第九十八話
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その部屋は、商会を出た時のままだった。
「これは何とも……まるで、いつでも帰って来いと、そう言われている気分になるな」
あの時と違うのは、ここが防音だって事を初めて知った事くらい。教えてくれていれば、『リキユール』じゃなくてここを使っていただろう。
「それで?ここへは何をしに?」
「人と会う約束をしましてね。クロエさんにも会って頂こうかと」
『リキユール』だと目立ち過ぎる。会うのはメイドだから。だから、エーミルには『目立たず内緒話が出来る、良い場所は知らないか?』と尋ねた。その結果がここだ。
ちなみに、コンタクトはヘレンに取ってもらった。便利な相棒が出来たものだ。俺の御機嫌取りのつもりか、何でも言う事聞いてくれるし。まあ、『エロい命令でも良いのじゃぞ』とか、そういうのは止めて欲しいけど
「私にも、ですか?……最近、グレン様との秘密が増えすぎて、姫様に対する申し訳なさが増すばかりなのですが」
「あはははは、気にしない気にしない」
立場上、それは仕方がない。諦めてもらおう。
『グレン様、お客様です』
扉の外から、聞こえて来るのはベンの声。いいタイミングだ。
「はいはーい、今開けまーす」
と、扉に近付き気付く。人の気配が多い。
一つはベン。もう一つは、恐らくミラ。そして、これは俺の客。じゃあ最後は?流石にそこまで詳しくは分からないが、知っている気配のような気がする。同時に嫌な予感も。
扉を開け、そこにいたのは―――
「レンちゃーーんっ!!」
―――やはり、ジョゼだった。
正面から抱き付いて来るジョゼ。何やら、見慣れているのに見慣れない服に、身を包んでいる。
「ちょ、ジョゼ!?なんで!?てか、メイド服じゃん!?」
「レン君」
そう呟いて背後に回って抱き付いて来たのは、俺の客。母さんだ。久しぶりに声を聞いた気がする。あの会食の時は、一言も口を利いてくれなかったからな。
「母さんもジョゼも離れてくれ。クロエが驚いてる」
ちなみにベンとミラは、俺が二人に抱き付かれた辺りから姿を消した。厄介事の気配でも感じたのだろうか。
「クロエ?クロエちゃんも来てるの?……あら、そういう事なの?」
呆然とするクロエの姿を確認すると、俺の方に視線を戻しジョゼが問う。
「ああ、彼女には色々協力してもらってる」
「まぁまぁまぁまぁ!それは良い事だわ!まず周りからという事ね!」
「へ?あの、ジョセフィーヌ様!?」
何か良く分からない言うと、ジョゼはクロエを部屋の隅に引っ張っていった。
取り敢えず俺はこっちだ。
「……母さん、ごめん。そしてありがとう」
「うん、いいよ。良く言えました」
そう言って俺の頭を撫でてくる母さん。久しぶりの感覚だ。
春香を失ってから、母さんは献身的に俺の世話を焼いてくれた。仕事に明け暮れている時も、ずっと心配してくれていた。その事に関する謝罪と感謝だ。
叱る事も無く、励ます事も無く、ただ待ってくれていた。俺が立ち直るのを。そこには、俺なら大丈夫という信頼があったのだと思う。厳しさの中にある、大きな愛だ。
「この歳になって、それは……」
「“お母さん”の権利よ」
「……そうか」
これは何を言っても無駄か。話を変えよう。
「どうしてここにジョゼが?」
「レン君に会うって言ったら、私も会いたいって叫ぶから」
母さんは母さんで、ジョゼに振り回されているらしい。こういう事態を避ける為に、母さんには紙を手渡したんだが、無駄だったらしい。
「色々聞かせてくれ。ジョゼの変化も合わせて」
「分かった。レン君もね」
お互い近況報告を始めた。俺は椅子に座り、小柄な母さんを片膝に乗せる形で。
どうやら、王様に気に入られた親父のように、母さんはジョゼに気に入られたらしい。それから、メイドとして傍にいるようだ。母さん達的には、俺の事もあるので長居するつもりは無かったのだが、ズルズルと長くなってしまい今に至ると。
