第百話
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「んはぁっ!?」
ノックの後に扉を開け入って来た、エーミルが奇妙な声を上げる。
「うふふふふ」
「あらあら、まぁまぁ」
「……///」
無理もない。彼の目の前に広がる光景は、本来有り得ないもので、あってはならないものだったから。
俺の両膝には二人のメイドが座り、甘えるようにしな垂れかかっている。そして、背中側には別のメイドが立ち、照れくさそうにそっぽを向きながらスーツをちょこんと、遠慮気味に摘まんでいた。そして、皆の目は僅かに赤らんでいた。
事の始まりは、数十分前に遡る。談笑に花を咲かせている時だった。
話の途中で、唐突にジョゼが口を噤んだ。妙な緊張感が生まれ、彼女はこう口にした。
「ねぇ、レンちゃんは何で誰も選ばないの?」
ピシリ、そう音を立てて空気が張り詰めた気がした。その時気になったのは、まずクロエの表情だった。その顔は緊張で強張り、そして僅かに恐怖が滲んでいた。
俺の膝に座っていた二人が離れていく。
ジョゼは俺の正面に立ち、目を逸らさない。まるで、僅かな嘘も見逃さないとばかりに。母さんは少し離れた場所に静かに立つ。見守るかのように。
「……いきなり、どうした?」
「私ね、レンちゃんの事は何でも知ってるのよ?王都は、私の庭だから」
これは別に誇張でも何でもない。
夫たる国王は、親父を筆頭に暗部を王都中のみならず、国内外に放っている。なれば、ジョゼも同様だろう。子飼いの密偵のような者が居てもおかしくは無い。
実際、外に出た時何度かそれらしい視線は感じている。敵意などは感じられなかったから無視していたが、可能性としては大いに有り得る。
「それで……?」
大体言いたい事は分かるが、俺は静かに続きを促す。
「孤児院のシスター、ジェシカ。≪麒麟の角≫のメンバー、ナンシー。シアの専属料理人、ルフィーナ。カミーユ・ケイリーを初めとする、料理人達。『天使の涙』のオーナー、フィロメーナ。及び、そこの従業員達」
思った通りだ。時折感じた敵意無き視線は、彼女の手の者だったようだ。そして、庭だと豪語するのも頷ける。しっかり隠蔽している、夜魔族の事以外はほとんど知られていると見ても良いようだ。
「……」
何だろう。悪い事は一切していない筈なのに、責められている気がする。母さんの微笑みとか、めっちゃ怖い。怒ってる訳では無いようだが、何を考えているのか分からない。一応、怒られるような女性の扱いはしていない筈なんだけど。
こうして他の人に挙げられると、本当に俺の周りは女だらけなんだと、再認識させられる。脳裏に浮かび上がって来そうになる占い師の言葉を、俺は必死に記憶の奥底に押し込めた。
「これだけの女の子達と仲良くなっておきながら、誰一人として深い仲になったのは確認出来てないわ。それどころか、接吻の報告も無しね」
「……本当に良く調べてるな」
「教えて。どうして誰にも手を出さないの?サヨに聞いても、いつもはぐらかされるの」
母さんを見れば、未だ微笑みを浮かべたまま。目が合うと、笑みが深くなった。ただ、目は笑っていない。自分でどうにかしろ、そう言われている様だ。
「……それを知ってどうする」
「え?」
「それを知ってどうする、と聞いている。ジョセフィーヌ・フォン・カーネラ。お前はこの国の王、リアン・フォン・カーネラの妻だ。そうだろう?王妃サマ」
「っ!?わ、私は……!」
酷い事を言っているのは分かる。母さんの目も険しくなっている。だけど、ジョゼが何を考え、本当は俺とどうなりたいのか。その辺りの事ははっきりさせておくべきだろう。いつまでもなぁなぁで曖昧な関係のまま、はぐらかし続けるのはお互い良くない。
俺も前に進むと決め、母さんに宣言した以上、今までのようにはぐらかし続ける対応は止めるべきだろう。
「どうして俺との子を望む?リアンとの子じゃダメなのか?役に立たないという話だが、その気になって治療すれば、治るんじゃないか?」
