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ダークエルフと天下無双  作者: あほうのたわけ
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2話 覚悟の日


 あの誓いから早十年の月日が経った。

 その間も、オルディスは決して剣の研鑽をやめなかった。何度父にバレて木刀を取り上げられたか知れない。怒りの拳骨を喰らいすぎて頭の形も変わった気がする。流石に警戒されすぎて、仕方なく魔法を学ぶ期間もあったし、ちゃんと城の地下に閉じ込められたこともあった。だがそんなことで折れるほどの夢ではない。全ては恋した剣のため。

 目指す天下無双の頂へ、ダークエルフの異端者は決して立ち止まることなく、今もなお突き進み続けていた。





「どこまでもついていくとは言いましたが、どんなことも許すとは言っていませんよ、オルディス様」


 目の前をウキウキで走るオルディスに、従者であるフラリナは人生何度目かも分からない呆れを口にした。


「ずっと一人で素振りしてたって強くはなれねぇだろ! 大事なのは実践だ実践!」


 背丈は少年から青年へと伸びても、心は少年の頃から何も変わっていないオルディスは、いつもの木刀を手に森を駆け抜けていた。

 ここダークエルフの里の南方の領土に広がる大森林。この森には、危険な魔物がいくつも棲息しており、ダークエルフの中でも高い戦闘能力を持つ高位の魔法使いにしか立ち入ることを許されない危険領域である。


「バレたら拳骨どころではすみませんよ」


「バレねぇよ! それにフラリナがいる!」


 あの日のオルディスの誓いから、フラリナは業務の空いた時間の全てを魔法に費やした。今では、若くしてダークエルフ内でも上位の実力を持った魔導師にまで昇り詰めている。

 全ては主人の夢の旅路にお供するため。


「来ますよ、東からです。数は二体」


「よしきた!」


 フラリナの警告を聞き足を止め、木刀を抜き放つオルディス。

 現れたのは黒い毛並みをした赤い目の二匹の犬。


「これが未来の英雄オルディス・デック・オスクリタの記念すべきデビュー戦だ!」


 魔物たちは紅く鋭い眼光を輝かせ、グルルルと威嚇の音を鳴らしている。口の中に見える牙と鋭利な爪は、オルディスが持つ木刀とは比べ物にならないほど凶悪な刃であることは確かだった。

 それでも、オルディスが退くことなどない。

 両の手で木刀を緩く握り、中段で構える。

 

「……まだだ」


 ジリジリと黒犬たちはオルディスとの距離を詰めていくが、オルディスはその位置から動くことなく、何かを見極めていた。

 フラリナはいつでも魔法を放てるよう準備をしながら、それを息を呑むように見守っていた。


「まだ……まだ……」


 オルディスは動かない。

 魔物達の荒い鼻息だけが、大森林の一角に響き渡っていた。

 そしてその静寂に耐えかねてか、二匹の黒犬はガウッと吠え、オルディスへと飛びかかった。


「今!!」


 そしてそれとほぼ同時に、オルディスが動いた。

 一歩踏み出すと同時に手首を軽くひょいっと動かし、先に飛びかかってきた方の犬の凶爪を弾き、そのまま下顎を斬り上げた。そしてその勢いのまま少し遅れて向かってきたもう一匹の魔物へ、上段から脳天へと振り下ろす。