そして、俺が来ていると知った時は歓喜と、そして安堵に身を震わせたらしい。それから待てど暮らせど、一向に現れない俺に腹を立て、時折入る女とイチャついているという報告に、完全に拗ねてしまった。
だから、会食の時は口を利いてくれなかったようだ。
「仕方ないじゃん。いるって知らなかったんだし」
「言い訳しない」
足を抓るのは止めて欲しい。
「うっ……」
「それに、コウ君と会った後に、お母さんの下にも来れば良かったじゃない」
コウ君。親父の事である。二人は今でもラブラブなのだ。それは、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいだったりする。
それはそうと、確かに母さんの言う通りだ。会いに行かなかったのは、俺の怠慢でしかない。会おうと思えば、いつでも会いに行けたのだから。
「あー、ごめん……」
「冗談よ。今のはお母さんの我儘。レン君の状況は、分かっているつもりだから」
「そっか。……なら、アレは何?」
そう言って、ジョゼを指差す。母さんは気まずそうに、視線を逸らした。
指の先では、何やらクロエに向かって必死に語り掛けるジョゼの姿。声は聞こえているが、頭が理解を拒んでいるのか、何を話しているのか分からない。その手に何かが広げられているのも見える気がするが、気のせいだろう。写真のようにも見えるが、そんなはずは無いだろう。この世界には写真なんて無いのだから。母さんの持っていた写真、なんて展開は無い。俺が無いと言ったら、無いのだ。
「やり過ぎたのは、認める。予想以上にハマってくれちゃって……てへ」
「はぁ~~……」
『てへ』って。歳を考えろ、歳を。あー、もう。可愛いなおい。
「ごめんね」
「いいよ、いつもの事だし」
そう、気付けば俺の信者を増やしているのが母さんだ。今更気にはしない。もう慣れた。
「何か謝ってばっかね。久しぶりに会ったのに、これはいけないわね。もう少し、息子に甘えたいわ」
抱き付いて来る母さんを離し、もう一つ気になった事を聞く。
「ジョゼが、俺と姫様の結婚望んでいるように見えるんだけど、何か知っている?」
「あー、あれね……お母さんには、止められなかったの」
母さんの話はこうだった。
王様は悩んでいた。それも、俺の扱いについて。どうすれば、この国に留めさせられるのか、と。いつ離れてもおかしくない、と彼も不安だったらしい。
そこでジョゼが口を挟む。『私と結婚すれば良いのよ』と。その時は流した王様だったが、後程ふと思う。それほど悪い提案では無かったのでは?と。そして、王様は決意する。
『アリシアが嫌がらないなら、グレンとアリシアを結婚させよう』
当然、ジョゼは大反発。しかし、王様の言葉は終わらない。
『もし協力してくれるのであれば、グレンとの不義を黙認する。王妃故、下賜という訳にはいかぬが、上手い事取り計らう事を約束しよう』
そして、ジョゼは陥落した。あっという間の出来事だったらしい。母さんは見ている事しか出来なかった、との事だった。
王様もジョゼも色々とズレているな。元からなのか、そうなってしまったのか。何にせよ、夫婦としては間違っている。だが、王としては、間違ってないのかもしない。彼らは、国の事を第一に考えなくてはいけないから。
それに王様の方は兎も角、ジョゼの方は何やら不満を持っていたみたいだから、行くとこまで行けば、こういう展開もあり得るのかもしれない。
「あの娘の事は知らないから……」
そう寂そうに母さんは言った。やはり母さんも、春香の事は黙っていてくれているらしい。
「……大丈夫だよ。俺は前に進む事を決めたから」
そう言って、久しぶりに自分から母さんに抱き付く。
「時間は掛かるかもしれないけど、一歩ずつしっかりと進むよ」
「そう……がんばれ、がんばれ」
俺の頭を撫でる手つきが、一層優しい物になる。
「まぁまぁまぁまぁ!ズルいわ、サヨばっかり!」
……色々と台無しだった。




