。楽しみにしていますよ、キクチ』
ラルフはそう言うと通信を切断し、画面から消える。
キクチは天井を見上げ、暫く動く事が出来なかった。