「凄い……」


 呼吸も忘れてその様子を見守っていたフラリナは、息を吐くよりも先にそう溢した。

 魔物たちは気絶するように地に伏している。

 僅か二秒にも満たない、見事な早業であった。


「どうだフラリナ! 俺の技は!」


「本当に見事な腕前でした、オルディス様」


 先程までの集中した顔つきが別であったかのような満面の笑みで、オルディスは喜びを露わにした。


「俺の剣は……やれるんだ!」


 剣への憧憬が通じた。野望への執念が届いた。

 そして証明された。その十年が、決して意味のないものではなかったのだということが。ダークエルフの剣は、世界にも通用するものであるということが。


「これが記念すべき第一歩目だ! 今日から俺の偉大なる英雄伝説が始まるんだ! いくぞ、フラリナ!」


「それはなりません、オルディス様」


「へ?」


 明日にでも里を発とうとでも言わんばかりの、興奮冷めやらぬオルディスに、相変わらず落ち着いた表情のフラリナが言った。


「確かにオルディス様の剣は素晴らしい腕前でありました。ですが、それでもまだ足りません」


「足りない?」


「後ろです、オルディス様」


 フラリナが指した方を振り返ると、先ほどの犬たちの五倍ほどの大きさの熊の魔物が襲いかかろうとしていた。

 既にオルディスの間合いに入っていたその熊は、オルディス目掛けて右手を振り下ろす。


(大丈夫だ、このくらい落ち着いて対処すれば!)


 先ほどと同じように、それを弾こうと手首を振るオルディスだったが、


「なっ!?」


 逆に木刀を持つその両腕ごと弾かれる。

 追い打ちをかけようと、オルディスのガラ空きの胴体に左の爪が襲いかかった。


「しまっ――」


 だが数瞬速く、炎の弾丸が熊の目を焼いた。熊の悲鳴と共に、その爪はオルディスの横をすり抜けていく。


「助かった、フラリナ!」


 フラリナの援護によってできた大きな隙を見逃すものかと、その熊に渾身の一撃を叩き込むオルディス。


「なっ!」


 だがその一撃は、熊の硬い筋肉に激突しただけであった。

 痛がる様子もなく、熊は目が見えないながらも再びオルディスに向かい合う。


「俺の剣が、効かない?」


 その一撃はオルディスの十年間の集大成とも言える最も綺麗で美しい一撃であった。

 だがそれが大熊に効いた様子はない。

 そのことにショックを受けるオルディスを他所に、フラリナが冷静に語る。


「これが現実です、オルディス様。確かにオルディス様の剣の腕は凄まじいものでした。ですが、(それ)だけです。あなたの剣は()()


「!?」


「木刀と言うハンデを考慮したとしても、あの熊からすればその威力はお粗末なものでしょう。たとえ真剣であったとしても、せいぜい擦り傷程度です」


「でも、俺の剣は!!」


「オルディス様、これが()()です」


 フラリナの掌から放たれた特大の火球が大熊をあっという間に包み込んだ。凄まじい威力の炎に全身を焼かれ、やがて大熊は意識を失いその場に倒れ込む。

 魔法、それはオルディスが剣を選ぶと同時に、オルディスが捨てたもの。


「魔法を捨て剣を選んだと言うのならば、オルディス様はこれを超えなければいけません。その矮小な棒切れ一つで、この世の全てを斬り伏せなければいけません」


「…………」


「妖精族は優れた魔力と魔法適性を持つ代わりに身体能力は小人や人間以下です。その軟弱な肉体で、遥かに優れた身体能力を持つドワーフや獣人達に勝たなければいけない。凄まじい魔法を放つ妖精族に勝たなければいけない。あなたが選んだのはそういう道なのです」


 厳しくも、フラリナの言葉は至極真っ当な言葉であった。

 オルディスの剣は弱い。いくら技巧を磨き、剣を極めたとしても、強大な魔物の前でその剣は何の意味もなさない。火を吐く巨大なドラゴンの前では、ダークエルフの剣士など小さな蟻と毛程の違いもないのだ。

 ドワーフのような馬鹿げた腕力もなければ、獣人のような桁違いの俊敏性もなく、人間や小人程の身体能力も持ち合わせていない。魔法を使わない妖精など、この広大な世界からしてみれば、無力そのもの。


