第九十九話
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声の方に振り向けば、頬を膨らませたジョゼ。そして、何やら慌てて、メイド服に隠したクロエ。見覚えのある形をした物だった。良く見れば、ジョゼも何か脇に抱えている。ピンク色で所々桜が描かれた、辞書よりも分厚い本のようなモノ。というか、母さん愛用のアルバムだった。クロエが隠したのは、やはり写真か。
無いはずの写真がそこにはあった。
「あぁ~……母さん?」
見れば、母さんもジョゼと全く同じアルバムを取り出していた。どうやら同じのが二つあるらしい。一つをジョゼに譲ったのだろう。
母さんのアルバムは、普通のとは大分違う。まず写真は、俺の写真だけだ。親父の写真も母さん自身の写真も、一枚も入っていない。一緒に写っている時などはその限りでは無いが、基本俺だけが写る写真だ。
そして、同じ写真が数十枚はある。使い道は、今ジョゼがクロエにしたであろう事。配るのだ。気に入った人に。生まれたばかりの赤子の時の写真から、今日に至るまでの全てを。さながら布教のように。
この世界には写真が無い。絵師が書いた姿絵などが基本となるため、そこにはモデルとなる人物の要望が入る。太っているのに痩せた絵になったり、現実より胸が大きい絵になったりと。その為、写真はこの世界の人にとって、素晴らしい物に映るだろう。現にジョゼとクロエの目は輝いている。
だが、アルバムは二つも持っていなかったはずだ。サイズがサイズなので、持ち運びにも収納にも難があるから。どういう事だ?
「母さん、それは……?」
「便利よね。収納魔法って。こんな大きなものも、簡単に持ち運び出来るんですもの」
待望のオモチャを与えられた子供のような笑顔。
「うん、それは分かった。何で二つもあるの?」
「複製魔法っていうの?お母さん、特別な魔法に目覚めちゃった」
まさかのユニーク魔法だった。親父だけでなく、母さんも……。初めて母さんに嫉妬した気がする。
「……そうか。はぁ~~~~……」
複製魔法でアルバムごと複製して、それをジョゼに渡したのか。贅沢でありながら、何とも勿体ない魔法の使い方である。
「大丈夫よ。ちゃんと渡す相手は考えてるから。ジョゼ様もね」
「……そこは心配してないけど。写真のみの複製じゃダメだったのか?」
布教に関しては、もう止めるつもりは無い。小・中学生の時に、幾度となく止めようとしてきたが、どれも上手くいかなかった。諦めたのだ。一度、取り上げたら本気で泣かれたし。
「ジョゼ様はね、お母さんの話を聞いて写真を見て、レン君を大好きになってくれたわ。それでね、思ったの。ジョゼ様なら立派な信者になれると!」
うん、いつもの母さんだ。先程までの真面目な雰囲気は、既に無い。
「人妻というか王妃だよ?なんか、信者の方向性が今までと違うんだけど」
これまでは、あくまでファンを増やすような感じだった。学校行事などで、キャーキャー言われたり、登下校で手を振られたり差し入れされたりみたいな感じ。だけど、ジョゼは違う。少なくとも、子供が欲しいなんて初めて言われた。
「お母さんね、思ったの」
急に、母さんの表情が引き締まる。
「……何を?」
「レン君をこのままにしちゃダメだって。お母さん的には自分で立ち直って欲しかったけど、愛する人の死はそう簡単にいかないから。少しでも、荒療治でも手伝おうって」
「……」
「『扉』が現れた時、コウ君の提案通りしっかり荷物を準備して通ったの。扉を開けた時、草原だったから。有り得ない状況に、不安とか好奇心とかが色々入り混じって、戻れない可能性を二人して失念しちゃった」
「……」
真面目な顔で、しかしどこか寂しげな顔で語る母さんに、俺は黙って耳を傾ける。
「それで扉が消えた時、取り乱したの。もうレン君に会えないかと思って。だけど、コウ君が言うから。扉があったのは家だから、グレンが帰って来ればまた会える、って。だから、お母さんはそれに賭ける事にしたの」
ジョゼとクロエは口を挟まない。一応小声だが、聞こえている可能性もある。ジョゼが声を掛けてきた時点で、彼女達の意識は俺達に向いているので、小声でも一部は聞こえているだろう。