この世界には魔法があり、そして魔法薬がある。解毒薬の類も魔法がかっていると聞いているし、精力剤とか媚薬とかもそうなのではなかろうか。
「そうかもしれないけど……わ、私は……」
「だから聞かせてくれ、理由を。どうして娘と結婚させてまで俺を望む?」
俺はジョゼの瞳を覗き込む。今度はこちらが見通すように。
「……私はリアンの妻になれて幸せだったわ。政略結婚だったけど、愛しているし何一つ文句は無かった。リアンは王として立派だったし、それでいて家庭の事もしっかり顧みてくれたから。あの人の妻である事は誇りですらあったわ。……でもっ」
ジョゼが言葉を飲む。何かを堪える様に、耐える様に、思いっ切り吐き出す様に。
「サヨと出会って、レンちゃんの話を聞いて、写真を見せて貰って……私は憧れたの。とてもカッコ良かった、とても綺麗だった。会った事も無いのに、焦がれたわ。そして、実際に会って、胸が高鳴った。初めての経験だったわ」
どこか陶酔した様に語るジョゼに、俺は静かに耳を傾ける。
「ああ、これが恋なんだって。私は初めての恋をしてるんだ、って。そう思うと、もう止められなくなった。リアンの事は夫として、家族として愛しているわ。でもそれ以上に、レンちゃんを好きになってしまったの。私が間違ってるのは、許されない事をしようとしているのは分かっているわ。それでも、私は……!私は初めての、そして最後の、この恋を大切にしたい!」
叫ぶように、ジョゼはその思いを吐露した。
聞いて良かった。これほどまでに熱い思いを俺に抱いてくれているのなら、俺も堂々と答えるべきだろう。
「……そうか。ジョゼの気持ちは嬉しいよ」
その言葉に、ジョゼの顔が輝く。
「じゃあ……!」
「でも、ごめん。俺はお前の想いに応えられない」
聞き間違える事も、聞き逃す事も無いように、はっきりと俺は口にする。
「え……?」
絶望感を漂わせ始めたジョゼ。目には涙も浮かび始める。それに構わず、言葉を続ける。
「ジョゼだけじゃない。ナンシーもジェシカも、ルフィーナも。他の娘も、フィロメーナ達も。俺は誰の思いにも応えられない」
『ヘレンも、な』
『……』
春香の事を話すつもりは無い。ナンシーに話した時は意識しないようにしていたが、とても胸が痛かった。苦しかった。だから、まだもう少しだけ………。
それでも、少しだけ踏み込もう。
「俺の心には、未だ癒える事の無い、深い傷がある」
右手で胸部を、服の上から握り締める。
「傷……?」
ジョゼが呆然と呟き、クロエの体が僅かに跳ね、硬直する。
「そう、深い傷だ。詳しくは言うつもりは無いが、それのせいで俺は本当の意味で誰かを愛せない」
「「っ!」」
「だけど、俺は前に進む事を決めた。俺はもう一度恋をし、そして誰かを愛したい」
皆俺の話を黙って聞いてくれている。
「お前達が、本当に俺を好きになってくれるのなら。愛してくれているのなら。俺を口説き落として欲しい。偉そうな事を言っているのは分かってる。それだけ傷が……想いが深く、大きいんだ」
「それは「ジョゼ」……っ!」
「俺はその傷の事を今言える程、強くない。教えて欲しければ、その気にさせてくれ」
俺は今、どんな顔をしているのだろうか。
「今は応えられなくとも、いつか必ず応える。受け入れるにせよ、断るにせよ、必ずお前達の想いにはしっかりと向き合う。だから、もう少し待ってくれ」
視界が滲んできたような気がする。
「俺はジョゼもクロエも好きだ」
『ヘレンも』
「だけど、そこに男女間の好意は存在しない。だから出来るのは、抱き締める事だけ。唇以外ならキスも出来る」
悔しいのか、怖いのか、悲しいのか。俺は泣いていた。本気で泣いていた。
「今はそれで、許して欲しい。お前達の真摯な想いに応えられない情けない俺を、許して欲しい。必ず……必ずっ……向き合う……から……っ!」
「「っ!!」」
気付けば、母さんとジョゼに抱き締められていた。クロエにも背中に頭を置かれ、寄り掛かられていた。
そして、皆して泣いていた。