「今のオルディス様が外の世界に出たとしても、軽くあしらわれてお終いです。英雄なんて、夢のまた夢でございます」


「…………」


 現実を突きつけるフラリナの言葉に、オルディスは俯いてしまう。

 敬愛する主人を傷つけてしまったと、フラリナの胸に強い痛みが走ったが、これはフラリナにとって、いつかは絶対に告げなければならない真実であった。


「……オルディス様」


――諦めるなら今です。

 信じているからこそ、敬愛しているからこそ、フラリナはその言葉を告げようとした。

 だがオルディスは、



「んー、やっぱ分からんっ!」



 あっけらかんとそう言った。

 いついかなる時もクールを崩さないフラリナの目が丸くなるほど、間の抜けた顔でそう言ったのだ。


「オ、オルディス様?」


「大丈夫だよ、フラリナ。俺も思いつかなかったわけじゃないんだ。努力だけじゃどうにもならないこともあるって。でも、なーんか納得いかなくてさ」


「な、何にでしょうか」


「生まれ持ったものを言い訳にすることが」


「!」


 フラリナの心臓が跳ねた。


 剣に焦がれたダークエルフの王子は、愚直で馬鹿で阿呆だが、決して愚かではなかった。

 魔法という宝の才能を捨てて、剣を選んだあの日から、オルディスは一度も言い訳をしたことがない。少し駆けただけで苦しくなる貧弱な身体にも、木の棒一つに重みを感じる貧相な腕にも、どこでも自由にそれを振ることのできない己の不自由にも。

 小さな部屋で一人、今日までオルディスは木刀を振り続けたのだ。


「わかってるんだ、俺が選ぶ道がどんだけ馬鹿で先の見えない道なのかってことは。でも仕方ねぇだろ? 俺はロマンに生きる、そう決めたんだ」


 オルディスが後退することはない。


「どんなに高い壁がいくら立ち塞がろうと、俺は諦めない! 幸い妖精族は長命だろ? 時間だけはいくらでもあるしな! 壁一つ超えるのに何百年だって懸けてやるよ!」


 オルディスはもう、選んだのだから。


「逆境上等! 向かい風の方が、俺にとっちゃいいトレーニングだしな!」


「オルディス様……」


「だから――ついてきてくれるか、フラリナ」


「…………」


 フラリナは己を恥じた。

 覚悟が足りなかったのは自分だったのだと。敬愛する主は自分の歩む道の険しさを十分に理解していながら、それでも迷わず歩むことを、とうの昔に選んでいたのだと。現実ばかりを見て、主人の夢についていく覚悟が足りなかった。主人の覚悟一つ信じることができないで何が従者だと、愚かな自分を殴りたくなる。

こんな自分に、この方の隣を歩く資格があるのかと問い詰めたくなる。

 それでも許されるのなら、この方の夢が叶うその時まで、それまでの果てしない旅路も、どうか私が見届けたい。

 膝をつき、主人の手を取る。

 


「……情けないこの私をお許しください、オルディス様」


「え、あ、うん、どうしたんだ急に」


「私に良い考えがあります。このフラリナに、あなた様の夢にお力添えする許可をください」


「ほ、ほんとか! というか許可なんかいらん! 俺の夢は、常にお前と共に在るんだからな!」


「……ありがたき幸せです、オルディス様!」


 フラリナはもう二度と、主人の想いを疑わないことを誓い、果てしなく険しいその道を共に歩む覚悟を決めたのであった。


「十年前も思ったけど、やっぱ思いっきり笑ってるフラリナは可愛いな!」


「ほう、笑わない私は可愛くないと?」


「あ、とびっきりって意味だぜ? フラリナはいつも可愛いしな。だからたまにでいいぞ、得した気分になる!」


「……なんだか百点満点でムカつきます」


「ん、なにか言ったか?」


「いえ、なんでもございませんよ」


 少し大袈裟に跳ねる心臓を抑えながら、フラリナは今一度心の中で、主の隣を歩む覚悟を決めたのであった。




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