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ダークエルフと天下無双  作者: あほうのたわけ
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4話 進化の日



「オ〜ル〜、どこにいるのぉ? お姉ちゃん怒らないから出ておいでぇ?」



 やばい、やばすぎる。

 民家の屋根の上に身を潜めるオルディスは、怒りで髪の毛が逆立つ姉の形をした化け物を見てそう溢した。

 その両の手には二つの火球が浮いており、一度顔を見せようものなら問答無用で黒焦げだろう。

 オルディスとリスティの姉弟(きょうだい)喧嘩は決して初めてではないし、なんなら頻繁によくある。だがそれは子供の頃の話だ。口喧嘩や可愛い殴り合いの類い。

 大人になったリスティとの喧嘩は、最早喧嘩と呼べるようなものではなかった。


「殺される。捕まったら絶対殺される」


 そう、虐殺だ。

 バクバクと鳴り止まない心臓を抑えながら必死に考える。

 恐らく、逃げ切ることはできない。

 リスティほどの魔導師であれば魔力でオルディスの居場所を探知できるはずだ。今のリスティは頭に血が昇ってそれを忘れてしまっているだけ。冷静さを取り戻したその時が終わりの瞬間。リスティの魔導師としての実力はフラリナに勝るとも劣らないほどであり、真剣勝負では勝つことは難しい。

 だが怒りで冷静でない今ならば、勝機はゼロではない。

 オルディスは覚悟を決める。


「……見せてやるよ姉さん。俺がダークエルフの誇りと引き換えに磨き続けたものを」


 腰に差した木刀を抜き放ち、リスティの背後に飛び降りる。

 当然、振り向いたリスティからすぐさま火球が飛んできたが、予測していたオルディスは華麗にそれを躱した。


「あっぶねぇな、誰かに当たったらどうすんだよ」


「いないって分かって撃ってるのよ。それで、これは観念したってことで良いのかしら?」


 オルディスはその言葉が終わるよりも先に駆けた。リスティの元へではない、背後にあった路地へと。

 依然としてリスティの怒りは増していく。


「……そこまで本気で私と遊びたいってわけね。いいわ、お望み通り特大のお仕置きをしてあげる」


 リスティもそれを追って路地へと入っていった。


 そのまましばらくの追いかけっこを続け、やがてまた一つ路地を曲がったところで、オルディスの足が止まった。


「……どういうつもり?」


 当然、リスティは困惑。

 その道はおよそ剣士が戦闘するには向かない狭い一本道だった。

 ここを戦場であるとするならば、どう考えてもリスティが有利すぎる障害物ひとつない一本道。一介の剣士ができるのは、その道を走ってリスティに斬撃を浴びせることのみ。だが生身のオルディスでは、リスティの元に辿り着くよりも先に魔法で簡単に撃墜されてしまう。この道では避けることも隠れることもできない。

 もしかして勝利を諦めたのではと、オルディスを見るリスティであったが、オルディスの瞳に宿る闘志はまだ消えていない。


「ここで、姉さんをぶっ倒す!」


 木刀の先をリスティへと向け、オルディスは自身満々にそう言い放った。

 そんな弟の真剣な表情に、リスティはいつの間にか優しく微笑んでいた。


「……生意気言うようになっちゃって」


 怒りよりも先に、弟の成長した姿に喜びが訪れる。

 なんだかんだ言いつつも、結局はリスティもユーリスと同じようにオルディスの夢を応援している。王を継ぐ必要もなく、大図書館を継ぐ必要もない第二王子であるオルディスには、誰よりも自由に生きてほしいと、心からそう思っている。

 そう、これはただの()()なのだ。

 果てなき道を歩むオルディスが、どこかで挫け、心に深い傷を負ってしまうのではないか、外界という未知の世界で、自分が何も知らない間に命を落としてしまうのではないか、弟を愛する姉としての心配。

 だが、オルディスは本当に強くなった。魔物にも負けない力を、決して諦めない心を手に入れたことを知っている。

 それでもまだ心配性で面倒臭いこの姉は、オルディスがこの魔法書を求めていることを知り、こんな風に意地悪をするような形で、オルディスの成長をこの身で体感したかったのだ。


「……本当に大きくなったのね、オル」


「姉さん……」


 そして、結果は既に十分だった。

 父に怒られる度に、自分に泣きついてきていたあの小さな弟はもうここにはいない。ここにいるのは、何よりも恐ろしい姉に、その意志のこもった剣で立ち向かう、強く、猛々しく、大きくなったオルディス・デック・オスクリタであった。

 それを知れただけで、もうリスティは満足なのだ。




「……でも、それとこれとは話が別よ」

 

 