「レン君がこの世界に来た時の為の環境作り。人間関係が真っ新な状態から始まるこの地で、レン君を強制的にでも立ち直らせようと思ったの。レン君の言う信者。今回、いつもと違うのはそれが理由。女の子に対して厳しく躾けてきたレン君が、絶対に受け入れざる得ない状況を作り出して、ね」
中々に過激な方法を考えていらっしゃったようだ。
「レン君がこの世界に来てから、どういう風に動くか分からなかったからまだ全然少ないけど、逆に良かったかもしれない。まさか、自分で立ち直るとは思わなかったから」
「……良い人に出会えたから」
命を救ってくれたナンシー達だけじゃない。殺そうと、喰おうとしてくれた麒麟のおかげでもある。どれか一つでも欠けていたら、俺は変わらず死に場所を探し求めていたはずだ。
「そうみたいね。それが、お母さん達でないのはちょっと悔しいけど」
「母さん……」
俺は世界一幸せな息子なのではないのだろうか。胸が熱くなる。
「もうっ、二人っきりの世界作って!レンちゃんもサヨも、私達の事忘れてもらっちゃ困るわ!」
どうやら、放置し過ぎたらしい。焦れたように口を挟んできたジョゼの声には、僅かな苛立ちが含まれているように感じられる。
「ふふふ、ごめんねジョゼ様。レン君との会話が楽しくて」
「ごめんなジョゼ。母さんとは久しぶりだったから」
「まぁまぁ、それじゃあ私が悪者みたいだわ!」
「ふふふ……」
そう言って憤るジョゼを、母さんが宥める。自然、二人の意識が俺から離れていく。
「……本当に親子なのですか?」
クロエが静かに声を掛けてくる。
「見えない?」
「ええ、正直似ているとは……」
「変装してるからね」
母さんは俺の変装の師匠だ。だから、母さんの変装も一流だ。基本見破れない。
「変装ですか……グレン様も変装とか出来るので?」
「あはははー、どうでしょうねー。そう言えば、ジョゼから何か貰ってたよな?何貰ったんだ?」
強制話題転換。咎められているようで、落ち着かない。隠し事をし過ぎているという、後ろめたさがあるからだろうか。
「へな!?にゃにも貰ってません!おかしな事言わないで下さい!!」
「なら、噛むなよ……」
それは貰ってますと同義だ。
「そ、そんな事より!ジョゼって何ですか!?王妃様ですよ!?姫様のお母様ですよ!!?」
強制話題転換。やり返された。姫様の配下として、又公爵家令嬢として見逃せないのだろう。
「かくかく、しかじか」
手短に、母さんに聞いた話を説明する。
「な……な……なぁっ!?」
「俺も同じ気持ちだ。諦めろ」
変な方向にどんどん話が進んでいっているのだ。最近、女性関係でこれが多い。
「~~~……!」
何か言いたいが、何も言えない。王様が、そして何よりジョゼ自身が受け入れているというより、前向き。口は挟めない。
「知りませんから!姫様や他の方々にばれて、大変な目に遭っても知りませんから!」
「まぁ、自分の蒔いた種……家族の蒔いた種だ。自分で片をつけるさ」
それは、俺を突き放しているというよりは、どこか嫉妬して八つ当たりしているようにも感じられる。
やはりこの数日の間に、クロエの心境をガラリと変えるような事が起きていたらしい。抑えているようにも、隠しているようにも、ぶつけて来ているようにも見える、その好意が眩しい。
「……せいぜい、刺されない事です!」
「あはは、大抵の傷なら治せそうですけどね」
「もうっ、また私の事無視して!」
クロエの忠告を笑っていると、またしてもジョゼの声が飛び込んでくる。
「ごめんね。でも、ジョゼが母さんの方に行くから」
「酷いわ。せっかく城を抜け出して会いに来たのに。時間が勿体ない」
聞くと、時間が決まっているらしい。限られた人にしか抜け出す事を伝えていなので、ばれたら大騒ぎは必至らしい。無茶をする王妃様だこと。
「じゃあ、時間いっぱい話をしよう。おいで」
母さんとジョゼを招き、二人をそれぞれの片膝に座らせる。いや、座られる。決して自分から誘ってはいない。ここ大事。まぁ男としては幸運以外の何物でもないので、文句は言わない。
俺達は時間いっぱい、談笑に花を咲かせたのだった。
クロエの顔は引き攣り、俺を見る目が冷たかったのが印象的だった。