 直前まで優しい表情をしていたダークエルフの褐色の肌が、段々と赤く染まっていく。少しだけ追い越した感動を、再び怒りが追い越した。

 そのあまりの急変ぶりに、さすがのオルディスにも動揺が隠せない。


「え、今なんかいい感じだったよな?」


「ええ、それがなに? オルごときが、私を虚仮にした事実は変わりないわよね。お姉ちゃんがそんなことを許すわけないでしょ?」


「え、えぇ……」


 姉の手元に再びいくつもの火球が浮かび上がる。


「やっぱやるしかねぇか……」


 オルディスは、情緒不安定な姉にドン引き終わると、ふぅと深呼吸して両の手でその木刀を構えた。


「どんな策を考えてるかは知らないけど、優しく焦がしてあげるから、安心しなさい」


「優しく焦がすは人にかける言葉じゃねぇよ!」


 両者が睨み合う。

 先に動いたのはオルディスであった。

 この細く狭い一本道で出来ることなど一つしかない。


「前進あるのみ!」


 生身のオルディスがリスティの元まで辿り着くまでにはおよそ八歩。当然リスティの火球がオルディスに到達する方が速い。


(どういうつもりなの、オル。まさか本当に無策……?)


 だがリスティにも裏を読んでいる時間はない。

 考えるよりも先に、二発の火球をオルディスへ放った。

 オルディスには回避できるスペースも、隠れられる障害物もない。

 使えるものは、その手に握られた木刀のみ。



「ぶっつけ本番、されど上等!!!」



 エルフやダークエルフなどの妖精族が持つ才は優れた魔力量だが、その他にもう一つ、それぞれ固有の特性を持っている。

 エルフが持つのは、ありとあらゆる魔法への潜在的な適性。その適性を持って、この世にエルフに習得できない魔法などほとんどない。

 そしてダークエルフが持つのは、潜在的な魔法への理解力。ダークエルフは一目見ただけで魔法のありとあらゆるを理解する。

 それを可能にする秘密は、その秀でた()にあった。ダークエルフの目は魔法の性質・構造を瞬時に見極めることができる。


(魔法には必ず核がある……それを破壊することができれば!!)


 先に向かってくる一つ目の火発の火球に対して、オルディスは木刀で突いた。


「嘘でしょ!?」


 魔法が、一本の棒切れによって消失した。


「っらぁっ!!」


 そしてそのまま二発目の火球も、薙ぎ払いによって消失。



「……これは驚きました」


 その様子を遠くから見ていたフラリナが感嘆の声を上げた。同じく隣で見ていたレレアーナもだった。


「たしかに魔法にはそれを構成する核が存在するけれど、それは決して大きくはない。いくらダークエルフの目があったとしても、それはまさに動く針穴に糸を通すようなもの……」


 魔法を斬る。ダークエルフ特有の目と、長年積み重ねた剣技を併せ持つオルディスだけの絶技。


「やはりあなたは本当に凄いお方です、オルディス様」



 目の前で起きたありえない光景に、リスティにも思わず動揺が走る。

 それを見逃すものかと、すかさずオルディスは距離を詰め、その木刀をリスティの首元へ突き立てた。


「俺の勝ちだぜ、姉さん」


「……ええ、そのようね」


 フラリナはそれに驚きながら、やがて小さく笑みを浮かべて、背後に並べていたいくつもの火球を消失させた。


「魔法を斬るだなんて……凄いじゃない、オル」


「ま、まあ初めてだったけど、成功した良かったわ」


 姉から初めての素直な称賛の言葉を受け取り、恥じらうように頬を搔くオルディス。


「ダークエルフである俺だけの剣、魔法を斬る『黒妖流』だ」


「それ、自分で名付けたの?」


「言うな!」


「ふふっ、それにしてもオルが私に勝つだなんて魔法じゃありえないことだったわ。これもオルが剣を選んだから生まれた勝利ね」


 愛しい弟の頭に手を置き、優しい表情で撫でる。


「な、なんだよ急に……」


「あら、恥ずかしいの? まだまだ可愛いとこあるじゃない」


 姉に揶揄われて、恥ずかしさからか少しの反抗をする弟。その光景は、先ほどまで争っていたとは思えないほど、ありふれた姉弟の姿だった。


「あの本、貸してあげるわ」


「まじ!」


「ええ、夢のためなんでしょ。その代わり、誰よりも強い男になりなさい」


 姉が弟を心配する気持ちは変わらない。ただそれ以上にあるのは純粋な期待と応援、そして世界でただ一人のダークエルフの剣士が、世界にその名を轟かせるその未来を見てみたいという好奇心。


「ありがとう、姉さん!」


「でも、やっぱりそれとこれとは話が別」


「え――ごふっ!!」


 優しく撫でていたはずの手が拳に変わり、オルディスを大地へと叩きつけた。

 


「あなたが里を出て行くなんて、本当はすごーく寂しいけど我慢してあげるわ、お姉ちゃんだもの。後はあの人だけね、頑張りなさいな」



 オルディスが気絶して聞こえていない状態でやっと初めて素直な気持ちを吐くことのできた厳しくて優しい姉は、自分も絶対弟に負けないようにと、大図書館へと帰っていったのだった。

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